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 何で死にたいんだよと学人は続けた。死ぬのを邪魔され、力が抜けた胡桃は学人のされるがままに揺らいでいた。

「胡桃、何で」


「学人さん、胡桃さんは死にたいのではなく、生きたいんですよ。生きているのを確認したくて、死のうとするんです」

「え、な、え?」

「胡桃さんに何が起きたのか、分かりますか?」

「当たり前だろ」


「胡桃さんが何をしてほしいのか分かりますか?」


 学人より先に胡桃が反応した。揺らいでいた視線も身体も、やっと生きていることを実感したのか、色が戻ってきた。胡桃は、ゆっくりとこちらに手を伸ばしてきた。

「大丈夫ですよ。立てますか?」

 伸ばした手を掴んでやると胡桃は学人から離れ、自力で立ち上がった。着ていたワンピースの裾から花びらが溢れ、吹くはずのない風に流されてベットと本棚の隙間に消えた。

「胡桃、無理すんなよ」

「学人さん、胡桃さんは自分で立ち上がることができるんですよ」

 匿って面倒を見てもらうことはありがたい。だが、それではダメなのだと言うことを胡桃は分かっている。

「胡桃さん、あそこにあるものを、持っていってもいいですか?」

 本棚を指した。


 胡桃は力強く頷いた。ひらひらと落ちてくる花びらが胡桃の髪の毛に沈んでいく。


「救急車、来たぞ。お母さんが一緒に乗ってくれる」

 胡桃は再び頷き、歩きだした。ハンガーに掛かっていたパーカーを渡すと、ぺこんと頭を下げた。海岸寺と一緒に階段を降りていく。


 学人に手伝ってもらい、本棚をずらした。手袋を嵌め、奥に手を突っ込むとビニール袋に触れた。


「何ですか、それ」

 学人は訝しげに聞いてきた。


 中には据えた匂いがする衣類が丸まって入っている。


 下にいる海岸寺に呼ばれたので、すぐに降りた。

「石田 凛が霧沙署に来た。お前を待つって言っているらしい」

 手にした袋を海岸寺に渡す。海岸寺はものすごく嫌な顔をした。単にきれい好きなのかも知れない。

「よし、戻って、おっと、電話、もしもし?」


 電話をしながら胡桃を乗せた救急車を送り出す。不安な面持ちの学人。


「分かった。じゃあ、結を出す。うん、ああ、石田 凛に電話して貰うよ、え、あ? ああ、今日、来た新人。結構、面白いよ」

 面白いの意味が違う。


「結、霧沙駅のロータリーからアーケード抜けたとこにファミレスあんだけど、知ってる? そっちに合流して貰いたい。斗四季がいる。季伊那と待ち合わせしているらしい。全く、解放すんの、早えんだよ。少しは反省させろよな」

「霧沙はあまり。よく分かりません」

 簡単に説明してくれた。だいたいは掴めたので大丈夫だと答えた。


「乗れ、帰るぞ」

 学人を見る。下を向いているので、表情は分からなかった。ありがとうございましたと言っても動かなかった。


 頭を下げてから助手席に乗り込む。


「大丈夫でしょうか」

「さあな。後で木梨さんに相談しておく。県警通さないとな」

「そうですよ、いいんですか? こんなとこまで来て」

「俺らはな。いいの、いくらでも理由作れるから」

 それはそうだが。


 間もなく霧沙市に入るあたりで凛に電話を掛けた。

『早く来てよ、なんでいないの? 証拠って言ったの、結じゃん』

 悪かったよと言うと、海岸寺に結架ちゃんの名前を出せと言われた。

「池月さんて、女性の刑事がいるんだ。その人に渡して」

 電話の向こうが騒がしい。誰かが怒鳴っている。池月でも木梨でもない。この声は。

「凛、一人じゃないな?」

『だって葎が一緒に行くって言って聞かなかったんだよ。結、なんかしたんじゃないの?』

「なんでだよ」

『さあね。すげーご立腹。池月さんって人、探すよ』


 切れた電話に首を傾げる。卒業以来、会ってもいない葎に嫌われる謂れはない。

「ファミレスはアヤに頼んで張り込んで貰ってる。多分、あのメモリーの受け渡しだろう。あれ、斗四季が捕まるもんな。季伊那は知らないで通すことも可能だろうけどな」

 海岸寺が電話を寄越した。

「アヤからのメールで状況を把握しろ。俺もアヤも斗四季に顔がバレてるからな。知らないお前が近づけ」

 メールで分かることは店内には斗四季と他に五人の客、店員は五人。店員には連絡済みで、他に客はいれないようにしているとのこと。新しいメールで、客のうち、三人が帰った。会計している隙に一人が入ったことが分かった。

「気を付けろよ。怪我人は出すな。落とせよ、確実に」

「はい」

 霧沙駅のロータリーで下ろしてもらった。海岸寺は科捜研に寄り、服を鑑定に出して霧沙署に行くと言った。


 慌てないように早足でアーケードを抜ける。右側にあるファミレスを確認した瞬間、左腕を掴まれた。びっくりして殴ろうとした右の拳をがっつりと掴まれた。人工声帯が袖から抜けてぶら下がった。相手の視線がそれに向く。

「悪い、驚かせた。お前がユイか?」

 気持ちが昂っている。このまま、店に入っていたらどうなっていたか。


「はい、狐島 結です」

「綾羅木 恩だ」

 互いのバッチで身分を確認した。霧沙署は顔で雇ったのかと思うような男前であった。


「俺、内容知らないんだよな。何、やってんだ、お前ら」

 知らされないのに尾行を買ってくれたのか。きっと、海岸寺も立場が逆なら何も聞かずに走るのだろう。

 綾羅木に説明することで頭の中も整理できた。綾羅木は少しだけ笑った。鬼島や熊谷係長とも、海岸寺とも違う強い雰囲気があった。


「ふーん。カイもそういうの、違う方向に向ければ楽なのにな」

 そうかもしれない。

「クロイデの資料が頭に入ってるなら大丈夫だな? 行けるか?」


「はい」

 凛の顔が浮かぶ。柚井姫の嘆きと繋がる。


 花びらが、柚井姫が、こっちだと導く。





 

 

 


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