story -2-3 鼻ぺちゃの馬車②
「お邪魔します」
低過ぎるシャッターを気持ち持ち上げながら体を滑り込ませると、そこはテレビで見るお金持ちの車庫そのものだった。全体は鉄骨のグレー一色で、実家の車庫の様な埃っぽさは無かった。
車に詳しくは無いが、ベ○ツとB○Wは分かる。それらが2台ずつとこの場には似つかわしく無い国産の軽自動車が一台止まっていた。
その横にはあと5台は余裕で入るであろうスペースが閑散と広がっていた。
一般家庭ではここに自転車があったり農具が置いてあったりするだろうが、ここには車以外は何も無かった。ちなみにうちの車庫には玉葱が干してあったが、それも勿論ない。
人の気配は無く、陽が当たらない所為か空気はキーンと張り詰めていて冷たく感じる。
「白丸ー?」
小さめの声で呼びながら車の下も覗き込むが姿は無い。辺りを見渡すと、ココだと言わんばかりに少し開いた車庫のドアがキィと音を立てた。
白丸を連れ帰るためだと自分に言い聞かすが、頭とは裏腹に心がワクワクすると小躍りを続けている。
もう私の進むべき道はあのドアしか無い。
忍者の様な足取りで移動し、アルミで出来たドアノブを掴み隙間を少しずつ開いていく。
まず目に入ったのはクリーム色と薄茶色の煉瓦が交互に並んだ石畳と、綺麗に剪定された庭だった。
隙間を体が通れるギリギリまで開き、顔だけ覗かせるとそこは中世ヨーロッパにタイムスリップした様だった。
「うわぁ・・・」
言葉にならないとはこの様な時に使うんだなと思った。
広大な庭の真ん中にある1LDKの我が家がすっぽり入ってしまう大きさの噴水から、サラサラと心地よい音が聞こえてくる。
その噴水をぐるっと避ける様に続く石畳の先には、お城と言っても過言では無い建物がどーんという効果音と共に物凄い存在感を放っていた。
「私の小学校の校舎と変わらないんだけど」
そのまま吸い寄せられる様に庭に足を踏み入れると、建物の近くで嬉しそうに走り回る白丸が見える。
不思議な世界に迷い込んだ様なファンタジックな気分が一気に現実に引き戻された。
「もう、何で人ん家で箍が外れた様に遊び狂ってんだよぅ」
何時もはある程度許せるが、今回はしっかりと怒ろうと心に決めた。
パッと見たところ人は居なそうだが、一応塀沿いに白丸の方へと向かう。
塀に沿って規則正しく木も植えられており、身を隠すには丁度良かった。ガサっとした木の幹に手を当てながら進み、靴底からは柔らかな芝生の感触が伝わってきた。
白丸が何をしているのか分かる距離まで来ると、飛び跳ねているのか走っているのか形容し難い動きをしながら円を描く様にくるくると同じ場所を回っていた。
そのまま木陰に隠れながら声を掛けようと肺に空気を入れる。
「にゃーお。にゃーお」
発せられるのは聞き慣れた自分の声だとしか思っていなかった。
「違うのかな。アザラシに似ているけど・・・、お前は何という生物なんだ?」
テノールの困惑した様な声が聴こえる。
姿は見えていないが、きっとお金持ちの頭の固そうな世間知らずなんだろうなと思った。
アザラシがこんな所にいるかい。
私の思考は今だに恋味の世界観なので、お金持ち嫌いの偏見の塊である。
「ワン」
声に俯いていた顔を上げると、白丸が返事をする様に上を見ながらへっへと舌を出していた。
声の主は二階にいるのだろう。
「・・・なるほど。イヌか。不思議な風貌ですね。」
ふわっと笑う様な声が聞こえた。
今は見つからない様に全神経を声の主に向けているため、息遣いまでも手に取るように分かる感じがした。
「ワン」
白丸はもう一鳴きするとあろう事か私に向かってとことこと歩いて来ている。
いやいや、私がいることに気付いていたなら最初から大人しく・・・。
ちょ、ちょっと待って。このタイミングで来たらバレちゃう、バレちゃう、バレちゃう!
コツコツと靴がコンクリートに当たり、移動している音がする。
へっへっへっと白丸の息遣いが近付いて来る。
もう、絶体絶命である。