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火星花嫁  作者: 猫又
第一章 伊織と海賊
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伊織、宇宙へ行く2

 ああ、いい香り。火星にしか咲かない珍しい花、ベーラの花弁を乾燥させたのを袋にいれて湯に浸してあるからとてもいい香りがしていた。

 それほど遅い時間ではないはずなのに、入浴客はだれもいない。

 貸し切り状態だ。


 あっという間の火星旅行だった。

 星間飛行船はすごく揺れたし、ツアー客はカップルばっかりで友達も出来なかったけど、でも地球じゃない場所にたった一人でいるって事がすごいな!と自分を褒めたり、どうしてもっとお金を貯めて余分に持っておかなかったのか、としょげたりした。オプションのゼーラ湖水上ディナーに行きたかったな。

 でもドレスとかも用意してないしな。  

 土産に火星饅頭と火星煎餅、自分には真っ赤な石を一だけ買った。

 火星で捕れる鉱石でそんなに珍しい物でも高価でもない。

 正直、地球にいても買えるような品だ。

だけど火星で買ったって事が重要だった。

 私の思い出をこの石に託す。

 これを見ればいつだって一人で火星に旅した事を思い出せる。

 

 明日には帰るなんてつまらないなぁ、と大きく伸びをした時に、ビーンと金属音がして扉が開き、湯煙の向こうに人影が見えた。

 私は立ち上がり、浴槽のへりに腰をかけた。

 人影がずんずんこちらへ歩いてくる。

 男だ。

「え?」

 ザブン! 男は湯に飛び込み、私に襲いかかった。

「きゃーーーーーー 変態! 誰か!」

「うるさい! だまれ!」

 男は私を羽交い締めにすると私の口を大きな手でふさいだ。

「もごもご……」

「大きな声を出すな!」

 扉の向こうから、人の声を足音がする。

「おい、死にたくなかったら余計な事を言うんじゃないぞ!」

 男は私の背に大きな大刀をあてがうと、私の体を湯に沈めた。

 自分は潜るつもりだろう。 

 えらく太った女性の警察官が飛び込んできて叫んだ。

「あなた! 何かありましたか? だれかここへ入ってきましたか!」

 私はひきつり顔で笑った。何せ背中には刃物の感触だ。

「私、火星言語分かりません」

 婦人警官はおやっという顔になった。彼女が太陽系共通語、宇宙標準語で話したら何て答えようかと思ったが、私が笑っているからだろう、それ以上何も言わずに首をかしげながら去った。

「ぶはっ!」

 男が勢いよく湯から飛び出した。

「くそっ、えらいめにあったぜ!」

 男は息荒く、私の腕をつかんだまま、

「おい! 出ろ!」

 と言った。

「わ、私は何も言ってないわ」

「つべこべ言うな! 出ろ!」

 私は真っ裸のまま、男に引きずりだされた。

 男はびしょぬれで不機嫌そうに私をじろじろ見る。

 そしてにやっと笑った。

「へえ、なかなかいい体してるな」

「ちょ……」

「名前は?」

「伊織。本城伊織」

「いおり? いい名前だ」

「どうも」

 百五十センチしかない私はその男の前では、子供のように映るほどの身長とたくましい体つきをしていた。

 褐色の肌にブロンド。真っ赤な瞳、すうっと通った鼻筋、薄い唇。びっっくりするほど綺麗な男だった。

 地球人の私とよく似てる。あ、違う。耳がとがっている。

「あ、あの」

「なんだ」

 男はじろりと私を見た。

「私をどうするつもりなの」

「あ? ああ、どうするかな」

「誰にも言わないから、助けて。私、明日には地球へ帰るんだから。本当よ。誰にも何も言わないから」

「へえ、地球人か。初めて見たぞ」

 何せ真っ裸なのだ。恥ずかしいやら恐ろしいやらで泣きたい気分だった。

「せ、せめて服を……」

「ああ、ま、そのままでもいい眺めだが」

 男はそう言って、私を脱衣所への扉に押しやった。

 その瞬間、

「何とか!」

 と誰かが言った。よく聞き取れなかったが、多分手を上げろとか言ったんだろう。

 扉が破られ、銃を手に幾人かが飛び込んできた。

 先頭は先程の婦人警官であった。

 彼女は早口で何やらまくし立てた。火星言語は得意じゃないから、何を言ってるのかよくは理解できなかった。

 ただ、驚いたのは警官達は私に向かっても発砲したのである。

「やめて! 私は関係ないわ!」

 そう怒鳴ってみても、彼女は私を指さしたままこわばった表情でこちらを睨んでいるだけだった。

 銃の音におどろいて私は頭を抱えたままうずくまった。

「くっそ!」

 あせった男がまた私の腕をつかんでひっぱった。

 哀れ乙女が素っ裸のまますべってあられもない格好ですっころんだ。

「おい!」

 男は転んだ私の腰をぐいっと抱き上げると、走りながら腰にぶら下げていた銃をぶっ放した。強化してあるだろうガラスに大きなヒビが走った。男はそのまま窓ガラスに体当たり、二人の体は宙に飛んだ。

「う、そでしょ。ここホテルの百五十階よ! いやあああ!!!」

 意識がぼうっとしていき落下する感触の中で、ガクン!と衝撃が体に走った。

 耳元で男が何やらささやいたが、分からないまま、そして何もかもが消えた。


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