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 畳のいい薫りで目が覚めた。倒れたみたいだ。

 さっきの頭突きのせいで視界がかなり揺れている。


「待って、ユイ」

「エイカ、早くっ」


 記憶? 違う、どこだろう。


「ばぁばが来ちゃう、早く脱いで」

「うん、はい、帯」

「じゃあ、こっち」

 声がする方に顔を向けた。小学生くらいで、長い髪の毛を揺らしている女の子が二人。さっきの「ユイ」は自分のことではないらしい。一人は華やかな着物を脱ぎ、一人はそれを身につけていく。はだ襦袢になった一人は地味な着物を着た。着物を交換したのだろう。


「柚井さま、永花さま、どちらですか?」

「ばぁば、こっちよ」

 二人はちんまりと正座して足音を待った。

「こちらでしたか。まあま、またおいたですか」

 華やかな着物を着た女の子の鼻を摘まみ、もう一人の頭を撫でた。

「また、おやりになったら、永花さまのお鼻を真っ赤にするお約束でしたね」

「やだ、やだ」

「ばぁば、なんで分かるの?」

「もう、十年のお付き合いでございます、分かるに決まっております」



 身体は動かない。視線だけで景色を追う。広い畳敷きの部屋、障子の向こうは灰色の空だけ。高い建物の上階だろうか。


「柚井、行くね」

「うん、またね。永花。そうだ、今度、見せてね」

 片方が小さな手を振り回す。

「内緒だよ」

「うん」


「聞こえてますよ。お止めください、あれはお遊びではありません」

「ばぁば、よく聞こえるのね。お父様みたい」

「まだまだ、殿には負けませんよ。いきますよ、永花さま」

「はあい」



 双子か。着物を替えて当てっこをしたのか。ユイ? 柚井姫?



 一人残された柚井はこちらを見ている。

「退屈」


 ポツンと呟く。



 灰色の空がうっすらと赤くなっていく。夕闇ではない、火事だろうか。

「怖い、みんなどこにいったのかしら」


 呟く柚井姫は成長していた。どことなく凛に似ていると思った。


「柚井姫」

「お父様、怖いわ、どうなるの?」

「心配ない。さあ、おいで。少しここを離れて収まるのを待つ」

「永花は? 先に行ってるのね?」



「ああ、心配するな」


 父親は嫌な間をあけて返事をした。二人がいなくなると入れ替わりに永花と祖母が入ってきた。

「永花さま」

「心配するな、ばぁば。分かっている。昔から柚井に成り済ますのは得意。見破るのはばぁばだけだった。さあ、早く、ばぁばも行って」

 一人残された永花。やはりこちらを見ている。

「いいんだ。これで」



 たくさんの足音が近づいてくる。


「いたぞ、ここだ」

 そぞろに現れたのは煤にまみれた男達だった。

「お前が元凶だ、柚井姫」

「お前がちゃんと祈らないから」

「日照りだ」

「火事が起こっても、井戸が枯れてる」

「なんのための」

「赤ん坊が死んだ。乳が出なくなった」

「米が出来ないから」

「芋すら」



 永花は毅然とした姿勢で男達と対峙している。


「死ね」

「首を跳ねろ」


 男達は永花を取り囲む。永花の態度にほんの少し負けそうになっている。


「やれ」

 どの男かは分からない。一人がたった一言で全てを動かした。着物を掴みあげられ、振り回され、細い手首も露になった太股も痛いくらい真っ白だった。その白さに男達は息を飲む。


 止めろ。

 身体も動かない、声もでない。止めろ、止めろ、止めろ。



 永花は男達のなすがまま、叫びも泣きもせず受け入れた。男達は入れ替わり立ち替わり、永花を凌辱する。誰かの呟きが聞こえた。


「あとは首を跳ねるだけだ」


 長い髪の毛を掴まれ、手首や太股同様に真っ白な首筋。そこに刃が当てられた。永花は初めて口を開いた。


「きっと、雨は降ります」


 男達は叫び、永花の首を跳ねた。真っ赤な血飛沫。


 瞬間の静寂。









 誰もいない。

 赤から灰色に戻る空。幽かに雨の音が滲みるように聞こえた。





 時間が過ぎたのだろう、目の前に転がる永花の首はみるみる腐り、蛆虫が涌いた。



 軽やかな足音が聞こえる。





 ダメだ、来ては行けない。父親はどうした? 祖母は?



「永花、永花」


 タタンと小気味良く止まった足音。崩れる永花だったものを睨むように見下ろしている。


 ざわざわと鳥肌が立つ。空気が、景色が凍っていく。

 柚井姫は動かない。





















 吐き気で正気に戻る。トイレにかけ込む。


 なんだ、今の。




「結、こちらに」

 台所で口を濯いで顔を洗った。母はじっとそれを待つ。


「はい」

 やっとの思いで返事をすると母は赤い扉に向かった。


 ぎしりと音がして母は扉を手前に開いた。この扉が開く所も初めて見たし、中に入るのも勿論初めてだった。中に入ると明かりはロウソクのみで窓がなかった。揺らぐロウソクの焔が天井に窓があることを教えてくれた。

 壁は全て本棚になっていて古い背表紙がぎっちり並んでいた。見回すと隅に凛がいた。膝を抱えて丸くなっている。


「凛」


 凛は手を伸ばしてずっと持ち歩いていた箱をこちらに滑らせた。その動きがさっきの双子と重なる。



 

 






 







 




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