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告白、再び










 朝、目が覚めるといつもの天井が目に入る。

 和樹はゆっくりと起き上がって、大きな伸びをした。

 そしてベッドから降りた。今日はのんびりと出来る。

 都合のいいことに、今日は休日であった。


 時計に目をやると、十時を指していた。

 病院の面会時間は一時から。今から用意すれば、余裕を持って行動できる。











 ――午後12時。

 今の時間に家を出れば、1時過ぎくらいには病院に着けるはずだ。

 和樹はバックを用意して家を出発した。


 病院までは自転車で行くことになる。

 六月ももうすぐなので、暑さは日に日に上がっている。

 額に軽い汗をかきながら和樹は自転車をこいでいった。


 病院に着くためには、最後に急な上り坂をいく必要がある。

 和樹は息を切らせながらも上りきった。そしたら病院は目と鼻の先だ。

 自転車を駐輪場へと止めて、病院に入る。

 おそらく中は冷房がきいているだろう。和樹はそう期待して自動ドアをくぐった。


「あの、昨日入院した水木早百合さんの病室を教えてくれませんか?」


 期待通りの涼しい病院内のロビーの受付で和樹は尋ねた。

 受付嬢の看護婦さんが愛想良く答えてくれた。


「二階の209号室になります」


 看護婦さんは微笑を浮かべながら言った。

 和樹は、「どうも」と一礼をして階段へと向かう。


 昔に一度だけ、病院に世話になった事がある。

 風邪をこじらせて肺炎になったときだ。確かあの時は十歳だった。

 その時に飲んだ薬が苦かったという印象から、和樹はそれ以来薬を服用しなくなった。

 風邪は食べて寝れば治る、が和樹の信条だった。


 209号室は、案外あっさりと見つかった。

 階段を上りきってから1つ角を曲がったすぐそこだ。

 プレートには『水木早百合』と書かれている。しかも個人部屋のようだった。


「……………」


 ドアの前に立つ。

 すると昨日の事が鮮明に浮かんできた。

 早百合の泣き顔、涙声、苦しそうな顔、息切れした吐息。

 あまりに鮮やかに思い出せて、和樹は自分でも驚いてしまった。


「……怖気づいたのかよ、俺」


 和樹は震えている手を見て、つぶやいた。

 震えている。恐いのか。拒絶されるのが、恐いのか。

 いや、違う。拒絶されるのが恐いのではない。

 自分などが早百合を救えるかどうか、それが恐かった。


 早百合は自分を信じてくれた。だからこそ、早百合は病気の事を話したのだ。

 話してくれたからには、俺が責任を持って早百合を助ける。和樹はそう決心したのだった。



 コンコン、とドアをノックした。

 しばらくは返事がなかったが、ドアがゆっくりと開いた。


「……どなたですか?」


 早百合と似ている声だが、少しばかり違っている。

 和樹はすぐにその声の主が分かった。早百合の母親の声だった。


「飯島です。早百合さんの面会に来ました」


 和樹はなるべく柔らかい口調で言った。

 ドアの向こうから顔が出てくる。やはり早百合の母親だった。


「折角ですけど、娘は今寝ているので。どうかお引取りください」


 冷たい口調であしらわれた。門前払い。

 だが、和樹はそれも予想の内に入れていた。

 早百合が激しい発作に襲われるようなことをしていた異性を、親が快く思うわけがなかった。


「寝ていてもいいんです。顔だけでも、見させてください」

「……お引き取りください。あなたを娘に会わせたくありません」

「………っ」


 和樹もさすがにここまで言われるとは思っていなかった。

 言われるとしても、柔らかく拒絶されるだけだと思っていた。

 だがきっぱりと、会わせたくないと言われては和樹にはどうしようもなかった。


「どうしたの、誰か来てるの?」


 苦々しい思いで踵を返そうとしたそのとき。

 中から、聞き慣れた彼女の声が聞こえてきた。

 昨日まで聞いていた声だが、どこか懐かしく和樹の耳に響いた。


「………起きてるんですね?」

「……………」


 厳しい目付きで和樹を睨む母親。

 よく見ると、彼女の目には大きな隈ができていた。

 おそらく一晩中起きていたのだろう。疲れがありありと見て取れた。


「ねぇ、お母さん。誰が来てるの?」

「………飯島君よ」


 とうとう諦めたように母親が言った。

 彼女はドアを開けて、和樹を部屋に入れた。


「………和樹君」

「よっ、水木」


 悲しそうな表情の早百合に和樹は陽気な口調で挨拶をした。

 早百合はベッドから起き上がり、姿勢を正す。頭がボサボサなのを無理やり抑えて直そうとしている。

 そして早百合は母親に目配りをしてから、言った。


「ゴメン、お母さん。少しだけ外してくれないかな?」


 母親は一つだけため息をついて、わかったわ、と言って出て行った。

 早百合は和樹と視線を合わせた。目線を合わせて話すのは久しぶりだった。


「来るなら来るって言ってくれれば良いのに」

「それじゃあ驚かせられないだろ?」


 そうだね、と早百合は笑顔で言った。

 相変わらずの愛くるしい笑顔だった。

 そうして早百合は少し目線を落としてからつぶやくように言った。


「昨日は、ゴメンね。言いたい事だけ言って勝手に倒れちゃって…」

「良いんだよ、そんな事。それよりも俺、昨日の夜に考えたんだ」


 和樹はベッドに座っている早百合に近づきながら言った。

 そういえば、彼女はパジャマ姿だ。それはそれで可愛いな、と思う和樹だった。


「俺、やっぱり水木が好きなんだ。それは変わらない」


 早百合は恥ずかしがるように顔を赤らめた。

 それでも笑顔は崩れなかった。

 和樹が続ける。


「水木が好きなんだ。……俺と、付き合ってくれないか?」

「…………ダメだって、前にも言ったよね。あたしにはそんな時間は……」

「違うだろ」


 和樹が早百合を遮った。

 和樹は早百合の目の前に立って、彼女の手を優しく握る。

 細くて、か弱い早百合の手。それを慈しむように握り締めて、和樹は言った。


「水木は、まだ死んでない。生きてるんだ。心臓も動いてて、血も巡ってて、手も足も動く。もうすぐ死んじゃうのかもしれない。でも今は生きてる。俺と同じように、生きてるんだ。……そうだろ?」


 早百合の瞳が潤んでいるのを和樹は見た。

 いまにも溢れ出そうな涙を食い止めるようにして、早百合は和樹を見上げた。


「そうだよ、そうだけど……っ!」


 早百合の悲しみで満ちている目が和樹を捕らえた。


「別れが、さよならが、つらすぎるから…」

「ズルイぞ、それ」

「……え?」


 和樹の手に込める力が少し強くなった。

 それでも力を抜いているため、早百合が痛い思いをすることはなかったが。

 和樹が真剣な瞳で早百合を見つめた。


「俺は、まだ水木の答えを聞いてないよ。付き合いたいのか付き合いたくないのか、どっちなの?」

「…………あたしは…」


 とうとう涙が、早百合の目の許容量を超えた。

 頬を伝って、ベッドに滴り落ちる。

 そして早百合は囁くように言った。


「あたしは、和樹君と、付き合いたいです。あたしも、和樹君が、好きです」

「………良かった」


 和樹は早百合の手を放した。

 そして次の行動へと移る。

 ―――和樹は、早百合を抱きしめた。


「俺がいるから。水木が笑っていられるように、俺、頑張るから」

「…うん、ありがとう……っ」


 和樹と早百合はお互いの存在を確かめ合うように、強く抱き合った。

 残された時間は少ないのかもしれない。でも、その時間をずっと笑っていたい。

 早百合は和樹の腕の中で、そう思って涙を流していた。













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