聖女の魔力
私、リリエッタ・クラリエンスは転生者である。ついでに、マリーを担いでどうやって脱出もしくは時間稼ぎをするか悩んでいる追い詰められている人間でもある。
悪いのはそれだけではない。
私の魔力がもうあまりないのだ。鍵を破壊するために使ったハンマーに大量に魔力を使ったせいだ。
とはいえあれを使わなければマリーをこうして助け出すことはできなかったのだから必要な措置だったと大目に見て欲しい。
実の所、奥の手がない訳では無い。
が、それをやってしまうと色々今までの頑張りが無為に帰す可能性があるのだ。
氷の魔術の他に私が使える魔術、闇属性。闇魔術の中に粘膜を介して魔力を奪うことが出来る魔術が存在する。言ってしまえばサキュバスなんかが男性から魔力を奪う時に使う手法と同じだ。
相手がそれを受け入れるか、拒否できないほど無防備であれば成立するその手法、マリーが昏倒している今なら出来なくもない。もちろんサキュバスと同じように魔力を奪い尽くして相手を殺すなんて事はさすがに出来ない。出来たとしてもやらないが。
ちなみに何故そんな物騒な魔術を私が使えるのかは分からない。私が[悪役]令嬢だからなのか単純に適正があったのか。どっちでもいいが、さすがに闇属性は体面が悪いため人に使えることを言ったことは無い。魔術の試し打ちも本で読んだ内容を1回ずつ人目を避けて打ったことがあるだけだが…。
やるしかないだろう。こうして迷っている今も扉を叩き壊そうとしている音は聞こえるし、魔力の無いまま立ち向かっても勝ち目どころか時間を稼ぐことすらままならない。
「マリー、ごめんなさい。文句なら後で聞くから。」
そっとマリーの顔に手を当てる。
私とマリーの顔が近付く。
お互いの唇同士が触れ合って、2人の距離は0になった。
サキュバスと同類の技なのだ。これだけではまだ発動しない。
彼女の閉じた口の中に、私の舌を潜り込ませる。
うっすらと、マリーの目が開いた気がする。…許してもらえるかは分からないが後で平謝りするしか無さそうだ。
体に魔力が満ちていくのを感じる。
申し訳ないとは思いつつも、現状の打開のためにマリーの唇を貪る。
…確かに聖女というのは特別な存在なのだろう。同じ魔力のはずなのに、マリーから借りた魔力は暴力的な力を秘めているのを感じる。
これなら、普段の数倍、よく戦えそうだ。
突然大きな破壊音響き、扉がぶち破られたのを感じた。軽く扉のあったあたりに目をやると、男たちがぽかんと間抜けな表情でこちらを見ているのが見えた。
監禁した少女と、助けに来たはずの少女がディープキスをしているのを見てしまえば確かにそんな表情になるのもわからなくもない。
唇を離し、マリーを壁に持たれかけさせて男たちに向かい合う。
「え、いや、えっ?」
何故か動揺し続けている男たちに対して先手をとる。普段の倍は切れ味の良い氷の剣を振りかぶり、大上段から振り下ろす。咄嗟にロングソードで受けようとした男だが、ロングソードがあっさりと切断されたのを見て後ろに飛び、剣の直撃は免れた。
まずい、威力が高すぎてうっかり殺してしまいそうだこんな高威力の剣では相手を無力化する前に殺してしまう。剣はあくまで迎撃用にした方がいい。
即座に左手に魔術陣を構成し、氷の礫を打ち出す。
「がっ!ぐはっ!」
「うおっ!」
「くそっ!」
連続して連射したそれもやっぱり普段の良いな威力ではなく、掠っただけで肉をえぐるようなとんでもない威力になっていた。
そのため、連射した礫が体掠って戦闘不能になった男たちが何人か発生する。
あまりにも高威力のふたつの魔術に残された男達も戦意を失いつつある。ちなみに、発動した私自身もドン引きしている。
「化け物だ…。」
ボソリと誰かが呟いたのを皮切りに皆口々に私を化け物と言いながら逃げはじめ、時間を稼ぐつもりが鎮圧に成功してしまった。
安全になったのならそれはそれでいい。マリーを今度は追ってきている敵もいないのでお姫様抱っこする。先程キスをした時にも思ったが、やはり若干目が開いている。
寝惚けていて私とにキスは夢だとでも思ってくれればいいなとは思いつつ、でもやっぱり謝罪はしなければならないだろうなと少し憂鬱になる。
何はともあれ何とかマリーを助け出すことが出来た。それだけで今は満足だ。
マリーをお姫様抱っこしたまま出口に向かって階段を登っていく。肉が抉れて戦闘不能になった男達は取り敢えず放置してきた。
地上の倉庫部分までやってくると何人かの騎士と共に兄様がいた。
「やあリリー。君の同級生の子から聞いて慌てて来てみたけど…。心配いらなかったみたいだね。」
ポンポンと頭を撫でてくる兄様。
「よく頑張った。…ただ、あんまり危険な事に首を突っ込むのは辞めてくれ。今回は上手くいったから良かったかもしれない。だけど今度はどうか分からない。」
珍しく真剣な表情で語る兄様に何も言い返せない。
「確かにリリーに剣を教えたのは僕だ。だけどそれは身を守るためであって危険に飛び込むためじゃない。マリーが大切なのはわかるけど、僕達騎士がいるのはこういったことに対処するためなんだ。」
「ごめんなさい。」
「分かればいいよ。さあ、マリーは僕らが責任を持って治療院へ連れていこう。リリーは帰って休みなさい。疲れただろう?」
騎士達に地下を調べるように指示を出しながら、兄様が私からマリーを受け取り外へと出る。
後に続いて外へと出る。
兄様の言う通り、思ったより体は疲れているようで、足がガクガクだ。緊張から放たれて、戦闘の恐怖が戻ってきたのもひとつの原因だろう。
今日は帰って休もう。…マリーに謝るのはまた今度だ。




