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第1話 迷子の魔王

完結まで書きました。

全話予約投稿済みです。

全4話、三万五千字くらいで完結します。

初日以外は毎日12時更新で、四日で終わります。

よろしくお願いします。

「ここは……どこだ?」


 唐突に聞こえて来た声に、私はひどく驚いた。

 なぜなら、ここは人が何の脈絡もなく現れるような場所ではないからだ。


 周囲には、錆びついた客席やら、壊れた看板やらが散乱していて、とてもではないが人が滞在したくなるような様子ではない。

 ただ、私のいる場所だけ、奇妙に整頓されていて、それは私が一月ほどかけて掃除した結果だったりする。


「そこのお前、お前に聞いている。ここは、どこだ?」


 声の主は、別に何の意味もなく声を発していたわけではなかったようだ。

 私に質問していたつもりだったらしい。

 しかし、その質問内容が奮っていた。


 ――ここはどこだ?


 なんだ、それは。

 どういう意味だ。

 不法侵入をした私に対するあてつけか何かなのか。

 そう思った。


 ……まぁ、いい。

 何にせよ、私は見つかってしまったのだ。

 もう、今日までのつかの間の静かな時間はおしまいというわけだ。

 それならそれでいいだろう。

 私は覚悟を決めて、立ち上がり、そして声が発せられた方向に顔を向けて怒鳴る様に言う。

 女子高生にしては、いささか品がないような気もするが、相手の顔が見えないくらい離れた位置にいるのだ。仕方がない。


「……どこって、プラネタリウムですよ! 見ればわかる通り、廃墟ですけど……外に看板がありませんでした?」


 答えた私の格好は、学校の制服である。

 短めのスカートに、着崩したブレザー、ほつれかけたセーター。

 対して、声の主はと言えば……。


 私はゆっくりと近づいてきたその人物の姿を見て、絶句した。

 なぜと言って……。


「ほう、ぷらねたりうむ、だと? それは聞いたことのない言葉だな。観察するに、何かの施設のようだが……そこの珍妙な格好の娘。私にそのぷらねたりうむ、について説明しろ」


 私の言葉に尊大にそう言い放った人物の顔立ちは、ひどく整っていて、それだけで芸能人になれそうだったが、それはどうでもいい。

 髪は長い銀色で、さらさらとしており、そのキューティクルを私に分けてくれないものかと思ったが、それもどうでもいい。

 身に着けている服は、どう見てもコスプレで、真っ黒い服に真っ黒いマントだったが、それもまたどうでもいい。


 そうではなく、その人物には人にあるまじき器官がついていたのだ。

 額あたりに二本の角が、背中からはどう見ても機械やそれに類する機構で動いているわけではないように思える蝙蝠のような翼が生えていた。

 どちらも、完全に皮膚に癒着していて、作り物には見えない。

 特殊メイクだとしてもハリウッドクラスではないか。あんなもの、こんな場所に来るのにわざわざお金をかけてするものではないだろう。

 つまり、本物ということではないか。


 さらに、その人物はふわり、と私の横まで、空中を浮遊してやってきて――


「なんだ、私の言葉が聞こえなかったのか? 三度は言わんぞ。説明するのだ、娘」


 そう言って、私の瞳を見つめた。

 目の色は、深紅だった。


 ◇◆◇◆◇


「ふむ、それではあの巨大な砲のようなもので、天上に星を映すのか?」


 その、二本角を生やした、一風変わった男がプラネタリウム投影機を指さしながら私に言う。

 私は頷きながら答える。


「ええ……そうです。それを横になって眺めるんですよ。客席はここの二つ以外、瓦礫に埋まってますけどね」


 私のお掃除によって綺麗に片付いたのは、二つ分の客席だけだ。

 他は私のやる気エネルギーが不足しているために、諦めた。

 そもそも、私はここに学校をサボるために来ている。

 自分の居場所さえ確保できるなら、別に他のところがどれだけ汚れていようとどうでもよかった。


「……星か。そんなもの、夜空を眺めればいくらでも見えるだろうに、変わった施設を作るものだな、人というものは……」


 しみじみと男がそう言うので、私は反論する。


「今の世の中じゃ、夜空を眺めてもそうそう星なんて見えませんよ。排気ガスやらなんやらで空が汚れてますからね。空気のきれいなところに行くには時間がかかりますし」


「ふむ。そうなのか? 難儀なものよ。我が国では……」


 と、何か男の話が始まりそうなところで、


「陛下! 陛下ぁ~! どこにいらっしゃるんですか?」


 と声が聞こえて来た。

 それからしばらくして、何者かがやってくる。

 見えてくる影は、女性のもののようだった。


 そして、顔が見えるくらいまでの距離に近づくと、そこにいたのは、狐耳の生えた変わった格好の女性であった。

 銀色に輝く鎧を身に着けている。

 今日はコスプレパーティーなのかな?

 例によって、耳と頭の間に継ぎ目とかそういうものは一切見当たらない。

 髪で隠れて見えないだけなのかもしれないが、そうだとしても恐ろしい完成度である。

 彼女は、私の隣にいる男の顔を見て、言う。


「陛下、こんなところにいらしたのですか」


 それに対して、陛下、と呼ばれた男は、


「よく、ここに来れたな」


 と感心した様子で言った。

 女性は、


「門が開きっぱなしでしたからね。私ひとりじゃ来れませんよ。そもそも、ここどこですか? 隣の女の子は……あら、人間?」


 突然目を向けられたので、私は頭を下げる。

 女性は、


「……? 孤児か何かですか? 私たちを見て、何も思わないのですか?」


 と鋭い視線で尋ねて来たので、私は答える。


「両親共に健在ですよ。何も思わないのかって、ええっと……耳がかわいいとか、目が赤くて綺麗とかでしょうか。髪がさらさらでうらやましいとか……」


 正直に思ったことだ。

 両親は実際健在だが、あまり私に関心がないというか、仕事が忙しいらしくて構っている暇がないという感じだ。

 別に愛情がないとかそういうわけではないので、何の変哲もない一般家庭と言ったところである。

 現代においては特に珍しくもない、普通の家庭事情であるが、女性は何か私の返答に驚くところがあったらしい。

 目を見開いて、


「……陛下、この女の子は一体……?」


「私を見ても何も言わなかった娘だぞ。それどころかこの、“ぷらねたりうむ”の説明までしてくれた。夜空を映して楽しむところだそうだ」


「あとで説明していただけるのですか?」


 じとっとした目で男を見つめる狐耳の女性に、男はかすかにほほ笑んで、


「あとでな」


 と言った。

 それから女性は私に、


「ところで、さっき耳がかわいいって言ってましたけど、これのことですか?」


 と自分の耳を指さしてぴこぴこ動かした。

 つけ耳には見えない、まるで本当に意思に従って動いているかのような感じだ。

 すごい。かわいい。

 私はそう思ったので、頷く。

 すると女性は、


「触ってみますか?」


 と、とても親切なことを言った。

 私はそれに対し、ロボットのようにぎこちなく、ぶんぶんと首を縦に振り、それからゆっくりと女性の耳に近づいて、そっと触れた。


「あっ……」


 触れると同時に、女性はかすかに吐息を吐いたが、避けることはなかった。


 ふわふわ。

 ふわっふわである。

 しかも温かい。

 さらさらすべすべとして、すごく気持ちのいい感触がする。


「これは……素晴らしいですね……芸術品です」


 掛け値なしの本音として、そんなセリフが出てきたくらいだ。

 女性は、


「怖くないのですか?」


 と耳を触れられながらも尋ねて来たので、私は答える。


「そう言われましても……どのあたりを怖がったらいいのか」


 すると、女性は、


「そうですね……では、これはどうですか?」


 そう言って、私から少し離れ、近くにあった瓦礫の一部に近づいた。

 鉄パイプが幾重にも重なって絡まり合ったような瓦礫である。

 酷く重そうで、数百キロはありそうだった。

 それなのに、女性はそれを掴み、次の瞬間、軽々と持ち上げたのだ。

 私は、息を呑んだ。

 女性は言う。


「これでも、怖くないと?」


 あまりにも鈍い話だが、私はここに来て、やっと女性も、男も、特殊かつ高度なただのコスプレイヤーたちという訳ではないらしいと理解した。

 いや、見た目から、おそらくはコスプレではない、そんなクオリティではないと理解はしていたのだが、しかし実感が伴っていなかったのだ。

 けれどこれは……。

 ここは現実だ。

 ゲームのように、どれほど高品質のコスプレをしようと、ステータス上昇効果がつくわけがない。

 つまり、あの女性の腕力はあの女性自身の持っているものなのだ。

 数百キロはあるだろう鉄の塊を、簡単に持ち上げるような力を彼女は持っている。

 そういうことなのだ。


 それは確かに、恐ろしい話である。

 あの力が私に向けられれば、即座に死ぬ。

 それが分からないくらい子供ではないし、その可能性が全くないと考えられるほど純粋でもない。

 でも……。


「……私を殺すのにそんな腕力はいらないですよ。ナイフ一本あれば簡単なことで……それ以上の力は私みたいな弱い人間にとって、同じようなものですし」


 冷静に考えてそう思った。

 私は特別な力を持たないただの女子高生だ。

 当たり前だが、駅のホームで線路に軽く突き落とされたくらいで死ぬ。

 それなりの腕力のある同い年くらいの少年に首を絞められても死ぬ。

 同じ女子高生でも、相手がナイフを持ってかかってくれば、やっぱり死ぬ。

 死ぬ原因など、そこら中に転がっているのだ。

 今更、それが一つ増えたくらいでおびえる理由にはならないだろう。

 そもそも、彼らがその気なら、私はすでに死んでいるはずだ。

 そのようなことを言うと、女性も男もなんとも言えない表情で、


「……こんな人間ばかりなら良かったのに」


「そう、うまくもいかん。この娘はここでも珍しい方だろうよ」


 と言った。

 私が珍しい性格かと聞かれると、そうでもないだろう。

 むしろ現代に溢れているモラトリアム人間の一人であると言える。

 ただ……。

 おそらく、この男と女性は、あまり私のような考えをする人間とは会ったことがないらしいというのは会話の内容でわかる。

 現代人ではない、ということだろう。

 しかし、そうであるなら一体何者なのか。

 何か、不思議な存在であることは分かるけれど、改めて何者なのかと言われると……。

 見た目から予想するなら、男の方は……。


「……魔王?」


 すると、男は目を見開き、


「ほう、よくわかったな。私はエンテミールが魔族の王、魔王ヘイルだ」


 と名乗る。

 そのあと、女性も続いて、


「私は魔族四公の一人、リュイリー・セントです」


 と言った。

 正直言って、何トチ狂ったことを言っているのか、と思ったのは確かだ。

 けれど、その感覚を、先ほどの女性の……リュイリーの腕力が否定している。

 確かに、魔族がどうとかそういうのが本当かどうかは置いておいても、私の知識の及ぶなにかではないのだと、納得せざるを得なかった。


「お前は?」


「……県立山王高校二年、綿谷桜花です……」


 尋ねられたので、一応、自己紹介は返しておくことにした。

 何か、私の肩書だけしょぼくて、悲しくなったのは秘密だ。


 ◇◆◇◆◇


「では、お二人は地球とは別の世界の方々だと……?」


「そういうことになるな。あぁ、心配はせずともいいぞ。この……地球に対して門を開けるのは私だけだからな」


 私の質問にヘイルさんが答えた。

 突然の魔王宣言に怪しいものを感じなかったわけではないが、特殊な力を持っているのは間違いない二人である。

 事情を細かく聞いてみることにした私だった。


 するとわかったことは、彼らはこの世界……地球とは別の異世界とでも呼ぶべきところから“門”と言う魔法?を使用してやってきたらしい、ということだ。

 もともといた世界の名前がエンテミールであり、彼らの種族が魔族、そして魔族を治める王様が魔王、ということのようである。

 今、彼らは自分たちの世界で人間……つまりは彼らのように角やら獣耳やらがない、私のような人間と、世界種族戦争をしているところで、とっても大変なことになっているらしい。

 にわかには信じがたい話だが、信じるしかないだろう。

 リュイリーさんの腕力は地球上で持てるものではない。

 まぁ、同じくらいの腕力を持っている人はどこかにいるのかもしれないが、その場合は筋肉むきむきの筋肉お化けのはずだ。

 リュイリーさんは、私よりも華奢に見える。

 それであの腕力は、ありえない。


「だからさっきのリュイリーさんの台詞なわけなんですね」


「そうですよ。普通、人間と言えば私たち魔族を見ればまるで親の仇みたいに罵りますからね……まぁ、実際親の仇であることもあるのでしょうけれど、それはお互いさまという奴ですよ」


 戦争していればそういうこともあるだろう。

 それにしても、魔族、という割にはかなり温厚で言葉の通じる人たちのようであった。

 それとも、彼らからしてみれば敵対していない異世界の人間に対してだからだろうか。

 気になって私は尋ねる。


「皆さんは人間を……私をそんな風には見ないんですか?」


 これには、ヘイルさんが答えた。


「そもそも私たちは戦争なぞはじめからしたくなかったからな。こっちでも向こうでも人間に対する態度は同じよ」


「ではどうして……」


「戦争など始めたか、か? それは人間どもが信じる宗教に原因がある。なんと言ったか……」


 少し考え込んだヘイルさんに、リュイリーさんが、


「聖天教ですね。別に宗教自体を否定する気はありませんが、今のあの宗教は害悪です」


「おぉ、そうだったそうだった。その聖天教がな、二十年ほど前に突然、言ったのだ。魔族は悪魔の末裔である、滅ぼさねばいずれ世界に悪影響が……とな。それで戦争になった。愚かな話よ」


「宗教戦争なんですか……どこの世界も似たようなものなんですね」


「ほう、こっちでもあるのか?」


 興味深そうに尋ねられたので、私は一通り説明した。

 と言っても、せいぜい世界史で学んだ話を私の覚えている限りしたくらいである。

 いろいろ間違っていたり、うろ覚えなところも少なくなかった。

 けれどヘイルさんもリュイリーさんも恐ろしいほどに賢くて、すぐに話を理解し、覚えてしまった。

 もしかしたら、魔族、というのは人間よりもずっと進化した種族なのかもしれない。


「本当にどこの世界も変わらぬのだな……今も同じか?」


「いえ、今は……全世界が平和、とまでは言いませんが、私の住んでいる国、日本は比較的平和な方ですね。直近70年くらいは戦争はしていないと思うので。私くらいの年の人間はほとんど、戦争を知りません。軍隊のようなものはありますけど」


「なるほどな……我が国もいずれそのようになればいいのだが」


 しみじみと言ったヘイルさんに、リュイリーさんが言う。


「あっちの人間が即座に手出しをやめてくれれば収まる話ですが、無理でしょうね。陛下も前線で戦う神兵を見たことがございますでしょう? 狂信とはああいうことですよ」


「そうだな……」


「そんなにヤバいんですか?」


 うんざりした顔で肯定したヘイルさんの様子に、気になって尋ねてみると、リュイリーさんが、


「そりゃもう。死に物狂いで向かってきて、死んでも傀儡魔術で突っ込んでくるんですよ。どっちが悪魔の軍勢だよって突っ込みたくなるレベルです」


「それは……」


 相当に悲惨な戦争らしかった。

 ていうか死んでも突っ込んでくるって。

 それもう、ゾンビ軍団じゃないか。


「まぁ、いつまでもあのような戦いはつづけられぬ。死んでもかかってくるとはいえ、魔術師も魔力も有限だからな。どちらかが滅びるまで、ということにはなるまいさ。あの神兵どもも、よほど信仰心の篤いものばかりだったからあのような扱いをされても文句が出ないだけだ。一般の人間はあそこまでではなかったぞ」


 そう言ったヘイルさんを、リュイリーさんが睨みつける。


「……陛下、まさか人間の街にいらっしゃったのですか?」


「……む、ばれたか。いや、なに、ちょっと散歩がてらな……みな、優しかったぞ。王都の路地裏の店で食べたハンバーグという料理が絶品でな」


「絶品でな、じゃありませんよ! 御身に何かあれば大変なことになるっていうのに……」


「まぁ、今度から控える。そんなにケンケンするものではないぞ、リュイリー」


「陛下……はぁ。まぁ、せめて来るならここにしてくださいよ。ここならまだ安心ですから。ここの人間は、桜花のような者ばかりなのでしょう?」


 リュイリーさんとヘイルさんの視線が向けられたので、私は考えて答える。


「みんなそうだってわけじゃないと思いますけど……あまり目立つことをしなければ安全なところですよ。ましてやお二人なら」


 あのような腕力があるなら、何かに巻き込まれても問題ないだろう。

 最終的に警察は来るかもしれないが、その前に逃げおおせるだろうし。


「と、言うことのようですから。陛下、よろしくお願いします」


 リュイリーさんの言葉に、ヘイルさんは観念したように、


「分かった分かった……」


 と言った。

 それからリュイリーさんが、はっとしたような顔をして、


「おっと、そうでした! 妙な場所に来たから忘れちゃってましたけど、陛下。ナデオ様がお呼びですよ! なんでも大切な話があるとか……」


「な、なにっ!? なぜそれを早く言わんのだ……これほど待たせては、私の身がどうなるかわかったものではないではないか……」


 リュイリーさんの言葉に、ヘイルさんはがっくりとした顔で答える。

 どうも、ナデオ、という人はヘイルさんにとっても怖い人らしかった。

 ヘイルさんは立ち上がり、それから私に向かって言う。


「すまないな、桜花よ。用事が出来た。また来る故、そのときは話し相手になってくれ。お前の話は面白い……これを、再会の約束に渡しておこう」


 ヘイルさんはそう言って、私の手に何かを握らせた。

 それから、リュイリーさんと一緒にどこかに向かって足早に去っていく。

 リュイリーさんは一瞬振り返り、


「桜花、また会いましょう!」


 そう言い、そして二人そろってどこかに消えていった。

 私ははっとして、二人を追いかけたが、そのときにはもう、どこにも二人の姿はなかった。

 このプラネタリウムの廃墟の中には出入口は一つしかないはずなのだが、二人の向かったのは別の方向だった。

 見つからないはずがないのだけど、奇妙なことに二人の姿はどこにも見つけることは出来なかった。

 まぁ、門がどうこうとか言っていたので、そこから向こうの世界に帰ったのだという解釈をするのがいいのだろうが、未だに半信半疑な感じなのだ。

 一応探してみたくなるのも人情と言うものである。


 それから、私はあっけにとられたような気持ちのまま、プラネタリウムの外に出た。

 太陽の光が普段と変わらずに、さんさんと降り注いでいた。


 学校の校庭がすぐそこに見え、フェンスが覆っている。

 私はフェンスを飛び越え、学校敷地にに入り、そのまま校舎に向かった。

 向かうのは保健室である。

 お昼休みからずっとプラネタリウムにいて、今は四時間目が始まってしばらく経ったところだ。

 サボったことがばれないように保健室で適度に寝て、それから教室に戻ろうと思った。


 保健室のベッドの上で、考える。

 先ほど起こったことは、ただの夢だったのではないだろうかと。

 あんなおかしな二人組など、私の幻覚か何かだったのではないか、と。


 しかし、私はそこで自分の手の中に、何かの感触を感じて開く。

 するとそこには、


「……きれい」


 不思議な模様の描いてある球体がヘッドに浮かんでいる、ペンダントだった。

 そう、ペンダントヘッドは、浮かんでいるのだ。

 チェーンはあるし、それと連動して動くのは間違いないが、しかしヘッドであるその球体は、まるで重力の影響など受けないように独立して浮かんでいるのだ。

 こんなものは、この世界のどれほどの技術者がその持てる技術をすべて注いだところで作れるものではないだろう。

 遠目に見れば、ただ小さな黒真珠がついているだけの、何の変哲もないペンダントに見えるのだが……。


 やはり、あの二人は、いたのだろうと思わずにはいられない一品だった。

 これをヘイルさんは、“再会の約束”と言っていた。

 だからきっと、これを持っている限り会えるのだろう。

 私はそのペンダントを首に下げて、自分の教室に戻ることにした。


 ◇◆◇◆◇


 人は異質なものを排除しようと攻撃する。

 それは、別にあの二人のいるらしい異世界でなくとも同じことだ。


 私が二年三組の教室に入ると、まるで今までは空気が水色だったのに、突然そこに墨が吐き出されたかのような不安と緊張が生まれたのを感じた。


 ――視線が痛い。


 心の底からそう思う。

 なぜ私がただこの教室に入るだけでこんなことになるのかと言えば、私が、この二年三組という教室の中という世界で言う所の魔族であるからだろう。

 あれは排除すべきものだから、と敵視され、それ以外の理由なく、ただ存在しているだけで睨まれ、うとまれる。

 ひどく理不尽な話だが、それこそ現代の日本の学校という空間においてはさして珍しくもない光景だった。


 教師は知っているのか、というと……。


「……綿谷か。早く座れ。授業は始まってる」


 興味なさそうな顔で彼は言った。

 彼は大学を出たての若い教師で、空気にも比較的敏感であるはずで、つまりこの状況の異様さには気づいている。

 けれど、彼はそのことについて何も言わない。

 何も言わずに、教科書をペラペラと開いて、黒板に板書するのだった。

 彼の背後で真面目そうな顔をしていた少女たちが数人、私の顔を見て笑い、何か細かいゴミのようなものを投げつけてくる。

 教師が振り向くとやめるのだが、また黒板に向かうと同じことを繰り返す。

 痛くはないが、うっとうしい。


 バカみたいだ。

 そう思う。


 授業中はだいたいがそんな感じで進んでいき、授業が終わると大抵、掃除はすべて私に押し付けられる。

 時間がかかるとふざけるなと言われて蹴られたりする。

 ひどい話である。

 何度か教師に訴えたのだが、聞く耳持たずか、お前が悪いの一点張りで何の効果もなかったばかりか、行為がエスカレートしただけだった。


 かなり詰んでいるな。


 とたまに思うけれど、いかんともしがたい。

 私が実際に彼女たちに何かをしたがためにこのような目に遭っているというならまだ多少はあきらめもつくが、特に心当たりもなく、改善は望めそうになかった。


 仕方なく、私は彼女たちと出来る限り顔を合わせないように努力する、という方法をとって過ごすことにし、その結果があのプラネタリウム廃墟侵入だったというわけだ。

 そのお陰で妙な出会いに恵まれたが、しかし、学校での立場は変わっていない。


 これからどうしよう、と毎日思う私であった。


 両親には、心配させたくないがために相談はしていない。

 これからもおそらくはしないだろう。

 今、私は高校二年。

 あと一年と少し、耐えられるかどうかは微妙なところだが、なんとかなるといいなと思っている。


 見通しは、暗いけれど。


 ◇◆◇◆◇


 もぐもぐとご飯を食べている。

 どこで食べているかって?

 それはもちろん、女子トイレの中だ。

 教室で食べてもいいのだが、そうすると高い確率で机を蹴られるか、お弁当箱をゴミ箱に投げ入れられる。

 せっかく母が作ってくれたというのに、それは流石に申し訳がなく、私は基本的にいつもここでお弁当を食べている。

 そのあとにプラネタリウムに向かう、というのが最近の私の日課だ。


「……ごちそうさま」


 さっさと食べ終えて、今日もまた彼女たちより逃げ回るべく、お弁当箱を占めると同時に、


 ざばーっ!!


 と、頭の上から大量の水が降って来た。

 実のところ、さっきから、妙に水道の音がうるさいなと思っていたのだ。

 どうやらバケツか何かに水をためていた音だったらしい。

 そんなこともあろうかと、ご飯をさっさと片付けたということもある。

 今日は私の勝ちのようだ、とそう思った。


 ずぶ濡れになったら負けだろうって?


 いや、奴らは私のお弁当をダメにするという目的のもと、水をかけたのであって、私をずぶ濡れにするのは副次的な目的のはずだ。

 つまり、主目的を達成させなかったのだから、私の勝ちだ。

 ……詭弁か。まぁ、分かっているのだけれど、そう考えないと死にたくなる私の気持ちを察してほしい。


 ……?


 けれど、改めて考えると、なんだか不思議だった。

 水……かかったよね?

 頭の上からかけられたよね?

 その割に、全く濡れていないのだけれど、これはどういうことなのだろうか。

 私はそう思った。


 実際、足元は水浸しなのだ。

 けれど、上履きすらも濡れていない。

 はて、これはおかしな話だ……そう思って、上の方を見てみると、そこにはなぜか、透明な傘のようなものが存在していた。

 と言っても、本当の傘ではない。

 そうではなく、なんというか、傘の形に広がっているガラスのようなもの、というべきか。

 触れてみると、ぶぅん、とディスプレイに触れるような感触がして、強く突くと指は突き抜けた。

 しかし指を抜いてみると、穴が開いたはずの部分は即座に閉じる。

 なんだこれは。


 奇妙に思って上を見続けていると、二度目のバケツ雨が降って来た。

 それから、


「調子に乗ってるんじゃねぇよ!」


 と、我が二年三組における聖天教教主であらせられる三浦真理亜嬢の品のない声が聞こえてきて、それに続き彼女の取り巻きの笑い声がして、バケツをぶん投げてどこかにぶつける音がし、最後にトイレのドアが閉まる音がした。

 どうやら、去っていったらしい。

 すると、まるでそれを確認したように、私の上部に展開されていたガラス状の傘らしきものは消えたのだった。


 鑑みるに、どうも、あれは私を濡らさないために現れたもののようだ。

 しかし、あんな魔法のようなこと、私にはできない、できるはずがない……とそこまで考えて、ふと、この間、ヘイルさんにもらったペンダントのことを思い出した。

 あれは私が男の人からはじめてもらった贈り物?なので、今日も首からぶら下げていたのだが、それをブラウスの内側から取り出してみると、わずかに熱を持ち、柔らかく発光していた。


「……これの、お陰?」


 どう見てもそうなのだろう、と思ったけれど、この推測が当たっているかどうかは分からない。

 今度ヘイルさんたちに会ったときに尋ねてみよう、と思った私だった。


 ちなみに四時間目にまったく濡れていない状態で授業に参加した私を見て、三浦真理亜嬢その他が唖然とした顔をしていた。

 何が起こったのか理解できないのだろう。

 喜んでほしい。

 私も、よく、わかってはいない。


 ちなみに、その日もまた、掃除は全部私に丸投げされた。

 こればかりはペンダントも助けてくれなかった。


 なぜだ。


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