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 乗り換えはやはりスムーズにはいかず、まだ一時間以上かかるのに、すでに四時を回っていた。そして祈りは通じず、バスはもうない。まだかろうじて街並みを保っている駅前をぐるりと見回す。宿屋もないし、食堂も閉まっていた。新幹線から乗り換える時に食べたかつ丼は既に消化している。結衣子も凜も疲れが見える。

「ちょっと待ってて。聞いてくる」

 タクシーを使うか。金はあるし。でも行ってくれる運転手がいるかどうか。タクシー会社の小窓を叩くとゆっくりと振り返る事務の人は首を横に振った。この際、警察手帳の威力を発揮してパトカーでも借りてやろうかとも思った。

「悪いね、人が足りなくてね。誰も捕まらないんだよ」

「そうでしたか、困りました」

「どこまでだい?」

樫鉦(カシガネ)まで」

 返事は期待しない。

「無理だね。誰か、声をかけたげるから、ちょっと待ちぃ」

 タクシーの無線を使い、樫鉦に用事がある者を探してくれた。上手くすれば、母親に用事がある者がいるかもしれない、時間を考えるといるかもしれなかった。

「いたかい?」

『タカナザのコマイさんが行くんだとよ』

「あんた、一人かい?」

 事務の人に三人だと告げる。

『バンだから乗れるだとよ』

「助かるよ、こっち寄れっていっとくれ」


 三十分待たされたが、これで村まで直行できると思ったら気持ちは軽くなる。駒井の白いバンに乗せてもらい村へ向かった。タクシーの事務の人には二千円を渡した。

「駒井です、運転、上手くはないから勘弁な。なあ、アンタ、結じゃないかい?」

「はい、そうですが」

「そか、キナイさんによく似てるから」

「そうですかね」

 まあなあと笑う。駒井は一人で行くのか。

「寝てていいぞ、二人は眠そうじゃないか」

 二列目に並んで座る結衣子と凛。うとうとしている。

「結衣子、時間かかるから、大丈夫、少し寝るといいよ」

 結衣子は軽く頷いて目を閉じた。凛の意識は多分もうない。


 助手席に座ったのは駒井の話し相手になるためであった。駒井は何故、樫鉦に行くのかをぽつぽつと話し出した。

「孫娘がな、東京で拐かされたんだ。ぼろぼろで帰ってきよった。妊娠していてな」

「警察には?」

「言ってない。言いたくないと泣く。でも仕返ししたいんだと」

 それは拐かされたのではなく恋人に捨てられたのではないか。警察にも告げず、仕返しがしたいと言う。相手を知っているのだ。

「振りだけでもいいのではないですか?」

「孫娘はキナイさんに頼みたいてなあ」

 母親の馗綯(キナイ)は本気で人を呪う。

「振りだけじゃ、分かってしまう。死なんもんなあ」

 ずるい話である。殺したいのなら自ら殺りにいけばいいものを呪いに縋る。死ねば万々歳、自らには罪はない。

 別に馗綯が捕まることもないのだが。


「結はどうした? 戻らんと聞いておったがな」

「後ろの彼女を母に会わせに来ただけです、こちらには戻りませんよ」

「それがいい」

 寂しそうに駒井は笑った。

「キナイさんにはたくさん世話になった。みんな、な。だがもう終わりにせにゃ、ならんことも分かっておる。キナイさんも言っておった。自分で仕舞いだとな」

「そうですか、こちらこそ、面倒を任せきりで」

「なあに、気にせんよ、だぁれもな」

 中学を卒業して全寮制の高校へ行くと言った自分を馗綯は、そうしなさいと言った。必要な金額は用意するからと言って押し入れを開けた。詰め込まれた現金が今でも思い出せる。かなり適当に掴み、無造作に寄越した。

 馗綯の収入源は呪いである。狐島家に産まれた女は管狐(クダキツネ)を飼い、人を呪って生計を立ててきた。昔は成功しても失敗に終わっても幾ばくかの請求をしていたらしいが、馗綯は成功報酬としてしか請求しなかった。失敗に終わった話など一度も聞いたこともないんだが。祖母によく言われたのは「馗綯の失敗はお前だけじゃ。」である。馗綯は自分を産んだあと、一切、父親とも村人とも交わらなかったと言う。

「皆さん、お元気ですか?」

「ああ、そうだな。変わらんよ。ああ、ヤツヤのじっさんや、カタナラのばあさんは死んだがな」

 質素な暮らしは長生きを強要された。ヤツヤもカタナラもあの頃ですでに八十才を越えていたはずだ。死んでいて当たり前というのもどうかと思うが、そんなものである。やっと死ねたのだ。いつだって年寄りは死にたがっていた。

 樫鉦の集落は百人程度の規模で林業を営む者が殆どだ。長い間、樫を育てて売り捌いて収入を得る。今もそうだろう。駒井も同じである。

「最近はオークと呼ばれててなあ、立派な家にと思ってんのになあ。出来上がるとなんだい、ちんまりした小屋みたいでなあ」

 日本家屋よりは洋風の丸太小屋のような別荘によく使われた。樫は日本家屋で使うには硬すぎるかもしれない。コンクリートで造る家も増えてきた。

 見慣れた景色に溜め息を着く頃、雨が降り始めた。

「おう、夕立か、天泣か」

 夕方であるので夕立だ。天泣(テンキュウ)とは狐の嫁入りと呼ばれる天気雨のことだ。歓迎の雨なのか拒絶の雨か。

「ここから出るときも雨でした」

「そうか、何年になる?」

「十年ですね」

「今、何し、おっとっ」

 フロントガラスに烏がぶつかってよろめきながら飛んでいく。雨に焦ったようで面白かった。

「おー、飛んでった、飛んでった」

 結衣子が目を開けた。


「なあに?」

「烏が、ぶつかって飛んでいった」

「あら、痛かったね」

「軽い脳震盪起こしてるかもね」

 クスッと笑った結衣子の疲れた表情に申し訳なく思った。仕事の疲れがとれるとは思えない旅である。

「遠くてごめんな」

「いいの、気にしないで」

 結衣子は自分を見据える。覚悟はしてました、もう戻れないしね。なんて感じが結衣子の頬に描いてある。




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