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嵐の始まり


冷たい風が吹きすさぶ街外れ、雨に濡れた石畳が鈍く光っていた。夜の帳が降りる頃、屋根の破れた小屋の中で少女が震えていた。かえで。十六歳。母と幼い弟とともに、廃れた街でひっそりと暮らしていた。

父は数年前の疫病で亡くなり、母は病に伏している。弟の咲也はまだ八歳、無邪気な笑顔を見せるたびに楓の胸は痛んだ。彼女に残された選択肢はただ一つ――生き延び、家族を守ることだった。

雨音が屋根を叩く音が不気味に響く。薄暗い小屋の中で、楓は母の横顔を見つめる。

「お姉ちゃん……今日もごはんないの?」

咲也の声に、楓はかすかに微笑み、手を握り返す。

「今日は……少しだけあるから、我慢してね」

だが、食べ物はほとんどない。母の体調も悪く、仕事に出られない。金は底をつきかけていた。

そんな時、街の広場に突然掲げられた巨大な広告が人々をざわつかせた。

「富と名誉を得る機会――天命の試練『白雲の戦』参加者募集!」

参加者は街の中心に集まり、与えられた印章を奪い合う。最終的に生き残った者には莫大な賞金と名誉が与えられるという。しかし、そこには死の危険が伴うことは誰も口にしなかった。

楓は迷った。母と弟を守るには金が必要だ。しかし、戦いに巻き込まれれば命の保証はない。

小さな手で握った家族の写真を見つめ、決意を固めた。

「――やらなきゃ、誰も守れない」

翌朝、楓は街の中心に集まった参加者たちを見て息をのんだ。総勢二百八十余名。元武士や退役軍人、徒手空拳で生き抜いてきた若者、怪しい商人や剣の達人――誰もが己の命と未来を賭けた瞳をしていた。

その中に、漆黒の長髪を濡れた肩に垂らす男――**浅野蒼あさの そう**が立っていた。二十歳の剣士で、冷たい瞳は一切の感情を映さず、ただ戦いに向かう覚悟だけを示していた。楓は一瞬、戦慄したが、同時に奇妙な親近感も覚えた。

試練の開始を告げる鐘が鳴り響き、会場は戦場と化す。

まずは印章の奪取――街の広場の中心に設置された「初級印章」を手に入れることが最初の課題だ。楓は恐怖に震えながらも、小道を駆け抜け、瓦礫を飛び越え、初めての対戦相手と剣を交える。

刀を抜く手は震え、最初の一撃はかすり傷さえつけられずに終わった。だが、その瞬間、楓の中で何かが変わった――守りたいものがあるなら、恐怖は力になると。

街の狭い路地では暗殺者のような参加者が待ち伏せし、背後からの襲撃に仲間は次々倒れていく。楓は反射的に身をかわし、咄嗟に拾った棒で相手の刃を逸らす。初めて味わう生きる実感。心臓の鼓動が耳元で響く。

その時、浅野蒼が現れた。彼は無言で楓の横に立ち、言った。

「こっちに来い、道を塞ぐ者は俺が潰す」

楓は半信半疑ながらも彼に従い、狭い裏道を抜けた先に「初級印章」が置かれた小さな祠を見つける。楓の手が印章に触れた瞬間、鐘が二度鳴り、最初の試練は終わりを告げた。

ほっとする間もなく、遠くで爆発音のような叫びが聞こえる。戦いはこれからが本番だった。

その夜、楓は避難した廃屋で仲間の一人、**蒼井澪あおい みお**という少女と出会う。澪は医者の見習いで、傷ついた参加者を助けながら生き延びようとするタイプだった。

三人――楓、蒼、澪はこの夜、次の試練に向けて手を組むことを誓う。

外の街は雨と闇で覆われ、遠くで響く叫びは三人の心を締め付けた。

翌朝、試練の本格的な開始――「白雲の戦」の第一のルートは、街から郊外の山岳地帯までの道中を制することだった。途中には罠や強敵、参加者同士の衝突が待つ。楓たちは準備を整え、地図を片手に道を進む。

途中、楓は自身の成長を感じる。最初は逃げることしか考えなかったが、今では判断と反応が自然と研ぎ澄まされていた。戦いは彼女を変え、強くしていた。

山道の霧が立ち込める中、楓たちは謎の少年、**風間颯かざま はやて**と出会う。彼はなぜか敵対者に狙われており、助けたことから三人の仲間に加わる。颯は口数少なく、どこか過去に傷を持っている様子だったが、その剣の腕前は確かで、三人の戦力は飛躍的に増した。

第一章の終盤、楓たちは郊外の山道で初めての「強敵」に遭遇する――かつて武士として名を馳せた男が単身で立ちはだかる。男の剣さばきは凄まじく、三人が協力しても容易に勝てる相手ではなかった。

戦いの最中、楓は初めて自分の刀を真剣で振るう決意をする。母と弟を思い浮かべ、恐怖を超えて刀を握った瞬間、身体の中で何かが解き放たれた――刹那、相手の攻撃をかわし、反撃の一撃を放つ。男は驚きの表情を浮かべ、僅かに怯む。

戦いの結末は、勝利とは言えないまでも、三人が力を合わせて生き延びたことで幕を閉じる。山道の霧が晴れる頃、楓たちは初めて互いに笑顔を交わす。

「……生きててよかった」

楓の呟きに、澪と蒼、颯も静かに頷く。

だが、遠くの森の奥で何者かがその様子を見つめていた。

「面白くなりそうだ……」

謎の影が消え、夜は深まる。嵐の夜はまだ始まったばかりだった。


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