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6. ファーニャの企み

 ファーニャが呼んだという彼女の友人を迎える手伝いをしろと親から言われて、彼らの再会にリロイは立ち会っていた。


「コール! 来てくれてありがとう」


 晴れやかというか、取り澄ますことのない心からの笑みをファーニャは浮かべる。ついでに親しげに、敬称をとっぱらって男の名前を呼んだ。


「ファーニャ、婚約者の家にまで呼ばれるとは思わなかったぞ」


 破顔する男のほうは体の前は細いがなよなよしている印象はなく、頭から足まで一本筋が通っていた。

 コールはリロイのほうを向いた。握手した手には、繊細な細工のある指輪がいくつも着けられている。名刺がわりなのだろう。


「ご無礼をいたしました。スウィーニー次期伯爵さまにはご機嫌麗しく。装身具製作の依頼を承りました。オレのことはコールとお呼びください」


「……リロイ・スウィーニーです」


 彼女が貴族でない男の名前を呼び捨てにするのはいいとして、逆はありえない。かといって「人の婚約者を呼び捨てか」という建前も使えず。婚約を認めない、と言ったのはリロイだ。咎められることではない。釈然とはしないが。


「コールの実家は子爵家なんです」


「ファーニャ、それ別に言わなくていいだろ」


「身元はしっかりしているって言ったほうがよくない?」


「生まれはどうあれ、いまのオレは平民だ」


 そんな、気のおけない軽いやりとりが行われる。リロイは口を挟めずにいた。リロイの不満顔を不信と受け取ったのか、ファーニャはにこっとする。


「コールは宝飾加工技術に優れています。わたしの知る限り一番です。だから、キアギークへ技術指導を呼ぶときは彼を推薦します」


「……覚えておきます」


 答えながらどこか心が冷えていく。


「ありがとうございます!」


「きみは、宝飾が欲しかったのか?」


 わざわざ地元から職人を呼び出してまで作りたいもの。

 彼女のいた領地グルーダを差し置いて誇れる職人は、瞭然としてうちの領地にはいないかもしれないが。領地を見せてまわってはいないから、どんな品があるかもわからないだろうに。両親に言わせればリロイが案内するべきだろうが、婚約が立ち消えるかもしれないというときに喜んで見せてまわりたい気にはなれなかった。


「はい。コールなら、わたしの希望をよく理解してくれますから」


 きっぱりとしていた。

 ……ほんとうに、お見合いのときのいじらしい様子とは違う。あっちが偽物だったんだな。リロイの知らない、令嬢としてではない彼女を、コールは知っている。


 挨拶をしただけで、リロイは彼らとは別れた。これから父とともに執務がある。あとは母が引き継いだ。


 当然コールと彼女を二人きりにするわけがなく、作業の間は母が同席している。貸したのは客間のひとつだ。父も母から呼ばれて様子を見に行ったが、リロイは呼ばれなかった。それは、彼女を婚約者と認めてもいない自分には関係ないだろうけども。


 やけに一日を長く感じる。いつも以上に、ファーニャがこの瞬間どうしているのか気になるなど。無意味にペン先を振り回し、ぐりぐりとメモ用の紙に落書きして無駄にしてしまった。


 ちょうど仕事が終わりかけたときに、彼女が執務室にやってきた。


「失礼します」


「なにか用事なの」


「これ、作りました。文鎮(ペーパーウェイト)としてでも使ってください」


 差し出されたものを手に取るとずしりとした。球体の底辺は削って、金属板が貼ってある。半透明のドームの中には花が閉じ込められてあった。釣り糸にぶら下がるヒレの長い魚のような、丸い扇のような形をした花びらが一枚。魔力がよく混ぜ込まれており、ほのかにブムルーの蜜の香りがした。


 先日の山でのことを思い出す。彼女の手にあったのはこれと同じ薄茶色をしていた。


 それにしても、彼女自身のためのアクセサリーを作っていたのじゃなかったのか。疑問に思いつつも、文鎮を机の真ん中に置く。


「……もらっておく」


 他の男と協力して作ったものだ。素直に礼を言うのが癪で、それだけしか言えなかった。

 なのに、彼女の顔に笑顔が広がる。


 ーーかっっっわいいよなぁ!!

   これで性格が……ううむ。


 どんな性格であろうとも、目の前で人が傷つくのはいやだ。だから山で彼女を守った。女は守れと、リロイより強い姉たちに催眠をかけられていることもあり。


 それに文鎮がひとつあったって、仕事の邪魔にはならない。






















 床を蹴るかかとが軽い。

 リロイに文鎮を渡せた。

 作業していた部屋にファーニャがうきうきしながら戻ると、コールが「どうだった?」と訊いてくる。アクサーナは旦那さまへ会いに行ったとのこと。廊下にはしょっちゅう使用人が通るし、扉は開けておいた。


「嫌いではなさそうだったよ」


「なら次は本番だな。どれを使うんだ?」


 本番、というのは明日作る予定のカフリンクスのこと。リロイへのプレゼントだ。彼の袖を飾るのはどんなものが似合うだろう。


 机の上にあの日作れるだけ作った、魔力を混ぜて作った琥珀色の魔石が並べてある。中に閉じ込めたものによって分類分けしてあった。


「左右お揃いになるように作らないといけないから、似たようなものじゃないと……」


 ちらとコールを見る。


「どれが加工しやすい?」


「自分で選べよ。多少不格好になってもオレがなんとかしてやるから。仕上がりは丸か四角か、それだけイメージを固めとけばいい」


 コールとは父を通して知り合った。グルーダ領では二十年ほど前から技術職人の育成を目指していた。ファーニャの父親が宝飾職人であるコールの父親の腕を高く評価し、伯爵家の装身具を注文する場に若いコールも跡継ぎのため同席していたのだ。


 ファーニャは自分で狩ってきた動物の牙や爪などの加工をたびたびコールに依頼している。彼は「貴金属類以外は専門外なんですが」と言いつつも新しい挑戦に目を輝かせていた。「ところでこの牙、どこの商会から手に入れたんですか? 状態がいいですね」

 と生成色の牙を眺めすがめつつした当時十三歳のコールに、「わたしが森で狩ったの」と答えると、「お前が?! 狩った?!」と仰天するのをケラケラ笑って、それから敬語を取り払って今の信頼関係に繋がる。彼の作った極小のナイフや針、薬入れなどは使い勝手がよくて重宝している。


 今回リロイにあげたいから、自分でアクセサリーを作ると決めた。主にコールは監督する。


 領内一職人の助けは心強いけれど、と肩をすくめる。男性向け宝飾品のセンスはもちろん自信なんてない。


「お前の気持ちを示す品だろ。しっかりしろ。スコグヌを相手にしてるときのお前はどこいった?」


 そういうコールはスコグヌが街中に出て、ファーニャの隣で目撃したときには足腰が立たなかったくせに。


 もう、とコールの背中をベチンと叩くと「いてて」とわざとらしくしている。

 机の上の玉をあっちにこっちに指がひらひらする。


「……これ。ブムルーの葉を入れたものにしようかな」


 二個を選んで、小皿に入れておく。花よりかは葉っぱのほうが渋くてよさそう。長く使ってもらえるのなら、だけれど。残りの花入り魔石は袋に仕舞う。

 魔石を選んだところでコールは街の宿に帰っていった。


 翌朝、朝ごはんを食べ終えたところで時間通りにコールがやってきた。


「カフリンクスのカップは決めたか?」


 丸か四角か、受け皿(カップ)に合わせて挿入する魔石を削らなければいけない。ファーニャは見本の中から四角のカップを選んだ。インクでカップに合わせ魔石に印をつける。


「少しでも迷ったら手を止めろ」


「うん」


 事故防止に分厚い手袋をして、研磨機の前に座る。

 親指の第一関節ほどの大きさの魔石をインクの線まで削れば、これがカフリンクスの(フェイス)になる。


 膝がくっつくくらいの距離でコールから細かく指導を受けながら、ファーニャは根気よく、注意深く魔石を研磨にかけた。カンナから出た木屑のように、白い粉末が膝に指間にこんもり積もっていく。


 一個目は練習だったのに、だいぶ集中力を使った。感覚を掴んだと思えば、続けて二個を失敗した。中の葉まで削れてしまったり、割れてしまう。廃棄だ。幸いなことに、一日中魔石を作り続けたおかげで予備はある。


 削りたては表面が真っ白だ。さらに荒いものから細かいものまで段階を分けてヤスリをかければ透明度はあがる。表面に保護剤を塗って乾かして、コールからの承認が下りた。


 失敗できない仕上げの仕上げは専門職人がちょちょいと済ませて、どうにかこうにか一揃いのカフリンクスが完成した。


 全滅したときのためにと念には念を入れて、タイピンも作ったけれど、こちらは花が透けている。とりあえずこれの出番はなさそうだ。


 コールとファーニャは二人で過ごしたが、使用人が入れ替わり立ち替わりやってきては応援の言葉をかけてくれるのでがんばれた。このお屋敷の人たちは心があたたかすぎる。そして完成までついにリロイが部屋を通りかかることはなかった。


「ふふふ、できたぁ。手伝ってくれてありがとう、コール」


 箱に詰めて包装して、ファーニャは蓋の上から頬擦りをした。リロイが受け取ってくれますように、と念を込めて。コールはその猫のような仕草を見て苦笑している。


「ん。代金はもらってるから気にするな」


「気をつけて帰ってね。父さまに会うことがあればよろしく」


 ひら、と背を向けた手の動きだけでコールはさよならを告げる。妻子から数日引き離してしまったことは申し訳ないが、彼は彼でスウィーニー伯爵と直接縁を持てたと有り難がっていたので相殺されるだろう。




 夕食の後にリロイに時間をもらった。


「遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます。受け取ってください」


 両手で小箱を差し出す。リロイは箱を開くと、静かに目を瞠った。


「……宝飾職人を呼んだのは、このためなの?」


「はい!」


「わかった。……いただく」


 箱の蓋を閉じるのを見守って、背中を見せようとした。


「……ありがとう」


 小さな声ではあったが、ちゃんと聞こえた。振り向きざまにファーニャは満面の笑みを浮かべ、リロイとの面会は終了した。


 彼はファーニャが作ったカフリンクスを身につけていることは見たことがない。でも使用人たちからも彼が箱を捨てたという話は聞かないから、どこか、棚か引き出しかに片付けられているのだと思う。


 受け取ってくれた、それだけでじゅうぶんだ。



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