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エピローグ 〜そしてまた、桜が咲く刻に〜











 和樹は高校二年生として、新入生たちの前に立っていた。

 部活動説明会の時間で、写真部の部長という肩書を背負っていた。

 目の前の多くの下級生の前で、写真部について語るのが和樹の仕事だ。

 メモなどはない。前以て言うことを決めていたわけでもない。

 すべてをアドリブで、和樹はそれを行おうとしていた。


「写真部部長の飯島 和樹です。今、写真部は俺一人しかいません。本当は、もう一人、部長だったはずの人がいました。けれど、その人はもうこの学校にはいません。なので、俺が部長になりました」


 写真部などに興味ないのか、ほとんどの生徒は周りと話していた。

 和樹は構わず続けた。


「きっと、写真なんて…、と思ってる人がほとんどだと思います。最初は俺もそうでした。でも、写真の素晴らしさを、景色に対する感動を、教えてくれた人がいました」


 和樹はマイクを持った手で自分の胸を抑えた。

 新入生たちも、少しだけ和樹に興味を示し始めたようだ。


「その人は教えてくれました。写真は綺麗な景色があるから撮るんじゃない。自分の感じた想いが、感動した心がシャッターを切るんだ、と」


 自然と言葉が口から出てくる。

 和樹は続けた。


「最初は俺もつまらなかった。そしたら、その人が言いました。心震わす景色を見せてあげる、と。俺はその景色に感動しました」


 和樹の熱弁が新入生たちを取り込み始めた。

 熱心に耳を傾ける者まで出てきた。


「写真は、生きています。景色が生きたものなら、写真も命を持ちます。もちろん、景色が美しいから生きるのではありません。撮る人本人が写真に命を与えるんです」


 和樹は全体を見回して、マイクを下げた。


「これで、写真部アピールを終わります。興味のある人は、放課後に『写真部』と書かれたドアをノックしてください」


 頭を下げて、ステージを下りる。その後ろから大きな拍手の音が聞こえてきた。











 和樹は写真部部室で新入部員を待っていた。

 しかし、誰も来なかった。予想していなかったわけではないが、さすがに少し落ち込む。

 時計は五時を指している。


「早百合がいたら、もっと違っただろうに…」


 愚痴をこぼす。

 自分ではやはり、早百合の代わりなど出来ないのだろうか。

 早百合が残してくれたカメラを手に取る。それのバッテリーを確認してから、和樹は立ち上がった。


「じゃ、最後の部活動として、やってきますか」


 独り言をつぶやいて、部屋を出て行く。

 目指す先は、あの桜だった。











「……あれから、もう一年か」


 和樹は鮮やかに咲いた桜を見上げて言った。

 早百合と出会った、一年前。とても長い一年だったような気がする。

 和樹は目を閉じてから、早百合との思い出を脳裏に浮かべていた。


「……早百合。俺は約束通り、写真を撮ってる。でもよくよく考えたら、写真を撮り続けてる限り、早百合を忘れる事なんて出来ないと思うよ、多分」


 和樹は笑顔で言った。

 早百合は死ぬ間際まで、笑顔だった。いや、死んでも、笑顔だった。

 和樹はそんな早百合を見習おうとしていた。


「写真部として撮るであろう最後の写真は、二人が出会ったこの桜だ」


 満開の桜。

 鮮やかなピンク色。

 風に舞う花びら。

 たった一本だけそびえる、大きな樹。


 春の暖かい風が、和樹の頬を撫でた。

 日差しも柔らかくて気持ちよい。

 辺りを見回せば、新芽たちが新しい季節のためにせっせと準備をしている。


「……桜は、確かに儚いかもしれない。でも、この春という一瞬のために咲く。精一杯、輝こうとする。――――早百合、きみは、いつも輝いていた」


 そう言って、カメラを構える。

 レンズ越しに見える風景が、風によって揺れていた。

 シャッターを押した。カシャッという乾いた音が響く。


「あ、あの!」

「……ん?」


 声を掛けられて、和樹は振り返った。

 そこには女の子が一人立っていた。

 おそらく新入生。胸のところに、入学祝いの赤いバッジが付いている。


「あたし、飯島先輩の部活動紹介を聞いて、感動して、写真部に入りたくなりました!」


 女の子は上気した顔で、精一杯話している。

 和樹はそれを静かな優しい目で見つめた。


「あたしも、感動する写真が撮りたいです! お願いします! 写真部に入らせてくださいっ!」

「――うん、わかった。歓迎するよ。ようこそ写真部へ」

「は、はい、ありがとうございますっ!!」


 女の子は元気に声を出した。

 和樹は桜を見上げながら思う。




―――――早百合。まだ写真部は続きそうだ。きっと来年も、この桜を撮りにくるよ。




「飯島先輩、どうかしましたか?」


 女の子が不思議そうに眺めている。

 和樹はそれに気づいて、ハッとした。

 そして笑顔を取り繕った。早百合を想うと、自然と暗くなってしまうからだ。




―――――だから、それまで待っていてくれ。必ずまた、きみに会いにくるから。




 和樹は視線を女の子に合わせて、言った。


「さ、行こうか」

「え……どこにですか?」

「もちろん、写真撮影に―――――!」










◇◆◇◆











爽やかな春空の下、暖かい風が今日も吹く。


短く、儚かった恋。それでも後悔など何一つ無い。


誇りに思う。彼女を――早百合を愛せた事を。


これからも愛し続けるという事を――。



和樹は、早百合のいない、新たなる道を、今歩き出した。






























〜Produced by Kamuiru〜


〜The end〜


今までのご愛読、ありがとうございました。

もしよろしければ、何か一言でも感想を残していってください。

それでは、これからも小説を書き続けていくので、よろしくお願いします。

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