10
桐の箱を寄せた。箱はちょうど縦も横も身体の幅と同じくらいで高さは薄い。ぴっちりと嵌まる蓋を開けるとふわりと花びらが浮いた。そっと蓋を外す。
「うわ、わ」
黒い髪の毛がきれいに渦を巻いている。息をしているようにふわふわと動いている。
直感で分かった。これはサイドミラーに映ったもの、風呂場で飛び出したもの。
「結は見えるんだよね。車でも見たでしょ」
凛は抱えていた膝をほどき、顔を上げて言った。
「これは柚井姫だ。悲しい想いをいつまでも引き摺って、神張では怨霊とまで言われている。柚井姫神社や柚井の森とか地名に残して鎮めている。だけど、五年くらい前に柚井姫神社でレイプ事件が起こって、その時、結界に使われた石を割ったらしいんだ。何人か犠牲になった。やっと落ち着かせたのが、この皿。気に入ったみたい」
凛は箱を指差した。見ると髪の毛などなく、白い大皿が入っていた。灰色の点々が花びらに見えた。
「初めて焼いた皿なんだ。柚井姫は大抵この皿に憑いている。ちゃんと仕舞ってるんだけど、どうやら柚井姫は進化したみたいでさ、いなくなるんだよね。携帯の電波に乗って」
「進化、え?」
「しかも掛かってきたやつだけ。だからランダムでさ。次々追いかけないとならない。前回は捕まえるのに一週間かかった、三人も死んじゃったから、ヤバイなと思って、央くんに相談したら、結を紹介してくれたってわけ」
凛の電話に央から掛かってきたのが五時。確か、凛が掛けろと言ったんだと騒いでいた。そしてかけ直したのが夕方だった。
「凛、わざとだな」
少しだけ笑った。
「なんで?」
「絶対、葎と一緒だと思ったから」
「……葎に嫌がらせか?」
「まあね。だって、アタシは何にも知りませんって顔してるから」
姉弟のことなど、まして双子の間に流れるものなど分かりはしない。そもそも葎には卒業以来、会っていないし。
「俺たちはきっと、柚井姫たちの生まれ変わりだ。だから同じ目に遭った。俺も死んだら恨んで恨んで、どこにも行けなくなるんだ、こうやってみんなに迷惑かけてさ」
「なんでこれが柚井姫なんだ? 永花かもしれないだろ?」
凛が突然、襲いかかってきた。反射的に投げ飛ばすところだった。
「止めろ、どけよ、凛」
「なんでその名前、知ってんだよ」
なんで? なんでだろうか。凛が口を開いた。
「柚井姫は双子だった。双子は忌み嫌われる時代だった。永花は隠されたんだ。みんなから、歴史から。柚井姫は何も言えない、そういう時代だ。そしてあの日を迎えた。男共に襲われ、首を落とされた。なのに、何も変わらなかった。雨も降らない、戦も終わらない。朽ちて骨になった頃、時代が移る」
「待てよ、凛。反対だ。二人は一緒に暮らしていた。あ、別々だったかな。一緒になって着物を替えてはいたずらをするような二人だった」
凛の手に力が入る。
「あの日、あそこにいたのは永花だ。覚悟を決めて柚井姫の着物を着たんだ。父親は知っていた、おばあさんもな。永花が柚井姫の代わりになったことを。柚井姫だけだ、知らなかったのは」
柚井姫が一番に来たのは知らなかったからだ。知らされなかった焦りや怒りだ。
「結、お前、なんで?」
上手く言えない。見たのか? 夢か?
「凛、離れなさい」
馗綯が動く。
凛は従った。
馗綯は凛の頭を撫で、桐の箱に蓋をしてから、こちらに手を伸ばして頬を撫でた。凛は視線を反らす。その先にはリストカットの傷痕。何度死のうとしたのだろう。悲しみではない、これは怒りだろう。凛は。
「凛、お前は自分が許せないんだな」
柚井姫が永花だったものを見下ろす。永花だったものは柚井姫を見上げた。永花をそっと持ち上げると髪の毛がごそりと落ちた。自分の半分が死んだ。生きているのは半分。死んだ半分は永花、生きる半分は柚井姫。柚井姫も死ぬことを考えただろうか。
考えなかった気がする。永花の死が自分の半分ならば、残りの半分、生きることを選ぶ気がする。
「帰ろう、凛。ちゃんと調べてやるから。お前の事件もな」
「そんなことしても誰も喜ばない」
「じゃあ、なんで央にも話さなかったことを俺に言うの?」
わかんないよ、と不貞腐れた小さな声が届いた。どうしようもなかったんだと思う。気持ちや居場所をどこに置いたらいいのか分からなくなったのだろう。




