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火星花嫁  作者: 猫又
第一章 伊織と海賊
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伊織、太陽を見る

 それからカイザーは私を放っておいた。

 奴隷部屋に戻されることもなく、アリアと遊んで毎日を過ごす。

 それは穏やかな毎日だったけれど、私の中の闘争心を消してしまいそうだ。

 奴隷部屋に比べれば極楽な生活だ。

 労働だけならば泥にまみれても出来るかもしれないが、あの不潔で凶暴な男たちにどうにかされるかもしれない不安が私を意気消沈させる。

 

 土の上を歩きたいな。

 太陽と風を浴びたい。

 なんてことをつぶやくと、二、三日してある部屋に連れて行かれた。

「うわぁ」

「すごーい、伊織ちゃま!」

 アリアは大喜びだ。

 綺麗で豪華なレースたっぷりのドレスのまま真っ黒な土の山を駆け上がっていく。

「な、何なの、これ」

「土でございます」

 と桃が言った。

「それは分かるけど」

「どうぞご存分にお歩きください」

「え?」

 そよそよと風が吹いてきて、まぶしさに顔をあげると頭上には太陽がさんさんと輝く。

 砂山や黒い土山があり、ベンチがある。

 樹木が植えられ花壇もある。

 まるで公園だ。

 宇宙船の中なのに?

 アリアは大喜びで靴を脱ぎ裸足になって走り回る。

 それを眺めながら変な形のベンチに腰を下ろす。

 確かに靴を脱いでさらになめらかな絹の靴下も脱いで裸足で土の上に足を置くと気持ちがいい。 

 足下に体を覆うような大きな影が出来たので、顔をあげると桜が日傘をさしてくれていた。

「疑似太陽とはいえ、熱中症になるといけませんわ」

「疑似太陽?」

「そうです。紫外線などのすべての有害放射線を排除し、作られた人工太陽です。温度管理は出来ますが、長時間この太陽光線を浴びると汗もかきますし、疲れます。伊織様には久しぶりの太陽ですからお身体にさわるといけません」

「はぁ」

 へえ、人工太陽……があるんだぁ。

「土は惑星モンランから輸入しました。モンランの土は素晴らしく質がよく庭園建設や工芸品の制作に高価で取引されております。三年待ちの土もあります」

「え、でも、こんなにたくさん……」

「カイザー様がコネクションを使って手に入れられたそうですわ」

 桜はくすくすと笑った。

「惑星グリーンの皇太子がこの度ご結婚されたのですが、お屋敷を新たに建設される時の庭土全てだそうですわ」

「え、え、え。かっ……たんだよね? 購入、ショッピング、売買、だよね?」

「正規のルートではとてもすぐには手に入らない極上品ですもの。買うとなれば何年も待たなければなりませんわ」

「ぬ」

 盗んだの? とはとても聞けない。

「もちろんですわ。伊織様、私達は海賊ですもの」

 という返事以外に何があるのか。

「私が土の上を歩きたいって言ったから?」

「この船の中で伊織様がご不自由な事は何一つありませんわ」

 さ、さようで。

 土の上を歩きたかったのは確かだ。

 太陽を浴びて、風を頬に感じて。

 そう思う私の頬をそよそよと風がなでていく。周囲はまぶしく白い砂場があり、芝生がずっと続き、遠くの方には海まで見える。

 しばらくベンチに座ってアリアが楽しそうに砂山で遊ぶのを見ていた。

 やっぱり子供ね、レースのリボンがほどけて穴があいてても全然気にしないのね。

「伊織様には何一つ不自由なく過ごしていただくようにカイザー様にいいつかっております」

 と桃が言った。 

そ、そんな気遣い不要ですから家に帰らせてくださいよ。



 ある日カイザーに呼ばれて見張りの兵士にいつかのガラス張りの牢屋に連れて行かれた。そこにはカイザーがいて、

「こいつだろう?」

 と言った。牢屋の中にはティンと彼によく似た少女がいた。

「ティン!!」

「伊織!」

 とティンが言った瞬間にカイザーがガラス越しにティンの頭に銃を突きつけた。

「伊織? 呼び捨てか? あ? てめえ」

「す、すみま……せ…ん」

 ティンはとたんにがたがたと震え出す。少女が心配そうにティンの体に手をかけた。

「無事でよかったわ」

 ティンも少女もみすぼらしい格好をしていたが、それでも以前よりは少し顔が明るいような気がした。

「伊織様……が助けてくれたんですか? 姉さんを?」

「捜してくれたのはカイザーよ。お姉さんに会えてよかったわね」

「は、はい! 二度と会えないと思ってて……ありがとう、ございます……」

「ありがとうございます……」

 と少女も言って泣き笑いをした。

 私はカイザーを見た。約束を守ってくれた事に驚いた。

「この二人を自由にしてくれるの?」

「まあ、約束だからな」

「ありがとう」

 カイザーは何故か照れたような顔をした。

「俺は約束を守ったぞ」

「ええ。信じられないけど、確かに」

「……次はお前の番だ」

「あたしは何をすればいいの? 謝ればいいの?」

「そうじゃない……そんなんじゃない」

「は?」

 カイザーはしばらく考えていて、そして何も言わずに出て行った。

「何なの?」

「伊織様」

 と牢番が声をかけてきた。

 ちなみに今日の牢番は人類型獣類種だった。

 最初の頃はそんな事を確認する暇も感情もなかったけど、最近は少し船の中を知るようになった。

 人類型獣類種とは人間のように二足歩行である、のが条件だ。

 脚が二本で腕も二本、脚で歩き、手で物をつかむ。

 だけど獣類種は顔や手、体の表面は獣類。毛や鱗で覆われていたりする。

 言葉はきちんと言語を話し、意思疎通も可能。

 もちろん近代的な惑星の優秀な大学を出て、博士、先生と呼ばれるような人物もいる。

 進化の果ての事だから、例えワニのようでも毛むくじゃらのゴリラに似ていても、素晴らしい知性と品格を兼ね備えている人物もいる。

 私、地球人もさかのぼれば猿人だもね。 


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