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第5章 奪われた日々


モーテルの安い壁紙が、朝の光を反射している。リュウは目を覚まし、隣のベッドを見た。アミはまだ眠っている。昨夜の腹痛の後、ようやく眠りについたのは明け方近くだった。


時計は午前七時を指している。


リュウは静かにベッドから起き上がり、窓の外を見た。空は青く澄んでいる。都心では見られない、透明な空だった。


今日は山梨へ向かう。


あの場所へ。


八年ぶりに。


リュウは小さく息を吐いた。こんな姿で戻るとは思わなかった。研修医だった頃の自分は、まだ何も失っていなかった。医療ミスも、病気も、犯罪も。


「……リュウ?」


背後から、アミの声がした。


振り返ると、アミが目を覚ましていた。まだ少し眠そうだが、顔色は昨夜よりましだ。


「起こしたか」


「ううん。大丈夫」


アミはゆっくりと起き上がった。


「今日は、どこに行くの?」


「山梨だ」


リュウは答えた。


「山の空気を吸いに行こう」


アミは小さく頷いた。


「…山、か」


「ああ」


リュウは時計を見た。


「七時半だ。薬の準備をする」


--- 


午前八時。リュウはアミの腕に注射針を刺した。


「っ…」


アミが小さく声を漏らす。


「すぐ終わる」


リュウは手慣れた手つきで注射を打ち終えた。それから、自分の腕にも注射を打つ。針が皮膚を貫く感覚。もう何度目だろう。


薬液が体内に入っていく。


これで、今日も生きられる。


「…あと何回分ありますか?」


アミが聞いた。


リュウはスポーツバッグを見た。残りの薬を数える。


「……四回分だ」


リュウは言った。


「お前が二回、俺が二回」


アミは黙って頷いた。言葉にしなくても、二人とも分かっている。四日後には、薬が尽きる。


「チェックアウトするぞ」


リュウは荷物をまとめた。


--- 


中央自動車道を走る車の中で、カーラジオがニュースを流していた。


『……連続クリニック強盗事件の続報です。警視庁は、奪われた金の一部が患者支援団体に匿名で寄付されていた疑いがあると発表しました』


アナウンサーの声が車内に響く。


『被疑者は金銭目的だけでなく、医療格差への抗議という動機もあったのではないかと見られています』


リュウは何も言わず、ハンドルを握った。


「……義賊、って言ってますね」


アミが小さく言った。


「そんなもんじゃない」


リュウは短く答えた。


「ただの犯罪者だ」


「でも……」


「俺は人を脅した。銃を撃った。それは事実だ」


リュウの声は静かだった。


「美化するな、アミ」


アミは何も言わなかった。ただ、窓の外を見ていた。


高速道路の両脇に、緑が広がっている。都心から離れるにつれ、景色が変わっていく。ビルが減り、山が増える。


「……空気が綺麗」


アミが窓を少し開けた。


山の空気が流れ込んでくる。


ひんやりとして、清々しい。


「ああ。山はいいな」


リュウも窓を開けた。


風が頬を撫でる。久しぶりの感覚だった。


「…リュウは、山好きなの?」


「分からない」


リュウは答えた。


「こんな風に来たことがなかった」


「私も」


アミが言った。


「東京に出てきてから、ずっと都心にいたから」


二人は黙って、山の景色を眺めた。


--- 


サービスエリアで一度休憩を取り、再び車を走らせた。高速を降りて一般道へ。山道を登っていく。


「……どこに泊まるの?」


アミが聞いた。


リュウは少しためらった。それから、静かに答えた。


「…知ってる場所がある。昔、よく泊まってた民宿だ」


「昔…?」


「研修医の頃だ。もう八年も前だが」


リュウは前を見つめたまま言った。


「週末に、山梨の病院でアルバイトをしてた」


「へえ」


アミは少し驚いたようだった。


「…覚えてるかな、リュウのこと」


「…さあな」


リュウは答えた。


「でも、あそこなら…静かだ」


リュウは心の中で呟いた。最後に、もう一度だけ、あの場所に行きたい。


--- 


午後三時。細い山道を抜けると、小さな民宿が見えてきた。


木造二階建て。「やまびこ荘」と書かれた色褪せた看板。窓から温かい光が漏れている。


リュウは車を停めた。


ここだ。


八年前と、何も変わっていない。


車から降りると、玄関の扉が開いた。


六十代半ばの女性が出てきた。民宿の女将だ。八年前よりも少し年を取ったが、穏やかな笑顔は変わっていない。


女将はリュウの顔を見て、一瞬、目を見開いた。


「……あら」


女将の声が、少し震えた。


「先生じゃないですか」


リュウは身構えた。だが、女将は懐かしそうに微笑んだだけだった。


「お久しぶりです」


女将は深々と頭を下げた。


「あれから何年になりますか」


「…八年くらい、ですかね」


リュウは答えた。


「そうですか」


女将は優しく言った。


「あの頃は、毎週のように来てくださってましたね」


リュウは何も言えなかった。


アミがリュウの隣に立っている。アミはリュウを見上げた。


リュウの横顔が、少しだけ柔らかくなっている。


「こちらは?」


女将がアミを見た。


「…連れです」


リュウは短く答えた。


「そうですか。いらっしゃいませ」


女将は二人を迎え入れてくれた。


--- 


玄関で靴を脱ぐと、懐かしい木の匂いがした。リュウは八年前の記憶を辿る。週末ごとに泊まった、この民宿。地方病院でのアルバイト。夜遅くまで読んだ医学書。


あの頃の自分は、まだ何も失っていなかった。


「お部屋にご案内します」


女将が階段を上る。リュウとアミがその後に続いた。


二階の和室。窓からは山並みが見える。


「ごゆっくりどうぞ」


女将は丁寧にお辞儀をして、部屋を出て行った。


リュウは窓の外を見た。


八年前と、同じ景色。


同じ部屋。


「…ここ、よく泊まってたんですか?」


アミが聞いた。


「ああ」


リュウは頷いた。


「毎週末、二年間」


「どんな感じだったの?」


アミは畳に座った。


リュウも座る。


「…地方病院でアルバイトしてた」


リュウは静かに話し始めた。


「父のコネで名門病院に入ったが、それが嫌だった。自分の力で稼ぎたかった」


「うん」


「週末に山梨の病院へ通って、地域医療を学んだ。本当の医療とは何か、それを知りたかった」


リュウは遠くを見つめた。


「あの頃は…まだ、何も失ってなかった」


アミは何も言わなかった。ただ、リュウの横顔を見ていた。


--- 


夕方、民宿の庭で五歳くらいの男の子が遊んでいた。女将の孫だろう。


「ねえ、一緒に遊んで!」


男の子が駆け寄ってきた。無邪気な笑顔。


アミは少し戸惑ったが、笑顔で頷いた。


「いいよ。何して遊ぶ?」


「鬼ごっこ!」


男の子が嬉しそうに言った。


アミと男の子が庭を走り回る。アミの笑い声が響く。


リュウはそれを縁側で見ていた。


アミが笑っている。


子供と遊んで、楽しそうに笑っている。


こういう光景、もう二度と見られないかもしれない。


「先生も一緒にどうですか?」


男の子がリュウに声をかけた。


リュウは少し躊躇した。だが、アミが手招きしている。


「…分かった」


リュウも庭に降りた。


三人で鬼ごっこ。男の子が逃げ、アミが追いかけ、リュウも走る。


久しぶりに、走った。


子供の頃以来かもしれない。


いや、子供の頃も、こんな風に遊んだことはなかった。


「つかまえた!」


アミが男の子に追いついた。男の子がきゃっきゃと笑う。


リュウも、小さく笑った。


--- 


夕食は家族と同じ食卓だった。女将夫婦、孫の男の子、そしてリュウとアミ。


「お二人、ご夫婦ですか?」


女将の夫が尋ねた。


リュウとアミは顔を見合わせた。


「…はい」


リュウが答えた。


女将は優しく微笑んだ。


「そうですか。お似合いですね」


テーブルには、地元の食材を使った素朴な料理が並んでいた。山菜の天ぷら、川魚の塩焼き、味噌汁。


「いただきます」


アミが箸を取った。


リュウも食べ始める。


昨日のファミレスとも、一昨日のホテルとも違う。


素朴で、温かい。


「美味しいです」


アミが言った。


女将が嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます」


男の子がアミの隣に座っている。


「お姉ちゃん、明日も遊ぼうね!」


「うん、遊ぼうね」


アミが優しく答えた。


リュウはその様子を見ていた。


アミは、母親のような顔をしている。


こういう未来も、あったのかもしれない。


がんさえなければ。


--- 


食後、男の子が寝た後、居間でお茶を飲んでいると、女将が声をかけてきた。


「先生、あの頃と比べて…少しお痩せになりましたね」


女将は心配そうに言った。


リュウは少し驚いた。気づいていたのか。


「…ええ。ちょっと、体調を崩しまして」


「そうでしたか。無理なさらないでくださいね」


女将は優しく言った。


「あの頃の先生は、いつも医学書を読んでいらっしゃいましたね」


女将の声が懐かしそうだ。


「夜遅くまで勉強されて…本当に熱心でしたから」


リュウは何も言えなかった。


あの頃の自分は、もういない。


医師として患者を救いたいと思っていた自分。システムに絶望する前の自分。犯罪に手を染める前の自分。


「…ありがとうございます」


リュウは小さく言った。


女将は何かを察したように、それ以上は聞かなかった。


ただ、優しく微笑んだだけだった。


アミはその会話を聞きながら、リュウの過去を想像していた。


この民宿で夜遅くまで医学書を読んでいたリュウ。


目が輝いていたリュウ。


でも、今のリュウの目は——


疲れていて、諦めている。


--- 


深夜、部屋に戻ると、リュウとアミは布団に横になった。


窓の外は真っ暗だ。山の夜は静かで、虫の声だけが聞こえる。


「…痛い」


アミが小さく呟いた。


「俺もだ」


リュウも答えた。


薬の効果が薄れてきている。朝に打った注射から、もう十六時間以上経っている。


「…ねえ、リュウ」


アミが天井を見つめたまま言った。


「ここに来たことがあるって…いつ?」


リュウは少し間を置いて答えた。


「…八年前だ。研修医の頃」


「研修医…」


「週末に、山梨の病院でアルバイトしてた。ここが定宿だった」


リュウは天井を見つめた。


「…へえ」


アミが言った。


「どんな感じだったの?」


「…毎晩、医学書読んでた」


リュウは静かに話し始めた。


「地域医療を学びたかった。本当の医療って何か、それを知りたくて」


「うん」


「あの頃は…まだ、何も失ってなかった」


リュウの声が少し震えた。


「医療ミスも、病気も、犯罪も。まだ、医師として患者を救えると信じてた」


アミは黙ってリュウの話を聞いていた。


「でも、現実は違った」


リュウは続けた。


「システムの壁にぶつかった。金がなければ、救えない命がある。どんなに技術があっても、金がなければ無意味だ」


「…」


「自分が病気になって、分かった。俺も、救えない側だ」


リュウは自嘲するように笑った。


「医者なのに、自分の命すら救えない」


アミは横を向いて、リュウを見た。


リュウも横を向いて、アミを見た。


暗闇の中、二人の目が合った。


「…こんな顔で、ここに戻ってくるとは思わなかった」


リュウが呟いた。


「でも、来てよかったんじゃない?」


アミが言った。


「…ああ」


リュウは小さく頷いた。


「そうかもな」


少し沈黙。


「…ねえ、なんでここに連れてきてくれたの?」


アミが聞いた。


リュウは少し考えた。


「…分からない」


「分からない?」


「最後に、もう一度見ておきたかった」


リュウは静かに言った。


「八年前の自分を。輝いていた頃の自分を」


アミは何も言わなかった。ただ、リュウの横顔を見ていた。


「でも、来てよかった」


リュウが続けた。


「お前と一緒に、ここに来られてよかった」


「…私も」


アミは小さく呟いた。


「女将さん、優しかったね」


「ああ」


リュウは頷いた。


「昔と、何も変わってなかった」


「この場所、大切だったんでしょ?」


「…ああ」


リュウは小さく笑った。


「でも、もう戻れない」


少し沈黙。


「…実家、ずっと連絡してないんだ」


アミが言った。


「病気のこと、言えなかった」


「…そうか」


リュウが答えた。


「変だよね。疎遠にしてたくせに」


「…いや」


リュウは優しく言った。


「言えないこともある」


また沈黙。


「…私も、子供欲しかったな」


アミが呟いた。


「…俺もだ」


リュウも答えた。


「がんがなければ、普通に結婚して、子供作って…そんな未来もあったのかな」


「…ああ」


リュウは答えた。


「でも、俺たちには、それはない」


「うん」


アミは小さく頷いた。


「…でも、今日一日、子供と遊んで、すごく幸せだった」


「…そうだな」


リュウも頷いた。


静かな沈黙が流れた。


互いの存在を感じながら、二人は天井を見つめた。


生の継承。


未来を持てない切なさ。


でも、今日という日は確かにあった。


それだけで、十分だった。


--- 


翌朝、午前七時に起床した。


リュウは窓の外を見た。空は青く澄んでいる。いい天気だ。


「アミ、起きろ」


リュウがアミを起こした。


アミはゆっくりと目を覚ました。


「…おはよう」


「おはよう」


リュウは時計を見た。


「八時に薬を打つ」


アミは頷いた。


午前八時。リュウはスポーツバッグから薬を取り出した。


残りの本数を数える。


「…二回分しかない」


リュウが呟いた。


アミは黙って頷いた。


今日で、残り二回。


明日の朝が、最後だ。


リュウはアミに注射を打ち、それから自分にも打った。


「…今日も、生きるぞ」


リュウが言った。


「…うん」


アミが答えた。


--- 


朝食は家族と一緒だった。


「今日も遊ぼうね!」


男の子がアミに懐いている。


「うん、遊ぼうね」


アミが優しく答えた。


朝食後、アミは民宿の手伝いをした。野菜の皮むき。洗い物。


女将が教えてくれる。


「器用ですね」


「ありがとうございます」


アミは笑った。


こういう普通の生活。


母親と一緒に台所に立つこと。


一度もなかった。


リュウは庭で男の子と遊んでいた。


鬼ごっこ、かくれんぼ。


男の子の笑い声が響く。


リュウも、少しだけ笑っていた。


午後になると、アミと男の子が縁側で折り紙をした。


「お姉ちゃん、鶴作って!」


「うん、いいよ」


アミが器用に折り紙を折る。


男の子が目を輝かせて見ている。


リュウはそれを少し離れた場所から見ていた。


アミの笑顔。


子供の笑顔。


こういう光景、もう二度と見られないかもしれない。


時々、アミが激しく咳き込む。


時々、リュウも咳き込む。


顔色は黄疸で悪くなっている。


女将夫婦が心配そうに見ている。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫です。少し風邪気味で」


リュウが答えた。


女将は何かを察したように、それ以上は聞かなかった。


--- 


夕方、部屋で休憩していると、テレビのニュースが流れた。


『連続クリニック強盗事件の続報です』


リュウとアミは画面を見た。


『警察は、遊園地のプリクラ機から容疑者と思われる男女の写真を発見しました』


画面に、プリクラの画像が映った。


笑顔のアミとリュウ。


「#トーキョー・デッドエンド・ラン」という文字。


『SNSでは既に拡散が始まっており、「あの強盗犯?」「めっちゃ幸せそう」といったコメントが寄せられています』


アナウンサーの声が続く。


『また、警察は逃走経路が山梨方面と特定し、県内の宿泊施設を中心に捜査を進めています』


リュウとアミは顔を見合わせた。


「…もう、ここにはいられない」


リュウが言った。


「…プリクラ、撮らなきゃよかったかな」


アミが小さく言った。


「いや」


リュウは首を振った。


「…いい写真だった」


「…うん」


アミは小さく笑った。


リュウは時計を見た。


「今夜、出発する」


--- 


午後九時。部屋で荷物をまとめていると、アミが突然激しく咳き込んだ。


「っ…!」


アミが口を押さえる。


その手に、赤い液体が付いた。


血だ。


「アミ!」


リュウが駆け寄った。


アミは震えていた。


「…っ、血が…」


「落ち着け」


リュウはアミを抱き起こした。


「深呼吸しろ。ゆっくりと」


アミが深呼吸する。


リュウはタオルを持ってきて、アミの口元を拭いた。


「…大丈夫か」


「…うん」


アミは小さく頷いた。


でも、顔色は悪い。


リュウは痛み止めを取り出した。


「注射を打つ」


「…お願い」


リュウはアミの腕に注射を打った。


少しずつ、アミの呼吸が落ち着いてくる。


「…ごめんなさい」


「謝るな」


リュウは優しく言った。


「俺たちは、同じだ」


アミはリュウを見た。


リュウも、疲れた顔をしている。


「…もう、長くない」


アミが呟いた。


「ああ」


リュウは頷いた。


「でも、今日も楽しかった」


「…うん」


アミも頷いた。


「楽しかった」


---


午後十一時。リュウは女将に声をかけた。


「急用ができたので、今夜出発します」


女将は少し驚いたが、すぐに頷いた。


「そうですか。お気をつけて」


リュウは宿泊費を二泊分払った。本当は一泊だが、迷惑をかけないように。


「ありがとうございました」


リュウは頭を下げた。


アミも一緒に頭を下げる。


玄関先で、女将が静かに言った。


「先生」


リュウは振り返った。


「お気をつけて」


女将は深々と頭を下げた。


リュウは何も言えなかった。


車に乗り込む直前、女将が小さく言った。


「先生…あの頃の目、まだ覚えてますよ」


リュウは振り返った。


「あんなに輝いた目をしてた先生を、忘れるわけがないです」


リュウは何も言えなかった。


ただ、小さく頭を下げた。


それから、車に乗り込んだ。


アミも後部座席に座った。アミは寝ている男の子の部屋を振り返った。


「…ありがとう」


アミが小さく呟いた。


リュウはエンジンをかけた。


車が発進する。


バックミラーに、女将が手を振っている姿が映った。


リュウは前を見つめた。


八年前の自分との別れ。


輝いていた目。


もう二度と戻らない。


--- 


夜の山道を下る。


真っ暗な道を、ヘッドライトだけが照らしている。


車内は静かだった。


時折、アミが咳き込む。


リュウも咳き込む。


「…どこへ行くの?」


アミが聞いた。


「…富士山を見に行こう」


リュウが答えた。


「日本一の山だ。最後に見ておきたい」


「…そうだね」


アミは窓の外を見た。


真っ暗な景色。


でも、もうすぐ夜が明ける。


カーラジオから、深夜放送が流れている。


静かな音楽。


アミはスマートフォンを取り出した。


これまでの写真を見返す。


銀座のドレス姿。


遊園地のメリーゴーラウンド。


プリクラ。


民宿の男の子と撮った写真。


「…これ、SNSに上げたい」


アミが小さく呟いた。


「…好きにしろ」


リュウが答えた。


アミはスマートフォンを握りしめた。


でも、まだ投稿しない。


もう少し、待とう。


夜明け前、中央自動車道を走る。


前方に、富士山が見えてくるはずだ。


リュウは前を見つめた。


行き先は、デッドエンド。


でも、まだ走れる。


まだ、生きている。


--- 

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