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7. いつでも真っ向勝負

 「遊びに行っていいかしら」と従姉のユーフォロシーから手紙がきて、ファーニャは冷や汗をかいた。


 来るのは構わないけれど、街の宿に来てほしい、と返事をしてすぐに従姉はやってきた。

 これまでファーニャは狩った動物の素材や肉を売ってお金を稼いでいたので、コールやユーフォロシーを泊まらせる場所を手配するのは容易だ。スウィーニー伯爵家に迷惑はかけない。


 街の宿の部屋で、ユーフォロシーはファーニャを迎え入れた。


「宿をとってくれたのはありがたいけれど、スウィーニー伯爵のお屋敷で会うのではいけなかったの?」


「ちょっとね。ユーフォロシーをリロイさまに会わせるのは気が進まないなぁ」


 というのは、かわいくておしとやかなユーフォロシーは、おそらくリロイの理想ぴったりの女性に違いないから。


「なによ、やきもち? 心配しすぎよ」


 図星をつかれてファーニャはむくれた。


「ユーフォロシーこそ、遊びに来たいなんてどういうつもり?」


 結婚したなら挨拶に来ることはある。けれども顔が見たいから、気が向いたから、というだけで領地を越えるのは遠すぎる。


「だって婚約したと叔母さまから聞いたのに、公式発表はないし、ファーニャからも一向に結婚式の日取りの知らせがないのだもの」


 他家には招待状を送るまで公表しない。けれどファーニャとユーフォロシーの間柄であれば実際日付が決まっておらずともいついつまでには式を執り行いたいと考えている、といった話はする。それがなかったからどのような状況か確かめに来たという。


「それね、いま保留になってるんだ」


「保留って、結婚が?」


「ううん、……婚約が」


 詳しく、と促すユーフォロシーの顔は険しい。

 その瞳から「ファーニャを案じている」と読み取れたものだから、ぽつぽつと今日までのことを話した。


 お見合いの日、ユーフォロシーのファーニャ飾り付け作戦はうまくいった。リロイはプロポーズまでしてくれたのだから。しかしファーニャの本性を知ったリロイは憤慨して「詐欺だ」と交流を拒否するようになった。


 山で迎えに来たときには打ち解けたようにも思えたが、ファーニャの怪我を考慮したゆえの一時的なものだろう。


 接触できる機会は少なく、誕生日プレゼント大作戦ののち、これまで進歩はない。挨拶を無視されることはないけれども、親しく世間話を楽しむ、お互いを知るというわけでもなかった。


「会わせなさいよ」


 挑戦的な笑みを浮かべたユーフォロシーは、きっとファーニャを困らせたいわけではないのだろう。それでも彼らを会わせるのはためらわれた。ユーフォロシーが彼に惚れなくとも、万が一、リロイに気持ちが芽生えたらファーニャは立ち直れない。


「優柔不断男は私が張っ倒してやるわ」


「リロイさまは迷ってるわけじゃないよ」


「自分が恥をかくから、婚約を取り消しもできないっていうんでしょう? 第一印象を裏切られたのはそうでしょうけど、あっちだって会ってすぐプロポーズなんて短絡的だわ。婚約中にファーニャの性格を知った上で徹底的に無理だっていうんならそりゃ破棄も受け入れるしかないわ。でも話もしないなんて言語道断よ」


「でもわたしにもいまの状態は都合がいいの。アピールできるし」


 ふーん、とユーフォロシーは鼻を鳴らす。


「カフリンクスを渡したときも告白したの?」


「え? 告白って。あれは誕生日プレゼントだったからおめでとうございます、しか言ってないよ」


「詰めが甘いわ、ファーニャ!」


 ピシリと指を突きつけられて、「ええっ」と声を上げる。


「そのときに好きだから結婚してって言わなきゃ」


 しゅん、と背を丸める。


「……受け取ってもらえるだけで嬉しかったの……」


 その回答にユーフォロシーはプチンと怒りのスイッチを入れた。


「リロイ・スウィーニーに会わせなさい」


 これは夜会に参加したときに、ちらほらとファーニャが「猛獣」「詐欺女」「血みどろ女」などと呼ばれて彼女がキレていたときと同じ怒り方だった。「猛獣」は、ファーニャの外見だけ見て寄ってきた男をちょっと()なしたら怯えられたからで。「詐欺女」というのは他人の想像するファーニャの外見と中身が乖離していたからで。「血みどろ」というのは狩りをして血を浴びた姿を町で見られたことに由来する。どれも否定しきれないのでファーニャは耳に入れないようにしていた。


「えぇ……?」


 でも、どうしてだろう。ここにきてからリロイや他の誰にも、酷い名前で呼ばれたり侮辱されてもいない。なにがユーフォロシーの怒りのきっかけになったのやら。




 押し切られる形で、ファーニャはリロイに時間を作ってもらうよう頼んだ。

 応接室に三人が揃い、胃がもぞもぞというかもやもやするのを一度だけ撫でた。


 お茶を用意した使用人が部屋の隅に控えている。リロイは一人で座り、対面にファーニャとユーフォロシーが並んで座った。


「急な訪問をお許しくださりありがとうございます、リロイ・スウィーニー次期伯爵さま。私はユーフォロシー・ルサックと申します」


「……彼女の、従姉だそうですね。子爵令嬢でしたか」


 訝しむリロイは精神的に二人から距離を取っている。ファーニャはいま起こっていることが恐ろしくて、リロイの顔を見れないでいる。お見合いの時のような笑顔をユーフォロシーに向けていたとしたら、どうしても目に入れたくなかった。


「さようでございます。ファーニャの婚約者さまにお目にかかりたくて参りましたわ」


「それは……」


 間違いで、という言葉は聞きたくない。かき消すためにファーニャは立ち上がり、腹から叫んでいた。


「リロイさま! 好きです、わたしと結婚してください!」


「……あ、……?」


 床に向かって申し込んだファーニャをユーフォロシーが笑い含みにたしなめる。


「ファーニャったら、プロポーズは声を荒げるものではなくってよ。それに女性からなんて……」


 わかっている。正しい令嬢であれば、それとなく接近して、男性の口から結婚の文字を引き出すのだ。しかしファーニャは駆け引きができるほど器用じゃない。言葉巧みに男心をくすぐることも、控えめに微笑んで待ち続けることもできやしない。真っ向から戦うことしか。


「それでも! お見合いでひ、一目惚れしたんです。リロイさま以外は、いやです!」


 言い終わった後は静かだった。自分の脈の音しか聞こえない。少しだけ目線を上げる。


 ぷい。


 思いの丈をぶつけた結果、リロイからは顔を背けられてしまった。

 こちらに心を見せまいとする態度に、臓腑がずっしりと重くなった。


「……ごめんなさい。お忘れください」


 ファーニャは肩から力を抜く。ユーフォロシーが「お待ちあそばせ」と言うのも聞かず、応接室を出た。


 自分が、外見はともかく性格が彼の好みから大きく外れていることは理解していても、……無言の拒絶は堪えた。


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