コンタクト2-2 関西娘と歩く図書館
皆様大変長らくお待たせいたしました。
諸事情により長く時間を費やし誠に申し訳ございません。
―――――キーンコーンカーンコーン
HR開始のチャイムが鳴り、担任は静かに教室の引き戸を引く。
担任はまだ席についてない生徒の方にゆっくりと目を向け注意を促す。
「オーイ席に着け!HRを始めるぞ!」
担任に注意を促された生徒は担任に気付き急いで席に着いた。
生徒が席に着くのを確認した担任はゆっくりと教壇へ向かい、手に持っていた出席簿を教卓の上に乗せる。
「起立!礼!着席!」
一人の生徒の掛け声とともにクラス全員が立ち上がり教卓に向かってお辞儀をし、静かに席に着いた。
担任は出席簿を開き、出席確認をする。
「足立」
「はい」
「安部」
「はい」
出席簿と生徒を交互に見ながら出席確認をする担任を頬杖を突きながら積吉は見ていた。何も変わらないいつも通りの日常に安堵した積吉は口を開け大きく欠伸をする。
全員出席しているのを確認した担任は出席簿を静かに閉じて、生徒の方へ目を向けた。
「みんなも知ってると思うが今日からこのクラスに転入生が入ることになった。みんな仲良くしてくれ」
担任の言葉にクラスはざわつき始める。
誰だろう?
男かな?
女かな?
可愛い娘かな?
このクラスに転校生が来る…とても曖昧なこの情報にクラスの期待を高めた。
担任は教室の入口の方へ顔を向け、廊下で待機していた転入生に教室に入るよう促す。
「さあ入りなさい」
その直後に教室の戸口が開き、少し古いセーラー服を身に纏った一人の少女が入ってくる。少女は教卓の隣で足を止め体を正面の方へ向けた。
担任はチョークを手に取り、黒板に大きく少女の名前を書いた。
如月 朱音
「今日からこのクラスに転入することになりました如月朱音です。出身は大阪。彼氏は現在いません。以上です」
朱音は手短に自己紹介を済ませ、担任の方へ振り向きニコッと笑みを浮かべ訛り(なまり)のある関西弁で担任に質問する。
「先生、ウチの席はどこなん?」
「如月さんの席はあっちの樋坂君の隣の席ね」
朱音は担任の指差す方向に目を向けた。
「はい」
(何か…ありきたりな展開だな…)
頬杖を突きながら積吉は心の中で突っ込んだ。
朱音は静かに積吉の隣の席に座り、持っていた鞄を机の横に掛けた。
担任は朱音が着席したのを確認し、彼女に注意を促す。
「何かわからないことがあったらクラスのみんなに聞いてくれ。教材は明日届くから今日一日隣の人に見せてもらってくれ。以上だ!」
「起立!礼!着席!」
HR終了の挨拶と同時にチャイムが鳴る。
休憩時間に入ると転入生ということもあり彼女の周囲に複数の女子生徒が集まる。
「大阪ってどんな感じ?」
「趣味は何?」
「特技は?」
周囲からマシンガンのようなスピードで質問が飛び交う中、朱音は質問を一つ一つ丁寧に関西弁で答えた。
「大阪は結構ええとこやで!特にうちの近所はええ奴ばっかりやからお世話になりよったな。趣味はバイトすることかな。特技はたこ焼きをうまく作ることや!」
「すごい!!たこ焼きを作れるの?」
「そうや。何なら昼休みの時間に作ってやろうか?…有料やけど」
隣で頬杖を立てながらケータイを触れていた積吉は彼女の「有料」という言葉に思わず反応し支えていた腕を滑らせガクッと頭を下ろした。
(何言ってんだこいつ?金取るのかよ!)
そう思いながら積吉は朱音に気づかないようにソ~っとケータイから朱音の方へ目を向けた。
朱音は積吉の視線に気づいたのか女子生徒の目を盗んでチラッと積吉の方を見た。それに気づいた積吉は慌てて視線をケータイの方へ戻した。ケータイを当たりながら積吉はふと思った。
(そういえばトリスの奴どこに行ったんだ?朝あんなに学校楽しみにしてたのに・・)
トリスのことが頭に過ぎり、積吉は辺りを見渡した。だがいくら辺りを見渡してもトリスの姿は見当たらない。
(まさか・・・)
今朝トリスが言っていたことに不安を感じた積吉は慌ただしい素振りでバッと席を立ち、急いで教室を出た。
隣でその様子を見ていた朱音は周りにいる複数の女子を余所に積吉の後を追うかのようスラリと教室を出た。
授業開始のチャイムが鳴り教師がそれぞれの教室に入る中、積吉は一人廊下を走りながらトリスを探していた。
いくら探してもトリスの姿は見当たらない。それもそのはず、彼女の体長は普通の人間の手の平に収まり切れるサイズだ。この広い空間で彼女を見つけ出すのは容易ではない。それにパートナーから離れられる最高距離は15kmだが、この学校の土地はそれよりもおよそ二倍であるため、一歩間違えば積吉の「生きる」という願いが無効になる。言い方を変えればそれは積吉が死ぬということになる。
15km以上離れたら願いは無効になり、俺は死ぬ……。
湧き上がる不安を必死に押し殺し、下に降りようとした瞬間後ろから人の気配を感じた積吉はパッと顔を後ろの方へ振り向くと朱音が立っていた。
「ここで何やってるの?」
「えっと、トイレだ。そうトイレ行ってたんだ!」
彼女の質問に積吉は慌てて答える。
「ふ~ん、トイレにしては長すぎやない?あ、もしかして大の方?」
「ち、ちげーよ!!つーか、如月さんこそ何でここにいるんだ?もしかしてトイレ?」
「ちゃうちゃうそないなんやない。ちょっとアンタに用があるんや」
「お、俺?」
「そうや。ま、ここやとあれやからとりあえず場所を変えよう。あと『如月さん』やなくて朱音でええよ」
朱音は背中を向けて歩き出した。積吉は5m間を空けて彼女の後ろについて行く。
積吉は歩きながらさまざま思念が頭の中で交錯していた。
屋上に続く階段の前でピタッと足を止めて朱音は積吉の方へ振り向いた。二人が立っている位置はちょうど死角になっていた。
「えっ、ちょなんでこんな人気のない所なんだ?普通教室じゃないのか?」
「ここじゃなきゃだめなんや。恥ずかしいけど、ウチを見て・・・」
朱音はそう言って突然上着を脱ぎ始める。
「ちょっと待て待て待て待てええ!!!!!!何やってんの?マジで何やってんの?」
右腕で両目を隠しながら積吉は尋ねるが、朱音は何も答えず無言のままシャツのボタンを一つずつとる。彼女の行動に積吉は葛藤していた。
ヤバいこれはヤバいぞ!コレ完全にもうトリス・イン・コンタクトじゃない。トリス・イン・ダークネスだこれ!これってこういう物語だったっけ?女の子とムフフンな青春を送る物語だっけコレ?イヤ、俺こういうラブコメ展開望んでるわけじゃあないからね。別に好きでもなんでもないからね!・・・・・イヤごめんなさい嘘です。ホントはこういう展開望んでます。すいません!!未成年2人がこんな〇〇〇したら退学どころの騒ぎじゃない。児童ポルノ禁止法案でこの物語が抹消される可能性だってあるんだぞ!!考えろ俺!!冷静になれ俺!・・・・・だめだ!理性が抑えられない!据え膳食わぬは男の恥。
大丈夫。どうせめしべとおしべの関係みたいな解説とかで表現すれば・・・うん大丈夫!
葛藤の末、積吉は右腕を静かに降ろし、朱音を見た。が、積吉の目に映っていたのは見覚えのある紋章が胸の中心に印されていた。口を開け唖然とした表情のまま積吉は硬直した。
「・・・ナニコレ?」
「え、何言うてんの?ウチもアンタと同じ『契約者』や」
「は?」
「せやから、ウチも『契約者』や!け・い・や・く・しゃ」
「もしかして紋章だけを俺に見せるためにわざわざ上着を脱いだっていうのか?」
「そうや」
一言答えた朱音はサッサッと上着を切り、物凄い速さであいていたボタンを閉めた。その様子を見た積吉は朱音に再び尋ねた。
「えっと、〇〇とか〇〇みたいな展開はないの?」
「ハア!?何それ?ラブコメ系ラノベやAVの見すぎやない?」
彼女の一言に積吉はブチギレる。
「ふざけんな!!返せ!!思春期男子の妄想とドキドキ感返せよ!」
積吉の胸中にあるのは怒りではなく裏切られた気分だけだった。思春期男子の夢をぶち壊した朱音に憤慨する積吉に対し、朱音は胸の下に腕を組みながら現実的なことを言う。
「何訳の分からんこと言うてんのコイツ!! 大体、そんなラノベやエロアニメみたいな展開が起きると思ったら大間違いやで!現実はアンタが思ってる程そないなに甘くはないんや」
「一回でもいいからそんなダークネスな展開味わってみたいんだよ!!!!」
積吉は拳をギュッと握りしめ大きな声で叫ぶ。
「結城リ〇か!!」
階段の上からふと聞き覚えのある声が積吉の耳に入る。
(この声もしかして…)
積吉はバッと声のする方向へ目を向けた。彼の目に映ったのは翼を小刻みに上下に動かすトリスの姿だった。
「トリス!今までどこにいたんだよ!」
「ちょっとした用事よ。別に変なことをしてないから」
「用事って・・・なんだよ一体?」
トリスは積吉の右肩の上に座り語り始める。
「この学校にあたしと同じ魔力を感じたから15㎞圏内でちょっと調べてみたの。そしたら、あの娘のパートナーに会ったの」
トリスは積吉に朱音の方へ向くようを促した。
「あいつのパートナー!?」
トリスはこくりと頷く。そんなトリスを朱音はジロジロと見つめていた。
「これがアンタのパートナーか~。一体どないな奴かと思えばなんかエラくきれいな子やん!!」
「で、如月・・いや朱音のパートナーはどこにいるんだ?」
「ウチのパートナーは屋上で待機してる」
「屋上・・・・」
積吉は低い声でボソリと呟きながら屋上に続く階段じっと見つめた。
「ほな行こか」
そう言いながら朱音は二人の先頭に立ち、パートナーがいる屋上の階段を上り始める。心の底から湧きあがる不安と緊張を胸にしまい込み積吉はゆっくりと階段を上る。
朱音はドアノブをしっかりと握り、ガチャリと左に回し屋上の扉を大きく開けた。屋上の中心にポツンと佇むミニチュアサイズの机と椅子が置かれ、一人の少年が座っていた。
手の平サイズの身長、背中からピンと伸びる4枚の薄く透明な翼、特徴的なその姿は紛れもなく妖精だ。
高価な燕尾服に身を包み、細いフレームのメガネを掛けたその姿はトリスと違い神秘的な魅力を感じる。
少年は甘い香りのする紅茶を飲みながら読書していた。
「お~い、マルス!!」
朱音は大きな声で少年の名前を呼ぶ。
朱音の言葉に反応した少年は本を静かに閉じニコッと笑顔で積吉達の方へ振り返る。
「こちらの妖精がウチのパートナー『マルス』や」
「俺、トリスの契約者の樋坂積吉。よろしく」
挨拶と共に右手を差し出し握手を交わす積吉にマルスも右手を差し出す。
「君がトリスの『契約者』ですね。初めまして僕の名は自称『歩く図書館』のマルスです。このウィキペディアという単語の意味を詳しく知らないようですね。そもそもウィキペディアのウィキというのはハワイ語で「速い」を意味し、「encyclopedia(百科事典)」とを合わせた造語でインターネット上で利用できる百科事典です。そもそもの原点はジンボ・ウェールズが2001年1月15日に個人的なプロジェクトとして開始しました。2003年6月以降は非営利団体であるウィキメディア財団によって運営されています。資金面ではウィキペディアは多くの方々からの寄付によって支えられています。ウィキペディアは現在、250を超える言語版で進行中です。ウィキペディア日本語版用のウィキは2001年5月頃に開設されましたが、当初はソフトウェアが日本語の文字に対応していなかったため、ローマ字で書かれていました。日本語版としての実質的な執筆・編集が開始されたのは、日本語の文字が使用できるようになった2002年9月以降のことです。現在では876,257項目の記事が作成されており、各言語版の中でも規模の大きいものの一つになっています。ウィキペディアは誰もが無料で読むことができる百科事典です。それだけでなく、CC-BY-SA 3.0というコピーレフトなライセンスの条件に基づいて改変、複製などの2次的利用をすることもできます。執筆者の著作権を放棄しているわけではありませんが、記事をCC-BY-SA 3.0に基づいて改変することを認めているのです。記事の引用については、著作権が放棄されているわけではありませんので、著作権法の認める範囲で行うことができます。引用の範囲を超える二次的利用はCC-BY-SA 3.0の規定に従うことが求められます。このように、執筆者が投稿するテキストはすべて自由な改変を認めることを条件として投稿しているため、他の参加者が記事の内容をチェックし、次から次へと加筆・修正することができます。ですから、最初は質の低い記事であっても、将来的には質も量も史上最大の百科事典へと成長する可能性があるのです。ウィキペディア・プロジェクトにはたくさんの人たちが参加しています。記事の執筆・編集に関わるには特別な参加資格は必要ありません。方針とガイドラインを守っていただける方でしたら、誰でも参加できますプロジェクトの運営ルールは主に各言語版ごとに話し合いによって定められており、運営においては特に著作権侵害の問題が起きないよう厳しい注意が払われています。問題のある記事の削除などの作業は、参加者の中から立候補や推薦により選ばれた管理者が行っています
ウィキペディアは……」
「もういいわ!!!!!!!!!!」
マルスは自己紹介と同時にウィキペディアについて長々と饒舌で語る。
あまりにも長い説明に痺れを切らした積吉はマルスの説明を強制的に止めるためシャウトした。
「なげーよ!どんだけ語ってんだよ!『歩く図書館』ってなんだよ!つーか、俺も読者も別に聞きたくもなねえよそんな話!!3ページ無駄になっちまったじゃねえか!!後半さりげなく勧誘してないか?」
「正確な文字数は1130文字くらいだと・・・」
「ゴメン少し黙ってくれる?」
マルスより先にトリスは釘を打つ。
「3ページなんてまだマシな方や。最悪な時なんか1話分語るほどやもん」
積吉の後ろにいた朱音は呆れた表情を浮かべる。
「イヤ、それはそれで語りすぎだろ!!」
「彼は品性良く理知的な印象から妖精界でかなりモテてるけど結構な博識でおまけに話が異常に長いことから彼女ができない残念なイケメン。豊富な知識と話の長さから付けられたあだ名が『歩く有害図書館』よ」
「さりげなく酷い事を言ってないか?それ…」
トリスの毒のある発言にマルスは親指と中指で両端の細いフレームをゆっくりと上げながら「ふふっ」と軽く微笑む。
「ドSの性格は相変わらずですねトリス。妖精界にいた頃と何も変わってないですね」
「あんたも相変わらず口うるさいわね。んであたしたちをここへ呼んだ目的は何?」
「少しだけ手伝ってくれへんか?」
トリスの鋭い質問に朱音は答えた。
朱音は給水塔タンクの裏の細い手すりに近づき金網の下を見下ろす。
朱音を真似するかのように積吉も手すりの下を見下ろす。
そこには屋上と4階の中間に位置する場所に足を怪我した小鳥が休んでいた。
小鳥の周りにはわずかだが黒い雲、業≪カルマ≫が起きていた。
「僅かだけど業≪カルマ≫が起きてるわね」
トリスは小さな瞳を大きく開けながら小鳥を見た。
「そう、うちらだけでこの小鳥を救うにも少し無理があるからアンタらを呼んだんや」
「どうするトリス?」
「別にいいんじゃない。せっかく仕事が見つかったんだし」
「協力してくれるんやな!!!」
仕事の協力に承諾したトリスを見た朱音は喜びと同時に二人に、小鳥の救出の流れを細かく詳細に伝える。
救出の流れはこうだ。まずマルスは手持ちの鞄から長いロープを取り出し積吉の腰に巻きつける。
マルスと朱音の二人で慎重に積吉を小鳥の元まで降ろし、小鳥を救い同時に上へ上げる。
そして、救出した後はトリスの手で小鳥から出ている業≪カルマ≫の回収、小鳥の治療をする。
「とても安全でいいわね」
「この仕事なら手短に済みますね」
「比較的安全やし、やりますか?」
「ちょっと待て!」
救出に移ろうとする3人に積吉は呼び止めた。
「なんか俺だけ危険度高くね?安全なのはお前らだけだろ!!つか朱音行けよ俺が支えとくからさ」
「うわーマジそれはないでしょ。そこはあえて『いくぞ!!俺についてこい』みたいなノリで行くでしょふつう・・・」
「ホンマにそれないでしょ。アンタそれでも男なん?」
自分の役割に不満があるのかあまりノリ気ではない積吉に3人のテンションが下がり蛆虫を見るような冷たいを視線を積吉に向ける。
「何だよ!その蛆虫でも見るような目は!!だって怖ぇもん!!俺は高所恐怖症だから無理なんだよ!!」
「積吉、どっかの塾の先生が言ってたでしょ!いつ仕事やるの?今でしょ!!」
結構な高さで思わず弱気になる積吉にトリスは林〇先生の顔マネで説得する。
「そのネタやりたいだけだろ!!そんな顔でやっても説得力ねえよ!!」
「はあしょうがないわ、この手は使いたくなかったけど使うしかないわね」
トリスは溜め息をこぼしながら小さなポーチからタブレットを取り出した。積吉達からみたら一般的な手持ちタブレットだが、トリスとマルスから見たら巨大な鏡か窓である。トリスは腕を伸ばしながらカメラのフォルダのアプリをタッチしある画像を開きそれを積吉に見せる。
それは、朱音が積吉に契約の紋章見せている画像だった。
「な!?」
「あなたがだめだと言うのなら仕方ないわ。この画像をツイッタ―で『女子の下着!生で拝見wwいや~なんて可愛いブラジャーなんだろうwww』ってツイートしておくからおとなしく家に帰っていいわよ」
「人の人生壊す気!?」
トリスお得意の恐喝に逆らえない積吉はしぶしぶその役割を引き受ける。
救出作戦が始まり朱音とマルスはゆっくりとロープに繋いだ積吉を降ろしていく。
「よーし、いいぞ!ストップ!!」と積吉は大声と同時にロープを少し揺らし合図する。
合図に反応するかのように二人はロープをギュッと握りしめる。
足を怪我した小鳥に刺激を与えないように両手で優しく包み込む。
「よし、上げてくれ!」
積吉が再び大声と同時にロープを少し揺らし合図すると、二人は強く握っていたロープを後ろへと引っ張る。
ロープは少しずつ上へ上へと順調に登っていく。
手すりまであと数メートル。
(なんとか行けるな)と積吉がほっと息をこぼしたその直後、
―――――ブチ
「!?」
嫌な音と共にロープが突然千切れる。
「積吉!!」
トリスは手すりから身を放り投げる勢いでダイブし、落下する積吉に近づき首元の襟を強く掴む。
トリスは全身を翼に集中させる。
「ふおおおおおおおおおお」
掛け声に反応するかのようにトリスの翼は契約者である積吉を覆うくらい巨大化し、上下へ大きく羽ばたく。
「と、飛んでる!!お前、こんな事が出来んのかよ」
積吉は自身の襟を強く掴み上げるトリスの方へ見上げると愛らしい妖精の表情とは思えないくらい強張った表情で積吉を持ち上げている。
その顔立ちはキュートなヒロインというよりも世紀末にいそうなゴロツキに限りなく近かった。
(なんか北〇の拳にいそうなモブキャラなんだけど)
頭の中でパッと浮き出た言葉を口に出さないように積吉は堪えた。自分の為に頑張ってるトリスに対して失言である。
少しでも口に出したら躊躇なく掴んでいた襟を離すだろう。
両腕が細い枝のように震えながらもなんとか屋上にたどり着いたトリスは一安心したのか強張ってた表情は柔らかくなり、掴んでいた襟を離す。
それを見た朱音とマルスは胸を撫で下ろす。
突然のアクシデントで疲弊したトリスの代わりに小鳥の足の治療と小鳥に憑りついた業≪カルマ≫の回収を行うマルス。
妖精界の魔法道具で足を治療しながらマルスはある事に気付く。
(…業≪カルマ≫がなくなってる!?)
救出前には小鳥に憑いていたはずの業≪カルマ≫が救出後にはなくなっていたのだ。
業≪カルマ≫が突然消失に驚くマルス。
(…!!この感じ、まさか業≪カルマ≫!?)
その直後微量ながらも微かな業≪カルマ≫の気配を感じたマルスは、気配のする方へ視線を向ける。
視界の先に映り込んだのは携帯を弄る積吉の周囲にさっきまで小鳥に憑いていた業≪カルマ≫が漂っていた。
(!?これは一体?)
博識なマルスが驚くのも無理もない。
普通あらゆる生物から業≪カルマ≫が発生し、その生物から発生した業≪カルマ≫を妖精が回収することでそのカルマは消失することになる。契約者である人間ができることは業≪カルマ≫の憑いた人の身を守るだけ。契約者だけで業≪カルマ≫を回収することは不可能だ。
(まさかこの少年、自分の意志とは関係なく他の業≪カルマ≫を吸収する特殊能力を持っているというのか?)
妖精からしたら仕事が捗り、とても効率がいい。
しかし、彼自身からしたらとても危険な能力だ。
周囲の業≪カルマ≫を引き寄せると同時に不幸に遭いやすい。
マルスはメガネを細いフレームに手を当てクイッと上へずらしながら、ある仮定を生んだ。
もし、トリスがこれを知ってて積吉と契約交わしていたら、
もし、彼女が積吉を業≪カルマ≫から守るために契約をしていたら、
昔から彼女の考えていることが理解できない。何を考えて行動しているのかわからない。
自分がトリスについて分かっていることはただ自由奔放でドSだけど困ってる人に手を差し出すということ。
「ふふ5年間会ってない間あなたは昔から何も変わってないようですねトリス。ただ変わったのは契約者に対してどこか執着していますね」
マルスは小さく笑みを浮かべ誰にも聞かれないようにぽつりとつぶやく。
足が完治した小鳥は翼を広げ大空へ羽ばたき、雲の向こうへ旅立った。
一日が終わり、いつものようにマンションの駐輪場で自転車に鍵を掛けエレベーターに入る積吉とトリス。
「待ってタンマタンマ!!」
積吉がエレベーターのドアを閉めようとした直前、朱音とマルスがもうダッシュでエレベーターに駆け込む。
「何でお前も来るんだよ」
「ハア・・・ハア・・・ハア・・アンタ・・ハアハア何ゆうてんの?」
朱音は息を切らしながら、積吉を見据える。
積吉も朱音を見据える。
朱音を見据えながら積吉はマンションの管理人の言葉を思い出す。
「も、もしかして、今日から越してくるお隣さんってまさか」
「積吉、あんた知らなかったの。ちょっとしっかりしてよ下僕」
と積吉の頭の上でハアと呆れてため息を零すトリス。
「僕たち二人は今日からこのマンションで生活することになりました。妖精の仕事もありますので持ちつ持たれつ仲良くしましょう」
何も知らない積吉を察したのかマルスはメガネをクイッと上げ丁寧に説明したあと挨拶代わりに積吉とトリスにスッと小さな片手を差し出し握手を求める。
「マルス、挨拶がなってないわ。この世界の挨拶はね頭を深く下げて、汚い床を舐めるような感じで土下座し、相手の靴の裏を舐めるのが人間界の挨拶よ」
トリスは腕を組み、マルスをゴミのように見下ろす。
「どこの世界の挨拶だよ!人間界の挨拶絶対こんなじゃないよ!」
「やれええええええええええマルスうううううううう!!!!!!!!!」
狭い密室の中、大声で土下座を促すトリスにマルスは足を震えながら静かに跪く。
「いやいやいや、やらなくていいから。無理してやることないから、全然間違ったことしてないから、つーか何でここで土下座!?」
緊張感漂う二人に積吉はツッコむ。
「チャーチャチャチャーンチャ―ンチャチャチャーンチャチャチャチャーン」
「くううううううううう」
この重苦しい空気の中朱音は突如とある銀行員のテーマを口ずさむ。
「くううううううじゃねえよ!!お前さりげなくノってんじゃねえよ!あと何なのBGM!?」
気づくとマルスの土下座は完成していた。
彼の土下座を見たトリスは髪を七三に分け凛とした顔で「これが倍返しよ!」
「ツッコミ切れるかああああああ」




