10. 一目惚れした婚約者にアピりますまずは謝罪から。
一週間後、侍女から手渡されたのはひとつの衣装袋だった。添えられたカードには「もし気に入ったらこれを着て本日出迎えてほしい。朝十時に迎えに行きます」とリロイの名前が書かれていた。
あまり膨らむ部分もなく体の線の出ないドレスはごく薄い灰色で、スカートに四箇所折られたひだとなる内側の生地は緑灰色だった。秋の半ばで寒くなりそうだったので緑系統のカーディガンを合わせた。イヤリングとネックレスはファーニャの髪色、黄色にすればまとまって見えるだろう。
約束の十時となり、部屋に訪問者の知らせがあった。仕事着よりももっと崩した服装に薄手の上着を着て、鍛えた体がさらに顕著な男性。現れたリロイはファーニャを見るなりほわっと微笑む。
「ファーニャ・ヒレヴィック嬢。今日一日、俺とデートしてくださいますか?」
「ででででーと?!」
カードの伝言では迎えに来る、ということだけだったのでデートに発展するなど予想外だった。
「うん、デート」
はじめて出会ったときの笑顔とともに手を差し出されれば、ファーニャは反射で「お手」をする。リロイは腰を屈めてハンド・キッシングをした。それだけで目が潤んできてしまう。
「俺からの贈り物を着てくれて嬉しい。ありがとう。きみには地味な色かもしれないけれど、とてもかわいらしいよ」
至近距離での褒め言葉に、しびれたようにぞくぞくする。
「リロイさまは、いつも何を着ていてもかっこいいです!」
うっ、とうめいたリロイの耳が色を変えた。
なんだかまるで、あのお見合いのときのような雰囲気だ。
街の手前で馬車を停めた。リロイはファーニャの手を引く。
「少し歩こう」
降りればブムルーの並木道だった。農地ではなく、景観を整えるために植えられた木々は紅葉も鮮やか。
はらり、と葉が落ちる風情を二人占め。しかもそれを好きな人と、だなんて贅沢だ。
「きれいですね」
リロイと視線が絡み合えば、勝手に足は止まった。
「いままでのことを謝罪します、ファーニャ嬢」
何枚も赤い葉が落ちた。思い出そうとしても、彼に非があることなどない。
「謝罪していただくことなんて、なにも」
「俺はきみに酷い態度をとり続けてきた」
だろう? とリロイは気を沈めている。
「だってそれは、わたしが騙していたからで……」
「両親は知ってたんだから、あえて俺に伝えなかった彼らを問い詰めるべきであって、きみに当たるべきじゃなかった。……ごめんね」
「いいんです。いまこうして話してくださるのなら」
口を開きかけたリロイは、ファーニャの背後に目を剥いた。抱き寄せてファーニャの後頭部を片手で包む。あたたかい魔力を感じる。これは前にもあった、リロイの守護の力だ。
見上げると、彼は眉間にしわをよせていた。その攻撃性を向ける先には。
スコグヌ。しかも二頭。冬眠前に食い溜めをするために食料を探し求めて人里近くまで下りてきてしまったか。
リロイが二頭を誘導して引きつける。
「ファーニャ! どこか安全なところへ!」
「いいえ、わたしも一頭仕留めます!」
ブーツに仕込んでいた短剣を両手に構える。じわじわと魔力で強化しつつ、地を蹴った。
本来この短さの剣であればうまく扱って毛皮を割くのがせいぜい。ファーニャが魔力で硬化を高め刀身を伸ばせば骨を割り内臓に届く。
警戒のない背後から一、二、三回刺しても、致命傷には弱い。けれど。
目を潰して、混乱している間に四肢の腱を切れば動きは鈍った。
倒れ込むスコグヌの巨体を避けようとしたのだが、ひらりとした軽いスカートは爪にひっかかってしまった。
「ああーーっ!!」
絶望。それはスコグヌを見かけたときよりも深く、ファーニャを襲った。普段狩りをするときはズボンだったから間合いを測り間違えたせいだ。
「リロイさまからはじめていただいた服なのに……!」
踏み出せばひらめく裾の流れも、膝小僧、すね、ふくらぎと順にくすぐる布地の感触もとても好ましかった。それを、身につけて一日も経たないうちに切り裂かれるとは。
不覚。かけられた守護はあくまで肉体を守るもので、身にまとう衣服はその限りではない。ファーニャが最後に気を抜いたから。
「どこか痛い? 怪我したの?」
上を向かされて、緑灰色は回答を急かす。つんと鼻の奥が痛む。
「怪我はないですけど、ドレスがぁ……」
「いいよ、服はまた買うから。こんなことになったのは俺の責任だよ」
リロイは下がっていろと言ったのに、スコグヌに手を出したのはファーニャだ。彼が謝るのは筋違い。なのに、彼はファーニャを抱きしめてファーニャの好きな声で「大丈夫」と繰り返した。
「馬車に戻ろう」
歩くたびに膝小僧が裂かれた布からこんにちはする。車内の座席に座ると太ももまで見えそうになった。リロイは脱いだ上着を膝掛けとしてかけてくれる。
「少しの間だけ、ひとりで待っていられる? ちょっと街までスコグヌを持っていきたいんだ」
しばし御者とお留守番だ。
街の精肉店に解体を頼んで、戻ってきたリロイとファーニャはスウィーニーの屋敷に向かった。
「着替えておいで。庭で仕切り直ししよう」
湯浴みを終えればお昼どきになってしまった。リロイと並んで二人きりの食事、というのははじめてだ。
「ほんとは街で一日過ごそうと計画していたんだけど、ごめんね。スコグヌを倒すのを手伝ってくれてありがとう」
「勝手に手出しをして足を引っ張りました」
「立派に一頭を一人で倒してたよね? それは足手まといなんかじゃないよ 」
首をひねり、それもそうかと頷く。服はダメにしたけれど、ドレスのわりに素早く倒せた部類だ。
「俺はきみに二度、恋をした。ううん、二度どころじゃない。恋に落ちてるのは毎日だ。きみに怒っていたはずなのにきみはどんなときもかわいくて、俺はおかしくなってしまったと思った」
それからリロイはふっと眉尻を下げる。いわゆる、締まりがない。ファーニャにとっては、それでもかっこいい顔。
「いまはおかしいままでいいかな、とすら思ってる。きみがかわいくてしかたないままがいい。きみが家にいるだけで俺は毎日が楽しいよ」
自分のことを避けがちだった彼がそんなことを考えていたなんて意外だった。態度が軟化する瞬間はあっても、ファーニャを許せなかったはずだから。
「姉達の前に立って俺を弁護してくれたとき、素直にならなきゃって気づいたんだ。……姉達に負ける俺に幻滅しないでいてくれてありがとう」
というのは、椅子に縛られていたときのことだろう。
「わたしのほうが、リロイさまを失望させてばかりで……」
「かわいいばっかりだって、言ったでしょ」
心地よい低い声に黙り込む。
「きみにふさわしいプロポーズの言葉を考えているうちに、時は過ぎていた。待たせてごめん」
リロイは地に片膝をついた。手のひらには指輪が乗っている。淡い青色の宝石は涙を浮かべたファーニャと同じ。
「ファーニャ・ヒレヴィック嬢。戦いにおいても俺の隣に立とうとするきみが好きです。どうか結婚してください」
浮き立つものを感じながらも、ファーニャは今度ばかりは気絶しなかった。
「はい、リロイさま。結婚してください」
婚約指輪を嵌めて、リロイはファーニャをぎゅっとする。
「ファーニャ、きみって最高だよ」
耳に直接愛を注がれる。腰が砕けそうになるところをリロイにしがみついた。
「好きだよ」
ささやく唇は頬に落ちた。ファーニャの口は同じ気持ちを返すために開いたのに、音にならない。けれども、リロイにはどうしてか伝わったようで、緑灰色の瞳はきらりとした。
男の角張った指が、ファーニャの唇をやんわりと押す。
「ココ……結婚式まで待てる?」
直接の回答を避けて、ファーニャは目を閉じた。
So that’s the End, thanks!
最後までお付き合いくださりありがとうございます。
ギャグよりの一万文字くらいの短編にしよう! といざ書き始めたら三万文字超えてあれれー?
もっと設定振り切ったほうがいいかなと悩みつつ。
私の文体ではギャグでもギャグになりきれないところ、修行不足ですね。話の内容に合わせて文体もガラッと変えていけたらかっこいいんですけど。
ちゃんとラブコメできてますか……?
補足。
リロイの呪文「かばび(び)」は
「かわいい」を葛藤しながら言っているだけです。
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