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「大丈夫か? 胸くそ悪い動画だったからな。よし、止めよう、外へ出よう。あっちだな」

 無理矢理、返事をして動画を止めた。指先やタブレットから花びらが湧くように溢れてくる。資料と一緒に鞄に入れ、車を降りた。曇り空の下、涼しくなった空気が首もとの冷や汗を凍らすかのように撫でていく。


 凛は覚えていた。見捨てられたなと言われたこと。あの動画が仮に映ったとしても、豚とピエロ、馬が二匹なのだ。顔は分からないであろう。夜だから暗いのか? 窓は? 馬が分かるくらいには光があったんだろう。


 前を歩く海岸寺が不意に足を止めた。


「なあ、結」

 頷く。


「いや、いいや」

 何かを考えている。ものすごい速さで。歩き出したが、またすぐに止まった。


 海岸寺は携帯電話を取り出し、誰かに掛けた。それをスピーカーに切り替えた。


『もしもし?』


 バッと鳥肌が立つ。


『もしもし、海岸寺だろ? 何だよ、季伊那、どうした?』


「帰したよ。こちらの日賀さんが登場したから」

『なんだ、さすがの海岸寺も権力には勝てないってか』

 相手は笑った。

 先ほどの動画の音みたいに。携帯電話を見ると、日賀と表示されていた。斗四季である。



「悪いけど、俺、権力は気にしないから。悪いことした子にはお仕置きしないとね」

『じゃあ、頼むよ。おっと、悪い、切るわ』


 プツリと切れた電話。海岸寺はずっと自分を見ていた。海岸寺はあの真っ黒の動画で気がついたはずだ。

「結、何知ってんの?」

 吐きそうだ。海岸寺は鞄を持ってくれて近くのコンビニに連れて行ってくれた。トイレに押し込まれ、吐いて楽になるのを待ってくれた。そのうえ、携帯電話のストラップを買っていて、人工声帯にくっ付けた。

「手首にかけとけよ。ポケットに入ってるより、素早く動けるだろ」



 お礼を言い、しばらく待たせてしまったことを謝ると頭をぐしゃぐしゃにした挙げ句、グッと掴まれた。

「クロイデに見てもらった。お前が一番初めに調べだした事件のこと。なんであれにした? 名前から調べたんだってな? 友達なのか? あの事件は日賀が石田を失脚させるためのものだった。だが、日賀は失敗した。大事な人質の双子を間違えたのだ。挙げ句、間違えられた子は死んでるんだ」


 わざと未解決にしている事案だとも言った。

「あの事件は公安の日賀部長のアキレス腱だ。日賀部長が被害者の遺族を丸め込み、公安で引き取ると言ったのを神張署の加賀谷に頼んで止めてもらったんだ。加賀谷は双子の姉の旦那なんだよ。事情は全部知っている。タイミングを見て日賀部長をぶった切るつもりだ。お前、やるよな?」

 頷かなければ、掴んでいる髪の毛を縦に振るだろう。


「お前の手の内を明かせ。今が絶好のタイミングだ」





 ライブハウス、rainbow bridgeに行く。割りと広い店内、機材の質の良さが伺える。儲かっているようだ。その店長に話を聞くことが出来た。バッチを開き、身分を証す。

「キイのことですよね? 今更ですか?」

「悪いね。これにも書いてあるんだが、肩書きが未解決事件捜査室室長なんだ。今更って事件しか扱っていない。日賀 季伊那が関わっていたであろう事件を調べている。何個かあるんだけど、そうだな、筒森 胡桃さんの話とか聞けないかな?」

 店長の顔色も変わったが、ステージでドラムをいじっている奴が動いた。黒井の資料を頭の中で開く。海岸寺が爪先で合図を送ってきた。人工声帯を当てて声を掛けた。確かにポケットからより早く動ける。袖に入れておけば、そんなに邪魔ではなかった。

「君が桑原 学人さんですか? 胡桃さんの彼氏ですよね?」

 黒井が調べたキイの交遊関係は顔写真にまで及んでおり、全てを頭に入れた。学人はドラムスティックを握りしめた。

「どうせ、キイは釈放だろ? 話したって待ってるのは仕返しだけだよ」

「どうかな、お兄さんや親父さんも全部、ぶっ潰すつもりなんだが、協力しないか?」

 若い素振りをするなと言われていた。ベテランのように振る舞えと。片手をポケットに入れ、胸を張る。鬼島や桜井のように。憧れである廿日署の先輩刑事のように。視線は反らさない、真っ直ぐ桑原を見つめる。伸びた前髪を細いカチューシャで持ち上げている。

「本気なの?」

「ああ。状況証拠はたくさんあるんが、決め手が弱くてね」

「キイのことでもいいの?」

「もちろん。それから胡桃さんが連れ込まれた部屋がどこだか、分からないか?」

 今、黒井は動画を解析しているそうだ。トイレに押し込まれている間にタブレットから黒井のパソコンに送ったらしい。短い間にたくさんの情報を集め、整理して送り返す黒井。海岸寺も範子も信頼している。そういうのを探さねばならない。


 海岸寺は凛に電話しろと言った。何か、証拠がないか聞けと言われた。

「当時、着用していた服が回収されていない。日賀の手に落ちたのかもしれないがな」

「聞いてみます」

 電話にでないかもしれないが、かけてみると凛はすぐにでた。

「電話、でるんだ?」

『柚井姫、いないし』

 意味は分からない。


「凛、犯人が分かったよ」

『親父?』


「え? 何で?」

『ううん、何でもないよ。で?』

「何かさ、証拠みたいなの、ないかな」

『証拠』

「うん。当時、着ていた服は? こっちには保管所されていないんだ」

 切れた。



 そのまま、連絡はない。

「海岸寺さん、狐島さん」

 学人が口を開いた。海岸寺が返事をした。

「うん、何」

「今から胡桃に会いに行きますか? 何も話さないかもしれませんが」


「マナト?」

「いいんだ、店長。もう一人じゃ、どうしていいか分かんねえし」


 助けて欲しいんだと言った。


「大丈夫だ。信じて欲しい」

 そう言うと学人は涙を流した。


 店長も頭を下げた。

「あいつらのせいで、嫌な思いをしているのは、たくさんいる。みんな怖くて何も言えない。都内に逃げた子もいる。だから、最近、キイが都内に引っ越したことを伝えたり。みんなでお互いを守っていた。情報を共有して立ち回るしかなかった」

「なんか、警察に言われたな?」

「ああ。分かりやすかった。キイの話だけ聞いてさ、じゃあ、大丈夫だなって言ったとき、ああ、こいつは敵なんだって。警察は当てにならないって思った」

「そうか、嫌な思いさせたな」

「あなたたちは違う感じがする。なんか、被害者みたいな」


 床にもみんなの肩にも花びらが散っている。柚井姫がいる。せっかく凛に繋がったのに行かなかったのか。海岸寺が何気なく肩を払う。ひらひら。ひらひら。


 学人は涙を拭き、先頭を歩く。連れて行かれたのは近くのマンションで、表札は日賀となっていた。


「この部屋です。胡桃が、あ、胡桃だけじゃなくて、キイは多分、ここに連れ込んでいると思う。ここ、キイの兄貴の部屋。兄貴、都内にここから通ってるんだ」


 乗り換えを考えると面倒な場所である。都内に引っ越せばいいものを。季桜堂ならば、給料も悪くないであろうから都内でも住めるはず。この部屋には引っ越せない理由がある。海岸寺は鞄からチェーンを出してドアノブにぐるぐると巻き、脇の窓の格子と繋げた。鍵穴には粘土のようなものを詰め込む。その粘土に海岸寺の名刺を突き立てた。


「よし、行こう。胡桃さんに会おう」

 学人は不思議そうな顔している。海岸寺は気に止めず、歩き出した。


「話せないって辛いですよね」

 学人は呟いた。手首にぶら下げた人工声帯を見つめている。

「胡桃は、誰とも話さなくなった。今、俺ん家にいる。母さんが面倒みてる」

 少し、間をおいてから口を開いた。


「あいつ、孤児院育ちなんだ。一生懸命、生きてきた。ずっと見てきた、だからこれからも一緒にいるつもり。だから母さんに紹介した。母さんは娘が出来たって、今度、ショッピングしようって、喜んでくれた」

 胡桃も喜んでたのに、あいつらのせいで。


「部屋から出てこない。それでも母さんとはなんとか」


 学人の家は住宅街の中にあり、静かな場所にあった。近くには広い公園もある。


「ただいま」

 奥から早いのねと声がした。胡桃は? との質問に、少し寝るって言ってたと返事があった。学人は二階に上がるよう手招きする。

「あら、お客さ、ま?」

 あからさまな不信感。

「いいんだ、母さん。大丈夫」

 海岸寺に続けてバッチを開く。解れた前髪を直しながら、不信感を隠す。

「何か、飲み物を」

「いえ、いりません。すぐ、帰りますから」

 海岸寺は学人に続いて階段を上る。母親に頭を下げた。



「胡桃、開けるよ。おっと、あれ?」

 開かない。隙間から花びらが溢れた。

「胡桃、どうなってんの?」

「どけ、開けよう」

 海岸寺は即座に判断し、ドアに身体を押し付けた。少しだけ開いたドア。微かに漏れる匂い。


「結、下、押せ。静かにな」

 肩をつけ、押し込むようにして空いた隙間に膝を入れる。見えたのは細い肩だった。腕を入れ、ドアノブを確認するとやはり紐が掛かっていた。手にかけていた人工声帯を彼女の顎に滑り込ませると、彼女は咳き込んだ。動いた彼女をドアノブから引き剥がして、ドアを開けた。


 胡桃は左の腕も血だらけであった。



「救急車を呼ぶ。止血しろ」

 首に巻いてあった紐を外して上腕部に巻き付け、縛り上げた。嫌な予感がして口を抉じ開けると血が流れた。ポケットにあったハンカチを口に突っ込む。


「っぐ、ん」

 いやいやをするように動く胡桃。動けなくなっている学人を顎で呼び、抱き締めるように促した。


「胡桃、胡桃、何でだよ」


 

 

 







 


 


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