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 結衣子から休みが取れたと連絡があったのはすっかり酔っぱらった十二時頃で、眠ったのかと思った央が急に電話を取り、明日十時に舞川駅でと勝手に約束してしまった。切符を揃え、あちこちに電話した央は勝手に風呂に入って勝手に寝てしまった。空のワインボトルを洗いながら、仕方ないと覚悟を決めてため息まじりに荷造りをする。

 ため息を深呼吸に変えてから母親に電話した。高校入学と同時にこっちへ出てから一度も帰省しなかったし、電話も多分、三回目だ。透明な感触の声色は今ここにいるんじゃないかと思わせる。久しぶりとも元気かとも言わない母親に明日帰ると伝える。母親に分かったと言われて軽く息を吐く。酔っぱらっていなかったら電話する勇気もでないかもしれない。よかったのだ、これで。



 次の日、雨は上がり澄んだ空の下、どこかで見たことがあるんだが思い出せない顔をした彼は着古したデニムに真新しい白のカッターシャツを合わせていて、リュックを背負い、両手で大きな箱を抱えていた。結衣子は小さめのボストンバックと黒のかごバッグを持って水色のパンツに黒のカーディガンを羽織っている。

「こいつが結。彼女が結衣子さん。二人とも同い年だ」

 軽く頭を下げると彼はふーん、と言った。自分も白いシャツだし、よく履く黒のデニム。なんだか似た格好だなとお互いが思ったかもしれない。肩にかけたスポーツバックをしょい直す。

(リン)、ちゃんとしないと(リツ)に言いつけるぞ」


「あっ、石田だ」

 央はにんまり笑った。試されたのか。

「気づくかなって思ってさ。覚えてたねえ、えらいねえ」

 彼は石田 凛。俺たちの同級生、石田 葎の双子の弟だという。確かに顔がそっくりであったが、何せ卒業以来、見ていない顔だ。性別が違うからか記憶に少しだけとっかかりがあったのだろう。

「石田 凛です。すいません、我儘言って」

 先に謝ってしまえと央が助言したに違いない。女みたいなきれいな顔が明らかに嫌がっている。

「結と変わらないくらい、無愛想だけどね。機嫌悪い訳じゃないから」

「余計なこと言うなよな。狐島(キツネシマ) (ユイ)です、こっちは真山 結衣子」

「よろしくお願いします、長旅になるみたいですね」

 ざっと見積もって、上手く乗り継いでいけたら夕方に着く。ほぼ丸一日の行程であった。

「じゃあ、頼んだからな。あ、これ、使って。使い切っていいから」

 多分、十万くらいある札束をぐるぐる巻きにしたものを掴まされた。

「金なんて使うとこ、ないんだよ。帰りの切符も買ってあるし」

「旨いもの、食って。あ、凛は食べなきゃ食べないんだけど、食べるときは際限ないから。気を付けろな」

「ワインなら何本でも飲む央と変わりませんね」

「またいいワイン用意しとくから。じゃあ、結衣子さん、気を付けて」

「はい、行ってきます」


 央に見送られ、プラットホームに向かった。自分は廿日(ハツカビ)駅から、結衣子は楽尾川(ラクビカワ)駅、凛と央は神張(カミバリ)駅から乗り込んで、ハブ構造の舞川駅で待ち合わせにしたのだ。ここから新幹線で三時間、乗り換えて二時間、あることを祈るしかないバスに一時間くらい揺られたら着く、かもしれない。無事に着くといい。

 三人並んで座る。凛が窓側に座りたいと言うので、真ん中に自分、通路側に結衣子が座った。

「荷物、のせようか?」

「いえ、いいんです」

 凛は大きな箱を抱えて座った。リュックは足元においている。自分と結衣子のバックを棚に上げてから座った。

「ね、結くん、ちゃんと言ってあるよね? アタシが行くの」

「母親にだろ? 言ったよ、大丈夫」

 心配と不安の向こうに今日、初めて会った凛が座っている。二人のほうがよかったのか三人で正解なのかはまだ分からない。

「石田くんは何してる人なの?」

 刑事という仕事が表に出ないように質問する。凛でいいと言った。

「陶芸をやってます」

「あっ」

 結衣子が軽く驚いている。

「何?」

 結衣子は凛の顔を覗くように見た。

「あの、こないだ、舞川で二人展やってましたよね?」

「あ、あー」

 分からない結衣子の質問に分からない凛の答えと顔つき。ものすごく嫌そうに見えるが何だろうか。あーのあとは窓を向いてしまった。今のが答えだとしたら、この先思いやられる。

「何、結衣子? ふたりてん?」

「そう。舞川の駅ビルの一番上でね。『陶と磁の饗宴』ってタイトルで。凛、さんと磁器創作家の香苗(カナエ) まあらさんの。凄かったよ、人、人、人で。うちの社長が買うんだって張り切って。香苗さんは中国の人だから、通訳しろって連れてかれたの。まあらさん、綺麗な人だった。磁器と陶器の違いとか教えてもらっちゃった、それでね」

 貿易会社で通訳をするのが結衣子の仕事だ。いきなり結衣子がこんなに喋るとは。かなり興奮している。

「ふーん、で?」

 一通り、香苗 まあらの褒め称えを聞いてから凛の話を促す。

「凛、さんの作品、なかったの。一個しか。でも見せてくれなかったの、なんかよく分かんないんだけど」

 凛が、さん付けしないでと言った。

「ため口で平気?」

 呼びにくそうにしている結衣子を助ける。

「いいよ、結って呼べばいい?」

「ああ。で、いわゆる個展なんだろ? 作品、置かなきゃ売れないじゃないか、売るために開くんじゃないの?」

「そもそも二人展なんてやらないって言ったんだ。なのに、あの女、勝手に話、進めて、挙げ句、師匠呼びやがったから」

 きれいな女顔をくしゃくしゃにして、これは怒っているな。

「結局やらないわけにいかなくなった」

「だから、今日、お願いしたんだよ」


「待てよ、端折りすぎて分からん。は?」

「央くんが言ってたよ、結が、は? って言ったらもう投げたさないって」

「なんだ、それ。ってかそうじゃなくて」

「央くん、あんまり人を信用しないから、珍しいなと思った。会えてよかった。人って怖いよね」

 多分、ますます端折っている。人が怖いとこまで行ってしまった。

「央が、お化けお化けって言ったことか?」

「うん」

 母に結衣子を連れていくことは話してある、問題ない。でも結衣子に母の話をしたのは少しだけだ。凛のことばかり言えないではないか。自分も端折っている。小さいため息。


「あー」

「ほら、結だって。あー、でしょ」

 少しだけ顔を傾けて、ほんの少しだけ笑うのは、確かに姉の葎に似ていた。そうだ、こんな顔をしていた。










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