伊織、手下と知り合う
「カイザー、様?」
男はそろそろっとつかんだ私の胸ぐらを離した。離したところでちぎれたドレスの紐は元には戻らない。その男だけじゃない。他の者もみんなスローモーションみたいに少しづつ後ずさったりした。
「どうして……こんなとこに……カイザー様の……」
人間の顔ってこんなに白くなれるものなんだ、とそのとき初めて知った。
「あなた、お名前は?」
と私が聞くと、男の顔は真っ青で、
「す、すみません!」
と頭を下げた。いや、下げたどころじゃない、ウサギみたいにぴょんと跳んで床に土下座した。
「すみませんでした! か、勘弁してください!!」
「あなた、お名前はって聞いてるの」
「ガ、ガウスと言います……許してくださぁい!」
ガウスの声は甲高いを通り越して、細く長い悲鳴のように響いた。
「ガウス、いい名前ね? あなた、この船の事、詳しいの?」
「え、ええ、いや、まあ、その」
「どっちなの」
「じ、自分の部署のことはそれなりに……でも、その」
「そう、じゃあ、とりあえず立ってくれる? 聞きたいことがあるの」
ガウスは仲間を振り返りながら、のろのろと立ち上がった。
「ティナはお仕事中なんでしょ? 戻ってもいいわよ。時間が出来たら部屋にティンと遊びに来てね」
「は、はい」
ティナがワゴンを押して部屋を出て行くと、ガウスと仲間達は固まってもじもじとしていた。
「そう、今度、惑星フレンダに寄るでしょう? あなた達は休暇をもらえるの?」
「はい、交代制ですけど」
とガウスが答えた。
「惑星フレンダって、観光地惑星って聞いたけど、あなた達みたいな海賊は偽造パスで入るの? 惑星間定期船よりも大きな海賊船で堂々と乗り付けても怪しまれないの?」
ガウスはははっと笑って、
「俺達はそうそう乱暴者じゃないですよ」
と言った。
「そおお?」
とても信用出来ない発言だけど、そう言って笑ったガウスは一瞬、とても好青年に見えた。
「海賊船に乗り込もうなんて奴らは元々は気性の荒い者ばかりですけどね、もちろん、そんな奴らばかりで構成された船もあるし、学も知識もなければ、金の換算も満足に出来ないような奴らもいます。俺達だってカイザー様に巡り会えなければ、ずっとそんな人生できっとどこかの船で失敗して、宇宙警察に撃ち殺されて終わりだったと思いますよ」
ガウスの背後の男達はうんうんと肯いている。
よく見ればまだ少年のような幼い男の子もいる。
「この船に乗るのはすごい競争率なんです!!」
と少年の中の一人が言った。
「そうなの?」
「ええ、仲間にしてもらうのは厳しいんですよ。よっぽどの事をしてカイザー様の目に留まるか、凄い特技があるとかじゃないと。俺達みたいなのはどこの星でも掃いて捨てるほどいますしね」
「へえ、じゃ、あなた達はカイザーの目に留まったのね?」
「いや、そうじゃないですけど、タイミングよく下働きの口があって……でも、三ヶ月はお試し期間でそれでしくじったら駄目なんですよ」
「へぇ、厳しいのね」
「ええ、礼儀や作法や服装も厳しいですしね」
言われてみれば、皆がおそろいの作業服を着ている。
腰に下げた銃やそのベルトぴかぴかで格好いい。
「でもちゃんとシフト制になってて、他の船みたいに新入りは寝る間もないほど使われるって事もないです。よその船じゃ、通路の隅で邪魔にならないように寝なきゃなんないですけど、ここは部屋を与えられてベッドもあるし」
「字を教えてもらえるし!」
「この船の海賊はモテルし!」
とそれぞれに少年達が嬉しそうに言った。
ガウスはそんな仲間を振り返って苦笑した。
「まあだいたいこの年で海賊船にしか居場所がないってやつらは身よりもなくて帰る場所もないような奴なんですけど、地上におりても盗みをしてどぶネズミみたに暮らすしかないんです。学校も行ったことないし、働いて賃金をもらえなくても文句も言えないんです、殴られて終わりで。でもここじゃ、働いただけ金をちゃんともらえるんです。だからみんな真面目にやってるんです。さっきのはふざけただけで……だから勘弁してください。俺達、この船を下ろされたら生きていけないんです!」
と言ってガウスがまた腰から九十度直角に曲げて謝った。
まあ、正直、カイザーに言いつけるつもりは全然ない。
だけど、そう。これはチャンスだ。
「ねえ、この船で偽造パスを作ってるって聞いたんだけど、その事に詳しい人いる?」
私は倒れた椅子を戻してそれに座った。
「お、おいらがそこの部署の下働きです」
ガウスの後ろにいた背の低い少年がおずおずと手を挙げた。
ちょっぴり太めの男の子だ。作業服のポケットからチョコバーが顔を出している。
「ドンっていいます」
「そう、ねえ、ドン君、その偽造パスはこの船の全員分あるの?」
ドンは首をひねった。
「多分、あるんじゃないかと、おいらの分も作ってもらいましたから。パスがないとどこの港にも降りられないです」
「そう、では、私の分も作ってくれるはずよね? それとも、私は惑星フレンダでも船でお留守番なのかしら?」
これは非常に重要な問題だった。
「そういえば花嫁様のパスを大急ぎで作らないとってダンテさんが言ってました」
「ダンテさんて誰?」
「ダンテさんは最上級幹部の人で、技術部隊の隊長です。この船の頭脳を作ったのもダンテさんだとか、非常に頭のいい科学者です」
「え~海賊なのに科学者なんだ。まあ、いいっか。じゃあダンテさんが花嫁のパスを作るように言ってたのね?」
「は、はい」
「そう……」
ではそのパスがあれば私は地上へ降りて、そして地球行きの船に乗ることが出来るというわけだわ。ここでこの男の子達と知り合ったのはチャンスだった。
「ふーん、パスを作るのに必要なのは写真よね」
「は、はい 顔写真とは言っても、画像だけではないっす。頭蓋骨から顔の骨格まですべてがパスの中にコードとして読み込まれますから。その為の撮影をしなければなりません」
「そうだっけ。そんな技術までこの船にあるってわけ?」
「指紋や虹彩認証などでは偽造するのが簡単なんで、最近はパス自体も技術的には難しいんですが、ダンテ隊長にかかればそ、それすらも簡単です」
「へえ、凄い……ではその時を待つか……分かったわ。どうもありがとう」
それと同時くらいに、どたどたと男が奥の方からやってきた。上半身は裸、白いズボンにサンダル履きだ。
「ダ、ダンテ隊長」
ドン君がそう叫び、ダンテと呼ばれた大きな大きなくまみたいな男が私を見下ろした。
顔中ひげもじゃ、裸の上半身も胸毛が濃かった。
凄い頭のいい科学者のイメージがちょっと壊れた。
「ん? 何やってんだ? お前ら」
それからダンテは私を見た。
「あんた……」
ガウス達は真っ白いおびえた顔で私を見た。
私が先ほどの彼らを告発したら首が飛ぶのは間違いない。
カイザーが私を気に入ってるうちはね。
「私は本城伊織、船を散策してたら迷い込んでしまったの。この人たちに道を聞いてたんだけど」
と私は言った。
「ああ、花嫁さんか。うかつにうろうろしてたら危ねえぞ。あんたの事を知らない奴らもたくさんいるし。野郎ばっかりのこの船ん中じゃ、あんたみたいな綺麗な女は目の毒だ」
「ごめんなさい」
「まあ、ちょうど良い、ついでに花嫁さんのパスを作ってしまおう。船はもう惑星フレンダの進入警戒範囲に入ったぞ」