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池月がにっこりした作り笑顔でキイを連れていく。
「なんだ、みんないい人だね」
キイは変わらずへらへらしている。それを誰も見ようともしなかった。玄関では公安の日賀部長がお目見えしており、真っ黒なサングラスの奥から何かを睨んでいた。キイなのか、我々なのかは判別つかない。
「結」
キツネとは呼ばないらしい海岸寺はUSBメモリを握らせてきた。
「お前、自分のタブレット、持ってたよな? 中身、移せ。で、出掛けるぞ、準備して玄関に来い」
頷くと海岸寺は玄関へと向かった。
地下へ戻り、鞄からタブレットを出してパソコンとメモリを繋いで、言われた通り中身を移した。何個かのファイルが上手く移せず、悩んでいたら黒井がすぐにやってくれた。しかも分かりやすく一つのフォルダにまとめてくれた。
「出掛けるんですね。タブレットもメモリも持っていってください。あと、室長の上着と鞄もお願いします」
お礼を言って、上着と鞄二つを持って玄関に向かうと日賀部長と海岸寺が言い争っていた。
「何も、ほら、ないですって」
「バカにするな、早く出せ」
海岸寺の胸ぐらを掴み、ポケットを探る。海岸寺は一瞬だけ、こちらを見た。一瞬だけ、指先を動かす。
近づいていき、上着を渡す。ポケットにメモリを入れて。そのまま、外へ出た。池月がちょいちょいと指先で呼ぶのを見逃さずに隣に並んだ。黒の外車の中でキイは携帯電話をいじっていた。
「あ、すいません、上着に入ってました、はい、はい」
「ふざけやがって」
「また、そんな言い方して、どうぞ」
メモリを奪い取った部長はすぐに出てきた。そのまま、キイの隣に乗り込み、車は静かに走り去った。
「よく出来ました」
「うん、やるね、キツネくん」
ぺこんと頭を下げる。やはり視線や指先だけで指示を出していた。当たっていてよかった。
「結架ちゃん、車貸して」
「はい、鍵。そう言うかと思った」
すでに手にしていた鍵を受け取る海岸寺。ついていくと真っ赤なスポーツカーだった。
「結、運転、する?」
こればかりははっきり言っておかないと迷惑がかかる。人工声帯を当てて、言った。
「すいません、免許はありますが、無理です」
海岸寺が吹き出した。
「なんだよ、早く運転出来るようになってくれよ、意味ねえし」
「はい、すいません」
助手席に甘んじて海岸寺の運転で走り出す。
「さっきの資料にあったライブハウスに行く」
分からない。あったか? 資料を出して捲っていく。季桜堂証券の上層部の名簿、キイの履歴。関係したであろう万引きや恐喝のネタが並べられていた。黒井の情報の選び方はすごい。バンド名は、midnight breakfast。
ライブハウスは、rainbow bridge。これか。
「住所、ナビに入れて、場所確認して」
ナビが映し出した場所は隣県であった。海岸寺はナビを確認すると削除していいと言った。
「余り、形跡を残したくない。係長の車だし、なんかあった時、池月、知ってたのかってなると困っちゃうだろ」
頭を駆使するしかない。全てを瞬時に判断する力がいる。じっくり足元を固めていく鬼島とは違うやり方である。
「勘、とかなんとか。そういうのを大事にしろ。ちょっとヤバいなとか、あれ、なんか知ってるなとか。俺たちが扱う事件は古いものばかり。記録されていることだけが資料じゃないんだ。ただあの地下で資料を読んでるときも、それを忘れるな」
頷く隙ももったいなく感じてくる。道も知らないし、資料も頭に入れたい。さっきのメモリの中身も気になる。今までは資料を何度も捲って頭に入れてきたが、今日からは一度で済ませたい。ただでさえ、話せないハンデをどんどん埋めていかないとならない。その上で自分にしか出来ないことをしていきたい。教わるだけではダメ、指示を待つだけも嫌だ。
「結は日本酒、平気?」
「や、あまり」
だいたい白ワインだなと思った。央のせいかもしれない。でも凛とは日本酒を呑んだ。たいていはワインばかりだと言うと、もったいないと笑われた。
「旨いの、今度、呑ませてやる」
「はい、ぜひ」
古酒だの原酒だの、やけに詳しい話し方をする海岸寺。一頻り話した頃、車を時間極めの駐車場に停めた。
「タブレット、さっき移したやつを見よう」
タブレットをだしてフォルダを開いた。
「クロイデにやってもらったな?」
「途中から出来なくて」
「いいんだ。クロイデの方が早い。次から、俺が同じこと言ったら、クロイデに一言移してって言えばいい」
「はい」
最初から黒井に頼んだら、あと三分は早く行けただろう。そのうち、負けないくらい使いこなせばいい。
フォルダの中には八個のファイルがあった。全て動画である。開けてスタートさせた。
「結、音、音出せ」
サイレントモードになっている。解除すると、あまり聞きたくない音が飛び込んできた。
『や、やめろ、離せよっ』
『暴れんなよ、気持ちよくしてやるから』
『うああああっ』
しばらく黙って見ていた。強姦の動画。しかも被害者は男である。高校生くらいだろうか。
初めは考えずに見ていたが、海岸寺を見やると、ものすごい速さで何かを考えている。
そうだ、二回も見る必要はない。一度で情報を全て読み取るのだ。
部屋の広さ、人数、顔、性別、声、被害者。撮影者が移動した瞬間に本棚が映った。思わず一時停止を押した。
「お、いいね、結。この画面を落とせ。あとで拡大する」
頷いて操作する。人数は三人。撮影者を入れて四人。撮影者以外の声は分かった。被害者の意識が薄れ始めた頃、撮影を交代して強姦に加わった。時間は一時間くらいだろうか。プツリと切れた動画。もしかしてこれがあと七つあるのかも知れないと思うと吐き気がした。
「落としたとこ、まとめて。んで、次」
全部見るんですか? とは聞かない。駐車場は高いビルの北側にあり、ビルには窓もなく、駐車場の監視カメラも車の中までは写らない。車の中を覗くには自分か海岸寺と目を合わせないとならない。見るつもりでここに停めたのだ。
次の動画も被害者が女になっただけで、手口も場所も同じであった。場所を特定出来たらいい。窓が映る度、外は何かをチェックする。ビルの側面しかない。茶色のレンガのような壁。
「次」
言われる通り、動画を差し換える。心無しか、加害者らが若くなった。
「随分、長期的だな、こいつら若くなったな」
ベッドの脇にデジタル時計が映った。一時停止して日付を確認する。
「三年前だな」
加害者の面子が変わらないのも気になる。そう言うと海岸寺は頷いた。
「これ、どれもキイはいないのな」
「そもそも、誰のメモリだったんですか?」
「キイが木梨さんの前でポロっと落としたらしい」
「捕まえてみせろって?」
「さあな。どうせ、この動画からではキイが関わっているのかどうか分からない。だいたい三年前じゃ、キイは中学生だろ? コイツらは大人だろうけど」
海岸寺はハンドルを指先で叩く。かなり怒っている。
やっと最後のファイルまできた。だが、これだけは開かなかった。
「あれ、なんだ?」
「形式が、古いんですかね?」
どうにか開いたが、音しか聞こえず、真っ黒な画像のままだった。
『もしもし? 石田さんのお宅?』
『あのさあ、あんたんちの双子』
『誘拐しましたから』
バンっと叩く音。車が揺らいだ。
柚井姫が海岸寺の向こうにいた。
「ん? 地震?」
一瞬、海岸寺が窓を見た。柚井姫はいない。
タブレットから高らかな笑い声がした。
『お前ら、見捨てられたな』
汗が噴き出す。
これは。




