100日後にダンジョンを制覇する冒険者
一日目、カイル・ベルンが迷宮から持ち帰った魔石は三つだった。組合の窓口で代金を受け取り、宿代と剣の手入れ代を引く。残りは街で荷を運ぶ仕事を一日した場合の倍になった。
「よし」
「何がですか」
受付のミレア・ハルトに聞かれ、カイルは明細を折りたたんだ。
「明日も潜る理由ができた」
「理由がなくても潜るでしょう。地下へ行くなら傷薬を補充してくださいね。今日の記録では残り一本です」
「明日の稼ぎで買う」
「使うのは明日ですよ」
カイルは聞こえなかったふりをして窓口を離れた。傷薬は使わなければ丸ごと残る。金を払うのは必要になってからでも遅くないと思っていた。
ローデンの街は迷宮で食っている。魔石を買い取る者も、壊れた剣を直す者も、戻ってきた冒険者に食事を出す者もいる。カイルにとって迷宮は稼ぎのいい仕事場だった。地下二十階まであると聞いても、そのすべてを見たいとは思わない。持ち帰れる物の値段が上がるなら行けるところまで行くだけだ。
宿の食堂で安い煮込みを頼むと、店主のマルタが皿を置く前に言った。
「今日からまた通うのかい」
「今日の稼ぎが続くならな」
「たまには肉も頼んでおくれ」
「稼ぎが倍になったら考える」
マルタは鼻で笑い、煮込みの入った皿を置いた。カイルはパンを汁に付けながら、明日はもう一階下まで見てこようと決めた。
食堂の奥では盾を持った男が仲間と道具代を分けていた。五人で買った縄を使ったのは二人だけだと、細かい話になっている。カイルは会話を聞きながら自分の袋を持ち上げた。一人なら縄を買うかどうかも自分で決められる。誰かの失敗に金を使うこともない。
その男が店を出るとき、盾の縁に傷があるのが見えた。マルタに名前を聞くとバルドだという。カイルは覚えておいたが、声をかける理由はまだなかった。
十五日目には地下八階にいた。魔物の動きを覚え、傷の少ない魔石を取る手順も身に付いている。使った薬はまだ一本だけで、地下五階の安全区域から地上へ戻るのも慣れた。剣の手入れ代だけは日ごとに増えていた。
鍛冶屋のガルド・ベインは刃の欠けた剣を見て顔をしかめた。
「削るたびに短くなる。次は直せても、その次は知らんぞ」
「あと何日使える」
「俺に聞くな。お前がどこへ振るかで変わる」
「じゃあ今日は直してくれ」
「新しい剣の値段も聞いていけ。聞くのはただだ」
カイルは値段を聞いた。高かったので忘れることにしたが、ガルドは紙に書いて渡してきた。これでは忘れようがない。
二十日目、地下十階の安全区域に着いた。そこから先へ進む門の前まで行き、重い扉を見上げる。扉の向こうから音はしなかった。組合には十一階から死亡者が増えるという記録がある。それでも十階まで来る間に、カイルが命の危険を感じた戦いは一度もない。
戻った足で組合に寄ると、ミレアは記録を受け取ってすぐ扉のことを聞いた。
「中は見ましたか」
「今日は扉までだ。明日行く」
「地下十一階へ向かう門には強い魔物がいます。引き返した人の記録も読めますよ」
「有料か」
「無料です」
「なら読む」
ミレアが渡した記録には、硬い外皮と重い一撃について書かれていた。敗れた者の話ばかりで、どう倒したかは載っていない。カイルは剣を研ぎ直し、足を使って横へ回れば何とかなると見当を付けた。
翌日、その見当が甘かったことを知った。
地下十階の安全区域には先に来ていた冒険者が二人いた。門の前でカイルが剣を確かめていると、片方が古い盾を持ち上げて先に入るよう促す。二人はそのまま安全区域に残り、戻る道を空けた。カイルは礼を言って扉を押す。十一階に一番近い場所で引き返す気はなかった。
門番は通路の半分をふさぐほど大きく、背と腕を石のような外皮で覆っていた。横へ回る前に腕を振られ、カイルは壁際まで押し戻される。足を狙った剣は届いたが深く入らない。二度目の攻撃を避けるために身を引くと、今度は退路をふさがれた。
「下へ通してくれる気はないか」
門番は返事の代わりに腕を落とした。床の石が割れる。カイルは転がってかわし、立ち上がりながら脇を切った。そこにも硬い板が重なっている。剣先を取られて引き抜く間に、肩へ打撃を受けた。
傷薬を飲んでも動きは戻らなかった。腕が外皮に守られているなら、その内側を狙えばいい。考えは浮かぶが、一人では相手の腕を上げさせてからそこへ回る時間がない。三本目の薬を使ったところで扉へ走った。門番の腕が背中をかすめ、外へ転がり出た拍子に剣が床を打つ。
扉の外まで追ってこないと分かってからも、しばらく起き上がれなかった。息を整え、薬の空き瓶を数える。昨日のうちに補充しておいた三本がなくなっていた。剣にもまた欠けがある。門番の体にはろくな傷を付けられなかった。
「このまま売りに行けば、今日の赤字は決まりだな」
誰もいない通路で言ってみたところで、体は軽くならない。カイルは剣をさやへ戻して地上へ向かった。
ガルドは剣を受け取り、欠けた部分を爪で確かめた。
「今度は何を切った」
「十一階の前にいたやつ」
「切れたか」
「剣の方がな」
ガルドは笑わなかった。新しい剣の値段を書いた紙を奥からもう一度持ってくる。
「この剣なら直せる。ただ、同じ相手にもう一度当てればまた欠ける。下へ行くつもりなら替えろ」
「何日でできる」
「素材と代金をそろえてから話せ」
カイルは紙を持って店を出た。組合の記録を読み直し、浅い階へ戻って売れる素材を集める日が続いた。負けた門番のことは考えたくなかったが、剣の代金をためるたびに思い出す。肩の痛みが消えるころには、硬い外皮へ何度切りつけても同じだと認めていた。
一度だけ門まで戻り、外から扉を見た。剣を直したばかりで、薬も持っている。しかし一歩踏み込めば相手が腕を振る位置まで覚えていた。横へ回るために必要なのは速い足ではない。相手の目を自分から離す誰かだ。
街に戻ると買い取りの列でエリナを見かけた。弓を持ち、素材を袋から出して数えている。話したことは何度かある。どれだけ稼いだかを聞かれたとき、カイルが答えずにいると彼女も自分の額は教えなかった。その方が声をかけやすいと思えた。
三十二日目、宿の食堂で弓を背負ったエリナ・クレイに声をかけた。顔を合わせれば話す相手だが、一緒に潜ったことはない。
「十一階の門番に行きたい。外皮のないところを見つけられるか」
「入ってみないと分からないよ。先に聞くけど報酬は?」
「取ったものを三人で分ける。門を抜けた後も同じだ」
「三人?」
「盾を持ったやつも探す」
エリナは食事の手を止めた。
「前は一人の方が取り分が多いって言ってたよね」
「一人だと門の先の取り分はゼロだ」
「分かりやすいね。組むなら準備の日も一緒に潜るよ。弓があるだけで勝てると思われても困る」
カイルはうなずいた。準備の日数を聞けばまた支出が増えるだろうが、そこを削って前と同じ負け方をする気はない。
大きな盾を持つバルド・グレンは、提示した分配に異を唱えなかった。ただし道具代を各自で払うのか、共用の物は誰が買うのかを聞いてきた。カイルが決めていないと答えると、バルドは席を引いて紙を借りた。
「一緒に行くなら先に書く。負けて戻った後に、俺の盾の修理代を誰が出すかで言い争いたくない」
「盾が割れたらどうする」
「俺が仲間をかばって割れたなら必要経費。勝手に前へ出て割ったなら俺の金だ」
「線引きが難しいな」
「だから一度練習してから決める」
三人で潜った最初の日、カイルはバルドの盾に剣を当てかけた。普段なら敵を追って踏み込むところで盾が先に動いていた。エリナの矢は二人の間を通らず、狙いを変えて魔物の足を止めた。戦いには勝ったが、帰り道でエリナが言った。
袋に入った魔石の数は、一人で来た日の半分以下だった。三人で割ればさらに少ない。カイルが口に出す前に、バルドが使った薬と傷の付いた盾を見せてきた。
「今日は安い練習になった。門の前で俺の後頭部に剣を当ててから謝られるよりいい」
「後頭部は狙ってない」
「だったら明日は剣がどこを通るか教えろ」
カイルは反論をやめて、その場で魔石を三つの袋へ分けた。買い取り額を知る前に分けても条件は同じだとバルドに確認し、エリナにも袋を渡す。
「今の動きで門番に行ったら、最初に倒れるのは私たちの誰かだよ」
「俺もそう思う」
バルドにまで同意され、カイルは返す言葉を探した。二人とも仕事として参加している。むやみに危険へ付き合わせるつもりはない。
「明日も浅いところで合わせる。俺が先に動いたら止めてくれ」
「止める前に声をかけるよ。それでも聞かなかったら盾で押す」
バルドが真顔で言うので、カイルはうなずくしかなかった。
四十八日目、三人は門へ戻った。バルドが先に入って盾を構え、カイルは斜め後ろに付く。門番の腕が盾を打つたび、バルドの足が床を滑った。それでも向きを変えられずにいる相手へ、エリナが矢を放つ。矢は腕の外皮ではじかれたが、関節が曲がる瞬間だけ奥まで入った。
「腕の内側! 板が重なるところ!」
カイルはすぐには走らなかった。バルドが盾を引いて門番の腕を誘い、もう一度打撃を受ける。その間にエリナが矢を重ねた。腕が上がらなくなったところでカイルが踏み込み、新しい剣を関節の隙間へ突き入れた。
門番が倒れるとバルドは盾を下ろして大きく息を吐いた。カイルは剣に欠けがないか確かめる。ガルドへ払った額を思えば、傷一つでも見落としたくなかった。
「先にこっちの肩を見てくれないか」
バルドが言った。盾を受け続けた腕が上がらないらしい。カイルは剣を収めて薬を取り出した。
「使った分は共用の費用でいいな」
「いいよ。書いた通り」
エリナが笑い、バルドも傷のない方の手を出した。カイルは薬を渡してから門の向こうを見た。そこに続く道はまだ長い。報酬が増えるのも、ようやくこれからだ。
地下十一階から先は、三人で進めば一人のときより危険が少なかった。バルドが前で敵を受け、エリナが通路と罠を見て、カイルが二人の作った機会に剣を振るう。素材を三等分にしても持ち帰る量が増えたため、手取りは減らなかった。
ある日は罠を避けるために遠回りをした。ある日はバルドの盾が使えなくなり、予定より早く地上へ戻った。カイルは最初のうち損をした気になったが、帳面につけた数字を見ると一人で潜っていたころより修理が少ない。自分の剣を敵の正面へ当てずに済む分、深い階でも刃が長持ちした。
エリナは買い取りで出た細かな端数をどう分けるかまで決めた。カイルが次の共用品に回そうと言うと、バルドは使い道を帳面に書くなら賛成した。三人分の金を一つの袋に入れることはなかったが、帰りの水や縄を買う分だけは別に残すようになった。
六十四日目に地下十五階の安全区域へ着いた。カイルは買い取りの金を数え、地下十階にいたころの明細と比べた。傷薬も盾の修理代もかかるが、数字は悪くない。バルドの肩も薬を使って休んだ後は動いていた。
「十六階の先まで行けば、もっと上がる」
食堂でカイルが言うと、エリナは明細ではなく彼の顔を見た。
「次の門の記録を読んでからにしよう。十一階でも同じことを言ってたよ」
「覚えてる」
記録には第二の門番が盾ごと相手を押しつぶしたという報告があった。動きは速くないが一撃が重い。バルドの盾なら受けられるかもしれない。三人は交代で向きを変えさせる手順を決め、道具を買って門へ向かった。
最初の戦いは短かった。門番はバルドの盾へ腕を打ち付けた後、倒れずに踏み込んできた。盾を構え直す場所がない。カイルが足を切っても動きは止まらず、エリナが矢を放つ前に三人まとめて門の外まで追いやられた。
「盾で受けるな。横へ流す」
バルドの意見で作戦を変えた。足場を確かめ、門番の進む向きを変える練習もした。二度目は攻撃を続ける時間が長くなり、カイルの剣も相手の体へ届いた。しかし門番は痛みに構わず前へ出る。バルドが横へ流そうとした腕が盾を押し込み、体ごと壁へたたきつけた。
「バルド!」
エリナの声にカイルは足を止めた。倒れたバルドの盾が床を滑り、腕が動かない。カイルは剣を門番へ向けたまま一歩だけ後ろへ下がる。今攻めれば傷を増やせるかもしれない。それでも次に相手の腕が落ちる場所は、バルドのいる床だった。
「エリナ、バルドを引いてくれ。俺が後ろへ下がる」
「分かった」
カイルは門番の前に残り、剣を振って相手の向きを変えた。エリナがバルドの肩を抱え、門の外へ運ぶ。二人が抜けたのを見てからカイルも走った。背中へ風圧が届いたが、腕は外の床を打たなかった。
地上へ帰るまでにバルドは何度か意識を失った。セラ・ノルンという回復術を使う冒険者が組合に居合わせ、応急の手当てをしてくれた。バルドは助かったが、治療の後も腕を思うように上げられない。セラはしばらく休ませるよう告げた。
「戦いの途中で薬を飲ませる時間はなかったでしょう」
「なかった」
「いたとしても、腕が治るまで待てた?」
カイルが答えられずにいると、セラは使い終えた道具を片付けた。
「ここまでよく三人で来たわね。次も同じことをするなら運任せになる」
七十二日目、バルドは食堂の席でカイルに言った。
「俺は降りる。腕が戻っても、もう一度あそこへ入る気はない」
「分かった。今回の取り分は渡す」
「契約通りだな」
バルドは片腕で金貨の袋を受け取った。カイルは何か言いかけてやめる。門番の前で倒れたバルドを見たとき、命より深い階の報酬を選べなかった。バルドが次の報酬より自分の命を選ぶのも当然だった。
「盾の修理代も共用から出す。あそこで割れた分だ」
「そこまで確認するとは、お前らしいな」
「後で請求されるより早い」
バルドは短く笑い、袋を懐へ入れた。腕が治れば浅い階には戻るという。カイルは無理に引き止めなかった。
バルドが去った食堂で、カイルは自分の金を卓上に並べた。これまで持ち帰った分から道具代と宿代を引いても、当分は暮らせる。剣を売ればさらに増える。門の先へ行かなくても、稼ぐ手段はあった。
部屋に戻ればバルドの席は空く。今まで通りエリナと二人で浅い階へ潜る手もある。十一階の門番で受けた傷も、今回の敗北も忘れて働けば生活に困らないだろう。カイルは金貨を数え直し、やめる場合に手元へ残る額を紙に書いた。負けたことが悔しいという理由では、次の負傷者の治療代は払えない。
「ここでやめる?」
エリナが向かいに座った。カイルは金貨を重ねたまま首を振る。
「まだ決めてない。お前はどうする」
「一人では戻らない。組む相手と勝ち方が見つかるなら考える」
「そうだよな」
カイルは組合で報奨金の額と、地下十六階より下から持ち帰られた素材の記録を調べた。数字だけなら魅力がある。しかしセラへの報酬、盾役の分配、装備の作り直しを差し引いても、手元に残る額がどれだけあるか分からない。門番を抜けた後に誰かが動けなくなれば、そこで計算は終わる。
三日かけて記録を読み、もう一度計算した。以前のやり方で挑むなら赤字どころか死人が出る。相手の一撃を受けずに済む位置を作り、戦いが長引いても動けるようにする。その二つに金を使えば、報奨金まで狙えるとカイルは判断した。
「勝てる手順を作る。その上で一緒に来てくれるか」
エリナに聞くと、彼女は紙に書かれた買い物の額を確かめた。
「薬の数まで書いてある。前だったら半分にしてたよね」
「三人分の薬代より、運んで帰る費用の方が高い」
「四人になるんでしょ」
「そうだった。書き直す」
エリナは紙を押し戻し、報酬の分配について話し始めた。カイルも受け取る側が納得できる額を出した。取り分を惜しんで誰も来なければ、計算した報奨金は一枚も手に入らない。
セラに声をかけると、彼女は門番との戦い方を先に聞いた。カイルが受けた攻撃とバルドが倒れた位置を説明すると、セラは床に置いた皿で四人の立ち位置を作った。
「回復はできる。でも門番の腕が落ちる場所に立ったら間に合わないわ。私を安全な後ろへ置いても、ほかの三人が遠くへ離れたら届かない」
「じゃあその間を守れる盾役を探す」
「盾で全部受ける人なら同じ結果になるわよ」
セラが紹介したグレン・ハースは、地下十六階へ入ったことのある冒険者だった。以前の仲間と先の攻略を断念してから最下層へは向かっていない。カイルの話を聞く間も表情を変えず、門番の二度目の攻撃についてだけ何度も確かめた。
「一撃目の後に前へ出る。後ろへ下がる場所を決めても、守り切れないな」
「お前ならどうする」
「受ける位置を変える。盾は進む向きをずらすために使う。足の置き場をそろえてから行く」
「指揮は俺がやる。撤退を決めるのも俺だ」
「異論があれば言う」
「言ってくれ。聞くかどうかはその場で決める」
グレンはそれで参加を決めた。
八十日目から四人は浅い階で動きを合わせた。グレンが魔物の向きを変えると、カイルが追う前にエリナの矢が進路をふさいだ。セラは傷を見てから術を使い、必要のないときは力を残す。誰かが位置を間違えればグレンが止めた。カイルも自分の剣を振る場所を、ほかの三人へ伝えるようになった。
一度だけカイルが撤退の合図を遅らせた。素材を拾ってからでも間に合うと思ったが、後ろから別の魔物が来る。グレンが先に帰る道へ盾を向け、エリナは素材を捨てて弓を引いた。地上でカイルが謝ると、グレンは次の合図を何にするか聞いただけだった。以後カイルは敵が増えた時点で帰ると決めた。
ガルドには集めた素材と残しておいた金をまとめて渡した。新しい防具の値段を聞いたときは一度持ち帰ろうとしたが、門番の腕が落ちた場所を思い出して支払った。
「珍しいな。今日は値切らないのか」
「直すより安いと思った」
「誰をだ」
「俺を」
ガルドは返事をせず、防具の寸法を測り直した。
八十七日目、四人は地下十六階への門へ入った。グレンは門番の正面に立たず、盾を斜めに向けた。腕が落ちると盾の表面を滑り、床の決めた場所へ当たる。二度目の踏み込みをカイルが妨げ、エリナは矢で反対側への道をふさいだ。
「次、右へ来る」
グレンの声にカイルが下がった。さっきまでいた位置を門番の腕が通る。カイルは走り込まず、セラが傷ついたグレンへ術を使う間を作った。
「まだ続けられる?」
「腕は動く。もう一度向きを変える」
門番が盾へ向かうところでエリナの矢が目の近くに刺さった。相手が頭を振り、片足を引く。グレンが盾を前へ押し、カイルがその足に剣を入れた。二度目で力が抜けたところへさらに切り込み、門番の体が床へ崩れる。
カイルはすぐには門へ走らなかった。グレンの腕を確かめ、エリナの矢の残りを聞く。セラはまだ術を使えると言った。四人で床に落ちた道具を拾い、門の先へ進んだ。
地下十六階から先で手に入る素材は高値で売れた。ただし重い物を持ち帰れば、その分だけ動きが遅くなる。カイルは荷の量を決め、金になりそうな物でも危険なら置いた。エリナが罠を見つけるたびに足を止め、グレンが戻ると言えば理由を聞いてから戻った。
九十三日目、十九階で通路の途中に水が流れ込んでいるのを見つけた。エリナが向こう岸を調べたが、戻る間に水かさが増した。カイルは拾ったばかりの重い素材を降ろし、四人で来た道へ走った。素材を取りに戻れるかどうかは後で考えればいい。
地上で売り上げを数えると、置いてきた素材の分だけ予定より少ない。カイルが明細を見ていると、エリナが横からのぞいた。
「残念そうだね」
「値段を知ってたからな」
「戻る時間はなかったよ」
「分かってる。次は持てる分だけ拾う」
その晩、カイルは帳面に素材の値段と捨てた場所を書いた。取りに戻るために十九階まで潜る費用を足すと、売っても大した利益にならない。紙のその行を消し、翌日からの道具を先にそろえることにした。以前なら損を埋めようとして、もう一度重い荷を抱えていたはずだ。
九十六日目には最下層へ続く道を見つけた。エリナが床の傷を調べ、グレンは来た道の曲がり角を覚えておく。カイルはそこで先へ行きたかったが、セラの術を使う余力が少なかった。今入って主に会えば、戦う前から一人分の働きが足りない。
「今日はここまで。道だけ覚えて帰る」
カイルの言葉に誰も反対しなかった。エリナが入口の目印を確認し、四人は引き返した。地上へ着いても手元の素材は少ない。それでも次に持って行く道具の数と、主に挑む前に休む場所が決まった。
マルタの店ではバルドが片腕で食事をしていた。カイルたちを見つけると、盾を持たない手を上げる。腕はまだ元通りには動かないらしい。
「十九階まで行ったそうだな。下はどうだ」
「持ち帰るのに邪魔な物まで高く売れる」
「お前が捨ててきたなら、よほど邪魔だったんだな」
カイルは席に着いて地下の様子を話した。バルドは勝ち方を細かく聞かなかった。その代わりグレンの盾を見て、縁の修理ならガルドに早めに見せろと教えた。
九十九日目、四人は最後の買い物を終えた。カイルはガルドへ防具代の残りを払い、剣の刃を確かめてもらう。組合ではミレアがこれまでの探索記録を並べ、まだ通っていない道を一緒に確認した。
「最下層の主について確かな記録はありません」
「知ってる。報奨金の額なら三回読んだ」
「そちらは覚えていると思いました」
ミレアは記録を閉じた。カイルは借りた資料を返し、買った薬を袋へ詰め直す。以前なら持って行かない量だが、四人分の荷に分ければ運べる。
夕食はマルタの店で取った。カイルが肉を注文すると、マルタは値段を告げる前に皿を用意した。
「帰ってきたらまた頼むよ」
「そのときはもっと高い肉にする」
「覚えておくよ」
エリナが出発前のあいさつをしようとして、カイルの顔を見てやめた。カイルはパンを食べ終えてから、明日の集合時刻を三人へ伝える。帰ってくる予定なのに別れの言葉を探す必要はなかった。
百日目、地下二十階の主は門番よりも小さかった。四本の腕を持ち、広い部屋の壁を使って向きを変える。最初の一撃が床を割る前にエリナが動きを知らせ、四人は距離を取った。
グレンの盾に二本の腕が当たる。残りがカイルへ伸びたため、彼は剣で受けずに身を引いた。前へ出れば主の横腹へ届く。しかし壁際まで追い込まれる位置でもある。
「深追いするな!」
グレンが言った。カイルは止まり、エリナの矢が主の足元へ落ちるのを待った。主がそちらを避けたところで、グレンが盾を当てて体の向きを変える。カイルは今度こそ剣を届かせた。
長い戦いになった。主の腕がグレンの肩をかすめ、セラは傷を治すために術を使う。カイルも一度足を取られ、袋から薬を出した。薬を飲む間はエリナが矢を続けて主を引き付ける。残りを確かめると、矢も薬も多くはない。
「退くなら今よ」
セラが言った。主はまだ動ける。カイルは出口までの距離を見た。グレンの足は止まっておらず、エリナも弓を引いている。セラにはもう一度術を使う余力があった。
「次の一回で決まらなければ退く。エリナ、左へ行かせてくれ」
「分かった。矢は二本残しておく」
エリナが続けて矢を放つと、主は右を避けて左へ跳んだ。そこはグレンが盾を構える位置だ。主が壁を蹴ってさらに向きを変える前に、盾が足を止めた。カイルは先ほど付けた傷へ剣を差し込み、押し込む。
主の腕がカイルへ向いた。エリナの残した矢がその腕に当たり、軌道がわずかにずれる。剣を離さずに体を引くと、腕は肩の外を通った。主は床へ倒れ、もう立ち上がらなかった。
四人はすぐに近寄らず、動かないことを確かめた。グレンが盾を下ろし、セラはカイルとエリナの傷を見て回る。カイルは剣を抜いて刃を調べた。欠けはない。これならガルドに余計な修理代を払わずに済む。
部屋の奥にあった迷宮核へ四人で進んだ。カイルが一人で触ろうとすると、エリナに腕をつかまれる。
「先に罠を見せて」
「もう主は倒しただろ」
「だから最後まで確認するの」
エリナが周囲を調べ、グレンが床を確かめた。問題がないと分かってから四人で迷宮核に近づく。カイルは手を当て、硬い表面を確かめた。エリナにも確認してもらうと、彼女は「ちゃんと見たよ」と答えた。四人は最下層で持てるだけの宝を選び、来た道を戻った。
地上で四人の到達が確認されると、組合の窓口が騒がしくなった。ミレアに渡された書類へカイルは必要な名前を記し、報奨金の額を確かめた。最下層の宝も売れたが、四人で分ければ紙に書かれた総額ほど大きな袋にはならない。
カイルは契約した順にエリナ、セラ、グレンの取り分を渡した。買い足した薬と修理の費用も清算し、百日間に使った装備代を帳面で確かめる。最後に自分の袋を持ち上げると、期待したより軽かった。
「百日もかけてこれか」
「じゃあ、やらなきゃよかった?」
エリナが聞いた。カイルは袋を開け、金貨を一枚ずつ数え直した。見間違いはない。口を結んで腰に下げると、エリナはまだ返事を待っていた。
「いや。次はもっと稼げる」
「まず剣を見せに行った方がいいよ」
「欠けてない。俺が見た」
「ガルドにも見せて」
カイルは袋から金貨を一枚取り出し、手入れ代としてよけておいた。残りをしまい直してから三人と組合を出る。ガルドの店は、マルタの食堂へ行く途中にあった。




