4.煙
風の吹かない静かな夜。遠くに浮かぶ月は雲の輪郭を照らすだけでその姿は隠れている。外から届く街明かりから僅かに人の気配を感じられるが、私の部屋は静かで世界から取り残されたみたいだった。ベランダでは赤い光が揺らぎあなたの手元を優しく照らす。結露するほど冷えていた缶チューハイはテーブルの上で緩くなり、食べかけのナッツと散らかったティッシュに埋もれていた。さっきまで二人は喧騒の中にいた。そのしるしの一つ一つが静寂な部屋にいる私をより孤独にさせ、ベットにもたれて座る私を包み込む。どうせ今日も太陽が昇ればあなたはいなくなる。
煙草は嫌い。あなたが口を近づける度にそれは熱く燃え上がり、口元を離れれば煙となって夜と混ざり消えていく。それがまるで私を見ている様で。
昔のあなたは煙草が苦手だったのに、今では部屋の外があなたの居場所みたいだった。
煙草なんてやめなよ。私を一人にさせないで。
そう言い出せたらどんなに楽になるだろう。私は物思いにふけながら、外の赤い光をぼんやりと眺めた。
あなたは優しくキスをすると小さな光があなたを照らし、ため息をつく度にそれがあなたを優しく包み込む。いったいあなたは何を思っているんだろう。私は静かな部屋の中で、あなたに届くようそっと息を吐いた。
ねえ、私を吸い込んでよ。夜と混ざって消えていく前に。
私はあなたを待つことを諦めて静かにベッドへ潜り込み、あなたを思って瞼を閉じた。
太陽が街を照らしだし、その光が傾くごとに外の活気も薄れていく。再び月が浮かび静かな夜を見守り始めても、ここにあなたの姿は見つからなかった。私はいつも通り、ベットに寄りかかって座りベランダに目をやる。赤い光も揺らいでいる煙もそこにはない。代わりに、黒と灰色で縁取られた私だけが映っていた。いつもと同じ部屋で、何も変わらない夜に私だけが取り残された。テーブルの上には、まるで我が物顔で置かれた煙草が残されている。煙草は嫌い。それでも、そこからあなたの匂いを感じてしまう私がいる。
「何で一緒に持っていってくれなかったの」
そう呟くと、私は煙草に手を伸ばしあなたを真似てベランダに出た。孤独な私を慰めるように、あなたに少しでも近づけるように、煙草は嫌いだけど今はあなたの匂いに触れたかった。
何かに祈る様に明かりを灯し、吸い込んだものをそっとを吐き出すとあなたが私を包み込んでくれたみたいだった。私はもう一度、いつか吐き出したものを取り戻す為にそっと息を吸った。二人で過ごしたあの時を想い出しながら、求め合う二人を想像しながら、再び灰色の夜に小さな光りが灯る。それは私を微かに照らし優しく包み込んでくれた後、あなたの匂いだけを残して夜と混ざり消えていった。