第一章 航宙試験
第一章航宙試験
ミールワッツ星系戦から四ヶ月。被害を受けた艦の整備に集中していたヘンダーソン中将は、ウッドランド大将からの指示で、開発中の”アガメムノン級航宙戦艦”の改良型を”星系開発衛星”に視察に行った。同じころ大佐に昇進したA3G航宙隊長のカワイ大佐は、戦闘機”スパルタカス”の後継機である開発コード”FC38”の説明を”星系開発衛星”で受けていた。カワイも宇宙空間における本番機動を行うようユール准将より指示を受けていた。その後、星系評議会より正式に第一七艦隊が”第三二一広域調査派遣艦隊”として航宙試験も兼ねて新しい星系の発見と資源衛星を開発するよう命令が下った。
第一章 航宙試験
銀河系のオリオン宙域からペルセウス宙域に伸びる外縁部に位置するミルファク星系。
太陽系からは、一五〇〇光年離れた宙域に位置する星系である。ミルファク恒星を中心に八つの惑星があり、恒星から少し離れた第四惑星メンケントの上空五〇〇キロメートルに静止軌道状態で浮いているシェルスター・・形状からそう呼ばれている・・の宙港の最上層にある航宙戦艦港のドックに先の戦闘・・第一次ミールワッツ星系戦・・において損傷した艦の修復状況を視察に来ていた第一七艦隊司令長官チャールズ・ヘンダーソン中将は、中将付武官ルイ・シノダ中尉を伴い、艦制本部から来ている修復責任者の少佐に損傷した艦艇の修復進捗状況を聞いていた。戦闘から既に四ヶ月が経っている。
「損傷を受けた航宙戦闘艦一二〇隻の内、小破と判定された艦艇七〇隻は、既に修理が終わり、航宙試験も完了しております。中波と判定された艦艇三五隻は、全て擬装の修理は完了し、そのうち推進エンジンに損傷を受けた艦一五隻のみが、後一ヶ月で航宙試験も含め修理完了となります。大破と判定された艦艇一五隻は擬装の修理は全て完了していますが、推進エンジンの交換が必要な艦が多く、まだ完了しておりません」
それを聞いたヘンダーソンは、
「後、どの位で完了する」
「推進エンジンを製造しているセイレン・マニュファクチャリングが、製造が遅れていると言っています。予定より二週間遅れです。後二ヶ月はかかりそうです」すまなそうに言う少佐に、
「君の責任ではないよ。思ったより修復は順調そうだ。セイレン・マニュファクチャリングには、艦制本部からスケジュールを守るように言っておく」
「はっ、ありがとうございます」
そう言って敬礼をした少佐に答礼すると修理責任者のオフィスを出た。
セイレン議員のやつ、イエン議長の傘にかぶって、他の艦隊の修理を優先しているな。キャンベル議員が議長である間に第一七艦隊の修理予算を決定しておいてくれてよかった
そう思うと、シノダ中尉と共に自走エアカーの待つ誘導路へ歩いた。
先の戦闘で失われた艦艇七二二隻。死者九三六〇名。損傷した艦は、小破も含めると五三五隻。我第一七艦隊の損失艦七〇隻、損傷艦一二〇隻、死者二六五名、すごい数だが、第一八艦隊、第一九艦隊に比べればはるかに少ない。艦隊の兵士にも一ヶ月の休暇を与えることが出来た。次のミッションは、いずれ来るだろうが、とりあえず戦闘に赴くことはなさそうだ。
自走エアカーの中で、考えながら連絡艇の待つドックヤードに向かった。
連絡艇の待つドックヤードは、宙港の第三層にある。航宙戦艦のある第一層から下に一キロメートル下がる。第一層の中央と端にあるいずれかの大型エレベータで第三層まで降り、一度軍艦艇のエリアを出て、商用宙港に向かわなければならない。
ヘンダーソンの乗った自走エアカーは中央にある大型エレベータを使用し、第三層まで降りた。面倒と言えば面倒だ。しかし、これは巨大なシェルスターでは、仕方ない事である。
「シノダ中尉。私はアルテミス9にあるオフィスへ戻るが、中尉に頼む程のことではないので、宙港で別れても良いが」
「中将、ありがとうございます。しかし、中将のオフィスまで戻りましたら、お言葉に甘えさせて頂きます。オフィスに着くまで中将をお守りするのは私の役目です」
自走エアカーの前部座席に乗っているシノダ中尉はちょっときつめのしっかりした口調でそう言うと
「そうか、では頼む」
そう言うと確かに私からすれば中尉の携帯ビームガンの腕前は艦隊でも一、二を争う。中尉の言う通りだ。もっともここでは何もないだろうが、そう思うと頼りがいのある武官に向かって少し目元を緩ませた。
「では、中将。本日はこれで失礼させて頂きます」
そう言って敬礼すると、シノダ中尉は、中将のオフィスを出た。
シノダ中尉・・ミルファク星系士官学校を卒業して三年。身長一八三センチ、細面ながら精悍なマスクと少し青黒い短い髪、教錬で鍛えたがっしりした体・・は、町を歩くと振向く女性も多いが、一年の大半は軍事施設の中である。
今回のように先の戦闘が終了した後、最初の数カ月はその後始末にヘンダーソン中将の手伝いをして忙しかったが、四ヶ月も経つと、さすがに少し余裕が出る。
航宙軍支給の腕時計を見ると、まだ衛星時間一七時である。誘導路まで歩きながら、上を見上げると、少しだけ明るさが落ちている感じだ。
人の体内時計を保つ為、二四時間を意識できるように衛星の中が管理されている。重力もグラビティユニットのおかげで、惑星の地上にいる感覚だ。そう思いながら、さてどうしようかと思いつつ、お腹に少し空腹を覚えたルイ・シノダは、自走エアカーを商用区に向かわせた。
商用区は、衛星の中心部から半径五〇〇メートルに展開する。中心から十字に縦に走るストリート、横に走るアベニュー、そしてストリートとアベニューの間を中心から斜めに走るミッドウエイがある。
そしてそれらを円状に結ぶ中心から二五〇メートルの位置と一番外側五〇〇メートルの位置にランドウエイ(周回道路)がある。
軍関係者のオフィスがある宙港側から商用区に行く為には、商用区を取り巻く居住区を抜け、更に中に入る必要がある。
シノダは、自走エアカーが完全なトラフィックコントロール配下で時速三〇キロメートルしか出せないことに仕方ないという面持ちで窓の外を見ていた。
やがて、自走エアカーは、商用区の一番外縁サークルの誘導路とミッドウエイの入口の間に来ると停まった。
シノダはエアカーを降りてミッドウエイSA1と書いてあるゲートを通ると、そこから二〇〇メートルほど歩き右側にあるレストラン&バー、パープルレモンと書いてある店の入り口のドアを開けた。
シェルスターにあるレモンとは姉妹点らしいが、なぜパープルという字が付いているのだろうと頭の中で思いながら店の中に入った。
ここは第一七艦隊の気の合う仲間が多いので良く利用している。まだ一八時前だというのに、それなりに客が入っている。シノダはカウンタの奥の隅に座った。顔見知りボーイが、
「シノダさん、今日は、早いですね。何にします」
「とりあえず、いつものビール」
そういうとボーイは、ライオン印のビールを持ってきた。三五〇ミリリットルの瓶のやつだ。それをぐっと飲むと口から“ぐふっ”という音を立てて胃の中に入っていた空気が出た。それからシノダはボーイに
「適当に腹にたまるもの作ってくれ」
と言うとちらっとカウンタの後ろに並んでいるボックス席の客を見た。特に知っている顔はないことに安心とちょっとがっかりな気分を感じたが、すぐにカウンタの前に並んでいる瓶の銘柄を何気なく見ていた。
・・今から三年前。ミルファク星系軍士官学校の卒業式の時、式典の終わった後、他の仲間は、式典に来ていた両親や友人と嬉しそうに笑顔を見せていた。
夜は卒業パーティとなっていたが、それまで何もない自分は、他の仲間のそんな姿を見ながら一人、士官学校の宿舎に戻って部屋で本を読んでいた時だった。
ノックの音がしたので、ドアを開けると宿舎長が、一枚の封筒を持ってきた。ドアを閉めて、封筒を開けると一枚の命令書があった。
“明日、九時までに第一七艦隊司令長官チャールズ・ヘンダーソン中将のオフィスに出頭しろ”と書かれていた。
まだ、何も知らなかった自分は、式典で席に座っていた将官の顔を片っ端から巡らせながら思い出そうとした。確か、真ん中辺に座っていたような気がする。そんなことぐらいしか思い出せなかったが、あの時は、ずいぶん慌てふためいたものだ。
何せ、ミルファク星系士官学校卒業したばかりのヒヨッコに、中将のオフィスへ出頭しろという。相談しようにも仲間は、まだみんな外だ。
士官学校の周りで騒いでいるのだろう。夜のパーティが始まってもそのことばかりだったな。おかげでろくに食事も出来なかった。
次の朝、一〇分前に中将のオフィスに行くと士官学校長のモッサレーノ准将が、出てきた。オフィスを間違えたかと思ったよ。
「中に入れ」
と言うので、もうこっちはコチコチで入ったら自分と同じくらいの身長で顔の彫が深く、目の奥が深そうな人が
「君が、ルイ・シノダ少尉かね」
まるで頭の中を見すかれたような目で見られて余計緊張した。
自分はすぐに敬礼して
「はっ、第七八三期ミルファク星系士官学校卒業、ルイ・シノダであります」
カリカリに緊張していた自分にモッサレーノ准将が
「昨日、卒業式が終わったばかりなので渡せなかったが、これが正式の命令書だ。君は今日から、第一七艦隊司令長官ヘンダーソン中将付武官となる」
あの時は、それを聞いただけで卒倒しそうになったな。なにせ、士官学校卒業して一日も経ってなかったのだから。
なぜ自分がと思いつつ命令書は正式なものだから、従うしかないのだろう。士官学校で命令系統を叩きこまれた自分には、もうそれしかなかった。
結局、宿舎に戻った後、校長の官舎に行って、理由を問いただしたら、中将が、先の武官が移動になった為、優秀な士官学校卒業の人を一人探してくれと頼まれた校長が、僕に白羽の矢を立てたらしい。・・・
それから三年、中将と一緒に行動するようになってからあっという間に月日がたって気がついたら中尉になった。まあ、仲間も中尉になったやつが多いから、おれが特別扱いをされているのではないということは解るが・・・
そんな事を思いつつ、ボーイが運んできたソーセージとパンとサラダを胃に突っ込んでいると、ドアが開いて、男女数人が入って来た。
「ルイじゃない。どうしたの。こんな時間に珍しい。艦隊の整備に追われて、てんてこまいと聞いていたわよ」
懐かしい声に振り向くと士官学校同期卒業のマイ・オカダだ。シノダに取っては士官学校で唯一の女性の友人である。というかボディガードというか。
・・がっ、その前に横にいる男の襟章を見てシノダは、すぐに立ち上がり敬礼をした。相手も答礼はしたが、すぐに
「勤務終わったんだろ」
気楽に返されて笑ったので、シノダも敬礼をやめた。マイの横にいたのは大佐に昇進した第一七艦隊A3G宙戦隊長ユーイチ・カワイだ。
「ユーイチ。これが噂のルイ・オカダよ」
「知っているよ、我第一七艦隊司令長官ヘンダーソン中将付武官だからな」
「カワイ大佐、武勲のお噂は、かねがね聞いております。A3G宙戦隊に優秀な隊長がいると中将から聞いております。この度は大佐昇進おめでとうございます」
それを聞いたカワイは、“えっ”と声にしたが、眉間に皺を寄せて微笑んだような恥ずかしい顔をした。
「さすが中将付きだ。耳が早いな」
カワイがそう言うと
「いえ、中将は、自分との会話でそのようなことは言いません。公開されている艦隊人事広報ネットで知りました」
それを聞いたカワイは、さすがだ。士官学校次席卒業だけのことはある。マイとは大違いだ顔には出さないが、独り微笑んだカワイに
「ユーイチ。何独り笑いしているの」
睨みつけるようにカワイの顔を見たマイが言うと
「いやっ」
と言って、真顔になったが
「ますます怪しい」
と言い返されてカワイは、
「とりあえず何か飲もう」
そう言ってマイの追求をはぐらかすと、今度は、オカダの後ろにいた女性が、
「マイ、誰よ」
と小声で囁いた。マイは、
「第七八三期ミルファク士官学校同期卒業生。私と違って次席卒業の優秀なルイ・シノダ中尉殿です。今は、ヘンダーソン中将付武官をしてるのよね」
と問いただされ、シノダは、勘弁してくれという顔をした。
シノダは、昔からマイに弱かった。年齢も同じだし同期なのだが、なぜか話をしていると圧倒されてしまう。理論とかそんなものが宇宙のかなたに消えていくのだ。気の強さからだろうかそんな顔を見ていたカワイは、直感的にシノダの耳元で
「中尉、その顔で士官学校時代が想像つく」
というと二人は顔を見合わせて笑い始めた。
二人を睨みつけるマイに友人の女性が
「独身。彼女いるの」
とか聞き始めたのでこれはやばい、帰らねばと思った矢先にマイが
「ルイ、今からユーイチ、いや、カワイ大佐とその同僚たちとで少し懇親会を開く予定です。君も入りたまえ」
まるで飲む前から酔っている様な言いように、カワイ大佐も
「中尉、運が悪かったようだ。もし次の用事がなかったら一緒にどうかな」
そう言うと上官に言われて断れるほど星系軍は甘くない。後は女性に対する免疫がマイしかないシノダはかわいそうに・・・その夜、自分の宿舎に帰れたのは午前一時を過ぎていた・・・・
次の朝、重い頭を冷たいシャワーで吹き飛ばしたシノダ中尉は、ヘンダーソン中将と一緒に艦制本部から迎えに来た中佐と共に軍事衛星アルテミス9からシェルスターの反対側にあるミルファク星系軍研究開発衛星に来ていた。
更にエアカーで移動すると軍関係者でも特別な許可がない限りは入れない機密中の機密部署航宙艦開発センターのゲートをくぐった。
ブリーフィングルームで設計思想と構造の説明を受けたヘンダーソンは、開発課長の少佐と共に建設中の航宙戦艦ヤードにいた。
「ヘンダーソン中将、これがアガメムノン級航宙戦艦の新型艦です。艦型はアガメムノン級に属しますが、機構はずいぶん改良が加えられています。最大の改良は、中将の乗艦アルテミッツのレーダー走査範囲が七光時であるのに対し、この新型艦は一四光時あります。ほぼ大型星系の四象限の全てが走査範囲に入ります」
一呼吸おくと
「次に改良したのが最大艦速です。従来艦の二倍です。これにより一光時を五時間で移動可能になりました。更にシールドの強化。従来は前方にだけ展開していた搭載主砲に耐えるシールドを、後方にも展開可能にしました。ミールワッツ星系における戦闘の教訓です。更に搭載しているmk271c(アンチミサイルレーダー網)を従来の艦半分の大きさから全体を包み込める大きさまで展開できるようにしました。それに合わせ艦内も工夫が施されています」
それを聞いていたシノダはすごいと顔に隠しきれないほど驚いていた。ヘンダーソン中将に目をやると眉間に皺を寄せて、
「開発課長、艦速が早くなるのは良いが、この艦だけ早くなっても実戦では使えないぞ」
と言った。開発課長は、待っていたかの様に
「今回開発した推進エンジンは、核融合炉のエネルギー出力口から推進ノズルの間にリバースサイクロンモードという機構を設けました。これはパッケージ化できますので、他の艦への転用が容易にできます。今回は、この艦以外に既存の艦にもこの機構を取り付けてテストする予定です」
自身ありげに言う開発課長にヘンダーソンは、
「開発課は良い仕事をしているな」
と言うと開発課長は、顔に満面の笑みを浮かべた。
「それでは、内部について説明します。艦橋に行きましょう」
と言って歩き出した。
艦橋に着くと中では、作業員であふれていた。開発課長は、
「はじめに多次元スペクトルスコープビジョンを説明します」
そう言って近くにいた作業員に指示をすると、スコープビジョンが表示された。
ヘンダーソンは思わず目を見張った。スコープビジョンは、見慣れているだけに違いがはっきりと分かった。レーダー管制官の前も変わっている。開発課長は引き続き、
「デモ用ですが」
と前置きをした後、
「スコープビジョンを3D化しました。前に出るのではなく、奥行きを取った感じです。これにより、従来レーダー管制官の前にあった四象限レーダーを廃止しました。スコープビジョンで立体的に映像化します。一つの星系と艦体の位置が立体的に見えるようになりました」
説明を聞いていたシノダ中尉は、目を大きく開けて感心していた。すごいな。これで宇宙空間にでたらどれだけすばらしい映像を見る事が出来るのだろうか。そう思いながら、止む事のない開発課長の説明を聞き入っていた。
それから一カ月後、ヘンダーソンは、ウッドランド大将のオフィスに来ていた。
「ヘンダーソン中将、次のミッションが決まった」
ウッドランドの言葉に、目尻を少し上げたヘンダーソンを見透かしたように
「心配するな。ミールワッツ星系への支援はない。航宙経路開発だ」
そう言うと大将付武官に目配せした。
ウッドランドとヘンダーソンの前のテーブルの上にミルファク星系を基点にヘビーグラビティゾーン(超重力磁場)の時計回りに光点が進んでいく。ミルファク星系の隣にあるADSM24星系、次にADSM67星系、ADSM82星系と光点は進み、そしてミールワッツ星系とその周辺星域の3D映像が浮かび上がる。ウッドランドは、ポイントペンでADSM24星系を指しながら、
「現在、へビーグラビティソーン(超重力磁場)の時計回り方向は、ADSM24方面からミールワッツ星系までの経路が確認されているが、今回の件で、更に一回り遠い経路を開発し、更なる資源星系の発見に努めようというものだ。ミルファク星系は、西銀河連邦内の銀河系ノーマハンドのはずれにあるが、ノーマハンドの中央に深く航路を開拓することが目的だ。ADSM24に一度跳躍してもらいADSM24のADSM67の反対側にある跳躍点に入ってほしい」
一度言葉を切ると
「更に今回はもう一つのミッションがある。中将も知っている通り、アガメムノン級航宙戦艦の改良型の航宙試験は終わっているが、実戦レベルでの確認が終わっていない。よってその確認とスパルタカスの後継機として開発された新型航宙戦闘機、開発コードFC38のテスト飛行も兼ねている。今回の航宙経路開発には、その対応として開発技術者も同行することになっている。出発は一カ月後だ。それまでに艦隊の整備と出動の準備を終わらしてくれ。これは星系評議会の決定事項だ」
これを聞いたヘンダーソンは、
「ウッドランド大将は、ADSM24のADSM67方向跳躍点とは別の跳躍点に入ると言っていますが、そこはいまだ未知の航路です。何日かかるか、またどこへ出るか解らない跳躍点に入り込むには、色々な準備をする必要があります。一ヶ月の準備期間は足りないと考えます。延長は出来ないでしょうか」
そこまで言うとヘンダーソンはウッドランドの顔を見た。
「ヘンダーソン中将。私も既にそのことは、キャンベル議員に言った。ミールワッツ星系の攻略に三個艦隊を投入している中で、キャンベル議員も自分の足元を固める必要を感じたのだろう」
ウッドランドは、ヘンダーソンに理解できるだろうという視線を投げた。
ヘンダーソンは束の間、黙っていたがやがて頷くと
「今回の航路開発の目的、理解しました。最大限の努力をします」
と言って敬礼をした。ウッドランドはヘンダーソンに
「これが今回のミッションの命令書だ」
そう言って一つのパネル型封筒を渡した。
ユーイチ・カワイ大佐は、第一七艦隊宙戦司令アティカ・ユール准将と共にミルファク星系軍研究開発衛星の中にある最高機密レベルの航宙機開発センターにいた。
「これが、今回開発されたスパルタカスの後継機です。開発コードはFC38です。実戦配備する前なので正式名称は付いていません。スペックは先程お渡しした資料に記載してありますが、全長二〇メートル、全幅六メートル、全高六メートルと形状、大きさ共、少し異なりますが、現在のアルテミス級航宙空母のランチャーにこのまま装備可能になっています」
一呼吸おくと
「変更になったのは、荷電粒子砲、推進エンジンそして視野範囲です。従来の粒子砲は、両弦に密着した収束型一メートル粒子砲を一門ずつ装備していましたが、新型機は、収束型八〇センチ粒子砲を本体から独立した形で片弦に二門ずつ装備しました。この粒子砲は角度可変型で最大角度が水平〇度から直角九〇度動きます。そしてオプションとしてこの四門の収束型粒子が発射後、一つに収束するモードにすることにより射程距離を従来の三万キロから五万キロまで延長することが可能になりました」
カワイの目を見ながら
「もう一つは、対艦近接用として粒子砲を拡散モードで撃つことを可能にしました。射程は二万キロと短いですが、駆逐艦の艦砲並みに破壊力があります。次に推進エンジンですが、エターナル噴射炉から推進ノズルの部分をリバースサイクロンモードにすることにより、従来の二倍の速度で移動が可能です。先の戦闘でリギル星系軍のミレニアンとの戦闘から得た情報により改良を加えました」
開発課長の話を聞きながらカワイは、これだけのスペック向上は搭乗員にも負担が大きいなと考えていると開発課長が
「そして、最後ですが」
と少し声を大きくして
「今回の改良の最大のポイントは視野視覚です。従来はヘッドアップディスプレイにより航宙時は一二〇度程度の視覚範囲でしたが、今回開発したオールビュースクリーンは、全方向が視野範囲になります。搭乗員は宇宙に浮かんでいる様な感覚で新型機を操縦することになります」
そこまで言うと自信ありげにユール准将とカワイ大佐を見た。カワイは開発課長と視線を合わせると
「開発課長いくつか質問がある。第一に航宙速度の向上による搭乗員への負担はどの位増加する。第二にオールビュースクリーンにより戦闘時の視野が広くなるのは助かるが、射撃ポイントセンスと攻撃管制コンピュータとの連動は何度まで可能なのだ。急激な姿勢制御は、搭乗員への負担が大きくなる。そして第三に収束型と拡散型攻撃はどの様に切り替える」
質問したカワイに開発課長は、
「第一の質問ですが、搭乗員への負担は従来通りです。今度装着するパイロットスーツはインターゲル封入型でパイロットスーツの内側についているセンサーが搭乗員の体液の流れに敏感に反応して急激な移動を体に感じさせないようになっています。よって機体の急激な変化を体に伝えません。第二の質問ですが、射角はオールビューです」
カワイは一瞬えっと思ったが開発課長はそれを無視して
「もちろん真後ろに射程内の目標があったとしてもその時点で一八〇度姿勢変更は行いません。体がさすがにもちません。機体を一度転回させてからコンピュータ管制により射撃を行います。そして第三の質問ですが収束型粒子か拡散型粒子かは、攻撃管制コンピュータが目標との間を計算して最適な選択をします。搭乗員は従来通り、目標視認のみを行い、ヘッドセンサーから攻撃の意志を読みとらせて下さい」
そこまで言うと開発課長は、いかがですという風な表情でカワイを見た。
ユール准将は、カワイ大佐に
「私と一緒にここに来た理由は君にこれに搭乗してもらいテスト飛行を行ってもらう為だ。気に入らなかったか。新型機は」
と言うと
「いえ、そんなことはありません。新型機の初飛行を行わせて頂けることは航宙隊士官パイロットとして大変光栄です」
しかし、腹の中で、実際に乗ってみないと解らない。特に可変型粒子砲は、実戦で使えるのか。形状も・・何と言ったか、魚をすり潰した・・カマボコとか言う食べ物が昔あったそうだが、今度はアイスキャンディの両脇に棒が2つ棒が付いている感じだな。デザインセンスとかないのか。確かに乗り心地はよさそうだが。最も宇宙空間では航宙時に地上のような抵抗がないからあまり気にすることでもないが
と思いつつ、新型機に見入っていた。
前方から摸擬戦闘機が迫ってくる。距離四万キロ、カワイは避けようと必死に脳からセンサーを通じて姿勢制御コンピュータに指示を出すが動かない。右だ、右・・。新型機の故障か、そう思いながらそれでは撃ち落とすしかない自分の網膜に映る敵機を視覚から攻撃管制コンピュータに伝える。出ない。新型機自慢の遠方射程の全門収束モード型粒子砲が発射しない。
どういうことだ。カワイは、必死に制御パネルを見るがどれもオールグリーンだ。故障を知らせるモードはどれもない。前を見ると回避可能距離までもう1万キロ。あと数秒。どうする。自分で解答を求めながら身動きできないでいるうちに摸擬戦闘機はカワイ大佐の搭乗するFC38に突っ込んできた。なぜ避けない。カワイが声に出せない悲鳴を上げた時・・
「どうしたの、ユーイチ。うなされていたよ。それにすごい汗」
突然の声にカワイは、ボーッした頭で目を開けると“ふうっ”ため息をついた。
“夢か”自分のベッドルームであったことにホッとするとそう言えば、あの新型機のシミュレーションが最近続いていたからな。しかし、いやな夢だ。そう思って横を見るとベッドから起き上がったマイが心配そうな顔をして自分の顔を覗き込んだ。
「いやなんでもない。ちょっと悪い夢を見ただけだ」
そう言ってマイの柔らかい髪を撫ぜた。
マイとシェルスターのレモンで知り合ってからもう四年。最近結婚という言葉もちらほら出てきた。確かにマイはもう二八歳。
結婚を考えてもおかしくない年頃だ。自分と言えば航宙隊にどっぷりつかって世間のことは何も分からない。
マイがいなければ基地の外に出ることもなかっただろう。しかし、この仕事を選んだ以上、いつ死ぬかも解らない。
上層部から、教官の声もあるが、自分は一生最前線で働きたい。大佐という地位は、決して低い立場ではない。同期の連中で生き残っている奴は、ほとんどが後方勤務だ・・
そんなことを考えているとマイが、
「ねえ、今度いつ休暇がとれるの。一緒に旅行行きたいな。シーズンランドへ行かない。とても景色が奇麗らしいよ」
「休暇か。マイも既に通知があったので知っていると思うが、アガメムノン級航宙戦艦の改良型のテスト航宙とスパルタカスの後継機のテストを兼ねて航路開発が行われる。たぶん二ヶ月はかかるだろう。行けてもそれが終わってからだ。それまで後継機のシミュレーションと宙戦隊の整備で忙しい。マイも行くだろう」
カワイがそう言うと
「それが終わった後の事を話しているの」
少し真顔で言うマイに可愛いなと思いつつ見ていると、静かにマイが唇を重ねてきた。
軍事衛星アルテミス9の第一層宙港に搬送されてきたアガメムノン級航宙戦艦の改良型が静かにその巨体をドックヤードに休ませていた。
従来の旗艦アルテミッツは、ミールワッツ星系で撃沈された僚艦シューベルトに名前を変更し、新たに改良型が旗艦アルテミッツとして就航した。
セイレン・マニュファクチャリングの横やりで推進エンジン系の調達が遅れていたが、ウッドランド大将が、セイレン議員に航宙経路開発を盾にスケジュールを守るように迫った。
航宙経路開発の遅れを自分に振られるのはさすがにいやと見えて、セイレンは、第一七艦隊の資材調達と艦の修復を優先させたが、それでも航宙試験が終わるまで二週間の遅れが生じていた。
最も航宙経路開発は、行程スケジュールあってないようなもの。ミッションを優先にする為、行程スケジュールは都度変更される。実際二週間は、大した問題ではない。むしろ艦隊の整備に力を入れることが出来たとヘンダーソンは、この遅れを助かった思いでいた。
宙港には、星系評議会代表イエンの他、セイレン議員、キャンベル議員、ウッドランド大将の姿もあった。派手なことだ。そう思いながら三日前の航宙開発出動パーティの事を思い出していた。
イエン代表は、
「今回の航路開発に出動する第一七艦隊を第三二一広域調査派遣艦隊と名付けます。この派遣は、我ミルファク星系の更なる発展の為、新たな航路と資源星系を発見することが目的です。その為に、我航宙開発センターが心血を注いだ、アガメムノン級航宙戦艦改良型とスパルタカスの後継機アトラスを投入し、その成功に近づけさせたいと思います」
などと言っていたが本音はどこにあるのかいつも目の前では笑っている人間は信用出来ない・・
イエンの顔を横目で見ながら顔には出さないようにしていた。既にアルテミッツ艦長ラウル・ハウゼー大佐等は、出港前整備の為、アルテミッツに乗艦しているが、ヘンダーソンの他、主だった参謀は、この出港前の式典に付き合わされていた。
右横をちらっと見ると新たに主席参謀となったガイル・アッテンボロー大佐・・先の戦闘で大佐に昇進・・が、早く終わらしてくれと言う顔をしていた。
イエン代表の長い挨拶が終わり、やっと式典が終わるとルイ・シノダ中尉が近寄ってきて緊張した面持ちで
「いよいよですね」
と言った。
シノダは、ヘンダーソン中将の後ろに付きながら、自走エアカーを横断する道路を渡り、航宙戦艦の脇を走る三本の誘導路の一番右に乗った。
シノダにとっては何もかもが初めてで珍しい。キョロキョロ見ていると後ろに付いていたアッテンボロー大佐が
「シノダ中尉。ほらもうすぐ艦に乗るエスカレータだ。行きすぎるなよ」
そう言うと、解っています。という風にアッテンボローを見返した。
誘導路を降りてエレベータに乗るとドックヤードの誘導路の位置が、アルテミッツの推進エンジンの高さになっている為、航宙艦開発センターで見た時よりも少し低く感じた。
シノダは、エスカレータに乗るとこの後は既に一度乗っているので、今度はゆっくり周りを見る余裕があった。
やがて艦橋に入るとアルテミッツ艦長ラウル・ハウゼー大佐が敬礼をしながらヘンダーソン中将の一行を出迎えた。艦橋にいる他の士官たちも敬礼をしている。ヘンダーソンは答礼をするとゆっくりと周りを見渡し、軽く顎を引いて頷いた。
今回の作戦に参加する首脳部は、ヘンダーソン中将の他、主席参謀ガイル・アッテンボロー大佐、副参謀ダスティ・ホフマン中佐、元第一八艦隊副参謀だった副参謀ロイ・ウエダ中佐、そして中将付武官としてルイ・シノダ中尉である。
ヘンダーソンは、シノダ中尉にオブザーバ席を勧めると自分も司令長官席に座った。それを見た参謀たちも自分の席に行った。
カワイ大佐とオカダ中尉は、アルテミス9の第一層宙港に係留されている航宙空母ラインの前にある休憩所かだんで、出動前のいつもの安らぎを楽しんでいた。旗艦アルテミッツから七キロメートルの位置にある第五〇番ドックの前である。
「ユーイチ、今回は戦闘ではないけど新型機のテストだから気をつけてね」
「大丈夫、今回の出動前に十分なシミュレーションと星系内だけど何回かのテスト航宙もしている。癖もずいぶんつかんだ。それに今回は、僕だけではないよ。各中隊に三機ずつ新型機を配備して集団航宙テストも行う予定だ。それに今回もラインからの発進だし」
そこまで言うとユーイチは、マイの顔を見た。マイは、軽く頷くとユーイチの手を握り、“ぎゅーっ”と力を込めた。
「これで安心」
「えっ」
という顔をするとマイは、ふふっと笑顔を見せた。
「そろそろ行こうか」
ユーイチは、席にあるチェックパネルにクレジットカードをかざすとパネルの色がグレーからブルーに変わり、支払いが済んだ事を示した。
二人は、店を出るといつものように自走エアカーの走路を高架で横断する道路を歩く。一番高い所に来るとちょっと立ち止まり自分たちが乗艦するアルテミス級航宙空母ラインの姿を見た。
全長六〇〇メートル、全幅一五〇メートル、全高八〇メートル、後ろから見ると高さの三分の一程、ドックヤードの誘導路より下にあるので、とても横長く見える。どっしりとした姿の両脇に推進エンジンの後部ノズルのカバーが見えていた。そのラインに二人は向かって行った。
ラインのエアロックゲートの前に着くといつものようにカワイ大佐とオカダ中尉は二人で見つめ合うと軽く頷き、マイは艦橋前部にある戦闘機発着管制室へ行く為に巨大な航宙空母の一番右側の誘導路に乗った。ユーイチは、宙戦隊指令室のある一番左側の誘導路に乗った。
「アルテミス9宙港センター。こちら第一七艦隊旗艦アルテミッツ。全艦出港準備完了」
旗艦アルテミッツの航路管制官が自分のコムに向かって言うと少し経ってから
「第一七艦隊旗艦アルテミッツ。こちらアルテミス9宙港センター。全艦の出港準備完了を確認した。第一層第一番ゲートより順次エアロック解除。エアロック解除を確認後、誘導ビームに従い順次出港せよ」
やがて、アガメムノン級航宙戦艦のドックヤードの巨大なドームが閉じ始めた。完全に閉まると航路管制官が、
「エアロック解除確認。ランチャーロック解除。出港します」
艦本体がゆっくりと下がった。やがてゆっくりと誘導ビームに沿って艦が動き出すとシノダ中尉はシートにホールドされた体で覗き込むようにスコープビジョンを見ていた。
そしてアルテミス9の宙港を離れると改良された多元スペクトルスコープビジョンがミルファク恒星を中心とした映像と自艦の位置を映し出した。
星系外の星や星系は近くの星から全てADSWGCナンバーが順次表示され始めた。新たに開発されたスコープビジョンは、映像に奥行きがあり、素晴らしい宇宙の情景を見せている。シノダ中尉だけでなく、艦橋にいる他の管制官も声が出た。
シノダ中尉は、右前方に座るヘンダーソン中将を見ると
「提督、素晴らしい光景ですね」
と自然と口から言葉が出た。ヘンダーソンは左後ろを振り返り頷くと
「確かにな」と言った。
同じ層から出港するアルテミス級航宙空母が、航宙戦艦の反対側から出港し始めた。他の層からもワイナー級航宙軽巡洋艦やヘルメース級航宙駆逐艦、ホタル級哨戒艦が出港し始めたのが見えた。
「すごい、これが艦隊の出港風景か」
シノダ中尉は初めて見る映像に興奮していた。今回の第三二一広域調査派遣艦隊に含まれるのは、正規の艦数に戻った第一七艦隊七二一隻の他、強襲揚陸艦六〇隻、それに搭乗する陸戦隊三〇〇〇名、工作艦二四隻そして民間技術者と探査機材を乗せた輸送艦三〇隻である。
一時間後、全艦艇がアルテミス9を右に見て所定の位置に着くとハウゼー艦長から
「ヘンダーソン総司令官、全艦艇、所定の位置に着きました」
それを聞いたヘンダーソンは、ヘッドセットのコムを口元に動かすと
「第三二一広域調査派遣艦隊の全参加艦艇に告ぐ。私は第一七艦隊司令長官ヘンダーソン中将だ。我々は、これから新しい航路の開発と資源星系を求め出発する。アルテミス9を出発後、ADSM24の跳躍点に向かう。そしてADSM24に跳躍後、ADSM67跳躍点とは別にある未知の跳躍点に入る。それから先は何があるか解らない。よってどの様な状況であっても総司令部の指示に従うこと。単独の判断による行動は全体しないようにしろ。全員が無事に航宙をする鉄則だ」
そこまで言うと少し間をおいて
「今回の出動の成功と全員無事の帰還を約束する。全艦発進」
スコープビジョンに映る、先頭に位置するホタル級哨戒艦のグリーンマークが順次ブルーマークへシフトし始めた。哨戒艦が動き始めたのだ。興奮冷めやらぬシノダは、食い入るようにスコープビジョンを見ていた。
やがて艦隊はミルファク恒星を右に見て右舷一二〇度、下方三〇度に進路を変更し、ADSM24跳躍点方面に向かった。跳躍点まで後六光時約二日半の行程だ。ヘンダーソンは、全艦が標準航宙隊形で発進した事を確認するとアッテンボロー主席参謀、ホフマン副参謀そして新たに第一七艦隊司令部に加わったウエダ副参謀に声をかけた。その後、ハウゼー艦長に
「宙戦隊長のユール准将を呼んでくれ」
と指示すると三分後待っていたかのようにすぐにアルテミッツの司令階にユール准将の映像が現れた。それを確認するとヘンダーソンは、
「ミルファク星系内にいる間に、この艦を含め推進エンジンに改良を加えられた艦の航宙試験を行う。単艦でのテストは終わっているが、複数の艦の行動を伴うテストは、まだ行っていない。もっとも今回の派遣はそれも目的の一つだが。そしてその後、新型戦闘機アトラスの試験飛行も行う。こちらもカワイ大佐の単独飛行によるテストは終了しているが複数機によるテストは行っていない。どちらも集団で統一行動を取れることが実用の最低条件だ。今から二光時航宙して衛星の公転軌道に交差しない位置まで航宙後、テストを開始する。テストの詳細は、同行している開発部員から送らせる。それまでに目を通しておくように」
「はっ、了解しました」
ユール准将の返事と共に映像が消えた。各参謀も敬礼すると自分の席に戻った。その様子を確認したヘンダーソンはハウゼー艦長に
「艦長、頼みがある。シノダ中尉に艦内を説明してくれ。だれか適当な人はいないか」
「解りました。すぐに当直外の者をアサインします。少しお待ちください」
と言ってシノダ中尉の方を一度向くとすぐに自分席の前にあるパネルに何やら打ち込んだ。
数分後、艦橋の艦長席がある階の入口に艦内を担当する者が現れた。敬礼すると
「ハウゼー艦長、ワタナベ上級准尉、ただ今参りました」
がちがちの雰囲気で敬礼している上級准尉を見て、ハウゼーは、何かやらかした覚えもないのに艦長から呼出され緊張しているワタナベ上級准尉に
「そんなに固くなるな。休憩中すまないが、ちょっと頼みがある。今、司令階のオブザーバ席に座っているシノダ中尉にこの艦の中を案内してほしい。各セキュリティのパスは、一時間を限度で准尉のパスが通るように設定した。すぐに行ってくれ」
なんとなく叱られることをしたのではないことが解ると少し頬を緩めて
「艦長、了解しました。直ちにシノダ中尉に一時間を限度に艦内の施設を説明します」
そういって艦長席のある階を出たワタナベ上級准尉は、司令階に通じるエレベータのパネルに自分のパスをタッチした。本当だ、ドアが開く。普段間違えても開かない司令階行きのエレベータに乗るとすぐに上部階層ボタンを押した。
艦長席のある階と司令階は上下にあるだけなのですぐに着いた。エレベータを降りて右に行き、司令階のドアパネルにタッチするとドアが開いた。
ワタナベは始めて見る司令階とそこから見るスコープビジョンに圧倒された。自分のレーダー管制席から見る映像とだいぶ違う。そう思いながら我に返ると複数の顔が自分を見ていた。普段合うこともない上級襟章を見るととっさに敬礼をして
「ワタナベ上級准尉、ハウゼー艦長よりシノダ中尉に艦内を案内するよう命令を受けました」
そこまで言うと何度か話した事のあるアッテンボロー主席参謀に助けてくださいと表情で合図を送った。
アッテンボローが話す前に右前方の席に座っていたヘンダーソン総司令官が司令席から降りて
「ハウゼー艦長には、私がお願いした。悪いが、このシノダ中尉に艦内を案内にしてあげてくれないか」
自分より背が高く、奥の深い目で見つめられた揚句、総司令官から命令ではなくお願いモードで言われて、ますます目を見開いてしまったワタナベにアッテンボローが、
「緊張しなくていいよ。マリコ殿。そこのかっこいい坊やに艦内を案内してくれ。艦長からパス期限、一時間と言われているだろう。急ぎなさい」
と言われ、少し“ほっ”とするとドアから一番近い左側に座っている若い男を見た。年齢はそう変わらなそうだとそう思いながら、ワタナベは、良く見ると
「宜しく頼みます」
と言っている男の顔見て思わず声を上げそうになった。
身長が自分より一五センチは高く、青い黒髪に細面の精悍な顔。しっかりした体躯を忘れる事はなかった。
少し前にアルテミス9のレストラン&バー、パープルレモンでマイに紹介されたあの男だ。ワタナベ自身、女性にしては、慎重一七〇センチ、ショートヘアにクリッとした目、それなりにある胸に締まった腰、細く長い手足。レーダー管制官、いやマイを除けば第一七艦隊一の美人と自他共に認める女性である。それがあの時・・・
頭に少しショックを受けながら、微笑んでいるシノダに
「シノダ中尉。それでは艦内を案内します。こちらへ」
そう言ってドアの外に出るとシノダ中尉がドアから出たのを音で感じると“くるっ”と振り向き、大きな愛らしい目で
「中尉殿が司令階とはすごいですね」
と皮肉半分でシノダの顔を覗き込んだワタナベは、
「今から案内します。付いてきて下さい」
と言うと、また“くるっ”と振り向き、前に歩き始めた。
シノダは何なんだ。この子はと思いつつ、ワタナベの後を付いて行った。
ワタナベは、司令階の通路を真直ぐ行くと長い手を前に上げて、指をさしながらドアを指さして、
「このドアから先は、さすがに今回のパスでも行けません。総司令官の公室と寝室があります」
と言った後、シノダの脇を少しかがみながらすり抜けて一番手前のエレベータパネルに首から提げているパスを当てた。
「これから各食堂と兵士、士官各居住区に行きます。もちろん入口までです。食堂へは入りますが」
と言って、自分のパスをエレベータの下層階行きにタッチした。エレベータは数秒間降りた後、急にブレーキがかかったように停まった。ワタナベは、
「左側が司令官と上級士官用食堂。降りても入れないから次行くわね」
そう言って更に下層階にタッチした。次に停まってドアが開いた時、
「さあ、降りてください。ここからは、中に案内できます」
と言って自分からエレベータを降りた。シノダも降りると、左に行きながら、ドアが開放になっている食堂を見て
「ここが、下士官以下の人の食堂。まずくはないけど、おいしくもない。でも栄養は完全にコントロールされているから航宙中は美容にもいいのよ」
聞いてもいないことを話しながらワタナベは更に、
「ここから先に行くと後部ハッチになる。この艦の連絡艇があります」
と言って歩き出した。シノダは、食堂を見ながら大きいな、一度に一〇〇人は食事ができそうだ感心しながら、案内されている艦の中を見て、ちょっとした大型ビルだな、そう思いながら話を聞いていた。
後部ハッチを案内後、さっき降りたエレベータのところに戻り、更に進むといくつかのエレベータを指さして、
「このエレベータは、各管制官のいる階から通じているエレベータ。手前が、士官用食堂、そしてこれを真直ぐ行くと士官居住区になるわ。私たちは、航宙中ここが自分の部屋。私たちのレベルでは一人一部屋と言うわけにはいかなくて、一部屋四人よ。もちろん男子と女性はそれぞれ別々に専用だけど」
そうやってちらりとシノダを見たワタナベは
「あなたはどこを割り当てられたの」
質問に一瞬戸惑ったシノダだったが、
「自分は・・、司令階と同じにあるオブザーバルームです」
その言葉を聞いたワタナベは、一瞬目を吊り上げて何か言いそうになったが、すぐに戻り
「ふーん。そう、お客様なのね。あなたは」
そう言ってまた睨みつけた。シノダは、
「解らないよ。航宙艦初めてだし。ヘンダーソン中将からこの部屋を使いなさいと言われたので。それに従っただけです。それに自分は中将付武官だから中将の補佐もしないといけないし」
そう言ってワタナベの顔の前に、顔が見えないように両手を出した。
「ふんっ」
と言って振り向くと今度は、士官居住区の一番端にあるエレベータに向かった。
エレベータに乗り、また数秒間乗るとドアが開いたのでワタナベは、降りながら
「ここが、荷電粒子砲副制御室。管制官階にある荷電粒子砲管制が効かなくなった時、ここで制御します。そしてこの制御室の下に一〇メートルのシールド床を隔ててアガメムノン級航宙戦艦が誇る口径二〇メートルメガ粒子砲があります」
説明を聞きながら、目の前で複数人の人間が部屋中に広がる制御パネルをチェックしているのを見ていた。
すごい。陸上勤務だった自分には全く知らなかった世界だ。夢中に見ているシノダにワタナベは、
「次に行くわよ」
と言って荷電粒子砲副制御室を出た。
さっき来たエレベータを一度乗り士官居住区のある階で降りた後、自動移動通路に乗りながら
「ここからさっき司令階から降りたエレベータのそばにあるもう一つのエレベータに乗ります。艦の心臓部である核融合炉制御室に行きます」
そう言って前を見た。
シノダは次々と過ぎ去る士官居住区のドアと更にそれを過ぎてある士官食堂も過ぎると広いな。本当に航宙戦艦の中は広いと思って見ていた。そんな顔を見たワタナベは、
「シノダ中尉は本当に初めてなのね。戦艦の中見るの」
と言って、少し近づくとマジマジと一五センチは高いシノダを覗き込み、
「そろそろ降りるわよ」
と言って、シノダの制服を引いた。
士官居住区のある階から核融合炉制御室までのエレベータは少し長く感じた。エレベータは、止まるとき急に制動が掛かるのかワタナベの胸が、“がくっ”という感じでピッチするとシノダは少し顔を赤らめたが、
そんなシノダの顔を見たワタナベは、少し真顔になって
「今から行くところは、この艦の中でも後部下層の一番強固な部分にあるの。外部からの攻撃でも余程の事がなければ耐えるようになっているの。まあ、この艦の主砲を受けたら駄目でしょうけど」
そんな事を言いながらエレベータが停まった階に下りると、ワタナベは左に歩き始めた。
ドアパネルにパスをタッチさせると四方三〇メートルはあるだろう部屋に巨大な核融合炉と推進エンジンの制御パネルが壁一面に有った。制御パネルの前では数人の担当官がパネルの計器を確認していた。またまた、驚いているシノダを見ると
「ここは、核融合炉制御室だけど推進エンジンの副制御室も兼ねています。艦橋の管制階にある推進エンジン管制が効かなくなった時、こちらで制御します」
ワタナベは、そう言ってシノダを見た。
巨大な制御パネルと言っても艦橋のスコープビジョンより小さいが・・に見入っていたシノダにワタナベは、
「そろそろ行くわよ。制御担当官の邪魔にならないようにしないと」
と言って制服を引っ張ると、担当官の一人が振向いて
「ハウゼー艦長から連絡が来ている。シノダ中尉に良く見せてくれと。だから気にしなくて見てくれ」
襟章から中尉であることが解るとシノダは、
「申し訳ない」
と言って頭を下げた。担当官は更に
「なあに、自分たちは上位階に上がることはないが、上の上級士官たちがしっかりとここを意識してくれることが大切だと思っている。お前さんもやがて自分たちに命令する立場になるだろうから、艦にはこういうところもあるのだと覚えてくれればうれしいよ」
初めて有った相手に対しては、少し馴れ馴れしいと思ったシノダも担当官が自分と同列の中尉であることや仕事柄であろうと思うと少し頬を緩ませた。
更に制御パネルを細かく見た後、シノダは、
「ワタナベ上級准尉。そろそろ戻りましょう。パス制限時間の一時間がもうすぐです」
そう言われてパネルに有った時間を見ると確かに後五分で、制限時間が切れるところであった。ワタナベはすぐに
「では、士官食堂に行きましょう。あそこでは、制限時間が関係ありませんから」
と言って核融合炉制御室を出た。
士官食堂に戻ったワタナベは、
「もう私のパスでは、上にはいけないので一人で帰って下さい。行けますよね」
とちょっと残念そうな顔をすると
「大丈夫です。済みませんでした。非番の時間に案内をして頂いて、君の休憩時間を潰してしまった」
そう言って頭を下げるシノダにワタナベは、少しシノダの顔を見た後、士官食堂に来た時に通称ドリンクパネルから取り出したジュースを一口飲むと、顔を下に向けながら
「シノダ中尉、私のこと覚えていますか」
そう言った。
ほんの少し潤んだ目で顔が近くに来るとほんのり何か甘いにおいがする。透き通った肌にこのにおい。頭の奥に何か詰まったような感じがするシノダは、一瞬考えた。
どこで会ったのか。覚えのない顔だ。でも何だ。この頭の奥にある解けない何かはと思いながら
「すみません」
と一言言うとワタナベは顔を上げ少し怒った顔で
「解りました。つまらないことを聞いてすみませんでした。これで私の艦内案内担当は終了です。これから自分の部屋に戻ります」
そう言って立ち上がって敬礼したワタナベを、じっと見ていたシノダは、自分の頭の奥が少し痛むのを覚えた。敬礼を止めないワタナベのほんの少し潤んだ目を更に見ていると頭の奥の方で頭痛がよみがえったあっと声を上げたシノダは、
「君はマイ、いやオカダ中尉の・・・」
「そうです。パープルレモンであなたの前に座っていたマリコ・ワタナベです。思い出して頂けたようですね」
そう言って今度ははっきりした目になり敬礼を止めたワタナベは、そのまま士官食堂を出て行った。
シノダは、その後ろ姿を見ながら、全く思い出せないでいるあの時の夜のことを考えながら艦橋に戻った。艦橋に戻ると
「どうだった、ワタナベ上級准尉は」
と聞くアッテンボロー主席参謀にシノダは、
「主席参謀、見てきた艦内の感想は聞かないのですか」
とシノダが言うとアッテンボローは、
「艦内の感想って、すごいなーにおまけがついた程度だろ。それより我艦隊一の美人と一時間もデート出来たんだ。そっちの感想聞きたいと皆思うさ」
と言って二人の副参謀の顔を見た。
ダスティ・ホフマン中佐とロイ・ウエダ中佐は、目を緩ましてシノダの顔を見ていた。はめられた。もしかしてパープルレモンの件をこの人たちは、誰からか聞いていたのか。情報源は・・マイしかいない。勝手に思い込んだシノダは今度会ったら一言言ってやると勝手に思い込んだ。
本当は、カワイ大佐から参謀たちに伝えられ、中将に言って二人を組み合わせたのだった。中将もミルファク星系士官学校を次席で卒業しながら中将付武官として他の卒業生とは違った行動をさせていたシノダ中尉を気にしていたので、良い考えだと思い、この話の乗ったのであった。・・実はマイがオカダに頼んだのが事実だが・・・
そんな事とは知らないシノダは、パープルレモンで会ったことしか思い出せない頭で
「いえ特に、一通り艦内を説明して頂きました」
と言っただけであった。
参謀たちはしょうがないなあという顔をすると
「とりあえず目的は達した」
と言って他の参謀たちと共に自分の席の前に有るパネルに顔を戻した。
シノダは、解らなくなった頭の中でスコープビジョンを見ていると、また“あーっ”と声を出してしまった。かの第一七艦隊一の美人がレーダー管制官席に着いたのであった。後は、思い出そうとするたびに、頭の空白の時間に悩むシノダは、時間が経つのを忘れていた。
アルテミス9を出航してから一日が経ち、恒星を公転している惑星からの軌道も遠く離れた宙域に第三二一広域調査派遣艦隊は来ていた。
今回、航宙試験の為、同行している航宙機開発センターの開発課長シゲル・タナベ少佐とカクジ・ナカニシ大佐及び航宙艦開発センターの開発課長トオル・カジヤマ少佐とナオコ・ミネギシ大佐は、旗艦アルテミッツの司令階に映し出された映像の中で今回の艦隊による航宙試験の最終説明を行っていた。
「試験は二回分けて行います。一回目は、航宙空母ラインより発艦したカワイ大佐は、母艦より二万キロメートル離れた段階で同時に発艦した無人戦闘機とシンクロして頂きます。シンクロモードによる飛行を行った後、三万キロメートル離れた摸擬駆逐艦に対してデルタフォーメーションのまま、荷電粒子砲の攻撃を行います。二回目は、カワイ大佐と同行機による編隊航宙です。以上が、新型機アトラスの宇宙空間によるシンクロテストです」
説明が終わるとタナベ開発課長は、ヘンダーソン総司令官の顔を見た。
「テストの概要は、分かった。すぐに始めてくれ」
航宙戦闘機隊旗艦の航宙空母ラインの発艦ゲートでは、カワイ大佐が発進の為の最後の確認を行っていた。
「こちらカワイ大佐搭乗機、レイサ発進準備完了」
「発着管制官よりカワイ大佐へ。同期発進の二機の発進準備完了。航路クリア。エアロック解除します」
聞きなれた声が、カワイ大佐のヘルメットと一体となっているヘッドセットから流れた。カワイが搭乗するレイサの周りをドームが覆い、エアロックが解除されたと知らせる信号が点灯した。
「エアロック解除確認。カワイ大佐、レイサ発進します」
ランチャーロックが解除され、慣れているとはいえ、強烈なダウンフォースを感じながらカワイは宇宙空間に躍り出た。
すぐに目の前のパネルがオールグリーンである事を確認すると、同時に発進した無人戦闘機を確認した。全て正常であることを計器が示している。
すごいカワイはスパルタカスと違いオールビューモードの視界は、自分が宇宙空間を飛んでいるかのような錯覚になる、この新型機を気に入っていた。
「旗艦ライン、こちらレイサ。これからテスト宙域に向かいます」
「こちら、ライン了解しました」
カワイは、最高速度の半分に落として、同期されている無人機の様子を見た。レイサに標準体形で後続している。
「すごい。全くぶれがない。これがシンクロモードの航法管制機能か」
自分の航宙にぴったり付いてくる無人機に感心していた。
「全て上手くいくようになったら、名前でも付けるか」
無人機と言えども、無神経ではなく、人間の言葉を理解する機能やカワイの操縦をトレースする機能が付いている。
「ちょっとやってみるか」
テスト宙域まで距離があるのでカワイは、自分の行動神経を上昇に変えた。更に直進した後、左側に上昇し、壁をつくるように右へ降下した。
大気のある空間でのスロースクロールと同じ要領だ。何も指示しない急な進路変更なので付いてくるかと思ったが、後ろを見るとカワイは絶句した。
まったくレイサとの距離が変わっていない。信じられない面持ちでカワイは、
「UF1、UF2、すばらしいぞ」
と言うと同時に
「トレースしているだけです」
とそっけない返答があった。カワイはこいつらに少しは感情がないのかと思いつつ、テスト宙域に向かった。
テスト宙域に近づくとヘッドセットから
「カワイ大佐、シンクロモードにしてデルタフォーメーションにしろ」
聞きなれた男の声がすると
「了解」
と言って、ヘッドアップディプレイのDMと映されているパネルを見つめた。
レイサとUF1、UF2の両弦に有った片弦八〇センチ二門の荷電粒子砲が横から機体の下に回り込んだ。ほんの一瞬のことである。
と同時にUF1とUF2がレイサの両側に来たと思うとUF1は、右に回転し、UF2は、左に回転した。三機が三角形を作り底部にある荷電粒子砲が三角形の各辺についている形だ。距離は三〇メートルもないだろう。
さすがにカワイは、“えっ”と思ったが、ターゲット補足マークが点滅している。
すぐに視線をヘッドアップディスプレイに映るターゲットに合わせた。後は一瞬の出来事であった。一機四門の荷電粒子の束が、三機まとまって三〇メートルの幅で収束しながら三万キロメートル先に有る摸擬駆逐艦に向かった。
その時間、〇.二秒。人間の意志では到底行えないことが、攻撃管制コンピュータが瞬時に行ったのである。
摸擬駆逐艦に荷電粒子の束が到達した瞬間、まばゆい光が広がり、数秒後、全長二五〇メートル、全幅三〇メートル、全高五〇メートルの摸擬駆逐艦の中心部に修復しがたい大穴があいていた。
収束された三〇メートルの荷電粒子は、摸擬駆逐艦のシールドを簡単に破り、少しも衰えないエネルギーは、駆逐艦の外壁を溶かし反対側の外壁も破り抜けたのである。
実戦であれば、瞬時に、戦闘及び航宙が不可能になり撃沈という判定が下される。摸擬駆逐艦でなければ乗組員数百人は、痛みも感じる暇がないうちに消滅しただろう。
既に駆逐艦から一万キロメートルまで迫っていたレイサと他の二機は上昇に転じ衝突を回避した。
「信じられない。重巡航艦並みの破壊力だ」
この映像を見ていた、ヘンダーソン中将をはじめとする参謀及び関係スタッフは、息をのんだ。
やっとの声でこう言ったアッテンボロー主席参謀は、自慢たっぷりな顔をしている航宙機開発センターの二人に
「これからこれが主力になって行くのか」
と聞いた。タナベ開発課長は、
「残念ながら、今回は開発途中です。有人用アトラスは、量産体制にもって行けますが、今回使用した無人機は、カワイ大佐とレイサ用に特別に仕上げたものです。これを汎用型にもっていくには、まだ研究が必要です。カワイ大佐の卓越した能力がなければとても今回のテストは成功しませんでした」
ここまで言うと今度はナカニシ開発部長が、
「FC38の開発試験中にカワイ大佐の技量を知り、カワイ大佐であれば、我々の長年の夢であった、シンクロモードによる無人機の制御が可能であると思い、アティカ・ユール准将の同意を得てカワイ大佐にテストをして頂いた次第です。これが可能になればアトラスのパイロットはスパルタカスの三分の一で済みます。パイロットの養成には長い時間と大変なお金が掛ります。それを思えばこその開発です」
これも自慢そうに言うナカニシ開発部長にヘンダーソンは、
「話は解った。パイロットへの負担はどの位だ。あのシンクロモードによる飛行と従来機では考えられない機動性だ。肉体的、精神的な負担がかなり大きいと思うが」
そう言うと開発部長は、少し真顔になって
「ですから、今回はカワイ大佐専用になったのです。他のパイロットもカワイ大佐と同レベルであれば良いが、そうはいきません。これからミドルレベルの操縦能力を持つパイロットでもシンクロできるように研究開発が必要です。今回のこのテストは十分な結果を出せましたので、改めて艦制本部に予算を申請するつもりです」
やはりそこかそう思いながらヘンダーソンは、目にモノを感じさせながらナカニシ開発部長の顔を見た。ナカニシは、一瞬戸惑ったが、
「これで一回目の新型機によるシンクロテストを終了します。レイサと無人機を回収し、エネルギーの補給とカワイ大佐の休憩を取った後、第二回目の編隊航宙試験を行います」
と言った。
航宙空母ラインでは、近くまで戻って来ているカワイ大佐に
「着艦準備完了。レイサ着艦どうぞ」
聞きなれた声にカワイは、
「レイサ了解。UF1、UF2共に同時着艦する」
そう言うとカワイはレイサと無人機二機をラインの下・・航宙母艦の大きな逆U字になっている格納エリアに誘導した。後は誘導ビームが行ってくれる。
レイサと無人機二機は同時にラインから出てきたハンガーアームにつかまれると、スーッと白いドーム・・アトラスの格納庫・・に吸い込まれた。
やがて、ランチャーロックの音がして、ドームの底が閉まると
「ランチャーロックオン、エアーロックオン。カワイ大佐お疲れ様」
聞きなれた声にカワイは、
「ふーっ」
と声を出すとドームが両側に開き整備員が取り付いた。レイサのハッチを外側から開けると
「カワイ大佐。お疲れ様でした。整備準備室のスクリーンで見ていました。感動しました。カワイ大佐の機を整備出来て光栄です」
興奮冷めやらぬ整備員に
「ありがとう」
と一言言うとレイサを降りた。近くに着艦しているUF1とUF2に
「ご苦労様」
と言うと
「どうしたしまして、カワイ大佐」
と帰って来た。
「えっ」
と声を出すと無人機は、
「我々は、エネルギーオンの状態では常に意識があります。カワイ大佐のヘッドセットから今のように声をかけてくれれば、いつでもカワイ大佐と意志の疎通が出来ます。カワイ大佐、身体機能に軽い疲労のモードがあります。少しお休みください」
カワイは、またまた“えーっ”と今度は大きな声を出した。頭の中で、ヘッドセットをかぶったら注意しなければと考えていると
「そうです。カワイ大佐の脳ニューロシナプスは我々のニューロシナプスコンピュータとリンクしています」
それを聞いたカワイは、“うぉーっ”と思ってヘッドセットを外し、モードをオフにした。一瞬UF1のパネルの一部がグリーンからブルーに変わった事をカワイは気付かなかった。
実はカワイ大佐の来ているパイロットスーツは、体液の流れと体の変化を運動ニューロと認識し、これを無人機とシンクロさせていた。これによりレイサを操縦するカワイ大佐の体の全てが無人機に搭乗しているのと同じ状態になる。また万一、カワイ大佐が意識を失った時でも、航宙母艦に戻れるようにプログラムされていた。ここまでは説明を受けていなかったようだが。
旗艦アルテミッツの司令階では航宙艦開発センターのトオル・カジヤマ少佐が、一時間後に行われる高速航宙試験に参加するアルテミッツのスタッフとテストを共にする他の艦のスタッフにテストの説明を行っていた。と言っても各艦のスタッフは当然自艦の管制階で聞いているのだが。
カワイ大佐と他のパイロットが乗る新型FC38アトラスとの編隊飛行は既に終わっていた。成功と言えば成功であったが、カワイ大佐と他のパイロットとの技量差が激しく、まだ実戦では、使える状態ではなかった。
「航宙戦艦アルテミッツ、シューベルト、巡航戦艦ボルドー、ブルゴーニュ、航宙空母ライン、トロイ、航宙重巡航艦トリトン、ネレイドが今回のテストの参加艦艇です。これらの艦は、航宙経路がクリアである事を確認後、同時に発進します。発進時刻は一四○○です。安全の為、各艦の乗員は、シートを必ずホールドモードにして下さい。発進一五分前に全艦に確認します」
ここまで説明すると一呼吸置いたカジヤマ少佐にウエダ副参謀が、
「我々が高速航宙すると、他の艦は〇.五光時置いていかれるが、再度こちらに戻るのか」
これを聞いたヘンダーソンは、
「高速航宙試験の行き先はADSM24への跳躍点付近だ。そこで艦隊が着いて来るのを待つ」
ヘンダーソン司令官からの言葉にウエダ副参謀は
「分かりました」
とだけ答えた。
「高速航宙試験に参加する全艦に告ぐ。こちら旗艦アルテミッツ艦長ハウゼー大佐だ。これから一五分後、高速モードに移る。全艦の乗組員のシートをホールドモードにしろ」
このメッセージが放送されるとアルテミッツの艦橋の中でも各管制官が次々とシートをホールドにした。
シノダ中尉も自分が座るシートをホールドモードにすると背中、尻、足の部分にシートが密着するように包み込んだ。
結構密着感が強いな。こんなにホールドしなければいけない程、高速航宙試験ってすごいのかな。などと考えながら時間が来るのを待った。
全艦への通達が終わると更に
「レーダー管制官、再度航路チェック。大型デブリ等ないか確認」
「航路管制官、航法間違いないか確認」
「進路確認。障害物なし」
「航法確認」
次々と報告が駆け巡った。
そして一五分後、
「全艦、発進」
ハウゼー艦長の指示が伝わると今までスコープビジョンに移っていた映像が変わり始めた。
全艦が最高艦速・・通常一〇時間かかる一光時を五時間で移動可能な・・スピードに変わると、シノダ中尉は自分がシートにホールドされているのも忘れ、目を見開いて食い入るようにスコープビジョンを見つめた。
「すごい。まるで色々な光のカーテンだ」
スコープビジョンに映る、星々の映像が変わった。正面に映る遠くの星雲や星は動かないが、スコープビジョンの斜めから横方向に映る映像が流れるように早くなった。
跳躍中の映像とは、違う映像である。多元スペクトル分析によって映し出される色々な色の星がまるで光のカーテンのように流れていく。
他の参謀や管制官もいつも見慣れている映像とは、違う景色に魅せられていた。
テストを始めて一五分後、艦橋に警報音が鳴り響いた。
「なんだ」
突然の警報音にハウゼー艦長は、コムをすぐに口元に動かし、レーダー管制官に聞いた。
「重巡航艦ネレイドが、遅れています。映像出します」
レーダー管制官の言葉と同時に今回の高速航宙試験に参加したアテナ級航宙重巡航艦ネレイドが急激に遅れ出した。
ネレイドの艦体が小刻み揺れている。
片弦出力で振られそうになる艦を両弦出力制御ユニットと姿勢制御ユニットそして慣性補正ユニットが最大出力で一斉に姿勢を調整している。
もし、この機能がなければ、ネレイドは、回転しながら闇の中に消えて行ったであろう。
シノダ中尉は、あのままでは艦が左右に捩じ切れそうだ。スコープビジョンに映し出される映像を見ながら、“ちらっ”とヘンダーソン司令官の姿を見た。
ヘンダーソンは、眉間に皺を寄せながらスコープビジョンに映るネレイドの苦悩を見ている。
左舷推進エンジンの中央が白いガスが張ったような状態になっている。
「どうした。ネレイド」
ハウゼー艦長は、大声でコムに叫ぶと・・数分後ネレイドから
「リバースサイクロンユニットに異常発生。左舷パッケージユニット損傷。艦速を通常に戻す為、減速中です」
重巡航艦ネレイドの中で発生した故障は、核融合炉から出されるエネルギーをターボユニットで増幅し、新開発のリバースサイクロンユニットに送り込む。
リバースサイクロンユニットでは、従来の何十倍も増幅されたエネルギーを整流し、推進ノズルへと吐きだす。ターボユニットからリバースサイクロンユニットまでをパッケージ化することにより従来艦を高速航宙させる構造を考えた。
このリバースサイクロンユニットに亀裂が入り急激に推進ノズルへのエネルギー放出が減少したのであった。白いガスのようなものは推進エネルギーが漏れたものだ。幸い、爆発には至らなかったが、ネレイドは、通常航宙は行えなくなる。
右舷側推進エンジンが左舷側エンジンと同期して急激に推進力を弱めているはずだが、左舷側のエネルギー漏れが発生した時、右舷側はフル出力で有った為、各ユニットがフル稼働でネレイドの進路進行を修正している。
それでも右に左に艦を振っているネレイドの中は相当のGが掛っているはずだ。搭乗員は大変な思いをしているだろう。
更に一五分後、ネレイドは通常航行の四分の一の艦速にまで落ちた。旗艦アルテミッツ、ライン等、同時に高速航宙試験に入った艦も一時先行したが、ネレイドと同行に入った。
ハウゼー艦長が、
「ヘンダーソン司令官。ネレイドより連絡。今の事故にて起きた被害は、推進エンジンカバーパネル損傷。外部隔壁損傷。事故時、急激な艦の回転でシートより放り出された事により重傷者一名、軽傷者七名出ました。以上です」
ヘンダーソンは、ハウゼー艦長の報告に頷くと航宙艦開発センターの実質的な責任者であるカジヤマ少佐を見た。
「どういうことだ。カジヤマ少佐」
ヘンダーソン司令官の言葉に一瞬考えたが、言葉を選ぶようにゆっくりと説明を始めた。
「詳細については、調べてみなければ分かりませんが、外部からの観察では、ターボユニットから送り出されたエネルギーが高圧すぎてリバースサイクロンユニットをオーバーフローさせたのだと思われます。結果的にリバースサイクロンユニットに亀裂が入り、現状に至ったと思われます。通常は考えにくい現象ですが、見る限りにおいては、そう判断します」
「ネレイドは、今回のミッションに同行できるのか」
ヘンダーソン中将の質問にカジヤマ少佐は、
「輸送艦にリバースサイクロンユニットのパーツがある為、修理は可能ですが、ネレイドの故障個所を特定し、修復時間を見積もらなければ正確な時間は言えません。少なく見積もっても一〇時間以上は必要です。修復しない状態では、通常航行も不可能です。まだ星系内なのでアルテミス9に帰港させるのがベストと考えます」
そう言うと航宙艦開発部長ミネギシ大佐の顔を見た。
ミネギシは苦虫を潰したような顔でヘンダーソン司令官の顔を見ながら顎を引き仕方ありませんという態度を取った。ヘンダーソン中将は、
「これから後の複数艦による高速航宙試験はどうするのかね」
とミネギシ大佐に言うと
「複数艦による高速航宙試験は、引き続き行います。予定艦八隻の内の一隻に故障が起きたとはいえ、星系内です。止める理由はありません」
ミネギ大佐は、新型戦闘機アトラスの大成功を前に自分たちだけが引く訳には行かないという思いを言葉に現していた。
ヘンダーソン中将は、ミネギシ大佐の顔を見ていたが、少しの間をおいて参謀たちの顔を順次見た。自分たちも続けたいという顔がそろっていたのでヘンダーソンは、
「高速航宙試験を再開するが、ネレイドの検証と修理の為にカジヤマ少佐かミネギシ大佐が一緒に戻る必要があるのではないか」
と聞くとミネギシ大佐は、
「ここより航宙艦開発センターに報告を入れ、対応に当たらせます。私とカジヤマ開発課長は、以降テストの為、このままこの艦隊に残ります」
そう言うとカジヤマ少佐の顔を見た。カジヤマ少佐はうれしそうな顔をして頷いた。ヘンダーソンは、
「分かった。航宙艦開発センターの報告にどのくらい時間必要とする」
「三〇分あれば大丈夫です」
カジヤマ少佐の返答に一瞬考えたが、ヘンダーソンは、
「分かった。ネレイドの帰港手続きも素早く済まそう」
そう言うとコムを口元に持っていった。
三〇分後、ネレイドの艦長の悔しさを受け流しさながら、帰港を納得させると・・本来は命令ですむが・・残る航宙戦艦アルテミッツ、シューベルト、巡航戦艦ボルドー、ブルゴーニュ、航宙空母ライン、トロイ、航宙重巡航艦トリトンは、高速航宙試験に入った。
五時間後、高速航宙試験の参加艦艇は、ADSM24跳躍点から三〇光分の位置に来ていた。
「ハウゼー艦長、後続艦隊に連絡。高速航宙試験艦隊は、予定通りADSM24跳躍点より三〇光分の所定の位置に到着。後続艦隊が追い着くまで定位置にて待機する。と連絡してくれ」
「はっ、了解しました」
ハウゼー艦長は復唱後、そう言うと、通信管制官に自分の前にあるスクリーンパネルより連絡した。コムによる口頭の連絡は、誤りを招く為、必ず自分の声をテキストに落とした後、それを通信管制官に送るのだ。
数分後、通信管制官から連絡完了のメッセージが届くと
「ヘンダーソン司令官。後続艦隊に連絡完了。高速航宙試験参加艦艇は、所定の位置にて待機します」
と言った。