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亀裂











 和樹は地に根が生えたように呆然と立ち尽くしていた。

 早百合は微笑を浮かべたまま凍りついている。


「……なんか、暗くなっちゃったね。帰ろうか?」


 早百合は努めて明るく振る舞って和樹に言った。

 そうして校門で別れて、足早に歩いて帰っていく早百合を和樹は黙って見送っていた。

 和樹には早百合の後姿が、おぼろげな、儚い夢のように思えた。



 家に帰った後も、和樹は早百合の口ら出た言葉を反芻していた。


―――――あたし、もうすぐ死んじゃうの。


 信じられるか。心の中でそう叫んだ和樹は眠れぬ夜を過ごした。











 朝、目が覚める。

 いや覚めてはいない。寝ていないのだ。

 目の下に大きなクマがある。


「くそっ、寝れねぇよ」


 しばらくベッドの上で何も考えずにいたが、時計を見て、急いで起き上がった。

 学校に遅刻してしまう。和樹は学生バックを持って、部屋を飛び出した。


 学校への登校中、和樹は何度も早百合の姿を思い返していた。

 昨日の夜の早百合の言葉を聞くまで、和樹は早百合と会うことを楽しみにしていた。

 だが今では会うことが辛く感じられる。自然と足取りも重くなっていった。


 和樹は自分のクラスに入って、椅子に腰掛ける。

 そのまま何度かチャイムが鳴って、授業が行われて、昼に弁当を食べて、また授業が行われた。

 和樹はそれを聞くでもなく早百合の事を考えるのでもなく、ただ窓の外を眺めていた。


 六時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

 教科書を開いている教師が、さっさと教室を出て行った。

 そしてガタガタと生徒たちは部活に行ったり、帰ったりするのだった。


「お〜い、飯島」


 呼びかけられ、振り向くと、そこには友達が立っていた。

 だらしない笑顔を浮かべている。


「なぁ、水木ちゃんに聞いてくれたかよ?」

「………なにを?」


 和樹は心が沈んでいくのを感じた。

 早百合の名前は出さないで欲しかった。

 聞くと、心が苦しくなるから。


「とぼけんなって。彼氏がいるかどうかだよ」

「………わりぃ、まだ聞いてない」

「そうか〜。じゃ、今日聞いといてくれよ」


 その友達は、残念がりながら教室を出て行った。

 おそらく部活だろう。先輩が恐いので、遅れないよう急いでいた。


 こっちはそれどころじゃないんだ!

 和樹は友達に向けて、心の中で叫んだ。

 早百合には彼氏を作る時間すらない。お前みたいに、呑気に女探しなんて出来ないんだ。

 そう思うと、和樹は目頭が熱くなるのを感じた。











「……………」


 和樹は写真部部室の前で佇んでいた。

 中に早百合はいるだろうか。いたら、なんて声を掛ければいいだろうか。

 そんな事を頭の中に巡らせながら、和樹は部室のドアを開けた。


「おっ、和樹君。お疲れ〜」


 部屋の中でカメラの手入れをしていた早百合がそう言った。

 彼女の笑顔。いつもと変わらない魅力的な笑顔。しかし和樹には、それが色褪せて見えた。

 カメラを机の上に置き、早百合は立ち上がった。


「ねぇねぇ、昨日さ、良いトコ見つけたんだ。学校の裏の空き地にね…」


 和樹が惹かれた、この笑顔、この声。

 昨日までなら違和感なく話せただろう。

 だが、それはもう叶わない事だった。


「綺麗な花を見つけたの。小さくて紅い花。それでね?」

「……やめてくれ…っ」

「他にもいっぱい色々な花があったから、今日はそこに行こうかなって―――」

「――――やめてくれっ!!」


 和樹が叫んだ。

 そうせずにはいられなかった。

 彼にはその彼女の笑顔が魅力的で、儚すぎたから。


「なんで笑ってるんだよ…!? なんで笑っていられるんだよっ!?」


 あまりに大声で言ったので、廊下に声が漏れたかもしれない。

 それでも構わないと、和樹は思った。


「水木、死んじゃうんだろ!?」


 早百合の瞳が和樹を捉えていた。

 しかし和樹は、その早百合の視線から目を逸らせずにはいられなかった。

 彼女の瞳を見つめるのは、和樹には辛すぎた。

 和樹はうつむいてから再び叫んだ。


「なんで……なんで笑ってるんだよ!? 悲しくないのかよ、水木!?」


 それだけ言ったあと、しばらくの間、沈黙が流れた。

 和樹は恐る恐る早百合を見た。早百合はうつむいて、唇を固く結んでいた。

 そうして、か弱い小さな声が、和樹の耳に届いた。


「……どうして、そんな事、言うの?」


 微かにしか聞き取れない声。

 しかし放課後の学校とは静かなもので、外からの雑音はほとんどなかった。

 和樹は確かに早百合の声を聞いた。

 早百合は続ける。


「死んじゃう人は、笑っちゃいけないの? 死んじゃう人は、悲しい顔しかしちゃいけないの?」


 涙を含んだような声だった。

 鼻をすすってから、早百合は顔を上げて、和樹を見つめた。

 瞳は赤く染まっていた。


「死んじゃうから、残された時間が僅かだから、笑っていたい。そう思っちゃ、いけないの?」

「そ、そんなこと言って――」

「――言ってるわよ!!」


 早百合は叫んだ。

 涙が溢れて止まらなかった。

 次から次へと流れる涙が、早百合の頬を伝っていく。

 早百合は制服の袖で目をこすりながら言った。


「きみは自覚してないかも知れないけど……っ」


 早百合は息を切らしながらにも、続けた。


「君の、あたしを見る目つきは変わってる。壊れやすいものを、大事に大事に扱う人みたいに。あたしを可哀想だとか哀れだとか、そう思ってる目付きで見てるっ!」


 和樹は心の底を覗かれたような気がした。

 早百合が死ぬ、と聞いてから、和樹は確かに早百合を傷付けないように接しようと思っていた。


「あたしを、死んでる人を見るような目つきで見ないで……っ!」


 さっき拭った目から、再び涙がこぼれてくる。

 しかし、今度は早百合は拭わずに涙を無視した。



「あたしは、まだ死んでない。まだ、生きてるんだ。君と同じように、心臓が動いてて、血が巡ってて、手も足も、動くんだ。……涙だって、流れるんだ」


 涙でくしゃくしゃになった顔を両手で覆って、早百合は言った。


「あたしも、君と同じように、生きてるんだ…。もうすぐ死んじゃうけど、まだ、死んでないんだ。まだ、普通の人間として、笑っていたいんだ……!」


 はぁはぁと息を切らして早百合は流れる涙をふいた。

 目まいがする。頭がゆらゆらして体が言うことを聞かない。

 早百合は足元がおぼつかないのを感じた。

 すると、心臓に強い痛みが走った。激痛が心臓を突き抜ける。

 たまらずに早百合は膝が折れて、倒れた。部屋の床にうつ伏せた。


「……水木…………みずきっ!!?」


 和樹が倒れた早百合に駆け寄った。

 早百合は苦しそうに左胸を抑えて、喘いでいた。

 和樹はポケットから急いで携帯を取り出す。震える手で番号を押した。

 119、と――









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