伊織、弱点を掴まれる
渋々部屋の外に出る。
兵士は私を豪華で広いダイニングルームへと連れて行った。
ダイニングでは大きなテーブルの前にカイザーが座っていた。
小汚い作業服だったのが意外で、同じ作業服でもいつもはわりかし清潔そうなのにな、と思った。
「よう、別嬪さん。身体の調子はどうだ?」
カイザーはけっけっけと笑った。
「治りました」
椅子をひかれ、私はカイザーの向かいに座った。
「そいつはよかったな」
「どうも」
久しぶりに豪華な食事を見た。肉、魚、よく分からないような高価そうな食材。
それはとてもおいしそうだった。
「しばらく忙しくてな」
とカイザーが言った。
「そう」
「お前、痩せたな。いっぱい食えよ」
「どうも」
誰のせいで痩せたのよ!! この男!!!
「どうした? 元気がないじゃないか」
「……」
私は目の前に置かれたナイフを眺めていた。これを胸に……いやノドをかき切る事は可能だろうか?
「妙な事は考えるなよ」
とカイザーが言った。
「……妙な事?」
「そうだ。お前が自分で死のうと思ってもそれは無駄な事だ。お前の行動は俺の手のうちにある。何度でも阻止する。きれいな身体に傷が増えて痛い思いをするだけだ」
やっぱり必要なのは銃で頭を打ち抜く事のようだ。
「どうせまた奴隷部屋に戻すんでしょ?」
「あんな場所に戻りたいのか? 変わった奴だな」
「戻りたいわけないでしょ!」
「なら戻らなければいいじゃねえか」
なに、この男。むかつく!
「ティンという少年がいたでしょう?」
「ティン?」
カイザーは首をひねった。しばらく考えていたが、
「知らないな」
と言った。
「奴隷部屋にいたのよ。あのいやらしい男達からあたしをかばおうとして殴られたのだけど、どうなったか……なんて知らないでしょうね」
「知らん」
「そう……」
ティンは勇気のある少年だった。彼のおかげで私は助かったのだと思う。
また会えればいいのだけれど。そんな事を考えていると、
「その小僧が気になるのか?」
とカイザーが言った。
「ええ、助けてもらったもの」
カイザーは気分を害したような顔をした。
「助けてやったのはこの俺だろう」
と言った。
「……ティンには随分とかばってもらったの。彼はあの奴隷部屋の天使だわ」
「……なるほどな」
カイザーがにやっと笑って、
「お前の弱点を見つけたぞ」
と言った。楽しそうな口調だった。
「何?」
「お前をおどしても無駄だって事は分かった。お前は俺にたてついて謝ろうともしない。生意気な口ばかりきく。だが、その小僧の為なら素直になるんじゃないか?」
「な……」
「はっはっは。そうか、そうか。可愛いとこもあるじゃないか。伊織、そのティンという小僧をいつまでも奴隷部屋に置いておきたくはないだろう?」
「……また卑怯な事を考えてるのね」
「そいつはお前次第だな。お前が素直になると言うなら、小僧の処遇を考えてやってもいいぞ。その小僧を自由にしてやってもいいがな」
「……」
カイザーはにやにやと笑っている。
「素直にってどういう意味よ? あたしにどうしろって言うの? あなたに土下座して謝れって言うの?」
「今更謝ってもらってもな、どうせ口先だけだろうしな」
「まあ、そうだけど」
「可愛くねえ女だな。で? どうする?」
「……」
私はしばらく考えた。ここで逆らうのは賢くない。隙を見て逃げるか死ぬ。
ティンを自由にしてあげられるチャンスでもある。
「ティンにはお姉さんがいたらしいのだけど、どこかへ売られたと言うの。お姉さんを探して二人を自由にしてあげてくれたら……謝ってもいいわ」
「どこまでも高飛車な女だな……」
カイザーは呆れたように言った。
「まあ、いい。これでお前も少しはおとなしくなるだろうしな」
「本当にティンを自由にしてあげてね」
「……お願いします、カイザー様。が足りないな」
この男!!! むかつく!!
「お・願・い・し・ま・す! カ・イ・ザ・ー・様!」
「伊織ちゃま!」
食事を終え部屋に戻るとアリアが飛んできて私の腰にすがりついた。
「アリア、久しぶりね。身体は治ったの?」
「うん、もうすっかり。伊織ちゃまはどこに行ってたの?」
「……奴隷部屋なんですけど……」
「ええ? 本当?」
「ええ、まあ」
アリアはドレス姿の私を見て、
「やっぱり伊織ちゃまきれい~」
と言った。
「どうも……」
「最近ね、お兄ちゃまがよく会いにきてくれるのよ」
「そう、よかったわね」
「うん、アリア嬉しいの。伊織ちゃまがお兄ちゃまに言ってくれたんでしょ?」
「???」
「お兄ちゃまが言ってたわ。伊織ちゃまに怒られたって。伊織ちゃまって勇気があるのね。あのお兄ちゃまに意見するなんて」
「ははは」
でもまあ、アリアの為にあのカイザーが会いに来るようになったのなら良かった。
少女の願いは通じたのだ。
それから何日かカイザーは私を放っておいた。私は部屋でぶらぶらして過ごした。アリアがやって来てしきりに私にドレスや宝石を見せたがそんな物にはあまり興味がない。見たらキレイだなと思うけどそれだけだ。
だけど、カイザーの所有しているらしい宝石類は今まで地球なんぞではお目にかかれないような素晴らしい品ばかりだった。
宇宙へ進出し貿易を始めたと言っても地球はまだ駆け出しの貧乏な星だった。
裕福なのは格差社会で一部の者だけで、地球という星全体に恩恵は恵まれていない。
今となっては地球規模では有名だった金持ちの婚約者もカイザーにはとても及ばないだろうと思う。ダイヤモンド、エメラルド、ルビー、サファイヤ、そのほかにも、ピンクやグレイのダイヤモンド、今まで見た事もないような不思議な輝く宝石。
指輪の先についてる小さい粒じゃない。拳大もあるような輝く石の数々。
それほどに素晴らしい宝石達をアリアは無造作にお人形遊びに使っているんだもの。