春:星花祭
星花が散り、新緑が芽生える頃、エリスは学園生活に慣れ始めていた。
授業では文学と歴史で頭角を現し、貴族の生徒たちも彼女の実力を認めざるを得なかった。
しかし、クラリスたちの嫌がらせは続く。
ある日、女生徒の一人が食堂でエリスが持つトレイをわざとぶつけ、料理を床に落とした。
「あら、平民には銀の皿が重すぎたかしら?」
クラリスたちの嘲笑に、周囲が笑う、というようなことが日常茶飯事だった。
そして、待ちに待った春の学園で一番大きなイベント、星花祭の夜。
学園の庭園はランタンの光に彩られ、女子学生たちは星花の花冠を編んで、恋人やお世話になった人、友人など特別な人に贈る。
ヴァルテリア王国の国花、星花は白い五弁の花。
中心は淡いピンクで、夜には微かに光るように見える(実際は光の反射による)。
春に咲き、繊細な花びらが星のような輝きを放つことから名付けられた。
ヴァルテリアの文化、信仰、芸術に深く根ざし、国民のアイデンティティを象徴する。
伝説では、初代国王アストレイオスが星の導きでこの花を見つけ、王国を建国したとされ、「星の祝福」の象徴とされる。
エリスはレオンに誘われ、ダンスの輪に加わった。
ガイル、シルヴィオ、カイ、それぞれとも踊る。
踊り疲れたエリスは一人、星花を手に庭の隅に座っていた。
エリスは星花で冠を編みながら、ゲーム『星冠のエチュード』のシナリオを反芻する。
ゲームではここで選択肢が出てくる。
4人のうちの誰に花冠をあげるか、もしくは、誰にもあげないか。
(みんなにあげる、って選択肢はなかったのよね)
エリスは、誰に花冠をあげるか決めかねていた。
みんなそれぞれがドキドキするくらい素敵なのだ。
(もし、みんなにあげたらどうなるかな。てか、あげられるのかな)
一人に選べない、みんなに好かれたいという気持ちと、強制力に抗う好奇心から、エリスは四人の攻略対象全員に花冠を贈ることにした。
それぞれの花冠は、星花を中心に、相手の瞳の色と同じリボンを編みこんでいる。
レオンの花冠には青、シルヴィオには紫、カイには金、ガイルには鳶色。
男性に贈り物を渡すドキドキと、ゲームの強制力に立ち向かう緊張で心臓がうるさかった。
エリスは庭園のランタンの光の下で、レオンを見つけた。
彼は噴水のそばで貴族の生徒たちと談笑していたが、エリスに気づくと優雅に会釈し、まるで舞踏会の王子のように彼女に歩み寄った。
「レオン…これ、私の気持ちを込めて編んだ花冠なの。もらって」
エリスは緑の瞳を輝かせ、けなげに微笑んだ。
レオンの青い瞳が柔らかく揺れ、驚きと温かさが混じる。
「エリス、君が頭にのせれくれるかい?」
エリスは驚いて動きが止まる。
王族が平民に頭を下げるなど、本来ありえない、あってはいけないことだ。
それをレオンが知らないはずはない。
躊躇するエリスに、レオンは優しく微笑み、エリスの手を取り、そっとその指先にキスをした。
「エリス、聞いてた?」
レオンは軽く膝を曲げ、気高くも謙虚に頭を下げた。
エリスはレオンの指先のキスに心臓が跳ね上がり、頭が真っ白になった。
「レオン」
エリスは言われるがまま、慎重に花冠を金髪にのせた。
「すっごく素敵…まるで王子様みたい」
エリスは目を輝かせ、思わずつぶやく。
「エリス、王子様だよ。」
そう言って二人は笑い合った。
「エリス、やっと見つけたぜ。花冠、 俺にもくれよ。あるよな」
ガイルはまっすぐにエリスに催促する。
エリスはくすっと笑い、花冠を差し出す。
「もう、ガイル、せっかちなんだから。 ちゃんと用意してるよ。」
エリスはちょっと首をかしげ、あざとく言う。
「ガイルに似合うように、一生懸命編んだのよ。」
ガイルは目を丸くし、
「おお、めっちゃかっこいいじゃん。はい!」
と言って、頭を差し出す。
エリスが花冠を赤茶髪にのせると、ガイルは彼女を抱え上げ、くるくると回りながら大声で笑った。
「エリス、ありがと。どうだ?めっちゃ似合うだろ? 」
彼の情熱と力強い腕に、エリスはキャッと声を上げ、笑顔が溢れた。
エリスは庭園の静かな一角で、シルヴィオを見つけた。
彼は木陰に立ち、銀髪と紫の瞳が夜に溶け込んでいた。
「シルヴィオ」
シルヴィオは声のほうを向く。
「エリス・フローレル、何か用か?」
彼女の手に持つ花冠に気づき、眉を上げた。
エリスは少し緊張しながら、花冠を差し出した。
「シルヴィオに贈るために編んだ花冠なの」
シルヴィオは一瞬黙り、メガネを押し上げて冷静を装った。
「君は、詩だけではなく、そんなものまでセンスがあるのか」
表情を出さないが、口元がちょっとひくひくしているのを見逃さない。
「私が頭にのせてもいい?」
「いいだろう。」と答えて、彼は軽く頭を下げた。
エリスが花冠を銀髪にのせた時、シルヴィオの耳がほのかに赤く染まっているのを見逃さなかった。
その愛らしい反応に、エリスのいたずら心がくすぐられる。
「シルヴィオ、耳、赤いよ?」
エリスはくすっと笑い、そっと彼の耳に触れた。
「かわいい」
シルヴィオは一瞬固まり、耳を押さえて咳払いした。
「…っ、エリス、ふざけるな。 これは、ただの月光の反射だ」
意外なシルヴィオの一面に、エリスは得した気分になった。
(尊い…課金してもいいレベル…)
最後に、エリスは温室の近くでカイを見つけた。
月光がガラス越しに差し込み、星花の花壇のそばで彼は一人、妖しく輝く金の瞳で夜を眺めていた。
「カイ」
カイはエリスの声に振り返り、金の瞳で彼女を射抜いた。
彼は花冠に気づき、唇にすねたような笑みを浮かべた。
「僕が最後みたいだね。僕を後回しにするなんて」
エリスはカイのすねた態度にくすっと笑い、そっと近づいた。
「カイ、すねないで。 最後だけど、カイの花冠が一番上手にできたのよ」
カイは一瞬目を細め、すねた態度を崩さずエリスに近づいた。
「すねるな、というほうが無理だよ。朝から君の花冠を待っていたんだからね。君は本当に僕の心を弄ぶ天才だ。」
彼は軽く頭を下げ、無言でのせろと催促する。
エリスが花冠をカイの黒髪にそっとのせると、
「残り物には福があるって言うよね」
と耳元でささやいて、触れるか触れないかのキスを頬に落とす。
「カイ!」
エリスは驚いて言葉を失う。
カイは花冠に触れ、危険な笑みを深めた。
「最後も悪くないね、エリス」
エリスは頬のキスをした跡をそっと指先でなぞった。
(やばい…妊娠しそう…)
エリスは女子寮の自分の部屋に戻り、ドアを閉める。
部屋は質素だが、清潔で居心地が良い。
木製のデスクには詩集や歴史書が積まれ、窓辺には小さな花瓶に星花が飾られている。
ベッドに腰を下ろし、窓から見える星空を眺める。
(星花祭、ほんとに夢みたいだったな。ゲームの何倍もドキドキした)
レオンの優しい仕草、ガイルの無邪気な笑顔、シルヴィオの隠れた愛らしさ、カイの妖艶な挑発、それぞれが彼女の心に鮮やかな色を刻んだ。
ゲームの選択肢にない「全員に花冠を贈る」という行動に満足していた。
(みんな、ほんとに素敵すぎる。一人に選ぶなんてそれこそ”無理ゲー”だわ)
エリスは目を閉じ、4人の笑顔を思い浮かべ、次のイベント「星空観察会」へと思いを馳せた。




