伊織、女神のようですわね、と言われる
目が覚めた事に驚いた。
私は死んだはずだったからだ。
あれは夢だったのだろうかと思いながら起きあがろうとして、
「痛っ」
胸に激痛がはしる。痛い!! 呼吸も出来ないほどの激痛。
この痛みは本物だ。死のうとしてどうやら失敗したらしい。
私は透明のカプセルの中だった。
聞いたことはあるが、見たのも使うのも初めての医療用カプセルというやつらしい。
医療室の中は薄暗かった。コンピューターの点々とした明かりだけが動いている。手をあげてみようとしたが、どうやら両手は固定されているらしい。
足も動かない。顔だけがかろうじて動くが左右を見ても誰もいないし、物音もしない。
「はぁ」
大きく息をするたびに胸が痛い。
「助かったのか……また奴隷部屋かな……あんなのに犯されるくらいなら死にたい。なんであたしがこんな目に……」
涙が出てきた。
「いっその事殺してくれないかしら……」
しくしく泣いていると、ウィーンと音がしてカプセルの蓋が開いた。
「お目覚めかな?」
いつの間にかカイザーが横に立っていた。
輝くブロンドに端正な顔立ちの男は真っ赤な瞳で私をじろりと見下ろした。
「……」
「ナイフを抜き取るとはたいした女だ」
カイザーは楽しそうに言った。
「……どうして」
死なせてくれないのか、と聞きかけてやめた。答えは分かっている。いたぶる為に助けたのだ。死ぬのなら確実に死ななければならない。
「傷はどうだ? まだ痛むか?」
とカイザーが言った。
「痛いわよ! 痛くないわけないでしょ! ……痛っ」
怒鳴っておいて、痛みに息が出来ない。
気を失いそうだ。
「元気な奴だな」
「……鬼、悪魔、」
私は精一杯の気力でカイザーを睨み返した。
カイザーははっはっはっと笑った。
「どうだ、伊織。奴隷部屋は少しばかりつらかっただろ? 次にあそこへ戻るのは勇気がいるぞ。お前みたいなきれいな女は歓迎される。朝から晩まで可愛がってくれるぞ」
「……」
ふんと横をむくだけで精一杯だ。奴隷部屋に戻されてあんな汚い正気じゃない男達に朝から晩まで犯されたらきっと気が違ってしまうだろう。
しょうがないので目を閉じた。
カイザーに許しを乞うなら素直に殺してくれるんだろうか。
あれだけ大見得をきって今更、すぐに殺してくれるだろうか?
私は絶望の中にいた。
「伊織、謝るなら今のうちだぞ」
とカイザーが私を見下ろしてそう言った。
「あ……やまったところで、あたし……を解放する気なんか……ないくせに。早く殺して……とお願いしたら……殺してくれるの」
「死にたいのか?」
私は必死でうなずいた。死にたい。死にたい。楽になりたい。
「残念だな。お前を殺すつもりはない」
「……」
やっぱり。
「早く元気になれよ」
と言ってカイザーは姿を消した。
それから私はうとうととして何日もカプセルの中で過ごした。
少しずつ痛みは去っていく。時々流動食のようなものを与えられた。それはあの奴隷部屋の食事とは違う、清潔で暖かいものだった。
何日かして私は起きあがれるようになり、少しずつ歩いたり椅子に腰をおろして時間を過ごすようになった。その間、看護士が私の世話を丁寧にしてくれた。毎日身体を拭いて髪の毛も洗ってくれて、着替えもしてくれる。
だけど絶望は変わりない。元気になったら奴隷部屋に連行されるに違いない。
看護士の隙を見て私は医療室の中で凶器を探してみた。確実に死ねる凶器。出来たら今度は銃がいいわ。あの時、カイザーの腰にあったナイフよりも銃を取るべきだったのは分かっている。だけど銃の事なんか何一つ分からないんだもの。トリガーを引いたらすぐにレーザーが出るのかどうかも分からない。
あの時はナイフの方が確実だと思ったんだけどな。
だけどやはり手加減してしまったようだ。
私は自分の心臓を切り裂くまでは出来なかったのだろう。
「それでもずいぶんと痛かったんだけどなぁ」
確実に息の根を止めて、そして力もいらないとなるとやはり銃が適切のようだ。
だけどそれは一つも見つからなかった。
「お体はどうですか?」
ある日、看護士が言った。
その看護士は人類種で私と同じような人だった。髪の毛はグリーンで肌もグリーン。目は二つ、鼻が一つ、口も一つ。ただ耳だけがなかった。
白衣を着て清潔そうな感じの人だった。
「……」
大丈夫と言ったら、奴隷部屋に戻される。でも、仮病を使ったところで何日かの差だろう。それにカイザーに命が惜しくて仮病を使っていると思われるのも嫌だ。どうせいつかは奴隷部屋なのだから。
「まだ、痛みますか」
「いいえ」
「そうですか!」
看護士はほっとしたように笑った。
「よかったですね。カイザー様もご心配されておりました」
「心配?」
まさかでしょ。
「ええ、とても心配されておりましたよ。毎日あなたの容態を聞きにいらっしゃいます」
よっぽど暇なのね。私をいたぶる事ばっかり考えてるんだわ。
私は大きく息をした。もう胸は痛まない。身体は順調に回復していた。
どうしよう……絶望の中で途方にくれる……
それから私は部屋を移された。
そこは以前にこの船に来たばかりの時に使っていた部屋。
「伊織様!」
とバイオノイドの二人、桃と桜が走りよってきた。
「ご無事で何よりです」
「ご心配しておりました」
と言った。
「そう……どうも」
しょうがないからふかふかのソファに座る。
「ねえ……」
「はい、ご用でしょうか?」
「銃を持ってない?」
「は?」
二人は顔を見合わせた。
「銃かナイフ……」
「いいえ、私どもは持っておりませんが」
「そう……」
後は……いつか行った武器庫。あそこなら銃がたくさんある。
私は部屋の扉を少しだけ開けて外を覗いた。
見張りの男がいる。銃を手に部屋の真ん前に立っている。
ちょっとその銃貸してもらえないかしら。
一発ですむのにな。
「伊織様」
「な、何?」
急に声をかけられて、私は飛び上がった。
「バスの用意が出来ております」
「は?」
「お召し物はどれにいたしましょう」
「へ?」
桜がクローゼットを開けて、何着かのドレスを取りだした。
「どういう事?」
桜が笑って、
「カイザー様とのお食事のお時間が迫っておりますわ。ご用意下さいな」
と言った。
「なんで、あたしがあの男とお食事をしなくちゃならないのよ!!」
「それは……」
桜と桃は困った顔で私を見た。
「カイザー様のお言いつけでございますので」
「……」
「さあ、どうかお願いします」
そうか……お言いつけに背くとこの娘達が罰を与えられるのね。
しょうがないから風呂に入って、しかし、久しぶりのお風呂は気持ちが良かった。
身体中ごしごし洗う。頭もがしがし洗う。奴隷部屋にいた時とは大違い。
この極楽に比べたら、あの奴隷部屋は地獄。
でもきっとそれがあの男の作戦に違いないと思う。
謝った私を笑い物にするに違いない。それも腹が立つ。
「さあ、伊織様」
しょうがないから桜にされるがままになる。
銀色のタイトなドレスは両側にスリットがほぼ太股までひらいており、胸は大きく見えて、背中も大きく開いている。顔はきれいに化粧され、ぼさぼさだった黒い髪の毛はきれいに結い上げられ、ダイヤモンドのピンをたくさんさされて、耳にもダイヤモンドのイヤリング、胸にもダイヤモンドのネックレス。腕にもダイヤモンドのブレスレッド……どんだけダイヤが好きなのよ! あの男!
「伊織様、何てお美しいんでしょう」
「まるで伝説のキレリアの女神ですわね」
「あっそ……」
確かに綺麗よ。私は鏡に映った自分を見た。
ってか、こんだけ豪華に着飾られて美しくないはずがないでしょ。
この娘達も「伊織様、いまいちですわね」とも言えないわよね。
それで、キレリアの女神って誰よ。
あーあ。もう。
「時間です」
と見張りの兵士みたいな奴の声がした。
私は桜と桃を見た。
「いってらっしゃいませ」
と二人は笑顔で言い、私を部屋の外に送り出した。