真相
「クレマリア」
「はい。どうしたのですか、お姉様」
「私は、あなたにまつわるある予言を耳にしたことがある。意見を聞かせてほしいの」
「構いませんが、護衛騎士や教会の件はよろしいのでしょうか? 悠長に話をしている場合ではないと思うのですが……」
弟カップルと合流した私は、再会を喜ぶよりも早くクレマリアに声をかけた。
私を抱きかかえているディルは煙に巻こうとする彼女を睨みつけ、エドはそんなに怒らなくてもいいのにと苦笑いしている。
「それはあなたが四年前、エドに一目惚れすることなく、ディルがアイオハルム公爵を討ち取ったあとの話」
「まぁ。そんな予言があったなんて……耳にするだけでも不愉快です」
「私もそう思う」
彼女と意見が合うなんて、珍しいこともあるものだ。
私はしっかりと頷いてから、本題に入る。
「あなたはなぜかその予言で、ディルを魅了する。愛する人を奪われたと激昂した私はマリアを虐げ、罪に問われて処刑されてしまう」
「まぁ……。わたしがお兄様を? そんなこと、考えたことがありません」
「どうしてディナルドを、魅了する必要があったと思う」
「さぁ……。もしものことなんて、考えたくないです。エドさまが大好きなわたしは、そんなことをする必要がないので」
「なんでもいいから、答えて」
強い口調で促せば、見かねた弟がクレマリアを背中に隠した。
なんだかんだ言っても、二人の付き合いは四年にもなる。
婚約者として培ってきた時間が、二人の距離を縮めたのでしょうね。
「姉さん。それ以上は……」
「エドさま! もっとわたしが好きと、全身で表現してください!」
「ええ……?」
「エドさまにたくさん愛してもらえたら、お姉様のご質問になんでもお答えします!」
「マリア。それはちょっと……」
「エド。やれ」
「兄さんまで……」
わたしが弟に強要するよりも早く、二人きりになりたいディルが低い声でエドアーノに促した。
弟は勘弁してくれと疲れたように笑っていたけれど、マリアから期待を込めた瞳で見つめられると断り続けることはできなかったようだ。
「えっと……じゃあ……」
エドは照れくさそうにはにかんだあと、マリアの耳元で何かを囁いた。
その声は私達には聞こえなかったけれど、彼女の瞳がキラキラと嬉しそうに輝いたあたり、クレマリアを喜ばせる単語を口にしたのでしょうね。
持つべきものは、優しい弟だわ。
「エドさま! 大好きです!」
「うん。知ってるよ……」
元気いっぱいの彼女は原作通りの展開を脳内で作り出すと、小さな声で独り言を吐き出して内容を整理してから、私の質問に答えた。
「スカレステの家名は、あの人が資金援助をしていた修道院の子ども達に与えられる名です。わたしがその名を名乗っていたのであれば、アイオハルム公爵家の名前を出せない事情があったのでしょう」
「うん」
「お兄様を魅了した理由ですが……。お姉様を始末するのに邪魔だったから以外の理由が見当たりません」
「エルを、始末だと?」
「兄さん、落ち着いて。あくまでもしもの話だよ。今のクレマリアが姉さんを殺そうとしているわけではないからね」
「当たり前だろ」
それが事実であれば、今頃叩き斬られている。
血の気の多い婚約者はこれだから困るわ。
私達姉弟は引き攣った笑みを浮かべながら、クレマリアの主張に耳を傾け続けた。
「理由は」
「わたしがどのような立場に置かれていたかはわかりませんが、エドさま以外の殿方を愛するなど考えられません。結婚のためにお姉様を始末しなければならない理由があったのかもしれません」
「たとえば……どこかでアイオハルム公爵が生きていて、エドとの結婚を許可する条件は私を殺すことだと交換条件を持ちかけられたとか?」
「あり得ない話ではないと思いますよ」
「……わかった。もしもの可能性に、付き合ってくれてありがとう」
「どういたしまして! さぁ、エドさま! わたしと思う存分、愛し合う時が来ましたよ!」
「……ええ……? 僕はちょっと、遠慮……」
「許しません」
「うわあ!」
エドに勢いよく飛びかかったクレマリアが弟を襲い始めているが、構っているほど暇ではない。
エドアーノは、犠牲になったのよ……。
愛し合う二人を邪魔しようものなら、馬に蹴られてなんとやらと言うものね?
私達はあっさりと弟を見捨てると、ひとまず辺境伯の元へ向かうことになった。
「一体何の確認だったんだ?」
「あなたが私を裏切った理由が知りたかったの」
「だから、裏切ってねぇし……」
「……そうみたい。ディルはずっと、私を守ろうとしてくれていたのね」
クレマリアの魅了に引っかかったのは、おそらくわざとだろう。
彼は私を狙っていることに気づき、懐に入り込もうとした。
問題だったのは、エルミーヌになんの説明もなく一人で作戦を実行したことだ。
裏切られたと勘違いした彼女は、怒りに任せてマリアを虐げてしまった。
それが過ち。
些細なボタンのかけ違いによって、彼女は生きた心地のしない人生を歩むことになったんだわ。
「気づけなくて、ごめん」
「……その言葉だけで、充分だ」
エルミーヌ・テルセートは、悪役令嬢なんて呼ばれるようなキャラクターではなかったのだ。
悲観する必要もない。
私はいつだって、ディルの手のひらで踊らされている。
「予定通り結婚したいと打ち明けて、許してもらえるかな」
「親父は教会のことをあんまりよく思ってねぇ。アイオハルム公爵領をうちのもんにできたのは、エドがあの女を手籠めにしたからだ。テルセート公爵家とは良好な関係を続けたいはずだし……きっと大丈夫だろ」
「その公爵家の方が、教会には逆らえないと辺境伯を裏切るつもりなわけだけど……」
「そのあたりは、まぁ。拳で語り合ってもらうしかねぇだろ」
ディルの話を聞いて始めて知ったのだが、うちの父親と辺境伯は幼い頃から親交のある親友同士であるらしい。
戦場の最前線で戦う父親が負けるはずはないと豪語するディナルドは、話術で折り合いをつけるよりもその方が早いのではないかと笑っていた。
「反対されたら、駆け落ちするか」
「悪くない提案ではあるけど、一生教会から逃げ続ける生活は面倒でしかないわ」
「……エルの理想とする生活は、一体どんな暮らしなんだ?」
「私の理想は……」
瀬戸留美として生活している時は、困っている人の助けになることが何よりの生き甲斐だった。
でも……。
今、私の隣にはディルがいる。
たくさんの愛を注ぎ込み、幸せを願ってくれる人が。
「愛する人に裏切られることなく、穏やかな日々を過ごすこと」
辛くて苦しい思いをするのは、もう嫌だ。
私はディルと一緒に、死ぬまで一緒にいたい。
そう、思うから。
「……約束する。何があってもオレは、エルを裏切らねぇ」
「うん。絶対に守って。何があっても」
「おう。それじゃあ、親父と戦うか……」
両手がふさがっている状態では、剣を突きつけられたら逃れられない。
私はディルの隣を歩きたいと願ったけれど、彼は許してくれなかった。
「行くぞ」
「うん」
私がドアノブを回して扉を開ければ、そこにはなんとも言えない光景が広がっていることに気づく……。




