罪
今、非公開にしてある長編の、未来の話です。
時代説明も、世界観も、何の説明もありません。あぁ、こういう感じなんだな。と漠然と理解してくだされば幸いです。
「あー、やっと終わった」
ちゃんと血を拭ってから、右に持っているナイフを腰に括り付けてある鞘に入れる。
「なんで全滅してんだよ・・・」
「え?」
呆れ顔のエナンを見て、俺はぎくっとなった。
周りを見渡してみても、俺とエナン以外生きていそうな人間はいない。全部俺が殺した、と思う。無我夢中でよく覚えてない。
「あ、えっと・・・。全滅させろっていう仕事じゃなかったっけ?」
「ちげぇよ。ったく」
エナンはため息をついて、俺の背中を殴った。それもかなり強く。
「いてっ」
何すんだよ。
「ラディウス君、少しは命を大事にしような。快楽殺人鬼のお前さんに言っても、無駄かもしれんが」
呆れは相変わらずだけど、最近少しずつ嫌悪が混ざり始めた。もううんざりしてるんだろうな。
「か、快楽殺人鬼?なんで?」
「すっげぇ愉しそうに人間切り刻んだ奴が、いきなりしらばっくれるな」
・・・バレバレ、だろうな。
確かに俺は、人を殺すのに何の躊躇もない。いや、なくなってしまった。その過程は後で説明するとして、問題はそれが建前でしかない事だ。人は殺せる。だけど、本当は嫌だ。
まぁ、ナイフを相手の身体に突き立てた時の感覚はどちらかというと好きだし、ゾクゾクする。その後に流れる血の匂いも温もりも、好きだ。あと、銃を撃った時は、反動を感じる度に気が楽になる。すっとする。相手が倒れた時、頭がぼぉっとしてすごく笑いたくなる。声を出して、笑いたくなる。
でも、その感覚に溺れたら確実に人間じゃなくなる事を知っているんだ。それが怖くて、その境界に踏み込んでしまえば楽なのに、全く動けない自分がいる。
「やめろとは言わない。けどな、少しは自重しろ。わかったな?」
吐き捨てるように言うと、エナンは先に帰ってしまった。
一人残された俺は、赤く染まった両手の平を眺める。この手で何人殺してきたのか思い出そうとするけど、よく考えたらゼロが二つぐらい付いていた。たった百とちょっとしか生きてないのに、こんなにかよ。
かなり血を吸った服が重く気持ち悪くなってきて、俺は赤く染まった空間から目を逸らして自分の居場所に帰った。
エナンとの仕事で使った武器を、部屋の隅に置いてある小さな丸テーブルの上に置く。今日の仕事は、さっきやった奴で終わりだ。
血で汚れた上着と黒いグローブを外して近くの袋に突っ込む。こうしておかないと、他の物に血がついてしまうからな。
下に着ていたTシャツにも血が滲んでいるのを見て、ズボンもやばい事を思い出した。
「ラディ、いる?」
そんな風に衣類のチェックをしている時、ノックと共にフェニアルの声が聞こえてきた。
「ちょっと待ってくれ」
替えのズボンとTシャツを復元して着た俺は、急いでドアを開けた。
「どうしたんだ?」
最近のお気に入りである赤と黒のワンピースを着たフェニアルが、俺を見上げる。
「何でもない。でも、会いたかった」
その言葉を聞いて、俺は小さく笑った。
「・・・寂しかったのか?」
「ちょっと」
そう言ってフェニアルは俺に抱きついてきた。
「そうか」
フェニアルの頭を撫でる。時々、こうしてフェニアルはやってくる。何故だかわからないけど、気に入られたみたいだ。
「・・・ラディ、血の臭いがする」
俺の腹に顔を押し付けていたフェニアルが顔を上げる。本当にフェニアルは鼻がいい、というか俺はいつもそんな臭いがしてると思ってたんだけど。
「仕事で、な。また、エナンに怒られた」
しばらくこのままでいると、そっとフェニアルは離れた。
「充電、終わり」
その言葉に俺は苦笑する。
「何の充電だよ」
聞いても、フェニアルは答えてくれなかった。
なんだか嬉しそうなフェニアルを見送って、一度部屋に引っ込む。汚れた衣類を持って風呂場へ向かうために。
次の仕事まで、まだかなり時間がありそうだ。久し振りにゆっくりシャワーを浴びて、だらだら寝てやろう。起きてるよりも、寝てる時間の方が好きなんだよな、俺は。
仕事が入ると自動的に起きるシステムの俺は、寝癖だらけの頭を掻いた。仕事だ。
寝癖まみれの髪を整えて、ナイフを装備する。ジャケットの内側に複数の金属片を仕込んで着る。たったそれだけで準備は終わり。
「ふわぁ・・・あ」
欠伸を一つ。
今回の仕事は、ある組織を潰す。それしかない。 昨日に続いて今日もか、と突っ込みたい。とはいえこの手の類はよくあるし、俺専門みたいな感じになっている。いい事なのか、悪い事なのか・・・。悪い事なのは間違いないが。
エナンも俺と似た事をするけど、あれは生に転換させる為なんだそうだ。全くもって意味不明。ウィルガ達は、自然のバランスを保つ為の仕事が多いらしい。俺、特異すぎないか?
そんな戯言は止めて、さっさと仕事を終わらせようと場所に向かう。そこは何かの廃工場だった。ゆっくり中に侵入して、誰かいないか調べる。
廃工場中に転移して二階から中を見下ろす。その時だった。
「―――!」
突然、何語かわからない言葉で怒鳴られて、銃口を鼻先に突き付けられた。
「あちゃー・・・」
何となく両手を上げて、相手の出方を待つ。まぁ、怖い顔で睨まれて更に銃口が増えただけなんだけど。
「えっと・・・何語?日本語じゃない事は確かだけどさ」
「―――?」
ダメだ。全くわかんね。
あまりいい状況じゃなかったから、とりあえず反撃。鼻先の銃を手で払って、背中に括り付けておいたナイフを抜いた。そのまま相手の首を切る。避けられる事もなく、あっさり終了。
「・・・弱いな」
呆然としていた他の奴らが我に返って、次々と俺に向けて発砲してくる。俺は避けるために一階に降りた。
ここにきてやっとわかったんだけど、大体二十人ぐらいいるみたいだ。俺にとってはちょっと足りないような、その程度だ。
手始めに近くの人間から切って、殺して。五人ぐらい倒した時、二階にいた奴らが駆けつけてきて発砲してきやがった。
返り血でべとつく髪を掻き上げる。
二つある階段の両方から撃ってきていて、そのお陰でフレンドリー・ファイアを起こしかけてる。俺にとっていい状況。だって何をしたって、相手に害があるだけだしな。
人を殺す愉しさで興奮してきた心を抑えながら、口の端を歪めてまた奴らを襲う。
二本あるナイフの刃が血と脂肪で鈍ってくるまでそうやって、それでも残った人間は力で。地面が死体と血で埋まるまで。物足りなかったから、最後に一人だけ残して全員殺した。あと一人をどうするかって?決まってるだろ?
「あーあ。お前ら本当に馬鹿だよなぁ。人間が俺に刃向かって、生きられるとでも思ってんのか?」
丁寧に、ゆっくり、なぶって殺してやるんだよ。
恐怖に染まった相手の顔がおかしくて、少し声を出して笑う。言ってる事はわからなくても、俺がやばいのは伝わったようだ。
震える手で銃を撃ってくるけど、ほとんどが外れ。当たっても、弾は力で粉々になる。これを見て、相手はようやく俺が何なのかわかったらしい。
「おっと、逃げるなよ」
相手の片足を吹っ飛ばす。
這ってでも逃げようとするのを見て、俺は上着の内側に仕込んだ金属片で長めの刃物を生成すると背中を床に縫い止めてやった。これでもう、動けない。
「運が悪かったなぁ。他の仲間と同じように一瞬で死ねればよかったのに、何故か生き残っちゃったパターンだぞ、お前」
わざと急所を外して刺したから、まぁかなり痛いんじゃね?呼吸するのも辛そうだしさ。
あまりの出血に意識が朦朧とし始めているらしく、少し蹴っただけでは何の反応も返ってこない。・・・つまらないな。
突き刺した刃物を思い切り手前に引いて、胸から下を二つに分けた。
「はぁ・・・。どいつもこいつも弱いんだよ。ちっとも面白くねぇ」
ただの金属片を握り締めて俺は・・・俺は?
「・・・・」
興奮が醒めた後のクリアな意識で、俺は自分が何をしていたのか知覚した。
手にべったり付いた血をズボンで拭うと、乾き始めて粘着質を帯びた髪が異様な程重く感じ始めた。気持ち悪い。
空しい。
風すら凍ってしまったような静寂の中、ナイフを回収する。さっさと部屋に戻ってしまおう。こんな所に長居する理由がない。
いつものように、誰にも会わないようにして帰って、手早くシャワーを浴びる。べったり付いた血を洗い流した。身体に悪いし、何より気分が悪い。
汚れた服を洗濯籠に放り込んで、スペアの服を復元させて着る。気分はほんの少しだけよくなったけど、今度は吐き気がする。この頃全然食べていないから、ひっくり返しても特に酷い事にはならない。はず。
部屋に戻ろうとシャワー室を出た時、運悪く歩いてきたダールグと会ってしまった。
「うわっ、ラディウス。ど、どうしたの?顔色悪いよ?」
見るなり、心配そうな顔になるけど、俺にとってそれは鬱陶しさ以外の何者でもなかった。
「別に、いつもの事だろ」
ダールグがそっと俺の手に触れきて、心を探っているんだなと思った。
「・・・酷い」
やや顔を青くしたダールグは、そう言うと俺の目を覗き込んだ。
「同情なんて」
「違う。僕は君の事を心配してるんだ。心の傷が深くなってる」
ほら、やっぱりな。
「これはもう、僕には治せない。何で見る度に・・・?」
「ほっといてくれ」
ダールグの手を振り払うと、俺は部屋に戻った。心が傷付いているだって?精神が病んでるの間違いだろう?
ベットに倒れ込んで何も考えないようにしていたら、いつの間にか眠っていた。
「おい、ラディウス!」
ガンガンとドアを叩く音がして、だけど俺はどうでもよくて無視している。
「ラディウス、さっさと起き」
次第に欝陶しくなり、力で音を壊した。
無音の中で再び寝ようとした時、どこからかエナンが入ってきた。
「 」
何を喋っているか全くわからない。
本気で無視していると、急に腕を掴まれ外に連れ出された。
「何やってんだ!仕事だってわかってんだろうが!」
気付いてはいた。でも、何もしたくない。
「・・・嫌だ」
「ったく。何でこいつは使い物にならなくなってんだ?」
思い切り頭を掴まれて酷い頭痛が襲ってきたけど、それもどこか遠くの出来事みたいだった。
「あー、こりゃひでぇ・・・」
エナンもダールグと同じ事を言うんだな。
「しゃーない」
部屋に戻され、エナンは何も言わずに部屋から出ていって、俺はまた一人になった。
とりあえず寝ようと思った。だけど夢に昨日の事が出てきそうで、それが怖くて目を閉じられない。
こんな時だから思う。俺って臆病者だよな。自分でやったくせに自分で怖がってさ・・・。それで結局、繰り返す。贖罪の余地すらない。
そういえば、殺しに躊躇も何も無くなった理由。まだ言ってなかったな。それは・・・破壊の力に溺れたんだ。一度だけどな。
そうだと自分で気付くまでかなり時間が掛かって、そのせいで俺の周りは死体だらけ。壊れた建物だらけ。その街は、まだ壊れたままで残ってる。
それからだ。俺が完璧に狂ったのは。
ラディウスになりたての頃は、仕事での人殺しが怖くて全部エナンに任せてた。争い好きだったのは昔からだけど、その頃はここまで酷くはなかった。でも、慣れていく内に人殺しの愉しさに気付いてしまった。
それからはもう、予想がつくだろ?自分から堕ちたんだよ。溺れた理由は、亘がいなくなってすぐで、かなり不安定だった。他には、元々俺にはそういう性格があったとか、あいつと一緒になったせいとか。まぁ、元々そういう性格だったが正しいんだと思う。嬉しくないんだけど。
エナンに言わせれば、俺はそうなるって決まっていたんだそうだ。これもまた嬉しくない話。イリューヤも似た事を言ってた気がする。
思い出していると、眠りたくないのに眠くなってきて、気が付くと目を閉じていた。
次に目を開けると、ウィルガが俺を見下ろしていた。
「うわっ」
「ふむ、起きたようだな」
何が「起きたようだな」だ。
「な、何だよ。何か用でもあるのか?」
慌てて身体を起こして、侵入者であるウィルガを睨む。
「いや、別にない。お前の事が気になっただけだ」
ウィルガの過保護が発病中。
「ところで、またやったのか?」
鋭い翠の目が、俺を見据える。
「そりゃ・・・まぁ」
「・・・そうか」
「いつもより、酷かったんだ」
ウィルガは考え込むと、はぁ、と大きなため息をついた。
「そうやって話せるという事は、いくらか楽になった訳だ。直後のお前は何も話さず、生ける屍の様だからな」
生ける屍って、ゾンビかよ。・・・いや、まぁ、ゾンビか。
「で?」
「で、とは何だ」
ダメだ、このカタブツ。
何をどうすればいいのか考えようとした時、ウィルガが俺のナイフを持ってることに気が付いた。
「ウィルガ、それ・・・」
「あぁ、これか?お前の武器だ。こんな物が容易く人の命を奪うのだと思うと、中々面白いな。一つ我にくれないか?」
真顔でそんな事を言ってくるから、冗談で返すべきか正直迷った。
「誰がやるか。何のための力かわかんないだろ」
破壊なんかより、風の方が全然使いやすいだろうが。
「つーか、自分で買え。このご時世、俺のお陰で武器とかすっげー安いし、ラクセルかダールグに頼めば金ぐらいどうにでもなるだろ?」
握ったナイフを、何故か残念そうに見てからウィルガはテーブルの上に置いた。
「・・・あれ?そのナイフ、俺こっちに持ってきてたっけ?」
上着も、中に色々入ってるのに適当に脱ぎ捨てたような・・・。
「シェルフールが、お前の服を洗う前に全て出していたぞ。錆が衣類に写る。と文句を言いながら、だがな。衣類は今、裏で干されているはずだ」
「そう、だったのか。あとで謝んなきゃな」
「謝るのではない。礼を言え。お前は他人情誼過ぎる」
俺は、ウィルガから目線を逸らした。
ベッドから降りて、ウィルガの隣に立つ。
「全てが手遅れになる前に、我でもいい。ラクセルでもエナンでも、誰でもきっとお前の助けになる。言葉にするだけで、心は軽くなるぞ」
「知ってる。でも」
一つ、息を吐く。
「ごめん。まだ、怖いんだ。・・・もう少しだけ、あとちょっとだけ、待ってくれないか?」
ふらふら歩く俺の後ろで、ウィルガが諦めたように言った。
「・・・わかった。いくらでも待とう」
「ごめん・・・」
俺は項垂れたまま、部屋を出た。
壊れる前のラディウスの話でした。
久し振りに透を、ラディウスを書きました。
この短編自体は一年半ぐらい前に出来上がっていたのですが、かなり気分が悪くならないと書けない小説だったので、改稿と推敲に手間取りました。
とにかく、ここまで読んでくださってありがとうございます。