表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/31

 天泣は夕立に変わった。走れば走るほど雨は酷くなり行き先の不安を煽った。山の中の一本道は川と変わり、明らかに車を拒んでいる。駒井は車を脇に寄せ、少し待つしかないと言った。

「この水はどこから来るの?」

 ぽつりと言った結衣子に自分も駒井も返事が出来ない。

「結衣子、結衣子は頭、悪いの?」

「え?」

 寝ていたと思っていた凛が突っ込んだので、思わず笑ってしまった。

「なあに、何で笑うの? だってすごい水量じゃない、だからどうなってんのかなって」

「この辺りは山ばっかだからね。山に降った雨が逃げ道にこの道を選んだんだ。地面に吸い込むのが間に合わないから。道らしいのはここだけだしね。村が雨に沈んでいることもないよ」

 説明したのかバカにしたのか、自分でもよく分からない。結衣子は、分かってるわよ、と口を尖らせた。

「都会じゃ、見ない光景だからなあ」

 駒井は結衣子を庇うが、最近はゲリラ豪雨で地下街に雨が流れこむのも珍しくない。理由は同じだ。

 ふいに思い立ち、母親に電話した。電波が悪い上にこの雨である。少しだけ呼び出すと切れてしまった。

「もう、この辺りじゃあ、携帯は無理だな」

「そうですね」

 駒井は首をぐるぐる回して肩を揉んだ。すっかり目が覚めたらしい凛が言った。

「俺の、使う? 衛星だから家の電話、拾えると思うよ」

「いや、いいよ。もうすぐ着くよってだけだから」

 凛は膝にのせた箱を睨むように見た。重いのだろう。

「後ろに置けばよかったのに」

「平気。大丈夫」

 一日中、抱えて歩いていた。昼飯のときも下や荷物場には置かず、隣の椅子に置いていた。大事に運んでいるのはよく分かった。



「結、今、何やってんだ?」

「あ、はあ。警察に勤めています」

「警察? 駐在かい?」

「いえ、強行犯係、えっと、あれです、刑事です」

 駒井には所轄だの本部だのは関係ないなと思った。ただ、駐在とはやはり違うので、そこは分けた。

「ほう、すごいなぁ、出世したなあ」

「そんなんじゃないですよ」

「なら、孫娘のことを頼むのは結じゃないか、なあ」

 曖昧に笑う。もちろん管轄も違うし、デリケートな事案だから女性警官のほうがいい。

「そうかぁ、そうだったかぁ」

 駒井は感心したのか頷きながら目を擦った。聞いて欲しいのだろうか。どうしようか悩んでいると強い風が車を横に揺らした。

「すごい、怖いわね」

「こういう時は動かないほうがいいんだ、天の神様に祈るしかないんだよ」

 駒井は少し笑って言ったのだが、目には涙が浮かんでいた。孫娘のことだろうか。日に焼けて深いシワに飲まれそうな目。

「お孫さん、本当は」

「んあ、ああ、そうだ。捨てられたんだ、酷い奴だったらしいんだよ、娘がな、そっちで様子を見て欲しいと言ってな。仕事も辞めてきた。アザだらけで髪の毛も抜けててな」

 DVか。最近はモラハラとも区別がつかなくなった。

「夜中、泣くんだよ。ごめんなさいってな」

 被害者なのに私が悪いと思ってしまう。

「許せんよなあ」

 駒井はうっすら浮かんだ涙をごつごつした手で拭う。


「その話、止めて」


 凛がぴしりと言った。顔を窓に向けたので見えなくなった凛の顔をサイドミラーで見た。

見ようとした。


「……」

 サイドミラーには凛が映っていない。映っていたのは。


 黒髪を長く垂らした何か。髪の毛の隙間から見えるのは真っ暗の眼。白い首の辺りに赤い着物が見えた。



 バンッと音がした。光るのと同時だった。



 雷が近くに落ちたようだ。

「びっくりした、雷?」

「ほうさな、ああ、縮んじゃうよ」

 結衣子と駒井は驚きを共有して笑った。首筋に流れた冷たい汗。


 そっと窺うサイドミラーに映っているのは凛。凛はミラー越しに笑った。嫌な笑いかたをする。


 雷が合図だったように一気に雨が引き、車で走れる程度になった。駒井はゆっくりと走り出す。少し寝たからか結衣子は上手に言葉を選び、楽しそうに駒井に話しかける。駒井も話したからであろう、表情が柔らかくなった。

 自分と凛が黙っていても結衣子と駒井は気にしていないようだ。

 早く着けばいい。もうすぐ着くのだ。手にしていた携帯で時間を確認すると六時になろうとしていた。雨上がりの夕闇がしとしとと背中から迫っている。






 




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ