突入
私、リリエッタ・クラリエンスは転生者である。ついでにマリーを助けるために、誘拐犯のアジトに単身乗り込もうとしている無鉄砲な人間でもある。
計画がない訳では無い。ローイットが兄様に私が乗り込むことを伝えてくれている以上、兄様が私を助けるためにここへ単独でも駆け付けるのは時間の問題だ。
つまり、私のすることはマリーを確保して時間を稼ぐこと。それだけだ。
ローイットは暗部がマリーを見張っていると言っていてたが、黒幕が出てくる迄動かないつもりだとも言っていた。黒幕が出てくるまでにどんなことをされるかも分からないのに見張っているだけの暗部にマリーを任せる訳にはいかない。
現場に辿り着いて、一つだけ存在する入口の扉に耳を当て中の様子を探る。蹴破って飛び込んでもいいのだが、騒動を起こしてマリーを人質にでもされたら堪ったものでは無いので今回は静かに行動する。
中から何も物音は聞こえず、人がいる気配も無いのでそっと扉のノブを回してみる。幸い鍵は掛かっておらず簡単にドアが空いた。
音を立てないようにゆっくりとドアを押し開けて、隙間から中の様子を再度伺う。見張りなんかは立てて居ないようで一階の倉庫部分には埃の積もった荷物が置いてあるばかりだ。
勿論、相手が油断しているのはいい事なのだが、見張りすら立てないなんて、貴族の娘を誘拐したにしては警戒態勢が杜撰すぎる。誰も来るわけがないと鷹を括って居るのだろうか。
問題はここからだ。どこかに隠し扉があり、地下に向かう階段が隠されているらしいがそれがどこにあるのか分からない。さすがに床板を剥がして回るわけにも行かず考えあぐねていると、ふと私のポケットの中に異物感を感じた。
特に何も入れてはいなかったはずだが、ポケットの中には小さく折りたたまれた紙切れが入っていた。開いてみるとこの倉庫の見取り図のようでしっかりと地下室まで記載されている。
暗部は地下室の存在まで把握していたし、恐らくローイットの仕業だろう。なんだかんだと憎めないやつだ。
見取り図を手がかりに床を調べて行くと、あった。不自然に手をかけられるように窪んでいる床がとても見にくい所へ隠されていた。
一も二もなくそれに手をかけて開いてみると、薄暗く下へ伸びる階段が姿を表す。少々ビビってしまうが、この先でマリーが助けを求めていると考えると勇気が湧いてくる。
石造りの階段は静かに降りようとしてもコツコツと音を立ててしまい、誰かいたらバレてしまうかもしれない。
そんなことを考えていたが、階段の途中に誰かいるなんてことは無く、1番下にたどり着いたようで、また扉があった。
ただ、倉庫の出入口のような木製の扉のような簡単に蹴破る事の出来そうなものではなく、石造りの頑丈そうな扉だ。耳を押し当てて中音を探ろうとして見ても、扉が分厚いのか一切音は聞こえて来ない。
幸い、重そうではあるが鍵がかかっている様子は無いのでそのまま開けられはしそうだ。
中で何が待っているかは分からないため、身構えている必要はありそうだが。
見た目通り重いその扉を思いっきり押してみると、何とか少しづつ動き出す。貴族の子供としてはありえないほどに鍛えている私がやっとのことで動かせる扉なのだから、普通は2人~3人でやっと開くかと言ったところだろう。
たしかにこんなに重ければ逃げ出そうとしても時間がかかっていつの間にか逃げ出されていたなんて事は無いだろうし、そもそも重すぎて開けられず逃げ出せないかもしれない。
もはや静かに入り込む何て不可能だろう。
自分が転がり込めるだけの隙間が空いたのを見て素早く中に入り込む。当然右手に魔術を構えておく。
流石に、ここまで入り込んで見張りがいないなんてことはなく入り込んだ私を迎えるように髭面の男たちが待ち構えていた。
「はっ、騎士の野郎どもがもう嗅ぎ付けて来たのかと思ったらただの小娘じゃねえか。」
言動から見るに山賊の類だと思われる。少なくとも街にいるチンピラ達とは比較にならない程戦いに慣れてると見て良いだろう。
「ここに誘拐された女の子が監禁されていると思うのですが。」
「さてな、俺らを倒して探してみたらいいんじゃねえか。倒せるならな。」
言い切るのが早いか、男たちがこちらへ襲いかかってくる。
即座に右手の魔術を発動し氷の剣を出現させ、振り下ろされたロングソードを何とかそらす。
続けざまに飛び掛かってくる男たちの隙間を縫って前に出る。
挑発に乗っている暇はない。こいつらを倒すのが目的でない以上、ここでいつまでも相手にしているのは時間の無駄だ。一刻も早くマリーの安全を確保するのが最優先だ。時間稼ぎのために戦うのなんてそのあとでいい。
男たちの脇をすり抜けて完全に部屋の奥側へと抜け出す。
「ちっ、おいあいつを止めろ!」
私が女、それも子供とみて油断していてくれたのだろう。男たちが慌て始めるころには奥に続く扉へとたどり着くことができた。持っていた氷の剣を投げつけ少しでも距離を保つ。素早く扉を開けると、かなり暗いが鉄格子が見えるのでここがマリーの捕らえられている場所とみて間違いないだろう。
「申し訳ありませんがしばらく時間をいただきます。」
男たちが扉にたどり着く前に扉を閉め、扉のすぐそばにあった椅子をひっかけて閂代わりに固定する。相手が筋骨隆々の男たちと考えるとそれだけではまだ不安なので、一応準備していた左手の魔術を発動させ扉と床の一部を凍らせて癒着させておく。それほど強度に期待はできないがないよりはましだと信じたい。
ガタガタと扉をたたきつける音は聞こえるが、やはり監禁用に作られた扉だけあってすぐに壊れることはなさそうだ。これならマリーを開放する時間ぐらいはあるだろう。
残念ながら私は明かりの魔術を使えないため、薄暗い中を半ば手探りで鉄格子の入り口を捜す。鉄格子の範囲は思ったより広く、治安が悪い地域だとはいえこんなものをよく気付かれないように作ったものだと感心してしまう。
「マリー!聞こえていたら返事をしてください!」
大きな声で名前を呼ぶが返答はない。
多少の焦りを感じつつ、鉄格子伝いに移動を続けると、ようやく入り口と思われる開口部へとたどり着いた。当然だが鍵がかかっている。おそらくさっきの男たちの誰かが持っているのだろう。
ただ、この手の鉄格子は鍵の付近を破壊してしまえばすぐに開く程度のものでしかない。
再び右手に魔術に魔術を展開する。必要なのは殺傷力ではなく破壊力なので、作り上げるのは氷のハンマーだ。
本来であれば鉄に氷を打ち付けたところで並大抵の力では破壊できないが、私の作り出した氷のハンマーは使用する魔力を大幅に増やし、強度と密度、破壊力を増したものなので、鉄に数度思い切りたたきつければ破壊することができるだろう。
全力で鉄格子に向けてハンマーをたたきつけると、さすがにものすごい反動が返ってくる。一度たたきつけただけだというのに若干手がしびれている。だが、今休んでいる暇はない。早くしないと扉を破られてしまう。
両腕のしびれる感触をこらえながらもう数回、思い切りたたきつけると鍵は壊れ、鉄格子が開くようになった。
中に飛び込み、目を凝らすと、猿轡をかませられ、後ろ手にロープで縛られたマリーが倒れていた。
「マリー!」
慌てて近寄って息を確認すると、呼吸はしているようでほっと一安心。だが、何か薬品の類でも使われたのかゆすってもたたいても目を覚ましそうにはない。
とにかくマリーの身柄は確保できた。
さて、ここからどうやって脱出するか…。




