閑話~そして心は揺れ動く~
私、マリーの恋が始まったのはこの日。正確には自覚したのは…かな。
リリー様は私に良くしてくださる。どんな無理難題だって叶えるつもりで覚悟していたのに、与えられるお仕事は話し相手とか、お茶の相手とか、そういったものが多かった。
同じ年代の友達が欲しい。
そう語ったリリー様の言葉に嘘は無かったのだろう。私に求められているのはリリー様の友人であること。
いつだって、私を友人として対等に見てくださるリリー様は、私を守ってくださる。
誰が私にしているのかわからない嫌がらせは私よりも早く気づいて対処してくださるし、あまりにひどいものの場合は夜も私をご自身の部屋に匿って、私が対処するから心配ないわと言って寝かしつけてくれたりする。
もちろん、これがあり得ない対応なのだということは分かっているし、自分で何とかしなければいけない問題であることも理解している。
だけどその思いとは裏腹に、私の心は自分を守ってくださるリリー様に依存していく。私に見せてくださる美しい笑顔と、私を守るために見せる凛々しく真面目な表情。印象的な2つの表情は私の瞼の裏に焼き付いている。
今日はそんなリリー様の誕生日だ。私と出会って3年目の、私にとっては記念日でもある。
リリー様からしてみれば、今日がご自身の誕生日ということもあって、そんな些細なことなんて覚えているはずもないと思っていたけれど、ちゃんと覚えていてくれたことに少しの驚きと、そして多きな喜びを感じてしまう。
ああ、私は本当にリリー様に大切にされている。
胸の中はその思いでいっぱいだ。
「私とあなた、二人の出会いの日でもあるのだから、一緒にケーキでも買ってお祝いしましょう。ケーキはもう予約してあるし代金も払ってあるから受け取りに行ってもらえる?本当は二人で一緒に受け取りに行きたかったのだけれど、夜会の準備は抜けられそうにないからあなたに任せるわね。場所は…、明日の朝地図を渡すわね。」
昨日の夜、そういってもらえたのが嬉しすぎて…。私は思わずベッドの中で嬉し涙を流してしまった。
渡された地図を改めて確認する。リリー様が予約を入れてくれた店はかなり庶民的な店のようで、場所としては私が元々暮らしていた孤児院に近い場所だった。
一度、孤児院に顔を出して挨拶して、先生や子供たちにリリー様がどれだけ良くしてくださっているか話してもいいかもしれない…。
そんなことを考えながら、のんびり歩ていたのがよくなかったのかもしれない。
もともと人通りの少ない路地に面した隠れたお店という感じではあったのだけど、その時は完全に無人になってしまっていたらしい。
明らかにこちらを見つめている、人相の悪い男たちと私以外は。
すでに大通りからはいくつか角を曲がって来ているし、それなりに路地奥に入り込んでしまっている。彼らが何を考えてこちらを見ているのかは分からないけれど、何かをされそうになっても大通りまで逃げることはおろか、…助けを呼ぶことすら叶わない。
そんな、嫌な予感はよく当たるもので、彼らは少しずつ私ににじり寄ってくる。
「おいおい、俺達はついてるぜ。こいつはかなりの上玉じゃねーか。」
一番偉いと思われる、一番人相の悪いおじさんがそんな風に周りの男たちに声を掛けた瞬間、私の脳裏には最近騒がれている人さらいの話が浮かんでいた。
嫌だ、怖い、助けて。リリー様、たすけて。
頭の中を、恐怖が支配して、足がこわばる、膝が震える。
「あ…、ひ…」
声すらまともに出ない。助けを求めるために大声を上げるなんてもってのほか。
だけど、だけど私の肩にそっと手をおいて、あの人は、リリー様は現れた。
肩に置かれた手に、驚いて振り返った先に、私を安心させるように微笑んだリリー様がいらっしゃった。
笑顔を消し、私の前に立ち、男たちに言い放つ。
「あなた達、私の友人に何をしているのでしょうか。それ以上その子に近づくのならば我がクラリエンス家を攻撃したものとみなしますよ。」
そこから先はほとんど覚えていない。
辛うじて、リリー様に後ろに下がるように言われたときはその通り動くことができたけど、あとはずっとリリー様に見惚れていた。
自分よりも体格がよく、年齢も上の、しかも男性相手に、人数差をものともせずたたき伏せていく姿は何物にも例えられないほど美しくて、かっこよくて、安心して。
いつの間にか、私の心臓はどくどくと高鳴りはじめ、リリー様の姿を見続けるほどにどこまでも強くなっていって。
理解した、これは友情なんかじゃない。私がリリー様に抱いているこの気持ちは、恋なんだ。
気づけばいつから参戦したのか、多くの騎士様たちに男たちが連れていかれる所で、私が胸の高鳴りを抑えようとしているうちにリリー様は私の傍へと近寄ってきていた。
まともに顔を見ることすらできない。にこやかに笑いかけてくれるリリー様を見ると、心臓が爆発しそうになる。かといって目をつぶってもリリー様の匂いが鼻腔をくすぐって、瞼の裏に焼き付いたリリー様の顔が思い浮かんでしまう。
身分が違うから、叶うはずもないのに。女の子同士だから叶うはずもないのに。
結局、騎士様たちに護衛をしてもらってリリー様と一緒にケーキを買うことができた。何を話しかけても顔を赤くしてうつむいてしまう私に若干困りながらも笑顔を向けてくるリリー様。その顔は凛々しくてかっこいいのに、どこか可愛くて…。
一度気付いてしまった以上、自分を騙してこの感情を消し去ってしまうことなんてできない。
リリー様はきっと、これからも友人として私を傍においてくださる。だから、リリー様が嫁いでしまうその日まで、せめてその日まではあなたの善意を利用させてください。
あなたの一番傍に居させてください。