告白
学校の敷地内での景色は、ほとんど撮り終わっていた。
学校が終わる4時頃から6時頃までが部活動時間なのだが、それでは夕方の景色しか撮ることが出来ない。
赤く染められた光景にも飽きを感じ始めていた。
和樹はため息をついてから、早百合に話し掛けた。
「なぁ、水木」
「ん、なあに?」
和樹とは違い、いささかも飽きを感じていない早百合はカメラのシャッターを切りながら尋ねた。
「夕焼けもいいけどさ、他の景色なんかも撮りたいよな」
「ん〜そうだね〜。じゃ、今日は夜の景色を撮ってみようか?」
「夜の景色?」
うん、と早百合は頷いた。
カメラをバックにしまって、腕時計をのぞく。針は5時を指していた。
「今五時だから、八時に学校の正門前に集合ね」
◇
和樹は帰り道の道中、心踊るような気分で家路についていた。
今にもスキップでも始めてしまいそうなほど舞い上がっていた。
「水木と夜の学校かぁ〜」
自分の部屋に一人でいると、笑いが自然と込み上げてしまう。
もちろん、目的は写真撮影だ。他意はない……が、それでも気になる女の子と夜の学校で会うのは、いつもと違った雰囲気になる。
気持ちだけがはやるばかりだった。
「そろそろ行こうかな…。なにかあったら困るし…」
時間は7時。和樹の家から学校までの所要時間は約30分。
出るのには幾分早い気がするが、いても立ってもいられない和樹は制服を着替えて早々と家を出発した。
◇
「あっ、和樹君、早いねぇ」
学校の正門前で早百合が8時5分前にやって来た。
和樹はその25分前に到着していたが、ここは決まり文句を言ってみた。
「いや、俺も今来たばっかだから」
そうなんだ、と言った早百合。
制服姿しか見たことのない和樹は、少しの間早百合に見取れてしまった。
自分を見てボ〜としている和樹を早百合が不思議に思って話し掛けた。
すると封印が解けたようにビクッと反応をする和樹。
そんな和樹を見て早百合は思わず吹き出してしまった。
「え、俺、なにかした?」
「あはははは。どうしたの、ボ〜として」
急いで体裁を取り繕うが、時すでに遅し。
とりあえず適当にごまかしてその場を凌ぐ和樹。
「ま…まぁ、そんな事はいいから速く学校に入ろうよ」
うん、と元気に頷いて校門をよじ登ろうとするのを和樹が制止した。
「俺が先に行って引っ張ってあげるよ」
「ありがと和樹君。気が利くじゃん」
よっ、という一声でヒョイと校門の上に登った。そして手を差し延べる。
その手をしっかりと掴んだ早百合を確認してから、力を入れて持ち上げた。
彼女は想像以上に軽かった。まるで子供を引き揚げているようだと和樹は感じた。
そうして無事、二人とも学校内に入ることが出来た。
「さ、張り切って写真撮ろーね!」
早百合は元気よくそう言うと、軽やかなステップで校庭の方へと向かっていった。
それに対して、和樹はさっき握った早百合の手の感触を思い出そうとしていた。
初めて女の子と、気軽に手を繋いだ。今までに何度かそういう事態に陥ったこともあったが、あまりの緊張のせいであまりよく覚えていないのだ。
少し感慨に耽っていると、前のほうで早百合が手を振っていた。早くきなよーっと、和樹を急かしていた。
そんな元気な早百合を見て、和樹は心臓の鼓動が速まるのを感じた。不思議で、甘い感覚。そんなことを実感しながら、和樹は早百合のいる場所まで歩いていった。
「夜の学校って……なんか不気味だよね」
校庭の中心部辺りに立った早百合が校舎を見ながらそう言った。その横で佇んでいる和樹も同意を示した。
早百合が、その闇が包む校舎にカメラを向ける。
レンズ越しに見るこの闇の光景はどのように見えるのだろうか。
和樹はそんな事を考えながら早百合の姿を眺めていた。
「ねぇ、きみも撮りなよ」
早百合は和樹にカメラを手渡して言った。
和樹は辺りを見回し、自分の納得できる光景を探した。
――俺が撮りたいもの…。
周りは闇に覆われ、見えるものは少ない。
それでも一枚くらいは撮りたいと和樹は思っていた。
自分が、夕焼けじゃなく他の景色がいいと言ったのだ。
俺が撮りたいもの。
……あった。
俺が、撮りたいモノ。
「水木」
星がきらめく夜空を見上げていた早百合が振り向いた。
和樹は彼女が振り返った瞬間にシャッターを切る。
カシャと、乾いた音が響いた。
「……あたし?」
「そ。俺が、撮りたいもの」
和樹がそう言うと、早百合は嬉しいような恥ずかしいような微妙な表情を取った。
「なんであたしなの?」
早百合が尋ねながら和樹に近寄って来た。
たったそれだけのくせに、和樹の心臓は破裂寸前まで跳ね上がっていた。
「もしかして、惚れちゃった?」
早百合がいたずらっぽく言った。和樹には、彼女の顔がほのかに上気していたように思えた。
和樹は早百合の目を見ながら囁くように言った。
「……そうだよ」
その瞬間、時が止まったように和樹は感じた。
早百合がどんな目で何を考えているのかと思うと、一瞬の時間が永遠に感じたられ。
和樹にとっては、初めての告白だった。
女の子に告白されたことはあるが、自分から言ったのは初めてであった。
「………ゴメン。あたしはやめておいた方がいいよ」
早百合の表情が先程とはうってかわって、暗く悲しいものになっていた。
「俺じゃ、ダメ?」
和樹も断られる覚悟ができていたのか、冷静にそう尋ねた。
早百合は首を横に振って、訴えるように言った。
「違うの。あたし、あたしね…」
早百合の肩がかすかに震えている。
瞳は微かに赤みを帯びているように見えた。
そして、今にも泣き出しそうな声で、早百合は言った。
「あたし、もうすぐ死んじゃうの」
早百合は本当に小さな微笑を浮かべて言った。
それでも、声は震えていた。
「―――――あたしね、死ぬの。死んじゃうの」