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5. 姉 × 3

 山から下りた次の日から、リロイは朝食の席にもやってくるようになった。相変わらず会話は弾まないし、目も合わないけれど。山にいるときあんなに話していたのは、彼の気が動転していたからなのかもしれない。


 朝食を終えてアクサーナと話していると、リロイが渡したいものがあると入ってきた。


「勝手に悪いけど、肉は厨房に回した」


 彼が持ってきたのは乾燥したエケックの毛皮とエルカアバドの羽毛が入った袋だ。もとから肉は厨房に渡すつもりだったから手配してもらえて助かった。


 仕事もあっただろうに、彼の貴重な時間はファーニャ捜索のために消えた。それだけでなく、狩りの後処理もすっかり任せてしまった。


「ありがとうございます」


「いや……」


 他になんと言っていいやら、とリロイの目の奥には罪悪感のようなものが宿っていた。目の前でエルカアバドに髪を引きちぎられたのが彼のトラウマになっている。外見だけなら、ファーニャは戦えそうにもないのだから。


「じゃあね」


 出ていく背中を眺める。半ばで彼が足を止めた。


「……姉さん。なんで」


 リロイと入れ替わるようにしてやって来たのはツンとした背の高い女性だった。


「あぁらぁぁぁここはわたくしの実家ですもの。あなたの美しい姉が帰ってきてはいけなくて?」


 リロイのあごを指一本でくいっと引き上げて、身長差からして彼を見上げているはずなのに、精神的には見下ろしている。伸ばした爪が食い込んで痛そうだ。


「イイエェ……」


 ぺっ、と指を上に弾いて、彼女は部屋に入ってきた。


「エイリン、おかえり」


 座ったまま女主人アクサーナが侍女にお茶の追加を命じる。


「ただいま戻りましたわ、お母さま」


「お母さま〜!」


「お母さま、お手紙のこと本当ですの〜?!」


 続いて銀髪の女性が二人増えて、居間は賑わう。

 リロイの姿はもうなかった。


「はいはい、みんなちゃんと帰ってきてくれましたね。

 こちらがリロイの婚約者でファーニャ・ヒレヴィック伯爵令嬢よ」


 立ち上がったファーニャはお辞儀をした。


「はじめまして、リロイさまのお姉さま方」


「左からエイリン、タルラ、キンジーよ」


 並んだのは年齢順だろうが、三人は三つ子のようによく似ている。


「やっっだ! この子わたくしの義妹にしていいのぉ?!」


「あーん! うちの家系には生まれないタイプだわ!」


「いいわぁ。かわいいわぁ〜! わたくし弟じゃなくて妹が欲しかったんですの〜!」


 きゃんきゃんと華やかだ。この空気を壊すのは心苦しいが、事実は知らせなければ。


「それが……リロイさまには婚約者として認めていただけてません」


 しん、と時が止まった。侍女がカップを置く音が響く。おしゃべりしていたら全く気にならない音だ。彼女に粗相はないのだが、ソーサーから離した手がふるりとした。心の中で謝っておく。この痛い静寂はファーニャのせいであって、あなたのせいではない。


 顔を曇らせるファーニャを、見かねたアクサーナが座らせた。

 娘たちは混乱している。


「え? リロイから結婚を申し込んだのではなかったの?」


 かくかくしかじか、とお見合いの裏側を聞かせる。コルセットが苦しくてふらふらしていただけで、おしとやかさやか弱さとは対極にいるファーニャは、おとなしい性格が好きなリロイを結果的に騙してしまった。


「コルセットで苦しんでる女の子の心配もしませんでしたの、あの愚図」


「そんなことも見抜けなかったなんて、まぁ馬鹿ね」


「ファーニャちゃんかわいそう〜!」


 彼女らは全面的に、女の子の味方らしい。


「外見だけで相手を決めるなんて浅はかよね」


 その浅はかさはファーニャにも当て嵌まるので、さっくりと心に刺さった。


「最初から完璧を求めたあの子がいけないのよ」


「結婚は妥協と歩み寄り、ですものね」


 でもそれならば、ファーニャこそ歩み寄りを見せなければいけなかった。リロイは彼自身でいるだけでファーニャの理想そのもので、変えてほしい部分はない。ファーニャが家の中にじっとして慎ましやかに微笑んでいるだけでいいはずなのだ。ところが欲しいとも言われていない野生動物を狩ってくるし家を飛び出して野山に一泊するし。ファーニャは好きな人の理想になれていない。


「ファーニャちゃんはなんっにも悪くありませんわ」


「そうよ。これっっっだけかわいくてどこに文句がございまして?」


「リロイのないものねだり〜!」


「ていうかぁ」


 つい、とエイリンはファーニャに指を向けた。


「ファーニャちゃんは、冷たくされてリロイのこと嫌いになってませんの?」


「そうそう、いやなら出てってもよかったわけじゃない?」


「そうよ〜無理しちゃダメですわよ〜」


 みんながゆっくりとファーニャからの回答を待っている。


「あ、の……わたし……」


 首から額にまで熱を感じる。

 好きとも嫌いとも言っていない。けれど、姉たちにはそれでしっかりばっちり伝わった。


「やっっだ! ほんっと贅沢ですことあのスカポンタン!」


「やーん! わかっちゃったわ〜!」


「はぁ〜ん! もったいないですわ〜!」


「いいえ……わたし、どことも縁談が上手くいかなくて、リロイさまが最後の望みだったんです。わたしなんて、このエケックも一人で狩ってしまうし、そんな猟奇的な女は嫌だと男性は怖がるばかりで」


 そばにあったエケックの毛皮のしっぽをいじる。そういえば、エケックを手にしたファーニャのことを、リロイは呆れてはいたけれども気持ち悪いとは思ってなさそうだった。女が獣を狩る行為自体は、リロイは特段嫌悪していない、たぶん。ファーニャが、婚約者にと欲した女がおしとやかにしていないから、疎んだだけで。……結局ファーニャ個人は嫌われてる。俯いて、ふっさふさの尻尾で顔を隠した。


「なんですって? エケックごときも一人で倒せずどちらで生きていけますの?」


 生き方なんて都会に行くとか、男性に守ってもらうとか、方法はある。大半の女性は、短剣も触ったことがないだろう。


「まったくですわ……最低でもスコグヌを倒せなきゃ男として見れませんでしょ」


 ということは、タルラの夫は倒したということだ。この口ぶりだと、一人であの二百五十キロ近い体重を誇る巨体を屠ってみせたからタルラを妻にと求めることができた。それは、エイリンとキンジーの夫にも適用される条件。


 ファーニャはおそるおそる尋ねる。


「あの……リロイさまも……?」


 怪鳥エルカアバドは楽々倒すところは目にしたが。


「そこはねぇ、ちゃぁんとわたくしたちが仕込んであげましたからね。でもリロイがスコグヌを初めて一人で倒したのは十三のときだったかしら。十のときから毎年けしかけてやっと」


「エイリンお姉さまは十一歳でお一人様討伐しましたのに」


「お姉さまは歴代の中でも伝説ですわ〜」


 十一歳で単独討伐など新聞に載る。

 ファーニャはもじもじしてしまう。


「すみません……わたしは、一人で倒せたのは十五のときでした……」


 自分は強いと思っていたけれども、実は出来が悪いのかもしれない。上には上がいる。


「まぁあ、わたくしと同じですわ〜!」


 三女のキンジーがファーニャの手を取って握手する。どうしよう、ファーニャはこの四人の中で最弱だ。会話をほのぼの聞きながらゆったり紅茶を飲んでいる、彼女らの母親アクサーナも含めれば五人の中で一番ひ弱ということ。


「強いと思い上がっていた自分が恥ずかしいです……!」


 地元グルーダではファーニャはひとり異端児で、令嬢としては規格外だった。五歳の頃野獣を倒す騎士に初恋をして、そこから鍛えたのだが思いのほか才能があったらしく、みるみるうちに力をつけた。けれど、ファーニャが強いのはグルーダ領地内だけでキアギークではぎりぎり及第点、か落第点よりはまし程度のこと。


「つまり、どうあってもリロイより弱いわけじゃない?」


「はい……」


 今日それは確信した。


「それで、か弱い子がいい? なにをほざいているのかしら」


「リロイさまは、癒されたいのだとおっしゃってました」


 男性を癒すのはやはり、清楚さとかたおやかさ、なのだと思う。胸があればなおよし。


 じっ、と六つの緑灰色(セージ・グリーン)の瞳がファーニャを見つめた後、一斉に言い放った。


「「「許せない!!!」」」


 怒声で屋敷が揺れた気がする。二階にいて仕事をしているリロイやディエゴにまで聞こえていたことだろう。




「リロイさまの理想に近づくにはどうすればよいのですか?」


 ぜひとも彼の姉たちから助言をいただきたい。


「リロイに合わせるのなら、髪の毛は伸ばしたほうがいいかもしれませんけれど」


「ええと……この髪は切ったばかりなのです。これから伸ばします」


 山で一泊して、エルカアバドに襲われた話をした。姉妹ははうんうん頷いている。


「それは、アレね」


 エイリンがあごに手を当てる。


「あの子が十二だか十三だかだったかしら。姉弟で手合わせしてたときね」


「リロイはタルラお姉さまの髪の毛を切ったのですわぁ」


「当たりどころが悪かったといえばそうとも言えるけど、半分腹いせもあったと思うわ」


 ぷん、とタルラが唇を尖らせる。

 普段からいじめて、いやかわいがっていたからだそうで。


「そしたらタルラがこの世の終わりぐらい泣いちゃって」


 それを見ていた姉と妹はもともと鋭い目を釣り上げた。


「三人でボッコボコにしてやりましたとも。

 それからはだいぶ従順になりましたわね」


 あ、と思い当たる。リロイが切ったわけでもないファーニャの髪に対する、あの反応は過去のトラウマからだった。女性は髪が命という普遍的な思想からきている。






 かしまし娘たちがそれぞれの婚家へ帰宅した後、ファーニャはスウィーニー伯爵夫妻にひとつお願いごとをした。


「グルーダ領から、友人を一人招きたいのです。二、三日ほど。宿はわたしが手配しますから」


「お友達の一人二人くらい、我が家でおもてなしするわ」


 ふるふる、と遠慮する。


「友人ですが男性なので、そこはきっちりしたいのです」


 男かそりゃいかん、となって屋敷へ日中招くのは構わないが宿泊は別な場所へ、と決まった。




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