今の日常
私、リリエッタ・クラリエンスは転生者である。ついでに乙女ゲームの悪役令嬢である。さらに女の子なのに何故か剣の修業をしている変わり者でもある。
私は毎朝騎士学校を卒業した兄さん(こやつも攻略対象キャラである)に稽古をつけてもらっている。理由は計画が失敗して没落した後、奇跡的に国追放だった場合のことを考えてである。流石に何かしらの自衛手段が無いと生き延びるは厳しい。
兄さんは私に剣を教えて欲しいと請われてかなり渋ったが、
「私が暴漢に襲われて抵抗することもできず、口に出すのもはばかられるようなあれやこれをされてもいいとおっしゃるんですね?何の自衛もできなければ簡単にそうなってしまいます。」
と言ったら張り切って教えてくれるようになった。なんともちょろい。
まあ、そんな話はさておきヒロインさん、侍女マリーとの話をしよう。
結論から言って私とマリーはかなり仲良くなった。毎朝の稽古も必ず見に来て私にタオルと水を渡してくれる。
ヒロインさんが時間がありそうなところを狙ってはお茶に誘ったり、お菓子を一緒に食べようと提案してみたり、恐らくお母様からの言いつけでヒロインさんに嫌がらせを行っている侍女長からそれとなく庇ってみたり。とにかくいろいろやっている効果が出ているとみて間違いはないだろう。
そういえばお母様も原作でマリーをいじめていたということを説明していなかったな。実はマリーは原作では私ことリリーとお母様の2人からいじめられていたのだ。私の方は前にさらっと言ったから割愛。お母様は原作では私がいじめているのに便乗してやっていたのだけれど、私がいじめなくてもがっつりいじめてるのに驚いた。そもそも私専属の侍女になったから会うことも少ないのになんでいじめるのやら。シナリオ通りに世界が進むように何か見えない力でも働いているのだろうか。
と、そろそろ今朝の稽古の時間だ。兄さんがまっているだろうし、急いで行かなければならない。
「お待たせしました。」
「いや、それほど待っていないよ。」
今日の稽古は実践形式だったはず。朝から少しハードな運動だがわざわざこっちから教えてほしいとお願いしているので文句は言えない。それに万が一の未来を考えると、そんな甘いことを言っている時間は存在しない。
「準備はいいかな?」
「はい、いつでも大丈夫です兄様。」
お互いに向かい合い木剣を構える。当然といえば当然だが兄様の構えている姿に隙は見当たらない。さすが騎士学校の卒業生。どう打ち込んでも負ける未来しか見えないし、逆に打ち込まれて叩きのめされる未来は容易に見える。しかしこれは稽古なのでどちらかが動かなければ始まらない。ならば先に動いて何とかこちらのペースへと持ち込んでしまいたい。
「はっ!!」
可能な限り、姿勢を低くし兄様に向かって走り出す。地面すれすれに構えた木剣の剣先を兄さんの顎を狙って思い切り切り上げる。。離れた位置から走り放たれたそれはなかなかの速度がでた。
「速さは悪くないね。」
しかし見事にその一撃は半身をずらした兄さんによけられてしまう。まあ、こんな剣が当たるとは思ってないのでいいのだが。続けざまにさらに1歩踏みこんで振りあがった木剣を切り返し頭部を狙う大上段からの振り下ろしを放つが、
「単調な技じゃ当たらないよ。」
残念ながら見事に剣で受け流されてしまう。もちろん私の剣は勢いのまま地面にぶつかり大きな隙が発生するわけで、それを兄さんが見逃すはずも無く、
「はい、僕の勝ち。剣速はそこそこいい感じになってるけどまだ攻撃のパターンが単調。後は余計な力が入って攻撃がすごく大降りになっているよ。相手に回避する余裕を与えてしまっているね。そこは必要最低限の動きで相手を追い詰めて行かないと。」
見事に首筋に木剣を置かれ注意点の嵐。
「さあ、休んでる暇は無いよ。まだまだこれから。今言ったことを頭の片隅に置いてもう一回。」
このあとも何度も兄様と稽古をしたが結局1本とるどころか木剣をかすらせることすらできなかった。今日の最初の方よりは戦い方が様になってきたそうなのでまあ良しとする。
稽古が終わったころを見計らって今日もいつも通りヒロインさんは私に水とタオルを持ってきてくれる。いつも思うが、兄様の分も一緒に持ってきてあげたらよいのではないだろうか。
「リリー様!!これどうぞ!!」
「ありがとうマリー。あなたから見て私の剣はどうでした?最初と比べて幾分かましになったとは思うのだけれど。」
「えっと…、私、剣とかわからないんですけど、でもリリー様の戦ってる姿はかっこ良かったです!!」
にこにこ笑っているヒロインさんが可愛らしすぎて思わず私の方もつられて笑ってしまう。これは攻略キャラがどんどん落ちてくのも仕方がない気がする。この笑顔を見ているだけで心が癒されていく。
「さて、じゃあそろそろ部屋に戻りましょうか。」
「はい!」
今のところ関係は良好。ずっとこうだといいんだけど…、いやそこは私の努力次第か…。