第二章 発見
ミールワッツ星系に航宙する、グラビティゾーンの時計回り方向ADSM24、ADSM67、ADSM82方面の更に外側の航路探査を行うことになった”第三二一広域調査派遣艦隊”は、当初ADSM24星系を経由して跳躍する予定であったが、急遽、ミルファク星系公転周期の上部、ミルファク恒星を中心としてアルファ一八〇度、ガンマ九〇度、ベータ四五度方向から外宇宙への航行することになった。西銀河星系マップでは、八〇〇光年先さにある西銀河連邦に未登録のADSM72星系からは未知の宙域である。ADSM72星系から未知の跳躍点に入った”第三二一広域調査派遣艦隊”は、新しい星系に躍り出た。そこは、大きな恒星の周りを公転する八つの衛星と岩礁地帯を有する大型星系であった。ただちに星系内の調査に入った”第三二一広域調査派遣艦隊”は、新たに二つの跳躍点を発見した。そしてそこには彼らが予想もしていない発見があった。
第二章 発見
後続艦隊との距離は、三〇光分、高速航宙試験により一光時を五時間で来る間に後続艦隊も三〇光分進んでいる。後五時間待てば、ヘンダーソンたちの艦艇に合流する予定だ。
ヘンダーソンは、司令フロアの司令長官席でスコープビジョンに映る高速航宙試験に参加した各艦の整備状況を自席の前に有るスクリーンパネルで見ていた。
司令長官席のスクリーンパネルは、艦隊における全ての状況を知ることが出来る。特に整備状況に問題ないと知ったヘンダーソンは、目頭を押さえながらこのままADSM24までの航宙には問題なさそうだと思いながら休んでいた。
「ヘンダーソン司令長官、シェルスターから緊急連絡です」
ハウゼー艦長の声にスクリーンパネルを見ると信じられないことが映っていた。
「ADSM72星系を経由して未知の星系へ進めだと。どういうことだ」
本命令の後に説明がついている。それを読んだヘンダーソンは、半ばあきれ顔でため息をついた。
「ADSM72星系自体もまだ発見されて時間経っていない。どういうつもりだろうか。この命令にウッドランド大将は同意したのか」
軍事統括であるウッドランド大将の同意なくして命令書は発行できない。認証もウッドランド大将のものだ。
いまさら、シェルスターに連絡を取っても覆すことはできない。考えている間に時間は過ぎ、
「ヘンダーソン総司令官、後続艦隊追いつきました」
ハウゼー艦長の言葉に頷くと
「ハウゼー艦長、全艦の艦長専用メッセージを出したい。各艦に伝えてくれ」
ハウゼーは「はっ」と言って敬礼するとすぐにスクリーンパネルを叩いた。
一〇分後、ヘンダーソンは、第三二一広域調査派遣艦隊に参加している全艦長に向かって
「こちらヘンダーソン総司令官だ、シェルスターより緊急連絡が入った。未知の星系に進む航路をADSM24星系経由ではなく、ADSM72星系経由で行けということだ。知っての通りADSM24に現在多くの民間人が進出している。未知の星系への跳躍を見られてはならないというのが主な理由だ」
ヘンダーソンの耳にも動揺の声が聞こえたが、一呼吸置くと、
「ADSM72星系は、アルファ180度、ガンマ90度、ベータ45度、ここから二光時の位置に有る。跳躍距離は八〇〇光年とADSM24星系への跳躍の二倍あるが、既に実績のあるポイントだ。心配はいらない。今から三〇分後、左舷方向へ進路を転換する。ADSM72は、未知の部分が多い。跳躍前に標準戦闘隊形にする。隊形変更時間は追って連絡する。以上だ」
コムを上げ、ため息をつくと心配はいらないと言っても跳躍中は気分が良いものではない。まして通常跳躍の二倍だ。そう思いながらスコープビジョンを見つめた。現在、艦隊はADSM24に対して標準航宙隊形進む状況になっている。
先頭のホタル級哨戒艦が、グリーンマークからブルーマークへ遷移すると順次後続の艦が続いた。ADSM72跳躍点への航宙が始まった。
二〇時間後、シノダは、始めてみる跳躍点に見入っていた。周りが、オレンジとも赤とも言えない色がガス状に取り巻いている。そしてその外枠からホールの中心に向って青白と淡い白のガス状の帯が伸びている。中心の近くは輝くような光と真っ暗な底なしの暗さが合成されたような不気味な雰囲気を漂わせていた。
その周りには、監視衛星と連絡衛星が跳躍点の周りを囲むように浮かんでいる。
「あれが、跳躍点か。まるで古代物理学の本で読んだ一〇次元ひも理論の様な構図だ」
ゆるく透明な長径一〇万キロはあるだろうスライムが宇宙空間に浮かんでいる様だ。
「全艦、跳躍点に突入」
ヘンダーソン総司令官の声に先頭の艦から次々に姿が消えていった。
シノダは、一瞬頭の中が“ふっ”とした感じの後、体に何とも言えない感覚を覚えた。圧力でもなく、体の中に何かがあるような感じだ。
いつの間に下を向いていたのか、ふと正面を見るとスコープビジョンが暗い灰色がかった色になっていた。その中に長い光の帯が時々現れては消える。
これが重力磁場による跳躍空間か、体のけだるさを圧して見つめていると
「シノダ中尉、跳躍中は何もすることはない。少し休んできなさい」
ヘンダーソンの声に我に返ったシノダは、声をかけた主の方を振り向くと微笑んでいた。
「跳躍は初めてだ。体調がおかしくなることもある。六日間、体調にだけ気をつけなさい」
まるで親が子供に諭すように言われると、シノダは少し顔が赤くなって、
「提督、ありがとうございます。少し休んできます」
そう言ってシートを離れた。
部屋に帰って休む気もなく食堂にでも行って何か取るか、と考えたシノダは、上級士官食堂に行くと誰もいないので、少し考えた後、尉官クラスが集まる士官食堂に行くことにした。
ワタナベ准尉に説明を受けた通りにエレベータを下り、左に折れるとすぐに士官食堂は有った。
上級士官食堂と違い、給仕はいないが、こぎれいなレストランという感じだ。
シノダは、壁に食い込むように置いてあるコーヒーサーバから紙コップにコーヒーを注ぐと適当にあいている席に座った。
周りを見ると自分と同じ尉官クラスの人間が、交代の休憩時間だろうかおしゃべりをしながら何か飲んでいた。それを横目で見ながら飲んでいると、いきなり後ろから声をかけられた。
「オブザーバ席に座るえらい中尉さん。どうしてここにいらっしゃるの」
冗談半分ともいえる言い回しで聞き覚えのある声の主がシノダの前に座った。
大きな瞳でシノダの顔を“じーっ”と見ると、一口ジュースらしいものを飲み、また“じーっ”と顔を見た。
「いやっ、上の食堂は一人では居心地悪いし、こちらの方が自分に合うと思って」
そう言って恥ずかしそうにワタナベ准尉の顔を見返した。
「レーダー管制の仕事は交代時間なの」
シノダの問いに
「そうよ、跳躍中は、レーダーがほとんど効かないから、通常シフトよりラフになっているの」
そう言い返した目元が何か言いたげな雰囲気を湛えていた。
少しの沈黙の後、
「パープルレモンのこと覚えています」
シノダの目を見ながら言うと
「居たことは覚えているのだけど、アルコールを飲みすぎたらしくほとんど頭の中に残っていないんだ。ごめん」
「そう」
と言って見返した。“そう”という言葉に二人とも下を向いているといつの間に来ていたのか
「あーあ、見てられない。まるで恋人になる前から恋人同士じゃん」
そう言って突然ワタナベ准尉の隣に座ったのは、肩まで伸びた髪の毛に丸顔で大きな目がはっきりと開いているユーコ・ミネギシ少尉、旗艦アルテミッツのミサイル管制官である。
旗艦アルテミッツの中でもワタナベ同様大変な美人である。もちろんシノダは彼女のことも知らない。
「ミネギシさん」
ワタナベは、士官学校一期上でマイ・オカダと同期のミネギシをお姉さんのように慕っている。
実は、ミネギシもあの時、パープルレモンにやって来た一人であった。もちろんこれもシノダは頭に残っていない。
シノダは、なんとなく自分の歩が悪くなっていきそうな雰囲気に、立ち上がりそうになったところにミネギシから
「シノダ中尉殿、貴殿はかの懇親会の時の事をすっかり忘れたと、このマリコから聞いている。それは女性に対して非常に失礼な行為です。本来なら締めあげるところですが、中尉という立場上それはできません。ここはしっかりと私が、あの時のことを説明するので良く頭に叩き込むように」
本来、少尉が中尉にこんなものの言い方をすれば大変なことになるが、アルテミッツの中ではシノダより先任、それも航宙歴、戦歴ともにシノダをはるかに上回っている。この場合、多少の肩書差は用をなさない。
結局、シノダは、あれこれ一時間半も説明を受けた上、その後の対応も約束され、士官食堂を出たのは二時間後で有った。
パープルレモンでの事はこうである。オカダ少尉(当時)とカワイ大佐に誘われ、カウンタ席から後ろのボックス席に座った後、話に乗れないシノダ中尉をワタナベ准尉が、やさしくみんなの言っていることを翻訳したのであった。
仕事柄、世間が見えていないシノダは、なんとなく解ったが、話の仲間に入る程、理解は出来ず、結局ワタナベとだけ話すことになった。
一二時も近くなりお開きになった後、シノダはワタナベのエレカまで送って行った時、どちらからともなくキスをして次のデートの約束をしたらしい。
しかし、二日酔いで頭が割れそうなほど痛かったシノダにそんな記憶が残る事もなく、一週間後のデートを見事にすっぽかされたワタナベは、実に三時間も待った挙句、一人で帰ったということを、ミネギシに泣きついたというわけである。何とワタナベのファーストキスだったらしい。
これを聞いたシノダは、事情が解り平謝りに謝ったが、周りの目をよそにワタナベはミネギシの話を聞きながら泣き崩れる始末。結局、今回の航宙が終わったら必ずデートをするとミネギシの前で約束させられたと言うことだ。
その後、自分の部屋に戻り、少し横になったが、結局、ワタナベの事で頭がいっぱいになり一睡も出来ず、艦内時間〇六〇〇に起床したが、休んだのか、疲れたのか解らず司令フロアの自分のシートに行くと、既にシートに座り仕事をしていた参謀たちが、シノダのシートに座る音を聞いて、振返り目元をほころばせシノダの顔を注視した。
アッテンボロー主席参謀が、
「シノダ中尉、昨日は大そうな日だったそうだな。旗艦アルテミッツの美人代表二人を独占したうえ、挙句マリコ様を泣かせたということで、全男性士官を敵に回したぞ」
“えーっ”という声と共に顔が真っ赤になり、ヘンダーソン総司令官の方を見ると全く我関せずと前を見ていたが、その横顔は、笑っているとしか見えない。ハウゼー艦長も目元が緩みっぱなしだ。
「まあ、アルテミッツの全男性士官が敵に回ったのはウソだが、ずいぶん士官食堂で目立ったそうだな」
「いえ、あの、自分はコーヒーを飲みにいっただけで」
「上級士官食堂でもコーヒーは飲めるぞ。それもカップコーヒーでない、淹れ立てが」
「いや、その、ちょっと」
顔を真っ赤にして、しどろもどろになっているシノダは、自分が部屋に帰って眠れないでいる間に、ゴシップネットは旗艦アルテミッツの中を駆け巡ったのかと思い、普段の生活とは別の面をもつ艦内生活に驚いていた。
「まあいい、持てる奴の特権だ」
自分も決して持てない部類でないと自覚しているアッテンボローは、その辺でからかうのを止めると、自分のシートに戻り、なにやらスクリーンパネルに打ち込み始めた。
ADSM72星系のミルファク星系方面跳躍点に突然艦艇が現れ始めた。その数は急速に増えた。ホタル級哨戒艦四八隻が先に現れ、次にヘルメース級航宙駆逐艦四八隻、ワイナー級航宙軽巡航艦三二隻、アテナ級航宙重巡航艦一六隻、ポセイドン級航宙巡航戦艦一二隻、アルテミス級航宙母艦八隻、アガメムノン級航宙戦艦八隻、タイタン級高速補給艦六隻が1つのグループとなって現れた。そして次々と同じ艦艇群が四つのグループとなって現れた。3番目のグループと四番目のグループの間に強襲揚陸艦六〇隻と輸送艦三〇隻がいる。姿を見せたのは、ヘンダーソン中将を総司令官とする第三二一広域調査派遣艦隊総計八〇二隻の大艦隊である。
これが、ADSM72かシノダは、スコープビジョンが次々と映し出す、星系内の映像に見入っていた。
ADSM72恒星を中心に五つの惑星が公転軌道上に有る。独特なのは、一番恒星に近い惑星でも一二.五光分離れている。更に二〇光分の位置に第一惑星と同じ大きさの惑星、後は三つの惑星が更にその外を回っていた。第五惑星はガス惑星だ。
艦隊が、星系内に侵入すると右前方五光時のところにこれから行く未知の星系の跳躍点が見えた。艦橋がざわついている。
「艦長どうした」
ヘンダーソンの声に
「総司令官、恒星の反対側八光時の位置に不明の跳躍点があります。星系航路局から報告を受けていません」
ハウゼー艦長の声にヘンダーソンは、スコープビジョンの左前方奥に見えるX2JPと表示されている部分を見た。
また、艦橋がざわついている。既に恒星を中心とした映像となっているスコープブジョンの奥に、今回新規に開発され搭載されている、アガメムノン級航宙戦艦の中でも最大一四光時の走査能力を持つレーダーが、恒星の奥X2JPの右奥二光時の位置にX3JPと表示された新たな跳躍点を見つけたのであった。
以前に広域調査艦隊が来た時は、レーダー能力の及ぶ範囲でなかったのだろう。今の位置から一〇光時は離れている。
ヘンダーソンは、束の間その跳躍点が、まるで自分たちを誘っているかの様に揺らいでいるのが見えた。本来は、艦隊の位置からは見えるはずのないゆらぎであった。
他の艦からはX2JPとX3JPはレーダーでは捉えていない。旗艦アルテミッツを除くと、アガメムノン級最大レーダー走査範囲は、僚艦シューベルト(旧アルテミッツ)の七光時でされ捉える事が出来ない。
「艦長、このまま予定の星系へ向かう。他の艦に動揺が映らないように、この件は艦内にかん口令を敷く」
厳しい口調でヘンダーソンは言うとハウゼーは無言で敬礼をした。
第一、第二惑星軌道上で鉱床探査と前線基地を作っている艦隊にも見えないだろう、そう思って、既に恒星が左に見え始めているADSM72恒星を見た。
まだ若そうだ。星年齢五〇億年というところか、そう考えながら未知の星系への入口(跳躍点)を見つめた。
「ハウゼー艦長、輸送艦に連絡。我々が出てきた跳躍点付近に、監視衛星と連絡衛星を二機ずつ置くように言ってくれ」
ヘンダーソンは頭に引っかかるものがあった。未知の星系への跳躍点まで、後五光時であった。
ヘンダーソンは、跳躍点まで後三〇光分となると
「第三二一広域調査派遣艦隊に告ぐ。こちらヘンダーソン総司令官だ。後、三〇光分で未知の星系への跳躍点に着く。これから行く星系は何があるか解らない。こちらからの跳躍も詳細な情報はない。つながっていると言う事実だけだ。よって航宙隊形を第二級戦闘隊形で跳躍点に突入する。跳躍後、全艦全搭載武器をすぐに使用できる状態にしておくように」
ヘンダーソンはコムを口元からあげると跳躍点のゆらぎを見た。
「全艦跳躍」
ヘンダーソンの声に呼応するかの様に先頭の艦から姿が消えていく。シノダは、緊張した面持ちで順番を待った。今度は、初めての時より少し余裕を感じた。スコープビジョンを見ていられたからである。
突然、スコープビジョンの色が、星系を後方に映す映像から暗い灰色に変わった。前回と同じだ、そう思っていると横に流れる光の線がとても多い。
前は、稀にすっと流れるような映像だったのが、数分に一回位の割合で流れる。体になにか重いものを感じながらスコープビジョンを見ていると、同じように艦橋にいる他のクルーも同じであった。
ハウゼー艦長は、自席前のスクリーンパネルに何か打ち込んでいる。レーダー管制官、航法管制官、航路管制官全ての担当官が緊張の面持ちで自席前のスクリーンパネルを見たり打ち込んだりしていた。
ヘンダーソン総司令官も参謀たちも黙っているばかりである。シノダは、どうしたのだろうと思いながら周りを見ていると
「総司令官、やはり跳躍前のゆらぎで分析した結果と同じです。他の重力磁場よりヘビーアンセントレーションです。跳躍中は最大限の注意が必要です。このデータを持ち帰れれば、この跳躍点の対策も立てられるでしょう。第二級戦闘隊形にしたのは正解でした」
「航路管制、進行方向だけでなく、左右の注意も厳重にしろ」
「航法管制、前方レーダー走査能力を最大にして方向確認を厳重にしろ」
ハウゼー艦長の指示が各管制官に飛ぶ。他の艦でも同じような光景だろう。
ヘビーアンセントレーションにある跳躍空間を位相慣性航法で切り抜けた第三二一広域調査派遣艦隊は、未知の星系へと躍り出た。
スコープビジョンが、次々と星系内の映像を映し出していく。シノダは、未知の星系の映像に驚きを隠し切れなかった。
恒星を中心として公転軌道上に八つの惑星が周回している。四番目の惑星と五番目の惑星の間には、岩礁らしき帯がある。
「レーダー管制、主星、各惑星の距離と状態を把握しろ」
「スペクトル分析急げ」
「航路管制、惑星方面の進路を確認しろ」
「全武器担当。モードオンを維持」
ハウゼー艦長が次々と指示を出す。少しの時間を置いてレーダー管制官が、
「状況出ました。恒星年齢四〇億年。ここからの距離七光時、恒星から各惑星までの距離、第一惑星三光分、順次一〇光分、一六光分、二五光分、第四惑星と第五惑星の間に岩礁帯があります。第四惑星からの距離五光分、幅七万キロ、厚さ七千キロ、第五惑星一光時、続いて一.五光時、二.八光時、四.一光時、第五惑星表面ガス惑星、第六、第七、第八惑星は全てガス惑星です。第七、第八惑星は楕円軌道を描いています」
「ADSM24星系の跳躍点までの距離一〇光時、更に新たな跳躍点、ここから五光時、位置アルファ○度、ベータ三二○度、ガンマ四○度に有ります」
次々と報告される内容にヘンダーソンも驚いていた。調査隊を分けないと調べきれないなそう思いながら報告を聞いていた。
「ハウゼー艦長、A2GからA4Gの各司令を呼んでくれ。これからの作戦について詰めたい」
ハウゼーは、ヘンダーソンの指示にすぐに各司令を呼出すとヘンダーソンと参謀との間の空間に各司令の映像が映し出された。
A2G司令のキャンベル少将が旗艦プロメテウスから
「総司令、大きな星系ですね。新しい跳躍点も見つかりました。少し、時間がかかりそうです」
キャンベルは、ヘンダーソンが信頼する将官の中でも特に優秀な司令官だ。キャンベルの言葉に頷くと
「調査対象が多くある。A1Gは第二惑星、A2Gは第三惑星、A3Gは第四惑星、A4Gは、岩礁帯を担当。調査の為に同行している民間技術者を四グループに分ける。これに陸戦隊を振り分ける。調査方法は、既に連絡してある通りだ。定時連絡は確実に行う様に。どんな変化も見逃さないように哨戒を厳にしてくれ。惑星公転軌道上に三〇光分まで近づいたら各艦隊は、担当宙域へ展開する。以上だ」
ヘンダーソンが言い終わると
「未知の跳躍点の調査はどうしますか」
A3G司令の問いに
「各惑星の調査が終了したら全艦で進宙する」
ヘンダーソンの意図が解ったのだろうA3G司令が
「解りました」
と言って頷くと各司令が一人一人敬礼をして映像が消えた。
「ハウゼー艦長、哨戒艦に連絡して、この跳躍点付近に監視衛星と連絡衛星を2基ずつ置くように指示を出してくれ」
ハウゼーは、ヘンダーソンの指示を復唱すると、自席の前のスクリーンパネルに顔を移し、自分のボイスが変換された映像を見ると送信ボタンを押した。
第三二一広域調査派遣艦隊は、後に名前がつくADSM98星系を左上方向から惑星公転軌道上に向かって進んだ。既にスコープビジョンは恒星を中心とする3D映像になっている。星系内における艦隊の位置が良く分かる映像だ。
右下にガス惑星が見える。第八惑星だ。岩礁帯域まで四光時の位置である。
シノダは、スクリーンパネルに映る星系の映像に見入っていた。
自分がまるで大きなパノラマの中にいるような気分になっているそう自覚しながらも右下に見えるガス惑星は、星系軍士官学校で見せられた映像よりはるかにリアルだ。色が口では表現できない。コーヒーカップの中に浮かぶクリームとカカオが溶け合わないままに川の流れの様に惑星表面を流れ、途中にカカオ色の大きな渦が表情にある。
凄い景色だな。プラネタリュームの比じゃないな、そう思いながら公転軌道上の恒星の方へ目をやると第六惑星が一際大きい。あれもガス惑星かと思いながら見ていると周りに四つの衛星が回っている。更に恒星の方向に目をやると岩礁帯の向こうに色々な色の惑星が浮かんでいるように見える。
旗艦アルテミッツに搭載されているレーダー走査範囲は一四光時、多元スペクトル分析により、このクラスの星系ならば全てが解析可能だ。但し、全ては、光時の時間差がある。あくまでも見えているのは、何時間も前の映像だ。近くに行かなければ実際の状況は解らない。
岩礁帯域まで後三〇光分の位置に来た時、ヘンダーソンはコムを口元にして
「全艦に告ぐ、こちらヘンダーソン総司令官だ。これから計画に従い、各艦隊は担当する惑星、岩礁帯の調査に当たってくれ。予定行動日程は一〇日間だ。終了時の集合は、第二惑星を担当するA1G艦隊を中心に標準戦闘隊形とする。以上だ」
ヘンダーソンの司令が伝わると岩礁帯域を担当するA4Gが右にスライドするように艦隊を岩礁帯の方向を向けた。
小惑星と言うほど大きくもなければデブリというほど小さくもない岩礁が密集している。アステロイドベルトの小型版と言うところか。
一グループ当たり一七二隻の戦闘艦に補給艦六隻、強襲揚陸艦一五隻、輸送艦七隻が着く。それから一時間後、今度は第四惑星を担当するA3Gが艦隊を惑星方向へ向けた。惑星表面がはっきり見えるということは気流の速度が遅いということだ。探査がしやすいだろう。
第三惑星を担当するA2Gが艦隊を振り向けるとヘンダーソン率いるA1Gも第二惑星に向かって進路を転じた。
第二惑星に向かって左上から右斜め下に行く航路だ。・・と言っても宇宙では上下はないが、方向をはっきりさせる為、恒星を回る惑星の公転軌道上を基準にして艦隊から見て恒星が下に見える場合、上に位置、更に恒星が右に見える時は、左に位置しているという様に決めている・・
第二惑星まで二光分の位置になるとヘンダーソンはコムを口元にして
「ユール宙戦司令。航宙母艦八隻を第二惑星中心に一象限に二隻ずつ配置して警戒に当たってくれ。支援艦艇として戦艦一隻、巡航戦艦二隻、重巡航艦三隻、軽巡航艦六隻、駆逐艦八隻を当てる。更に一象限に哨戒艦一二隻を当てる。連携してくれ。残りの艦は惑星の衛星軌道上にて探査隊の支援に当たる」
通常の警戒態勢とは異なる態勢にユール宙戦司令も少し驚いた顔を見せたが、未知の星系の未知の宙域での哨戒活動だ。これが当然だろうと納得した。映像の向こうで敬礼をして映像が消えると
「ハウゼー艦長、哨戒艦以外の艦艇が衛星軌道上に展開次第、探査隊を送り込む。衛星軌道上に着いたら、惑星表面のレーダー解析をすぐに行ってくれ」
ハウゼーは
「了解しました」
と答えると、自席のスクリーンパネルに指示を打ち込んだ。
「ヘンダーソン総司令、第二惑星は、惑星中心軸に対してX軸方向に四万二千キロ、Y軸方向に四万三千キロ、北極点と南極点を軸に自転しています、自転速度は、一周三六時間、軸傾き五度です」
「ヘンダーソン総司令、大気成分でました。窒素七八%、酸素二〇%、残りは一五種類の成分で構成されています。毒性を持つ成分は含まれません。極めて空気に似ています。大気温一八度。測定位置は、北緯三五度。大気対流は、赤道を中心に北極方面時計回り、南極方向反時計回りです。対流速度は微速です」
ヘンダーソンは次々と届く報告に頷くとコムを口元にして既にスクリーンに映っているアシュレイ少将に
「アシュレイ陸戦司令、報告は聞いているな。鉱床探査を開始してくれ」
「総司令、了解しました。既に降下準備は済んでいます。すぐに陸戦隊と技術者を惑星上に展開します。中々良い惑星のようですね。報告が楽しみです」
そう言ってアシュレイは、少し微笑んで映像を消した。
スクリーンパネルの前方右下に降下作戦を開始した強襲揚陸艦一二隻が映っている。全長二〇〇メートル、全幅一〇〇メートル、全高三〇メートルの艦が、大気摩擦を避けるため、大気に弾き飛ばされないぎりぎりの角度で降下して行く。
強襲揚陸艦の下には、艦と同じ大きさに近い箱が付いている。パーツから組み立てられたメガトロンが入っているのだろう。強襲揚陸艦の中には、簡易施設建築機材や、上空から鉱床を調査する磁気鉱床探査艇の他、技術者や陸戦隊で、いっぱいになっているはずだ。
「いよいよ始まったな」
一人ごとにように呟くとヘンダーソンは、自席のスクリーンパネルを見て哨戒状況に目を移した。
定時報告で入ってくる調査中間報告には、魅力的な結果が多くあった。
第三惑星、ウラン鉱脈発見、第四惑星、レアメタル類、ジスポロシウム鉱床発見、岩礁帯、ケミファルファ、スケラース岩礁発見、質量が五.○以上の岩が数えきれいほどある。そして第ニ惑星からも水脈発見、飲料可能など素晴らしい報告だ。
探査も半ばの六日目、A3G宙戦隊長カワイ大佐は、自分の担当宙域である第四惑星の第二象限を哨戒していた。
「しかし、デブリ(宇宙空間に有る小さな石や岩)の多い宙域だな。岩礁帯が近いということもあるが、それにしても多い」
一人ごとを言いながらホタル級哨戒艦一二隻が敷設したレーダー走査アクティブモードのプローブから送られる感応波を注意深く見ながら飛んで行く・・実際には物理法則に従ってデブリは浮遊しているのであり、カワイの乗機レイサがデブリに向かって進んでいるのであるが・・・今回無人機は同行していない。
「ジャック、キリシマ、キリン。感応波どうだ」
「隊長。何もありません。有るのはデブリばかりです」
哨戒艦三隻、航宙母艦二隻、そこに搭載するスパルタカス一九二機で第二象限の哨戒に当たっている。人類としては自分たちが初めての星系であり、コミックに出てくるような生物がいるのならば別だが、人工物はないと考えていた。
三十分後、
「カワイ隊長、プローブより感応波あり。アルファ二一〇.一〇、ベータ一八〇.〇〇、ガンマ四五.三五です。自機からの距離五〇〇キロです」
「キリシマ、了解した。第二小隊を向かわせろ」
数分後、
「ヤング大尉、発見しました。金属片です。艦の残骸のようです」
第二小隊長から報告が入った。
「了解した。一番近い哨戒艦を向かわせる。ビーコンを発信して、誘導してくれ」
キリシマこと、マイケル・ヤング大尉は、すぐに宙戦隊長のカワイ大佐に連絡を取った。
この情報は、第三二一広域調査派遣艦隊に緊張を走らせた。
ヘンダーソンの前には探査に分かれた各艦隊司令の他、それぞれの参謀の顔がスクリーンに映し出されていた。
最大で三〇光分の差がある為、こちらが言ったことは、三〇分のずれで伝わる。少し間が抜けるが広域に展開した場合、仕方ないことだ。
「アッテンボロー主席参謀、どう思う」
少し考えた後、アッテンボローは
「数が一つだけと言うのが腑に落ちません。他の部分が見つからないのが解りません。我々より早く、この星系に誰かが到着していたということは事実のようです。しかし、形跡も何も残っていません。通常ならば、監視衛星や連絡衛星を跳躍点付近に置いていくはずです。いずれかの跳躍点から迷い込んだのではないでしょうか」
三〇分後、岩礁帯を担当するA4G艦隊司令が
「岩礁帯の中を出来る範囲で調査します。憶測ですが岩礁帯に挟まれて遭難した艦の本体がまだ残っているかもしれません」
「無理をしなくていい。岩礁帯のデータが何もないのに入れば自殺するのと同じだ」
・・岩礁帯にある岩は、単純同一方向に動いているわけではない。色々の大きさの岩が物理法則に従って上下左右に動いている。岩同士の衝突は、他の岩の進路を変更する。それも大きいものではアガメムノン級航宙戦艦をはるかにしのぐ直径がキロ単位の大きさだ。おいそれとは入れるわけにはいかない・・
「単艦で来た訳でもないだろうに。いずれにしろ、未知の跳躍点への進宙は注意を要するな。残りの日程を予定通り消化する。哨戒は今まで以上に厳重に行ってくれ。以上だ」
ヘンダーソンの言葉に光分差をおいてそれぞれが敬礼するとスクリーンが消えていった。
更に四日後、各惑星、岩礁帯の調査を終えた各艦隊が機材の撤去をすべて済ませて、A1Gの周辺宙域に集合した。
「全艦に告ぐ。こちらヘンダーソン総司令官だ。一〇日間の探査ご苦労だった。これから、未知の跳躍点に向けて進宙する。隊形は第二級戦闘隊形にて航宙する。五光時あるが途中何があるか解らない。警戒を厳重にしながら進む。今から三〇分後、進宙を開始する。以上だ」
ヘンダーソンからの指令が届くと、ホタル級哨戒艦が前後左右上下に艦隊を包むように広がった。これは未開の宙域に置いて全象限に七光時の最大索敵半径を持つ哨戒艦を置いて全方向に向けてレーダーの目を張るというわけだ。
自艦防御としてレールキャノンがレーダーの隙間から前方に四門、両舷側に四門ずつ配置されている。
今度はヘルメース級航宙駆逐艦が二つに分かれて前進を開始する。第二級戦闘隊形は三角形の戦闘隊形を二つ上下に作るのが通常だ。
続いてワイナー級航宙軽巡航艦が三角の前方両脇を占め、その内側にアテナ級航宙重巡航艦が続く。続いてポセイドン級航宙巡航戦艦、アルテミス級航宙母艦、タイタン級高速補給艦、強襲揚陸艦と続き、最後にアガメムノン級航宙戦艦が後ろを守る形で進行し始めた。
未知の宙域まで約二日間の行程である。大きな三角形が二段になり更にその周りを哨戒艦が索敵の目を張り巡らす隊形だ。やがて、先頭の哨戒艦と駆逐艦がグリーンマークからブルーマークに変わった。
八〇二隻の第三二一広域調査派遣艦隊が未知の跳躍点に向けて発進した。
恒星が右舷後方に下がって行く。
第二級戦闘隊形を取りながら進む第三二一広域調査派遣艦隊は、星系内を、恒星を右後方上に見るように惑星公転軌道上を上から下に進宙した。未知の跳躍点まで後、二光時である。
スコープビジョンは、星系から外宇宙を映し出している。人の目では暗く何も見えない宇宙でも、旗艦アルテミッツの多元スペクトル解析を利用した一四光時のレーダー走査範囲を持つ能力は、スコープビジョンに遠くの星や星雲から出るわずかな光も逃さず映し出してくれる。
シノダは、毎日見るスコープビジョンが飽きないでいた。航宙を始めてから既に一ヶ月以上経っているが、過ぎ去った時間を感じないでいる。
アルテミス9にいる時と違い、特にヘンダーソン提督のそば周りの用事も特にない。ヘンダーソンとは時々話すが、総司令官として各艦隊の状況を常に把握していなければならない立場では、中将付武官も航宙中は、あまり手伝いようがない。
「提督、管制官フロアに降りてもよろしいでしょうか」
シノダの声にヘンダーソンは、
「ハウゼー艦長、いかがかな」
という問いに
「第二級戦闘態勢ですが、特に問題ありません」
という返答が返ってくると、左後方のオブザーバ席に座るシノダの方を振り返り軽く顎を引いた。
「ありがとうございます」
と言うと、シノダはホールドを解除し、司令フロアのドアの方に歩いて行った。ドアを開けると、ちょうどアッテンボロー主席参謀が、いつもと違ったまじめな顔で入って来た。
さっと体を避けて主席参謀を通したが、いつもの様なジョークの笑顔を見せない。何事かと思い見ていると総司令官席に行き
「ヘンダーソン総司令官、失礼します。先の探査中に発見された艦の残骸について、技術者たちの報告がまとまりました。ご説明したいと連絡が来ています。如何しますか」
一気に言うとアッテンボローは敬礼を解いた。
「分かった。すぐに聞こう。シノダ中尉付いてきなさい」
ヘンダーソンの声に
「はい」
とだけ答えたシノダは、ヘンダーソンの後に従った。
重要案件がある場合、艦橋内でも司令官フロアと管制官フロアは重力カーテンで声が通らないようになっているが、今回の様な艦外部からの重要報告の場合、総司令官室の入口にある部屋は、会議室として使う様になっている。
総司令官室に入るとヘンダーソンは、輸送艦にいる民間技術者との回線を開いた。
旗艦アルテミッツと輸送艦との距離は、航宙中は直近の為、タイムラグがない。
ヘンダーソンと主席参謀、副参謀それにシノダは、テーブルと壁の間に映し出される技術者を見た。中年の主任技術者と若い技術者の三人が映っていた。
「ヘンダーソン提督、お忙しい所、ご連絡して申し訳ありません」
主任技術者の声に
「技術者諸兄の報告は重要だ。すぐに説明してくれ」
主任技術者が解りました、という様に頷くと隣にいる技術者が手前に有るスクリーンパネルを捜査しはじめた。ヘンダーソンたちの前にもう一枚の3Dスクリーンパネルが映し出され、艦の残骸の色々なところに矢印と説明が付いている。
シノダは、見たこともない方程式や専門用語に目を見張っていたが、やがて主任技術者が説明を始めた。
「見つかった艦の残骸を分析したところ非常に興味深い事が解りました」
もったいなさそうに言って一呼吸置くと
「材質は我々の艦と同様の強化複合素材で出来ています。非常に軽く強く、航宙戦艦の外壁並みの強度を持ちます。ミルファク星系で製造している外壁の成分と割合は多少の差しかありません」
一呼吸置くと更に
「興味深いと言いましたのは、この航宙戦艦並みの外殻は、この星系の岩礁帯にある岩クラスでは、つぶれたとしてもこの様にちぎれることはないということです。つまり外部から岩礁帯とは別の力が加わりちぎれたということです」
「艦が爆発したとかではないのか」
アッテンボローの質問に主席参謀は
「違います。艦が爆発した場合、内部からの力により破れた壁面は外側を向きますが、この残骸は、内側に食い込むようにちぎれています。つまり明らかに破壊されたということです」
主席参謀の報告に一同は静まり返った。大変な事実である。未開の星系と思われていたこの星系で、何らかの戦闘が有ったということだ。それもミルファク星系外の生命体同士が行った。人類とは限らない。
つまり、既に二つ以上の星系からこの星系に到達しているということだ。この星系にある一つの跳躍点はADSM24星系からと判明しているが、あの未知の跳躍点から二つ以上の星系に行けるということだ。
ヘンダーソンたちの驚きをよそに、更に主任技術者は続けた。
「ヘンダーソン提督」
改めて言うと
「今回、破壊された艦の残骸のちぎれた部分を解析したところ、現在、我星系が使用している陽電子を荷電させた後、加速器に入れ収束レンズにて打ち出されるメガ粒子砲とは別の方法によるものです。詳細は残念ながら輸送艦の機材では解りません。ミルファク星系に持ち帰り調べないと解らないということです」
そこまで言うと口を閉じた。アッテンボロー主席参謀は、
「つまり、我星系が主力としている武器ではないということだな」
主任技術者は頷くと
「この武器に対して我々のシールド防御が有効か否かも解りません」
あまりの言葉に全員が絶句した。
少し後、ヘンダーソンは、技術者たちに向かって
「ご苦労でした。引き続き調査をお願いします」
というと映像を消した。ヘンダーソンは、参謀たちとシノダを見ると
「今、対策が打てる内容ではないということだ。司令フロアに戻ろう」
そう言って自分自身の動揺を隠すように席を立った。
司令フロアに戻るとハウゼー艦長がヘンダーソンたちに振向いたが、すぐに顔を自席のスクリーンパネルに戻した。
シノダは改めて宇宙の広さを実感していた。これだけの科学力を持ち、星系間移動まで出来るようになった今においても、我々の技術力では理解できない事がいっぱいありそうだ。
深遠という言葉がシノダの頭に浮かび、一瞬だが寒さを感じたような気がした。今回の件は、絶対に口外無用だ。もし外部に漏れて不必要な不安という影が吹き荒れたら、たちまち艦隊は規律を失う、そう感じるとシノダは、ヘンダーソン総司令官が、なぜ自分に聞かせたのか解らないでいた。
「艦長」
レーダー管制官が、叫んだような声で言った。
「どうした」
「左舷下方見てください。艦隊から五光時の位置に新たな跳躍点です」
「何だと」
ハウゼーは、コムが裏返るような声で言うと
「総司令官、左舷下方に新たな跳躍点」
ハウゼーの声に、さすがに声は出さなかったが、ヘンダーソンは、スコープビジョン左側下方に映るX5JPと表示されている小さな揺らぎを見つけた。
通常、跳躍点は星系を取り巻くカイパーベルトの外側一光時から二光時にある。星系の重力のひずみから出来た重重力磁場が跳躍点だからだ。それが新たに見つかった重重力磁場(跳躍点)は、星系から四光時離れている。
これは、この跳躍点から千光年以内に新たな星系があるということだ。
この星系にはADSM24以外に二つの星系から来ることが可能というわけだ。探査中に見つかった艦の残骸、戦闘が行われた形跡、やはり既に我々より先にこの星系に来ていた生命体があるということだ。人類とは限らない。
「ADSM72星系で発見された未知の跳躍点といい、この跳躍点といい、ここに来たミルファク星系軍の艦載レーダーでは確認ができなかったのだろう。この位置では他の艦も、もうすぐ捉えるはずだ」
ヘンダーソンは、顔を手で覆いながら少し考えた後、
「ハウゼー艦長、全艦の艦長のみに連絡を取りたい」
そう言うとハウゼーは、スクリーンパネルに指示を打ち込んだ。
艦隊は、第二級戦闘隊形を取っている為、上下左右に五〇万キロ離れている。ほんの数秒のタイムラグはあるが、気にするほどではない。やがて、ハウゼーが準備出来た事を告げるとヘンダーソンは、コムを口元に置き
「全艦の艦長に告げる。こちらヘンダーソン総司令官だ。左下方に新たな跳躍点が見つかった。前方正面に見える跳躍点の調査後、この跳躍点も調査する。隊形はこのままで行く。以上だ」
これだけ言えば、後は各艦の艦長が乗員に上手く話すだろう。そう自分に言い聞かせた。
スコープビジョンがX4JPと示している跳躍点まで後、二〇光分を切った時、
「全艦、跳躍点との相対距離を一〇光分に保ちながら右舷九〇度方向に遷移」
ヘンダーソンの声に各艦の前方左舷姿勢制御ノズルが一斉に噴いた。
シノダはシートホールドが体に食い込み背中から来る強烈なGを我慢しながら、制動に耐えていた。
「ハウゼー艦長、技術者に連絡して、すぐに調査を始めてくれ」
「了解しました」
と言うとハウゼーは、すぐにスクリーンパネルに指示を出しながら、コムで連絡を取り始めた。艦隊は、重重力磁場と一定の距離を保ちながら、反時計方向に周りを周回し、長径、短径、バーストノード、X線ノード、揺らぎから解るセントレーション(航行安定性)等を測定する。
しかし、これはあくまでも入口の調査であり、どこの星系につながっているのかは解らない。出られない可能性もあるが、ここでの調査からどこかの星系とリンクは、しているようだ。
この星系に来る時の跳躍点のようにヘビーアンセントレーション(方向不定状況)は非常に危険だ。データの積み重ねによる方向特定を必要とする跳躍は、通常航行とするまでには時間を必要とする。
一日後、X4JPの調査は終了した。特に事故もなく、何かが飛び出してくるという不測の事態もなかった。ヘンダーソンは、スクリーンパネルに映る報告内容に目を通すと通常の跳躍点の様だ。問題はどこの星系とリンクしているかだ、そう思いつつ顔を上げると、ハウゼー艦長に
「今回のミッションには、この跳躍点に関する以降の調査は入っていない。周辺宙域に監視衛星と連絡衛星を二つずつ置くよう指示してくれ」
そう言って、再度スコープビジョンに映るゆらぎを見ていた。そして艦隊を新たに見つかったX5JPへ向けた。
X5JPと表示されている未知の跳躍点まで、後一光時と迫った時、レーダー管制官から
「艦長、浮遊中の不明物体を確認。映像拡大します」
「これは」
ハウゼー艦長がつい声を出した。続いて
「熱源反応あり」
哨戒艦からの報告で旗艦アルテミッツの光学モードを増幅させた映像には、第四惑星付近で発見された艦の一部というより本体に近い部分が浮遊していた。
「熱源反応は、核融合炉と思われます」
「生命反応は」
ハウゼーの指示に
「艦内には有りません」
という返答があった。ハウゼーは引き続きレーダー管制官に
「射出されたポッドがないか確認してくれ」
と言うと
「既に走査済です。ありません」
どういうことだ、と考えているハウゼーにヘンダーソンが、
「ハウゼー艦長、スパルタカスで先に調べさせよう」
と言うとコムを口元にして
「ユール宙戦司令、発見されたデブリの調査に当たってくれ。熱源反応が見られる為、十分な注意で頼む」
続いて
「ハウゼー艦長、哨戒艦一隻と航宙駆逐艦二隻を向かわせてくれ。何があるか解らん」
そう言うとスクリーンパネルを見つめた。
ユール空戦司令の乗艦するアルテミス級航宙母艦ラインの艦載機格納庫にブザーが鳴り響いた。ユール空戦司令よりブリーフィングルームでキリシマ中隊長ことヤング大尉と一緒に説明を受けたカワイ大佐は、愛機レイサでキリシマ中隊と発進する準備をしていた。
「こちらレイサ、ユーイチ・カワイ、発進準備完了」
「こちら管制室、シールドロック、エアロック解除、レイサ発進OKです」
カワイの耳に聞きなれた優しい声が届くと、レイサの周りを白いドームが包んだ。カワイがドーム正面のエアロックランプがグリーンからレッドに変わると、レイサの下に有るプレートが後ろにスライドして行った。ランチャーロックが解除されると強烈なダウンフォースと共にレイサが宇宙空間に飛び出した。
カワイはヘッドアップディスプレイに映る計器類が全てオールグリーンである事を確かめると新鋭機アトラスが搭載したオールビューモードのスクリーンからキリシマ中隊が同時に発進したことを確認した。
「キリシマ、中隊全機に全方向に注意を厳にしろと伝えろ」
それだけ言うと愛機をアンノーンデブリに向けた。目には捉えられないが、哨戒艦から送られてくる信号で方向は解っている。
「何だ、これは。まるで艦がハサミで切られたようじゃないか」
アンノーンデブリをカワイとキリシマ中隊二四機が警戒と調査の為、包囲している。遠まわしにホタル級哨戒艦一隻とヘルメース級駆逐艦二隻が遊弋している。
ヘルメース級航宙駆逐艦クラスと大きさ、全長二五〇メートル、全幅五〇メートル、全高五〇メートル級の艦が前三分の一あたりから切られたようになっている。一五〇メートルはある艦の残骸だ。既に、本艦隊は三〇光分手前で前進を止めている。
「哨戒艦、自爆スイッチ起動の反応はあるか」
「ありません」
「生命反応はあるか」
「ありません」
「どういうことだ」
アッテンボロー主席参謀の声にウエダ副参謀が
「破壊のされ方が解りません。艦砲による破壊ならばもっと割れ口がひどくなっています。まるでレーザーカッターで切られたような形状です」
「しかし、これだけの大きさのレーザーカッターなんてあるのか。それも戦闘で利用できるような」
参謀たちの会話にヘンダーソンが
「この映像を輸送艦に乗艦している民間のエンジニアに見せよう。至急手配しくれ。彼らなら何か解るかもしれない」
アッテンボローが、すぐに自席のスクリーンパネルに音声指示を入れた。
カワイはレイサをゆっくりと切り口の前に持っていくと内部の映像を、哨戒艦を通して旗艦アルテミッツに送った。
「上部は艦橋のようですね。下は格納庫、中段が移住区のようです。我々の様式とは違うようですが、少し近づきます。艦橋の奥に何か液体が乾いたようなもの付いています。詳細は解りません」
それを聞いていたヘンダーソンが、
「これもエンジニアに送ってくれ」
と指示した。二〇分後、
「エンジニアたちが艦の残骸に乗り込みたいと言って来ています。如何しますか」
アッテンボローの声に
「良かろう。但し陸戦隊も一緒に同行させる様にしろ。何があるか解らない」
輸送艦から航宙駆逐艦に乗り込んだエンジニア五名と陸戦隊一〇名が、艦の残骸に乗り込んだ。全員がスペシャルアストロスーツ、宇宙空間において作業可能なようにジェットバーを付け、各種宇宙線にも耐えるように出来たアストロスーツ着こんでいる。
周りにはカワイ大佐を始めとする宙戦隊機二五機が依然警戒に当たっている。
「報告します。艦橋と思われる壁にあるものは液体が凝固したものと思われます。信じられないことですが、非常灯が点いています」
エンジニアが更に奥に進むと
「艦の推進エンジンルームの様です。・・・」
一瞬声を詰まらせて
「これは・・。核パスルを利用した推進エンジンです。信じられない」
驚きの声を出すエンジニアにヘンダーソンは、
「艦を動かせる状態か」
「解りません。コントロール系が我々のものと違います。本星系に戻って調査しないと無理です」
「牽引して持ち帰るか」
そこまで言うと
「アシュレイ陸戦司令。隊員に生命体が、存在するかのみ優先的に艦内を調査させてくれ。エンジニアは下がるように」
陸戦隊の指揮命令系のトップはアシュレイ少将だ。総司令官だからこそ、これを守らなければならないと心得ているヘンダーソンは、アシュレイに指示を出した。
とりあえず爆発しないことを確認出来た艦の残骸本体を現場に行かせた航宙駆逐艦二隻に牽引させるともう目の前に見えるX5JPに目を向けた。
「ハウゼー艦長、技術者に連絡して、すぐに調査を始めてくれ」
X4JPの時と同じように指示を出した。調査は同じように艦隊を重重力磁場と一定の距離を保ちながら、反時計方向に周回し、長径、短径、バーストノード、X線ノード、揺らぎから解るセントレーション(航行安定性)等を測定する。
調査を開始してから三〇分も経たない時、ハウゼー艦長から
「ヘンダーソン総司令官、調査をしている技術者から緊急の連絡が入っています」
「つないでくれ」
そう言うと艦橋の中央に先の主任技術者の映像が現れた。
「ヘンダーソン提督、この跳躍点からわずかですが、エネルギーの残留が検出されました。推定で、一週間前と考えられます」
この報告に艦橋はざわついた。アッテンボロー主席参謀が、
「それでは、あの艦の残骸は一週間前に出来たということか」
「確証は有りませんが、推進エンジンが機能していることなどを考えると可能性があると思います」
この返答にヘンダーソンは、
「主席参謀、調査を一時中断して第一級臨戦隊形をとる。その上で調査を再開する」
アッテンボローが「はっ」と答えるとヘンダーソンはコムを口元にして
「全艦に告ぐ、こちらヘンダーソン総司令官だ。調査を中断して第一級臨戦隊形をとる。隊形はフォースデルタ、隊形はフォースデルタ。すぐに実行しろ」
ヘンダーソンの指示に、技術者を乗せた輸送艦が後ろに下がると、重重力磁場に対して三角の先頭を向けたA1GとA2Gが横に並びその上下にA3GとA4Gが位置する隊形になった。やがて、その隙間から輸送艦が、そろそろと出てくると調査を再開した。
戦闘隊形の三角点の頂点を跳躍点方向に向けながら、全艦が左側のスラスタを噴射しつつ反時計回り移動を開始した。
二日後、X5JPの調査は終了した。ヘンダーソンは艦隊を臨戦隊形にしたまま調査に臨んだが、X4JP同様、特に何かが飛び出してくる気配はなかった。
他の跳躍点と同じ様に監視衛星と連絡衛星を、跳躍点を取り巻くように2基ずつ設置すると
「少しアンセントレーションが重いですね」
ハウゼー艦長の言葉に頷くとヘンダーソンは
「ハウゼー艦長、全艦に帰還指示を出したい。準備してくれ」
ハウゼーは「はっ」言うと少しにこやかな顔でスクリーンパネルに指示を入れた。
「第三二一広域調査派遣艦隊に告ぐ。こちらヘンダーソン総司令官だ。X5JPの調査をもって今回のミッションを終了する。全員の努力に感謝する。これからADSM72星系経由でミルファク星系に帰還する。この星系を出るまでは第二級戦闘隊形のまま航宙する。三〇分後、航宙を開始する。以上だ」
三〇分後、第三二一広域調査派遣艦は、第二級戦闘隊形をとって、予想もしなかったアンノーン(不明艦の残骸)を軽量複合素材で出来ている格納ボックスに収納すると二隻の航宙駆逐艦に係留させながら、後にADSM98星系と命名されるこの星系をADSM72星系跳躍点に向けて進宙した。
五時間も経った時、ちょうどヘンダーソンたちが三〇光分進んだ時、重重力磁場(跳躍点)の中からからまばゆい光が立った事を誰も知る由もなかった。




