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火星花嫁  作者: 猫又
第一章 伊織と海賊
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伊織、海賊船に乗る

 ぴしゃ、ぴしゃと音がして頬をたたく感触で私は意識を取り戻した。

「おい! おい!」

 うっすらと目を開ける。男の顔が目前にあり、その瞬間にすべてを思い出した。

 体中に冷たい震えが走る。

 生きていた事を喜ぶ前に私の前にいるのが警察に追われるような凶悪な人間であるという事を思い出したからだ。

「大丈夫か」

 私は首を左右に振った。

「空中ダイブ、面白かったな」

「ひゃ、百五十階から……飛ぶなんて……」

「大袈裟だな」

 男は肩をすくめてみせた。


 私はそっと体をおこした。薄いシーツの下はやっぱり裸で、慌ててシーツをひっぱる。

 部屋の中は広く大きな窓は厚いカーテンで覆われていた。  

 私は私が十人は眠れそうな大きなベットにいた。

「いおりと言ったな、お前」

「ええ。あの、私は明日、地球に帰らなきゃならないの。だから……」

 男はくすっと笑った。

「自分の立場がよく分かってないようだな?」

「え?」

 男は立ち上がり、窓際の分厚いカーテンをさっと開いた。

 始めはただ外が暗いだけだと思った。でも何か違う。どうしてこんなに星が近いの。

「!」

 違う! ここは……外は……暗黒の宇宙空間だ!

 私の顔色が変わったのを見た男がにやりと笑った。

「分かったか? ここは宇宙船の中、俺達は二時間前に火星を飛び立ったのさ」

「ど……どうして? 私は……どうなるの?」

 確かに耳をすましてみれば、微かに震動が聞こえる。確かにここは船の中だ。

 私はシーツをぎゅっと握りしめた。

 暖かい部屋で私は体中に冷たい汗をかいていた。

 男は私をじっと見ていたが、そのまま部屋を出て行った。

 私は必死に自分に言い聞かせた。

 考えろ。冷静に考えろ。


 あの男はきっと宇宙海賊だ! 私は誘拐されたの? 理由は?

 いつかのニュースで見た記憶がある。地球人は高く売れるんだ。

 もしかしたら身代金を? 無理だ。貧乏な町工場の父親に払えるはずがない。

 結婚相手は払ってくれるだろうか?……無理だろうな……宇宙海賊に支払う金でもっと若く綺麗な娘と結婚するだろう。

 そうしたらどこかよそへ売られる?

 まだ奴隷制度が普通に横行している星などいくらでも存在する。

 

 嫌だ! こんな所で死ぬのは嫌だ!

 逃げよう。このままここで殺されるか売り飛ばされるのを待つのは嫌だ。

 だけど、今の私は真っ裸。何か着る物はないかしら。

 私は体にシーツを巻き付け、立ち上がった。

 部屋の中を見渡したが、ベッド以外には何もない部屋だった。

 外に出ようと男が出て行った扉の前に立ってみる。

 開かない!

 どうしよう。

 扉を押したりたたいたりしてみても何も起こらない。

 困ったな。

 他に出口はないのかしら。

 振り返った私の背後で扉の開く音がした。

「ひっ」

 つい、二、三歩下がる。

「伊織ちゃま!」

「うわっ」

 入ってきたのは可愛い顔をした小さな女の子だった。

 真っ白な肌に真っ赤な瞳。くるくる巻き毛のブロンド。白いひらひらの総レースのドレスを着て、まるでフランス人形のよう。

 きっとあの海賊の身内だろう。

「伊織ちゃま!」

 彼女はもう一度そう言うと私に抱きついた。

 驚いたのととっさに体をかわしたので、二人は一緒に転げた。

 しかし、さらに驚いたのは、

「ねえ、伊織ちゃまがお兄ちゃまの花嫁さんなの?」

 と言った少女の言葉である。

「ち、違うわ……私は花嫁じゃないわ」

 ふっと少女の表情がくもった。

「じゃあ、どうしてここにいるの?」

「それは……」

 あの野蛮な海賊にさらわれたのよ!

 でも怖くてそんな事言えっこない。

「あの……どうして私の名前を知ってるの?」

「だって、お兄ちゃまが言ってたもの」

「お兄ちゃまって、あの空中ダイブをしたブロンドの人?」

 少女は嬉しそうにうなずいた。

「ええ、お兄ちゃまはとても強くて、格好いいの。それで、とても有名な海賊なんですって! 伊織ちゃまもお兄ちゃまが好きでしょう?」

「いや……あの……」

 やっぱり、海賊だったんだ! 

 少女は私に抱きついたままだったけど、さっと立ち上がり、

「私の名前はアリア。アリア・ルトールといいます」

 と礼儀正しく言った。

 その時、一つの考えが浮かんだ。この少女はあの男の妹らしい。

 この少女を人質にすれば、ここから逃げ出せるかもしれない。

 だけど私は頭を振ってすぐにその考えを打ち消した。

 どうかしてるわ……こんな子供を人質にしようなんて。

 でもこのままでは自分がどこかへ売られるか殺される。

 そうは思ってみたが、やはり私にはできない。

 転げて座り込んだ私はようやく立ち上がり、

「本城伊織よ」

 とだけ言った。

 アリアはベッドにぽんっと飛び乗ると、

「私、ずっと待ってたの」

 と言った。

「何を?」

「お兄ちゃまの花嫁さんが来るのを!」

 その言い方がとても嬉しそうなので、私は不思議な感じがした。

「どうして?」

「だって、お兄ちゃまはお仕事がとても忙しくて、アリアとなかなか遊んでくれないの。でもね、約束してくれたの。お兄ちゃまの花嫁さんがきっとアリアと遊んでくれるって!

それまでいい子にして待ってなさいって言われてたから、アリア、ずっといい子で待ってたのよ。ね、伊織ちゃまはアリアと遊んでくれるでしょう? アリア、とっても寂しいかった」

 まあ、かわいそうに。


 ここでアリアの表情が少しだけ変わった。

 にやりと笑ったのだ。

 それはなんだか……少し、少しだけ大人びたような顔だった。

「今までたくさん、お兄ちゃまの花嫁さんが来たの。でもね、アリア、どの花嫁さんも気にいらなかった。だって、皆、アリアとあまり遊んでくれないんだもの。お兄ちゃまの御機嫌をとるか、宝石やドレスで着飾るのに忙しいの」

「そうなの、で、でもね、私は地球に帰らなきゃいけないの。待ってる人がいるし仕事もあるから」

「どうして? ここにいればお仕事なんかしなくてもいいのに。お兄ちゃまがきれいな宝石やドレスをいっぱいくれるよ」

 アリアは首をかしげながら言った。

「私はね、地球に帰りたいの」

 なるべく優しく言ったのだけど。

「どうして? どうして、誰もアリアと遊んでくれないの?」

 アリアは瞳に一杯の涙を浮かべた。

「あのね……」

「でも、伊織ちゃまはもう帰らないってお兄ちゃまが言ってたもん」

「え?」

 アリアはにっこりと笑うと、

「伊織ちゃまはお兄ちゃまの花嫁なんだもん!」

 と言いきった。

 そんな……どうして私が海賊の花嫁になんかに。

「ね、アリアちゃん! お兄ちゃまはなんていうお名前なの?」

「伊織ちゃまったら、お兄ちゃまの名前も知らないの? お兄ちゃまはね、イリア・ルトール。でも仲間は皆、カイザーって呼ぶよ」

「カイザー……って聞いたよう単語だわね。地球言語じゃないの?」

 アリアは首をかしげて、

「地球には行った事ないわ。カイザーって私たちの星じゃ一番偉い人って意味だってアモンが言ってたわ」

「そうなんだ、まあ言語ってどこでも似てる部分があるものね。地球でもカイザーは皇帝という意味だから、まあ、一番偉い人かな」

「そうなの? 地球ってどんな星?」

「緑が多くて、綺麗な星よ」

「ふうん」

 私、ぽんっとベッドに座りこんだ。

 その私の横にアリアは座って、私の膝にごろんと頭を預けた。

「わあ、伊織ちゃまのお膝は柔らかいな」

「そ、そう?」

 とほほ。

「あ、そーだ。伊織ちゃまのお部屋にアリアが案内するね」

 アリアはぱっと起き上がって、楽しそうに言った。

「お部屋?」

「うん! お兄ちゃまが伊織ちゃまの為に準備したお部屋。ね、こっちに来て!」

 アリアは私に手をぐいぐいとひっぱりながら、扉の前に立つ。

 先程まではびくともしなかった扉がシュッと開いた。

 私はシーツを身にまとったまま、引かれるままにアリアの後についていった。

 廊下には誰もいない。

 これが船の中なのかしら。

 床にはふかふかの絨毯が敷き詰められ、壁には絵画がかかっている。

 連れていかれた部屋の扉は不思議な事に大きな木の扉だった。

 アリアはばんっと勢いよく扉を開いた。

「アリア様!」

 二人の娘が驚いた顔でこちらに振り返った。

「なあに? まだ準備ができてないの?」

 アリアの声にとげが感じられる。

「も、申し訳ございません!」

「もう! 伊織ちゃまを驚かせようとしたのに! 役に立たないなら捨てちゃうわよ!」

 二人の娘は顔面蒼白になる。

「申し訳ございません! 只今!」

 一人がクローゼットからドレスを出し、もう一人が靴や宝石の箱を持ってきて大きなテーブルの上に並べた。

「?」

 二人の娘は昔風のメイドのような衣装を着けていた。そして驚いたのは全く同じ顔をしていた事。双子かな? でも髪の色が違うや。

「全く、ぐずなんだから。お兄ちゃまに言って、最新式の奴に変えてもらおうかな? 今は凄い賢いのがあるって聞いたけど。ね、伊織ちゃまはどう思う?」

 私は二人の娘を見た。二人共に泣き出しそうな顔をしている。

 この二人は家事用のバイオノイドなんだ! こんな風に感情を持っているのはかなり優秀なタイプだって聞いたけど。本物を見るのは初めてだった。かなり高価でまだ地球でもあまりお目にはかかれないくらい。

「え?」

 急に私にふられても困る。

「そんな事……お、お兄ちゃまに聞けばいいんじゃない……かしら」

「でも、この二人は伊織ちゃまのメイドだもん。伊織ちゃまが気にいらなかったら、買い替えるけど?」

「いいわよ! そんな事!」

「じゃあ、このままでいい? もし言う事をきかなかったら、言ってね。すぐに交換するから」

 怖い。無邪気な顔して怖い事言うのね。

 私にはこの二人がバイオノイドには見えなかった。

 二人の娘は感謝した顔で私を見た。

「ほら! さっさと準備してよ! お兄ちゃまとのお食事の約束があるんだから!」

「はい!」

 二人は私の回りで猛スピードで働きだした。

 みるみるうちに私はドレスを着せられ、化粧をされ、体中を宝石で飾り立てられた。

「まあ、伊織ちゃま、きれい!」

 私、このままどうなるんだろう?


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