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 五分ほど待ってみたが、気持ちの立て直しに失敗したらしい央からはかかって来なかったので、こちらからかけた。

『結か?』

「ダメですか」

『バカ、凛は?』

「風呂に逃げたよ」

『柚井姫の話は聞いたか?』

「ってかさ、そんなことより、凛の話はマジなの? ホシ、上がってないってのはマジ?」

 一瞬、央が息を飲むのが分かった。

『聞き出したのか?』

「違うよ、酔っぱらって勝手に喋ったんだよ」

『ふん』

 央は聞いたことがないのかもしれない。少し優位に立った気分だ。

「で?」

『凛に伝えろ、柚井姫を今すぐどうにかしろ』

 プツンと切れた携帯を見つめる。


 フワッと見えた割烹着。八千代だ。

「チヨばあちゃん」

「おや、起きたかい」

 やや小太りで血色がいいのは変わらない、いつもの姿を見てホッとした。八千代は頭や腕を撫でて少しだけ涙が滲んでいた。結衣子を紹介するとすでに仲良く話していたらしく、手を繋いで玄関へと歩いていった。もしかしたら、ここに戻ってきたとしてもやっていけるかもなんて思った。

 布団を畳み、駒井が寝ていた部屋に運ぶ。八千代だけでなく他の近所の人達が天ぷらや煮こごりを自慢げに持って現れる。結衣子は教わったのだろう、八千代のように応対して料理を受け取って上がれと勧める。

「なあに?」

「案外、平気そう。この辺りは他人だからねとかないから」

 都会ではお節介と言われても仕方ないことがここでは当たり前である。

「みんなもアタシも気を使ってるのよ。今日明日しかいないんだもの、お互い、いい人でいたいじゃない」

「ああ、そう」

「一日寝てた坊っちゃんには分からないでしょうけど」

「ノワキさんだな、来たな」

「当り。結くんはやんちゃだったそうで。坊っちゃんがお墓に泥団子ぶつけてたから怒鳴ったこともあったぞって」

「ああ、はは」

「八時になったら駒井さんと部屋に行くって」

「そう。ふーん」

「駒井さんはお話しするだけにするって。結くんが刑事だって分かって、怖くなったって。呪うのは人殺しと変わらん、変わらんよなぁ。馗綯さんに謝ってた」

 明日、駒井と話してみようか。寄れるなら孫から話を聞いても構わない。そんなことを考えながら今に始まりそうな宴会へと加わった。酒を注ぎ、注がれ。懐かしさや目新しさに話が弾む。結衣子も上手く馴染んでいるようだった。

「明日、帰るんか」

「はい。すいませんが、母のこと、よろしくお願いします」

「任せとけ、任せとけ」

 玄関から一番近い和室は人の出入りが止まない。昔から自然にこうなる。母も楽しそうだ。呪いだの何だの、背負わせている負い目を感じているのかもしれない。子供の時はお小遣い目当てに注ぎ回ったものだ。

「結、久しぶり、うわ、かっこよくなりやがってよ、田舎とは違うな」

「サトシ、久しぶり、懐かしー」

 小さな村だ、全員が幼馴染みである。去年、結婚したんだと言った。

「おめでと、知らなくてごめんな」

「いいって。帰ってるって聞いたからさ、報告しにきた」

 後ろを着いてきたのはタカコだった。

「え、え?」

「そ、タカコ」

 いつも喧嘩していた気がする。いつもサトシは負けていた。

「おめでと」

「ありがと、結。結もね。かわいいね、彼女」

 恥ずかしそうに話す姿は新鮮で新たな魅力になっている。一頻り楽しんで飲んでいたが、不意に思い出した。

「ちょっと、ごめん」

 凛がいない。こういうのは苦手そうだし。

 台所にはいなかった。横の和室にも真ん中の四畳半にも。トイレにはいない。風呂か。長くないか? 洗面所にもいないが、熱気があるし、着替えもある。

「凛、開けるよ」

 もわっと湯気が上がる。真っ暗なのはもう七時を回ったからか。電気のスイッチを入れたが、パチンとはぜた。切れたのだ。暗い中を近づく。その時、何かが突撃してきた。


 真っ黒な髪の毛の隙間から真っ黒な眼が睨んでいる。鼻がぶつかりそうな距離で。全身の毛穴が開く。それは自分に頭突きを喰らわして廊下に散った。


「いってえ。っと、凛」

 廊下からの薄明かりで分かったのは、湯槽が真っ黒だということ。

「なんだ、これ。うわ、髪の毛?」

 指先に絡まる長い髪の毛。


 突然、その手を掴まれた。湯槽の中から沸いた手に。

「うわっ、いて、ちょっ」

 手はすぐに離れて髪の毛に埋もれていく。

 湯槽に落ちる寸前に掴んだ。

「凛っ」

 何が凛を引っ張っているのか。肘まで髪の毛が絡み付いている。何が起こっている?





 いきなり引っ張る力がなくなって、凛が出てきた。ぐったりしているので、そのまま湯槽の縁に胃を当てて背中を叩いた。三度目で凛は水を吐き、咳き込んだ。

「死ぬかと思った」

「俺がな」

 パチンと電気がついた。明るくなった風呂場。あんなに覆っていた髪の毛はもうなく、透明なお湯だった。

「もう、上がれ」

 何だか気持ち悪くなってきた。濡れた手足のまま廊下を行く。いつもなら障子側を歩くのに、今は無理だった。


 だから部屋に居なさいと言ったのに。


 母の怒る声が記憶を揺らす。

 



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