異種族麻雀戦争-オークなんかに負けたりしない!-
この世界には様々な種族が存在する。
人間、エルフ、ドラゴン、ドワーフ、フェアリー等々、種族間のハーフや血の濃さでも詳しく分類されるために種族の呼び名は数え切れないほどある。
数千年の歴史の中で、彼らは異種族間、または同種族間で血塗れた闘争を繰り返してきた。
何度も何度も戦っては滅ぼされかける種族を奇跡という名の現象で救ってきた神は、呆れながら彼らの行いを観測していた。
だがいつしか、彼らの中に共通したある思いが芽生えた。
「そろそろ武力戦争飽きてきた」というなんとも平和的な思いだ。
そしてある時、全世界の戦争がピタッと止まった。
それはそれは神も驚いた。
こいつらいつまで経っても止めなさそうだな、と嘆かわしく思いながらも見ていたら良く分からないが何故か急に飽きやがったのだ。
天使達の記録では、神はその時「マジかよ」とつぶやいたらしい。
武力による戦争がなくなって数百年が経った。
実はその間、戦争が全くない訳ではなかった。
武力行使以外のルールに則った平和的な戦争方法が次々と提案されたのだ。
一番最初は"ジャンケン"だった。
ジャンケンぽい!勝ち!領土獲得!
ジャンケンぽい!負け!条約破棄!
なんとも間抜けだった。
天使達の記録では、神はその時「お前らほんとにそれでいいの?」とつぶやいたらしい。
ジャンケンは流石に駄目じゃね?ていうか味気なくない?という思いが全種族に広がり、その後は"あっちむいてほい"、"ユビスマ"、"たけのこにょっき"と急速に変化していく。
しばらくして、人間が"トランプ"、"カルタ"、"花札"等の道具を使ったルールを生み出すと、それはとてつもない反響を呼んだ。
これらの道具を使って戦争がしたいがためだけに他種族に宣戦布告する者達も現れたとかなんとか。
すぐにその流行は定着し、各々でそういった道具やルール作りを模索していくことが武力戦争時代の技術競争の代わりになった。
天使達の記録では、神はその時"オセロ"に夢中になって「めっちゃオモロー!」と叫んでいたらしい。
ちなみに今流行しているのが、"麻雀"というボードゲームだ。
そしてこの物語は、とある三国が一つの国に宣戦布告したことにより始まる。
***
さあ、いよいよ四国の決着が付こうとしています。
ただ今、半荘南四局、つまりはオーラス。
語り手は私、清楚で可憐な超完璧エルフであるエルフィアです。
今私は屋根が取っ払われただだっ広い木造建築の集会場、そしてど真ん中の四角いリングに設置された麻雀卓の前に居ます。
リングの外に設置された観客席で観客の皆盛り上がってますねー。
もちろん魔力の壁が張ってあるためにこちらに声は聞こえませんし、リングの外から何かしらの方法で選手に指示することも禁じられています。
そのようなルール違反は即負けとなります、当然ですね。
対面に居られますのは、巨大な蟹さん。鋏がとっても大きいですねー。かっこいいです。
下家に居られますのは、もっと巨大なドラゴンさん。めっちゃイケメン!超素敵!
上家に居やがるのは、私たちエルフ族の天敵と言ってもいいオークとかいうマジヤバ醜悪ゴミクズ野郎です。見たくもねえわ。
ちなみに蟹さんドラゴンさんは巨大すぎてそのままでは人間に合わせて作ってある小さな牌を扱えないため、魔力を使用し牌を浮遊させて動かしています。
ここでもイカサマ防止策は取られていて、麻雀卓自体にイカサマ魔術の無効化の特殊な文字が刻まれているとかなんとか。
さて、現在の順位は一位から順にオーク私ドラゴンさん蟹さんです。
……一位オークとか冗談じゃない。けっ。
オークから見て、私は千点差、ドラゴンさんは満貫差、蟹さんは三倍満差がついております。けっ。
ちなみに今回の戦争、一位から三位までが四位から何かしらのものを寧り取るルールとなっております。
一位は"エルフィア(私です)を嫁に迎えることが出来る。あとついでに四位から領土ももらう"という、ふざけんなばーかと言いたくなる条件となっております。
ちなみに私が一位になった場合は領土のみです。
何故このような不平等なルールとなったかといいますと、うちの国のヘタレ短小エルフがお相手三国に多大なご迷惑をお掛けしてしまったためだそうです。
なんでも積み込みして九蓮宝燈という役満をあがったことがバレたそうです。何してんねん。
だからこそ今、私は必死です。
オークの嫁だけはありえません。
臭いしブサイクだし性欲強いしいいところがひとつもないです。
あんなのと交配する雌の気持ちが分かりません。
最近は人間の女騎士さんがオークの中ではブームらしいからおとなしくそっちに目を向けろと言いたいです。
人間さん達も何故か女騎士だけはオークに嫁に出すそうです。
蟹さんも申し訳ないのですが、遠慮させてください。
鋏はかっこいいです。あとイケメンな蟹さんの横歩きはとてもスタイリッシュでクールでチョベリグって感じです。
でも触るとちくちくして痛そうだし、本能だから仕方ないらしいけど好きな相手の事をすぐ鋏で挟もうとするのは良くないと思います。
あと男性器が平らな腹部についているせいで体位が限定されて楽しめないし面白くなゲフンゲフン、何でもないです。
ドラゴンさんは完璧です!超かっこいい!
吐き出される炎はまるで地獄の釜の蓋を開けたかのような業火!
切れ長の瞳は女性達の心を射抜き、ドラゴンさんに一時間見つめられるだけという風俗店がエルフ業界で人気を博しています!
ただ、残念なことに夫になることを考えると夜の方がチョベリバって感じです。
彼らは余りにも神聖で長寿な、悪く言えば枯れた種族であるがために、結婚してしまえば誇張ではなく万年夜のお付き合いをすることはないでしょう。
そんなプラトニックな恋愛も悪くないと考えるエルフも居ますが、私は我慢できません。
やはり男女とは愛し合うべきなのです。
愛とは心で繋がっているだけでは足りないのです。
『体が離れれば、心も離れる。心から愛しているのならば、常に体を重ねなさい』
これは数千年の時を生きて数千人の多種族の男に抱かれたエルフが言った言葉だそうです。
名言ですが、これを言ったエルフはあまりにも強すぎる性欲のせいで、次々と愛する男に疎まれ愛想を付かされたとかなんとか。
バランスが大事ってことなんですかね。
さて、そういう訳で必死になっている私ですが、その運命を左右するオーラスである現在の状況を説明します。
蟹さんは配牌の時点から鋏を頻繁に開閉しているため、おそらく良い手が入ってきていることでしょう。
大分興奮していることが伺えます。
ただ、捨て牌が少ないせいでいまだどのような手が入っているのかは分かりません。
強いて言うなれば一九字牌がないことくらいです。
ドラゴンさんは殆ど読めません。
一度ポンしているので逆転出来るぐらいの手は限定されているのだけは分かりますが。
ちなみに読めないのは今現在だけではなく、常に読めないのです。
あがっている数こそ少ないですが、振込みは一度もなく、打ち筋が誰とも違う独特なものであり、そしてなんといっても表情がクールでイケメンでずっと見ていると惚れてしまいそうで私が目を逸らすので、感情が読めません。
ドラゴンさんは今もじっと牌を睨んでいます。
ああ、なんて素敵な御姿……。
でも駄目、私はインポテンツに興味はないのだから。
オーク?けっ、臭くて顔も向けたくないわ。
こいつ常に鼻息荒いうえに脂汗やよだれや顔中についてる良く分からない汁とかが汚すぎてほんと見たくないのですよ。
あと感情表現が意味不明過ぎます。
東三局の時なんて、随分苦しそうな顔してるな、配牌悪いのかな、と思ったら三巡目で跳満ツモってきたので思わず卓を思い切り叩いてしまいました。
エルフというイケメン美女揃いの種族に生まれたせいか、汚い顔なんて見慣れてないのです。
黄色肌しかいない地方の種族が、肌が真っ黒い種族を見ても顔の区別がつかないのと似ています。
嫌悪感を抑えながらも観察したおかげでなんとかある程度の情報は読み取れるようにはなっていますが。
そうして何事もなく静かな打牌音のみが響きます。
四巡。
五巡。
六巡。
配牌は良かったのですが、中々手が進みません。
私だけではなく、ドラゴンさんとオークも同じ感じです。
しかししばらくして、私は蟹さんの様子がおかしいことに気が付きました。
鋏が震えて泡がぶくぶくと出ています。
……なるほど。
蟹さんの特徴的な捨牌を見て、ある一つの可能性に行き着きました。
彼は恐らく、一九牌と字牌のみで構成される役満、すなわち国士無双を目指しているのでしょう。
そして表情と仕草を見れば、それは完成間近といったところでしょうか。
あるいは、もう既に完成したのか。
まずいことになってきました。
逆転まで役が少なくて済むため、とにかく早い手を求めている私は現在中三枚を抱えています。
ここまでは良いのですが、妙に手牌に一九字牌が寄って来るのです。
このままではどんどん身動きが取り辛くなってきます。
特大の爆弾が完成しているのか、そして爆弾の発火線がどこにあるのか分からないという恐怖が場を包み込み始めます。
といってもドラゴンさんはクールだしオークは常に汗だくでハァハァ言ってるので本当に怖がっているかどうか分かり辛いですが。
それに反して蟹さんはそれはそれはご機嫌の様子。
牌を浮かせて河に捨てるための魔力の消費量を増やしてわざわざ打牌音を大きくしてきます。
しまいには鋏をこちらに向け彼らの種族で行う求愛行動までとってきました。
普段だったら悪い気はしないのですが、状況が状況ですので嬉しくもなんともないです。
蟹さん以外の三人の一巡する速度が遅くなります。
皆じっくりと考えて捨牌を決めているようです。
こんなものぶっちゃけ気をつけてもどうにもならないのですが。
相当昔に流行った爆弾ゲームをやっている気分です。
ただしある程度の目安がつくあのゲームとは違い、今はランダム爆発みたいなものですが。
そして蟹さんの番です。
ゆっくりと魔術で山から牌を浮かせます。
牌を確認した瞬間でした。
泡が、吹き出ました。
麻雀台と牌を塗らされては叶いませんので、蟹さんを包み込むように私が魔力の結界を張ると、蟹さんは泡だらけになりながらその結界を愛おしそうに撫で始めました。
そこそこカッコいい蟹さんといえどもこれは気持ち悪いです。
もしこれがオークなら唾を吐いていたところです。
それにしてもこの興奮ぶり、テンパイ以上……最悪和了ってますね。
てことは蟹さんと結婚かあ、蟹さん自体は結構カッコいいけどお腹に男性器ついてるってどうなのそれ夜は私ががんばる必要あるよねめんどくさーい、なんて考えていると。
蟹さんの泡が減っていきます。
そして結界内の姿がはっきり見えます。
そう、先程と違いゲッソリとして放心状態の蟹さんの姿が。
何が起こったかはすぐに分かりました。
蟹さん、調子乗りすぎで魔力が切れてしまったようです。
つまり、魔力で牌を浮かすことが出来なくなったので、人間サイズの牌を巨大な鋏で直接操らなければいけません。
無理でしょそれ。
だって、鋏でかすぎだもの。
目で諦めることを促しますが、蟹さんは諦めません。
牌を倒すだけで、美しすぎる私と結婚出来るのですから気持ちは分かります。
ぷるぷる鋏を震えさせながら、蟹さんは手牌の真ん中辺りを倒そうと必死になっています。
まず間違いなく無理ですね。
牌がぐちゃぐちゃになるだけでしょう。
そして結局時間制限が設けられることとなり、蟹さんは落ち込んだ様子で慎重に一番端の牌を倒しました。
なるほど、両端であればぎりぎりどうにかなるようですね。
目当ての真ん中付近の牌に触れれていないので、恐らく和了は遠ざかったでしょうが。
その瞬間、私ドラゴンさんオークの勝負になることがほぼ決定しました。
さて、現在はオーラス中盤。
ドラゴンさんは一度だけポンしていますがその後は動きがなく、捨て牌から読みにくいです。
やはりイケメン過ぎて見てると私が照れるので表情からも読めません。
この際ドラゴンさんは視界からはずしたほうがいいかもしれません。
つまりはオークとの一騎打ちです。
気持ち悪すぎるブサイク面をこの時ばかりは凝視します。
汗とよだれ拭けよ気持ちわりーなとか思いながら観察して、今までの傾向から導き出された結論。
恐らく、テンパイ。
張った時に口の端を舌で下品にベロンとする癖を発見出来ていたのは幸運でした。マジ気持ちわりーな。
吐き気を抑えながら、オークを睨み付けます。
見られていることに気が付いたのか、一瞬口の端をにやりとさせたのが余りにも汚らわしい光景だったので目が腐るかと思いました。
念のため目に治癒魔法をかけつつ、山から牌を持ってきます。
来ました!
久しぶりに手が進み、イーシャンテン!
あと一つ有効牌が来てくれればテンパイ!
ドラゴンさんがツモ切りした後、魔力で蟹さんに山から牌を見えないように渡します。
蟹さんが端の牌をなんとか倒します。
落ち込む様子を見て一瞬かわいそうになりましたが、調子乗って魔力を使い過ぎたのがいけないだけなので自己責任ですね。
そしてついに、オークの醜い緑色の指が山の牌に伸びます。
私の心臓がどくどくと鳴っているのが分かります。
オークが牌を確認しました。
ツモるな下等生物!さっさと帰って姫騎士でも娶ってろ!
そんな私の正当な思考を裏切るかのようにオークが「……グフフ」と、至上最も気色悪い笑い声を漏らしました。
まさか、ツモられた?
そう思い、背筋がぞっとしました。
目の前が真っ白になるような錯覚を覚え、おぼろげにオークが今手にした牌をそのまま河に捨てようとしているのが見え……え?あれ?
何かがおかしいと思い、目を凝らします。
幻覚かもしれないと思いましたが間違いありません。
オーク、ツモ切りでした。
じゃあなんで笑ったんですかコイツ!おちょくってんですか紛らわしい!マジいい加減にしろよ!
怒り心頭で山から牌を引いて、確認し……あっ!?
やりました、テンパイです!
今なら調子に乗った蟹さんの気持ちが分かります!
気持ち良く甲高い打牌音を鳴らしながら牌を河に捨てます。
さあかかってこい!
私は、オークなんかに負けたりしない!
そう思いながらオーク睨み付けている間に、ドラゴンさんが山から牌を引きます。
そしてその牌を確認し、ドラゴンさんは口を開きました。
「ツモ」
……あれ?
首を傾げます。
ドラゴンさんの声がカッコよすぎてゾクゾクするとかは置いておきます。
ドラゴンさん、ポンしてましたよね?
なのに気配すら感じさせず、三位から一位になれるような逆転の手をいつの間に?
そう思いドラゴンさんの手を見て、驚愕。
「タンヤオのみ!?」
喰いタンってやつですかこれ……。
あれ?これじゃあ順位の変動が起きず、ドラゴンさんは三位のまま?
「……じゃあ、オークも一位のまま?」
絶望した私がぽつりと漏らした声を聞き、オークが高笑いし始めました。
「オークックックック!オーーークックックックック!!」
キモッ!何その笑い方キモッ!
畜生、怒りが収まりません。
「ちょっと!何してんですかドラゴンさん!どういうことですかこれは!?」
ドラゴンさんを見ると、切れ長な瞳をこちらに向け重低音な声を響かせてこう言いました。
「三位の商品、ビーフジャーキー百年分が欲しくてな。すまないエルフィア」
ふざけんなこのトカゲ野郎!とんでもないことしてくれたな!
なんて言えれば良かったんですけどね。
そんな暴言を吐けば里のドラゴンさん好きな女エルフ達にボコボコにされます。
イケメンってほんと得ですよね、ウフフ。
このイケメンのせいで私は誰もが忌避するキモメンオークの元に嫁ぐことになったんですけどね!ウフフ!
勝負が決まり、会場の観客も大騒ぎ。結界のおかげで聞こえないけど。
はあ、憂鬱です。
私の人生は灰色になるのが決定しました。
***
はい、皆さんお久しぶりです。
清楚で可憐な超完璧エルフであるエルフィアです。
あの戦争から半年が過ぎました。
今現在私は夫の家で日々を過ごしています。
最初はどうなることかと思いましたが、意外にも快適な生活を過ごしています。
というのも、オーク達は自分達の不潔さを理解していたらしく、エルフを娶るこの機会に種族間の溝を埋めるべく他種族の文化を取り入れて身なりを気をつけるようになったのです。
まあ、ブサイクな面は変わらないのですが。
ちなみに、夫についてですが。
もう最高の夫なんです~!
彼ったら私のことをいつも褒めてくれるし、気を使ってくれるし、家事も全部やってくれるし~!
他のオークの顔はキモいですが、夫の顔はよく見ると結構カワイイし~!
それに何より、夜の方がもう最高なんです~!
とっても情熱的でねちっこくて、毎晩どころか朝や昼間に求めてくれることもあるの、しかも相性もばっちり~!
あ、のろけ入っちゃいましたすいませんどうも~!
だってだって本当に素敵なんだもの~!
あ、いっけな~い!そろそろ夫が帰ってきます!
お帰りのキスをしてあげないといけないので、ここでお別れです!
語り手は私、素敵な旦那様を持つ超完璧良妻エルフィアでした~!