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5.ため息



 傾いた日差しに照らされた教室は静かで、優しい陽の光が全てを一色に染めていく。窓際にいるあなたもそれに染められ、いつもより綺麗な色を身に(まと)っていた。

 高校最後の夏。お互いの進路はまだ決まっておらず、私はあなたと同じ地域に行けたらなとぼんやりと思う程度だった。実際、私たちは幼馴染で、お互いが愚痴を吐き出し悩みを相談し合う程の仲だった。だから、これからも同じ関係が続いていくと思っていた。私の気持ちがあなたに傾くまでは。


「なぁ……聞いてくれよ。今、すっごい悩んでてさ……」


「いいよ。私が何でも相談に乗ってあげる」


 そんな光に包まれたあなたはため息を一つ()くと険しい顔で話し出す。


「実は気になってる人がいるんだけどさ、進路を一緒にしようか悩んでて、でもそれってどうなのかな……って」


「あ、ああ、うん。そんな人がいたんだ」


 私の心は曇りだす。そう言えば、最近のあなたはやけに身嗜(みだしな)みを気にしていたっけ。私の前では少しも気にしないくせに。今だってちょっぴり癖の付いた髪の毛が風に揺れている。……でも、私を頼ってくれたことは何だか嬉しい。


「なるほどね。それでその子とはもう仲が良いの?」


「それがまだ仲良くなれてなくて……遊びにも誘ってみたんだけど、忙しいんだって」


「じゃあ進路は一緒にしない方がいいよ。だって、まだ仲良くないんだもん」


「そうだよね、どうやったら仲良くなれるのかな……」


 そっか。あなたも私と同じ様に振り向いてもらえていないんだね。表には出さないけれど、あなたの顔が暗くなる度に私の表情は明るさを取り戻していく。


「やめておきなよ。私たちにも受験があるんだし、恋なんてその後でいいんじゃない?」


「あー、やっぱりそうだよな……」


「そうだよ。私たちこのまま一緒の大学に行ったりしてさ、いつまでもこんな話しをするのもいいんじゃない?」


「うん。それもいいかもしれないけど……」


 あなたはもう一度深いため息を()くと、そこから空気が抜けていく様に小さくなっていく。私は心配した視線をあなたに向けるけれど、胸の内ではもやもやが晴れていくのを感じた。

 二人の間にほんの少しの沈黙が続いた後、あなたはぽつりと言葉を(こぼ)す。


「……でもあと少しだけ頑張ってみようかな」


 項垂(うなだ)れたあなたは、誰にも届かない様な小さなため息を吐き、私はそれに気が付かないふりをして窓から入る優しい光を眺めた。


「まぁそれはそうとしてさ、もう一回誘ってみなよ。また話しを聞いてあげるからさ」


 私は項垂れたあなたをよそに窓の外へと語りかける。何があっても大丈夫。私がずっとあなたの側にいてあげる。

 あなたが淡い期待を寄せる度に私の心に雲がかかり、あなたが不安に思う度に私はあなたへの想いを募らせていく。あなたがそっと息を吐けば、そのため息が心にかかった曇り空を吹き飛ばし、私の世界を澄み渡らせる。

 どうか落ち込んだままでいて。あなたがどこかへ飛び立つ前に私がそこにいる事に気がついて。あなたの不安や絶望は全て私が受け止めてあげるから、だからどうか、私のところまで落ちてきて欲しい。あなたのその想いが届かずに、ぶつかり傷つき苦しんで息ができずに倒れ込んだ時、ようやく絞り出した言葉が私の名前であればいい。


 誰かを思うあなたとあなたを思う私の時間が交差する。静寂が空間を包み込み(ゆる)やかな時間が二人の間に流れていった。


「ほら、元気だして。そろそろ帰ろっか」


 差し込む光が傾いていきあなたの影が私と繋がった頃、私たちは顔を見合わせると、二人並んで教室を後にした。誰もいなくなったその空間は半分の陽の色と半分の暗闇で彩られ、時が流れる度にゆっくりと伸びていく影が次第に全てを包み込んでいった。







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