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何をしてお兄さんに叱られたの? 優しく優しく木梨が声をかける。キイはへらへらしている。
海岸寺と並んで二人を睨むように観察していると、ノックしてすぐに入ってきたのは黒井だった。
「ダメっすよ。ヤバいっす」
「クロイデの言葉遣いもな」
「見てくださいって。日賀 季伊那、ほら」
黒井が手にしていた資料を見る。
季桜堂証券。海岸寺の視線がきつくなる。
「マジ?」
「早く解放しないと」
「連れてきたのは兄貴の斗四季だぞ、覚悟したんだろ」
「ですけど」
季桜堂証券は大きな証券会社で経済界を引っ張っている老舗でもある。資料によると兄の斗四季は三十四歳で、すでに取締役に名前を連ねていた。父親が頭取、日賀が季桜堂を取り仕切ってきたのだろう。
ざわりと鳥肌が立つ。
柚井姫が。
マジックミラーの向こうにいた。
真っ黒な髪の毛がキイに絡み付く。こちらに気が付いた柚井姫は大きな口を開けて。
笑っている? 柚井姫はこちらに向かって飛び、マジックミラーにぶつかるようにして消えた。
いつもなら花びらを散らして崩れるように消えるのに。消えていないのか? 部屋を見回す。
「ああ、もう、だから嫌いなんだよ、掃除は上からが基本だろうが」
海岸寺が資料をはたいた。埃のようだが、花びらにしか見えない。そこか?
カツカツとヒールが響いた。
「うわ、クロイデ、鍵締めろ」
黒井は海岸寺の台詞に飛び上がるような感じで部屋の鍵をかけた。その瞬間、ものすごい勢いでドアが叩かれ、よく通る女性の声が聞こえた。
「カイっ、あんた、何してくれてんのっ。 公安の部長殿から、お怒りのお電話をお受けしたわっ」
お怒り、お電話、お受けした。ちょっと笑いそうになる。
「早いな、流石だな。なんかあんな?」
海岸寺は資料を自分に押し付けた。
「これにしよう。そうだよ、だって大学の旧友様が、わざわざ呼び出してまで、押し付けた弟様だぞ。丁重に丁重に、お調べしないとな」
ドアの向こうと会話しなくてもそこまで分かるのか。央のようだ。
「室長、ヤバいですって。係長、角が」
「カイーっ、開けなさいよ、直々にお迎えにいらっしゃるのよっ」
マジックミラーの向こうでキイが笑いだした。
「俺の迎えだ。お姉さん、伝えておくよ。叔父さんにさ、優しい人でしたって」
木梨はにっこりして、ありがとうと言った。
「すげーだろ、木梨さん。霧沙署は女が強いの。今の怒鳴り声は強行犯係の池月 結架係長。アヤのことをメグミちゃんって呼ぶ人」
クロイデに資料を集める指示を出し、自分にはついてくるように言ってから鍵を開けた。仁王立ちしている池月の迫力がすごい。薄いメイクアップだが、きつめのアイラインが迫力の元かもしれない。
「カーイ」
「うちの新人。癌で声、やられちゃってんだけど、使えるって言うから、いただいてきた」
「どこから?」
「ひ、えっと、廿日だっけ?」
人工声帯を喉にあててから自己紹介して頭を下げた。敬礼のほうがよかっただろうかと、ちょっと考えた。
「よろしくね。アタシ、池月 結架。敬礼されたら、ひっぱたいちゃいそうなくらいのイケメンなのね。アタシ、カイよりカッコいいと思うわ」
「アヤには勝てないけどね、い、てっ」
池月は海岸寺にエルボーを加えてにっこりしている。濃紺のパンツスーツに襟なしのブラウス。なんでヒールなんだろうか。
「気をつけろよ、結。このヒールで全力疾走出来るからな」
「結って、いい名前ね」
「ユイちゃんって呼ぶ?」
「呼ばないわよ、バカ。バカカイ」
遠くから漫才してんじゃねえと声がかかった。
「そうだ、公安の日賀部長が来るわよ、甥っ子が世話になってるとかなんとか。あの人、早口でよく分からない。取ったのがメグミちゃんだったら切ってるかも」
「甥っ子くん、いるよ、隣」
「何なの?」
「面白そうだから、調べるよ。知りたいだろ?」
「そりゃね」
怒鳴ったのは演技なのだ。ただただ感心する。こういうやり方もあるのか。海岸寺がポンと肩を叩いてきた。
「結は呑めんの? 歓迎会しようや」




