女王に抱かれた男
部屋には数学のテキスト、整数論、ユークリッド、線形代数……
そして酒瓶と空き缶。隣には正体も分からない黒髪の女。 俺はまた何かしでかしたのかもしれない。
この女はホステスとしか言わなかった。 名前を聞いたが、それが本名か源氏名かも知らない。 ただ、規則正しい寝息をたててるわりには寝顔は苦しそうだった。
もう少しで夜明けだ。
ベッドを占領されているから、俺は論文を読んだりテキストを読んだりと惰性の学びをするしかなかった。
カーテンの隙間から微かな光が差し込む。 俺はこの女と夜を過ごしたのだと実感する。 昨晩、女の一言が気になった。
「あなたにとっての数学は何?女王さま?難しい世界にいるのね。私は不定理?」
女王……
「整数論……」
俺が昨晩の余韻に似た感覚に浸っている時だ。女が起きた。
「最悪、化粧したまま寝ちゃった」 そう言いながら女は下着姿でベッドから降りた。
「洗面台借りるね。顔を洗ったら帰るから」 淡々としていた。
俺が声を掛ける前に女は全てを終わらせてしまった。 「ねえ、お持ち帰りする女には気をつけてよ?」 女はアイブロウペンシルで眉毛を描くと荷物の中から地味なトレーナーを着て帰って行った。
あの女に何故か胸がざわめく。
俺はあの女が気になるも、夜の帳をくぐる気分にはならなかった。 だから、繁華街の目の前を通り過ぎるしかなかった。 ただ、少なくとも俺はあの夜に「女王さま」の男になったのだ。 この言葉以外、俺は考えつかなかった。
完




