伊織、求婚される
カイザーからお召しが来たのはそれから三日後だった。
ティンとティナもうここにはいない。
ティンはこの大きな宇宙船の機関士が人手を欲しがっているというので、本人の気持ちを確認したところ大喜びで働きに行った。男の子はやはり乗り物の操縦なんかに憧れるのかな。ティナはそんな機関士やなんかがいる従業員地区の食堂に働きに行ってしまった。
働く、という事は雇われるということで、お給金が出るらしく、二人は目を輝かせて大喜びで行った。
私は桃と桜着せ替えごっこのお人形になり、お茶を飲んだり、ケーキを食べたりして過ごしていた。あの奴隷の日々は何だったのかしら?
「こっちへ来い」
部屋に入るとカイザーは私の手を取りその手にキスをしたのだ!
「な、何なの!」
私は手を振り払った。
「伊織、結婚するぞ」
とカイザーが言ったのだ!!
「結婚?」
「そうだ」
「へえ、それはおめでとう。アリアの気に入る花嫁さんが見つかったの? それはよかったわ! どうかお幸せにね!」
と私は早口でそう言った。もちろん、嫌な予感はしていたわ。
カイザーは私を見下ろして、それから大きな声で笑った。
「お前と、結婚するんだ」
「冗談じゃないわ……」
「本気だ」
カイザーは私の体をぎゅっと抱きしめ、私は慌ててカイザーの体を押しやった。
「嫌!」
「何故だ?」
「何故? 何故ですって? よく何故だって言えるわね? あたしはもう少しであの奴隷部屋のいやらしい男達に犯されるとこだったのよ? それで自殺しようとしたのよ? それもこれもあなたのせいじゃないの!」
「俺は約束を守ったぞ。次はお前の番だと言っただろ」
「約束……って結婚するなんて約束はしてないわよ」
「素直になると言ったろ」
「素直にって……結婚しろって事なの? 結婚してあなたに服従しろって事なの?」
「そんなんじゃねえ……俺は……お前に惚れたと言ってるんだ!」
と、このプライドの高い男が言ったのだ!
「伊織、結婚しよう。お前はアリアの事も親身になって考えてくれた」
と言った。
「ごめんなさい、他をあたって」
「伊織」
カイザーは私をきつく抱きしめた。
長身のカイザーに抱きしめられても、なんだか子供が抱っこされてるみたいな体制なんだけどね。
そこへ、
「伊織ちゃま!」
とアリアが顔を出した。
私はぱっとカイザーから離れた。
「あら、お兄ちゃま」
「アリア、伊織と結婚するぞ」
カイザーの言葉にアリアが飛び上がった。
「わあ! 本当? 本当に結婚するの?」
「ああ」
「よかった!」
え~~~~~絶対無理!!
その時、カイザーを呼ぶ機械的な声が部屋の中に流れた。
カイザーは私の頬にちゅっとキスをすると、
「また、後で」
と言い、部屋を出て行った。
「伊織ちゃま! 本当にお兄ちゃまと結婚するの? アリア、嬉しいな!」
アリアが私に抱きついた。
「それは……無理よ」
「え? どうしてぇ?」
「だって。私。その」
すっかり記憶の彼方に忘れ去っていた我が婚約者。
私がこの船に連れ去られてから、地球ではどうなってるんだろう。
両親は心配してるだろうなぁ。
「地球に婚約者がいるのよ、私、この火星旅行から帰ったら、結婚する予定だったの」
アリアはあごに手をあてて考えていたが、やがてにっこりと笑うと
「そんな事関係ないと思うな。でもお兄ちゃまには言わない方がいいかも。ああ見えて、結構嫉妬深いからね」
と笑いながら言った。
次の日、アリアに手を引かれて私は朝食を取りに食堂にでかけた。
この船のコックは腕がいい。いつだって美味しいものを食べさせてくれる。
「あ、お兄ちゃま!」
カイザーが取り巻きを連れてやってきた。
私はいつも部屋で食事を取るようにしていた。
カイザーに会うのを避けているのと、メイド達にかしづかれるのに慣れないからだった。「おう」
カイザーはアリアに短い返事をしたが私には声をかけなかった。
カイザーは取り巻きの三人と私達とは違うテーブルについた。
「お兄ちゃま、御機嫌悪そうね」
アリアの何げない言葉に食堂中が緊張した。
メイド達は顔色が青くなり、取り巻き連中でさえ、急に無言になる。
カイザーの機嫌はこの船の一日を決めるのだ。
「あーあ、今日はお兄ちゃまにお願いがあったのにな。御機嫌が悪いなら駄目かな」
アリアがため息と共に言った。
「何をお願いするの?」
「あのね、アリア、シャークランドに行きたいの」
「シャークランド?」
「うん。惑星フレンダにね最近できた遊園地なの。とっても面白いんですって。伊織ちゃまとお兄ちゃまと三人で行きたいんだけどな。もうすぐ、そこの近くを通るって聞いたの」
「お願いしてみれば?」
「でも、今日は無理かな」
私はカイザーの方を見た。
すでに食事を終え、立ち上がろうとしていた。
「じゃ、伊織が頼んでみようか?」
「でも……」
「言ってみなくちゃ、分からないわよ?」
カイザーが私とアリアの横を通る。やはり声もかけないし、こっちを見ようともしない。 嫌な態度。
私は仕方なく、立ち上がりカイザーに声をかけた。
「カイザー」
「何だ」
カイザーが振り返る。にこりともしないばかりかやけに冷たい瞳。
二重人格じゃないだろうか?
「惑星フレンダに寄る時間はないかしら?」
「フレンダ?」
「そう。シャークランドに行きたいのよ」
カイザーはふんっと鼻で笑って、
「そんな時間はない」
と冷たく言った。
「そう。でも寄ってくれるくらいいいじゃない? アリアが行きたいんですって」
「駄目だな。俺は忙しい」
「けちね」
私はそうつぶやいてまた椅子に座った。
「何だと?」
食堂中が静まる。私には前科がある。
周囲の者はカイザーと私の言い争いが始まるかとひやひやしていた。
「寄ってくれるくらい、いいじゃないの。どうせ近くを通るんでしょ? あなたに一緒に来いとは言わないわよ」
「今日は予定が詰まってる。そのうちに……」
「ああ、そうね。妹の遊びたい時間を削ってまでも仕事をしなくちゃ海賊王になんてなれないわよね」
つんっと横を向いてやる。
「伊織!」
カイザーがいきり立つ。
「い、伊織様!」
いつもカイザーの側にくっついてるアモンという年配の人が慌てて私の名を呼んだ。
この人は白髪で優しそうな顔をしているが、体つきはごつい。
年のわりに筋肉質な体で、長身のカイザーにも引けを取らない。
「カ、カイザー様、フレンダに寄る時間ぐらいは取れるでしょう」
アモンがとりなすように言ったが、
「もう結構よ。アリア、お部屋で本でも読みましょう」
私は立ち上がった。
「はーい」
アリアは面白そうな顔をしていたが、やがて肩をすくめて立ち上がった。
出て行こうとする私にカイザーの声が追いかけてきた。
「伊織! 後で俺の部屋まで来い!」
私は振り返って、
「今日は予定は詰まってて、忙しいの」
と言ってやった。