1. 一目惚れ × 一目惚れ
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基本ラブコメではありますが、
完結までの間に予告なく暴力、流血、残酷、性愛描写が出てきます。
「いーい? あんたみたいなのが王都で結婚できるわけないんだから、なるたけ人目に触れない田舎に引き取られておきなさい」
とは、従姉のユーフォロシーからのお言葉だった。言われたのはファーニャ・ヒレヴィック、領地グルーダを治める伯爵を父に持つ。令嬢である娘が着飾るのを見守っている母も、うんうんと肯定している。
ファーニャは絶賛コルセットをぎゅむぎゅむと締め上げられながら耐えていた。腰に足を置き、憤怒の表情でコルセットの紐を引っ張る侍女は日頃の恨みがこもっているのでは。いつも洗濯物で苦労をかけて悪いとは反省している。
「…………ッ!!」
悲鳴を上げようにも苦しくて声も出ない。
「私に似てかわいいんだから、黙ってれば相手もコロッといくわよ」
ふふっ、と笑いに従姉の意地の悪さが出ている。
反論しようにも、呼吸もままならない。
「ファーニャ、今日はがんばるのですよ」
目を細めると、母の胸元に飾られた琥珀色のブローチがキラリとした。恋愛の末、求婚の際に父から贈られた母自慢の品が、やけに目立って見える。ファーニャもそうなれたらよかった。
ドレスはべつに嫌いじゃないけど、コルセットは窮屈で大嫌いだ。ユーフォロシーほどではないものの腰はそれなりにくびれているし、必要ないというのに。普段のゆるい服装では出現しない谷が前面に盛り上がっている。それだけは、ちょっと嬉しいかも。どうせドレスで隠れてしまうけれど。
「くれぐれも、おしとやかにしているように」
いつものように歩こうにも、コルセットのせいでろくに動けない。両親はこれを狙っていた。十八になっても婚約の整わない娘を憂いての苦肉の策というわけだ。
好みの男性が来るというのでなければ、ファーニャだってコルセットを着るなんて苦行を受け入れなかった。
都会ではお目にかかれない、もりもり筋肉男子がファーニャの好み。でなければ、吹けば倒れそうな貴公子然とした令息はそれこそ無限にいた。だがそんなのは頼りにならない。ファーニャが飛びかかっても両腕で受け止めてくれるような人でなければ。彼らの好みにファーニャが沿えるとも思えないし。ただファーニャはすでに後悔しはじめている。自分が、無事に夕方まで意識が持つかどうか。
ーーいっそ失神してしまったほうが楽だよ。
されるがままにドレスを着せられる。淡い青の瞳が映える化粧を施される。輝かしい金髪を巻かれる。
鏡には、「一歩でも外に出るのは怖いわーー誘拐されちゃうのですもの」がテーマかというお目々うるるんな女の子が出来上がっていた。
「かわいいわ! 最高の作品よ! 飾っておきたい!」
生きてる人間を作品て言うなユーフォロシー。
母も拍手なんてしている場合か。
褒め言葉の嵐を送るユーフォロシーを睨もうとしても、出そうとした覇気が普段の五分の一くらいに減っている。腹部に力が入らないのだ。
アドバイザーでプロデューサーの従姉からGOサインが出て、お客さまを迎えるために応接室へ母とともに向かう。従姉は自分の仕事に満足して家に直帰すると言う。
行ってらっしゃい、とひらひらとする白い手がブレて見えるのは、貧血だろうか。
素質がなくとも、身体強化や保護の魔法を習っておけばよかった、と悔いる日がくるなんて。ファーニャは武器強化が得意であり嬉々としてそちらの才能を伸ばした。
これで今日のお見合い相手がほんとのほんとにカッコよくなかったら、ドレスをコルセットごと引きちぎってやる。
先に応接室にいた父は、しずしずと入ってきた娘に感涙しそうになっていた。
「おお……こんなに美しく仕上がって」
隣で母が鼻を高くしている。
仕上がるもなにも、化粧は濃いわけではない。
飾りがいはあると言われるファーニャの容姿は、客観的に見て基礎はいいのだと思う。豪快な性格で全てをぶち壊すからいけない、と従姉には呆れられている。
「スウィーニー伯爵さまがご到着です」
知らせに両親に挟まれながら立ち上がって、酸素を脳に回すために集中する。
「この度はご縁を……スウィーニー……」
「こちらこそ……て…………ます」
三人の人物が目の前にやってきた。父が会話しているのはわかったが、酸素も血も上手く巡らずにいるためぼやぼやと聞こえた。
「これが娘です」
とん、と母に背中を叩かれて、挨拶しろと促される。
「ファーニャ・ヒレヴィック……です……」
か細い情けない声量で聞こえただろうか。
足を曲げて頭を下げ、なんとか姿勢を戻す。下げていた視線を上げると、緑灰色の瞳であたたかくファーニャに微笑んでいた。やさしく包み込まれるような感覚がした。
しびび、と背骨に光矢の速さで直感が走る。
ヒールを履いたファーニャの頭でも、彼の肩の高さから出ないだろう。体幹骨格ともにがっしり、筋肉でさらに大柄に見える。木の幹を体当たりで折ってそう。
ーーあっえっ……えっ……いやぁぁぁぁぁ!!
ダメ、これはダメよ!!
脳内で歓喜の悲鳴を上げる。
ひゃん、好き。
それ以外の言葉が出なかった。
父さま母さま、神さまありがとう。ファーニャはこの方に嫁ぎます!!!!
「はじめまして、ヒレヴィック伯爵令嬢。リロイ・スウィーニーです。どうかリロイと呼んでください」
興奮を抑えるために、両手指を頬に添えた。
ーーこえ、お声まで素敵ぃぃぃい!
耳に全血液が集まって敏感に彼の声を聞き取ろうとする。
「……リ……、リロイさま……」
「はい。俺もファーニャ嬢とお呼びしても?」
こっくりとあごを下げて固まる。視界の端で彼の口角が上がったのがわかっただけで、笑顔を直視することなどできなかった。もったいない、でも耐えられない。
「少し二人で話してもよろしいですか?」
「ぜひ、どうぞ」
父の許可を得て、リロイはファーニャの手を引いて庭へ出た。ファーニャは好機とばかりにぎゅっと握った。
たこだらけで、武器に慣れている手だ。
薪割りも素手で間に合ってそう。
コルセットの窮屈さで自然と歩幅が狭くなる。
ヒールで足がもつれ、前のめりに倒れそうになった。リロイがしっかりと支えてくれて悲惨な結果を免れた。
「……ごめんなさい」
「大丈夫ですよ」
立ち止まってふぅ、と息を吐く。
「不安……ですか? この婚約が」
浅くしか呼吸ができない苦しさで眉根を寄せてしまっていた。彼はそれが別な意味からきていると思い込んでいる。
ファーニャは首を振った。
婚約は大歓迎だ。不安があるとすれば、ファーニャの真の姿を見せてがっかりされないか、ということだけで。あと好きな人の前での振る舞いというものがわからなくて。
「緊張……を……」
「俺も緊張してます。ファーニャ嬢がかわいすぎて」
いーいお声の「かわいい」いただきましたぁ! こんなこと、家族以外に言われたことがない。
唇に色が戻るくらいには血の流れが顔に戻ってきた。
「怖くはないですか? 俺のこと」
「かっこいい、です……」
脊髄反射で答えていた。はわわわ。本能に抗えない。はわわ。
下げていた視界に突如美形が映り込んだ。リロイが地面に膝をついている。灰霧の色をした髪は室内とはまた印象が違う。太陽光で銀にも見えた。
「ファーニャ・ヒレヴィック嬢」
「は、はい」
出された手のひらに「お手」をした。合ってる?
ふっ、と微笑まれる。反応としてお手は合っていた模様。
「俺と結婚してください」
それが耳を通って脳に辿り着き、心で理解したとたん体がふわっとしてーー闇が上から降ってきた。
両親が一世一代の良縁だと叩きつけてきたので、リロイはそこまで言うなら、と話に乗った。
ヒレヴィック伯爵家はスウィーニー伯爵家と同格で、地形が似ていて生産物もかぶるものがあるため、交流はほとんどなかった。ただし特色で言えばヒレヴィック家は職人技術系に年々力を入れており、スウィーニー家は第一次産業、とくにブルムーと呼ばれる木から採れる蜜が有名品だ。結婚が決まれば宝飾加工技術を提供してもらう対価に甘味料を安く流通させる取り決めが交わされる予定だ。いつの時代でも甘味は強い。
とはいえ馬車で三日かかる距離を、あまり期待せずに進んできた。
末っ子のリロイはたくましい姉たちにいびり倒され、……厳しく鍛えられてきたために、嫁にするなら癒し系のかよわい女性をと夢見ている。さがせば都会にはいるだろうが、農業と狩猟ばかりの田舎くさい土地に喜んでやってくる令嬢はおらず。姉たちからの試練を潜り抜けた結果のリロイの外見も女性受けしなかったため、縁談は一向に結ばれなかった。
ところが。
「ファーニャ・ヒレヴィック……です……」
揺れる瞳はまるで朝日に照らされたさざなみ。ゆるく巻かれた薄い金髪はふわふわ。
ーーかぁっっっんわぁぁぁぁぁぁ!
こんな子が実在! 現存していいのか! 幻想?!
自分は満面の笑みになっていることだろう。抑えきれない。
エスコートのために引いた手できゅっとされて、心臓がずんぐりと変な音を立てた。これは思ったより好感触では……!
ガタイがゴツいだけのこの身を「かっこいい」だなんて、結婚待ったなしなんだが。もうこの場で膝をつく以外の選択肢はない。
「俺と結婚してください」
迷わず告げれば、返事を待っている間にファーニャはふらりと意識を飛ばした。
「ファーニャ嬢?!」
姿勢を低くしていたから、受け止められた。
体が弱いとかは聞いていない。本当に緊張していたのだろう。プロポーズに卒倒するなんてどんだけ奥ゆかしいの。
抱き上げれば軽いし。軽っっ。
やっぱ幻想かなぁ。化かされてるのかなぁ。
でもいい匂いするし、腕も筋肉あるのかってくらいやわらかくて。
ーー俺のものにしちゃって大丈夫???? 絶対この子がいいけど。彼女の過去がどうであれかまわん……俺が守る!!
彼女を抱えたまま屋内に戻ると、さすがにどちらの両親も驚かせてしまった。
「プロポーズをしたのですが……急すぎましたよね」
スウィーニー家全員で謝り倒したが、ヒレヴィック家は笑って許してくれた。
頭を下げた際に見えたヒレヴィック伯爵の袖には磨かれた琥珀のカフリンクス、夫人は同色の花のブローチを身につけて、全く同一の素材から作られたようだ。お揃いとしか思えない宝飾品はそのまま夫妻の仲のよさの現れだった。
まずは第一話を読んでくださりありがとうございます。
お互い第一印象はばっちりどんどんですd( 'ω')b
ほんまにその男でええんかファーニャ。
(見た目だけで言えば)くまさん系令息×リス系令嬢
四万字弱。
短編で軽くいきたいです。
よろしくお願いします。