夢から覚めて
「よくもまぁ、辺境伯に顔を出せたな?」
「モントーネ卿。誤解があるようで……」
「随分前にエルから望まれた時、嬉しそうな顔してただろ。オレはあんたのこと、ずっと警戒してたぜ」
「ずっと憧れていたお嬢様が、私に好意があるような素振りを見せてくださったのです! 不快に思うはずがありません」
「その憧れは、前世の私情も入ってるだろ」
「いえ。神の化身と私は切り離してお考えください」
「はっ。口ではなんとでも言える……!」
私を追い駆けて辺境伯までやってきたラチェットは、ディルとは異なり冷静のように見える。
会話を試みようとしているけれど、ディナルドの方が話をできるような状況ではなかった。
「オレはエルミーヌを愛している。彼女が女神だろうが、他の女の魂が混ざり込んでいようが関係ねぇ」
「モントーネ卿がお嬢様を愛していらっしゃるのは、誰の目から見ても明らかです。疑う余地もないかと」
「だったらなんで、オレとエルの仲を邪魔するんだよ!」
「邪魔などしておりません! 私の幸福は、お嬢様が笑顔で過ごしている姿を見守ること! 護衛騎士としておそばに仕えることができれば、それだけで満足なのです!」
「信じられるか!」
「信じられなくとも構いません! 教会には、私から説明いたします! ですからどうか、剣をお納めください……!」
――なんだか、思っていた展開と違う……。
事情を知らない人が二人の喧嘩を止めに入ったら、イチャモンをつけているのはディルの方に見えるだろう。
あまりにも、温度差がありすぎる。
ディナルドは完全にキレており、手がつけられない状態だ。
反対にラチェットは困惑のほうが大きく、言いがかりレベルの喧嘩を売られて戸惑っているようだ。
護衛騎士の方が、よほど冷静に物事を見ているような気がした。
「手を出さずに、何年我慢したと思ってる……! お前みたいなぽっと出に、エルを奪われて堪るか!」
「落ち着いてください! モントーネ卿! 私はあなたから、お嬢様を奪い取るつもりなど……!」
「だったらなんで、公爵がその気になってる! お前が指示したんだろ! ?」!?」
「違います! あれは教会が勝手に……!」
「信じられるか!」
「信じられなくとも構いません! お嬢様に相応しいのは、私ではなくあなたです! ですから……!」
ディナルドが剣を引き抜きラチェットに向ければ、戦うつもりはないと叫んでいた護衛騎士も自らの身を守るために武器を手にとってしまう。
激しい撃ち合いが繰り広げられるが、明らかにラチェットは手を抜いていた。
ディナルドのほうが優勢なのは、護衛騎士に戦う意志がないからだ。
――本気を出されたら、ディルは……。
そこまで考えた私は、サッと血の気が引いた。
ミストラルの盟約で最強の騎士団長と描写されていたはずのディナルドは、案外ポンコツなのだ。
私がいないとすぐ負ける。
ここから先の出来事は、私が知らない未来の話。
何が起きてもおかしくないわ。
――遺体離脱なんて、している場合じゃない!
元の身体に戻らなければ。
でも、どうやって?
「エルに二度と近づくな」
「そ、それは……」
「お前は何度言っても、ずっと護衛騎士としてあいつのそばに居続けた。ワンチャン狙ってたからだろ?」
「違います!」
「下心が見え見えなんだよ……! お前がエルのそばにいるだけで、虫酸が走る! エルはオレだけのものだ!」
「ですから、何度も申し上げているではありませんか! 奪い取るつもりなど……!」
話は平行線の一途を辿り、この戦いはどちらかが剣を手から離すまで続きそうだ。
『ディル! やめて!』
私は試しに二人の間に割って入ったが、ディナルドの剣は止まらない。
魂のまま浮遊していたって、愛する人の攻撃を止めることは不可能なのだ。
――思考を読み取れても、それを伝えることができないことが、これほど苦しいなど思ってもみなかった。
魂の状態では魔法も使えず、脳内マップに時折表示されていたミッションの達成報酬はリセットされている。
難易度がイージーに変更となっている以上、きっかけさえあれば自らの意思でディルの魔法を打ち破るのは、不可能ではないはずだが――。
そのきっかけが、なんであるかがわからない。
致命的だ。
――何か、ヒントになることはないの?
私の魔法は祝詞を紡いだあと、願うことで発動する。
『教えて』
そう口ずさむか問いかけることで、思考を読み取れるのだ。
――意識が薄れる寸前、彼は私にある言葉を呟いていた。
何気ない一言だったけれど、あの場には不釣り合いな単語だったはず。
確か、それは――。
『よい夢を』
つまり、この状態は白昼夢と捉えられるのではないだろうか?
夢はいつか、必ず醒めるものだ。
現実に戻りたいと強く願えば、元に戻れるかもしれない!
『私は、見ているだけなんて絶対に嫌……!』
ディナルドは恐れている。
ラチェットにエルミーヌが奪われてしまうのではないかと。
彼と私にその気がなければ、絶対あり得ないことなのに……ディルは疑心暗鬼に陥っているのだ。
愛する人を、助けなければ。
護衛騎士の声が届かないなら、あの人を止められるのは私だけしかいない!
『あなたの愛で、目覚めさせて』
意識を失う前、額に口づけたことはトリガーの可能性がある。
頭の中になんとなく浮かんだ祝詞を紡いだ私は、勢いよく目を瞑って彼の額に唇を触れ合わせた。
『通常ミッションクリア』
『ペナルティを解除。交渉レベル3、緊急回避レベル5、特定レベル5、隠密レベル3』
『新規シナリオを開始します』
真っ暗闇の中、白文字でメッセージが表示される。
その意味はよくわからなかったが――些細な言動が、脱出のヒントになったのは間違いない。
それから、私の意識は薄れ――。




