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目指せ婚約破棄

「姉さん、どうしたの? 具合でも……」

「あの人とは、婚約破棄することにしたから」


 姉を心配してくれる弟には申し訳ないけれど、原作通りの未来を歩まぬためには彼と交流を断つことこそが最優先事項なのだ。


 無理でもなんでも、やるしかないのよ。


 つい最近まで彼のことが大好きで堪らなかったはずのエルミーヌから、はっきりと強い口調でそうした言葉が飛び出てくるなど思いもしなかったのだろう。

 弟は肩を竦めると、困ったように姉を諭す。


「何を言っているの、姉さん。ディナルド兄さん以上に素晴らしい男性なんて、この世にいないよ!」


 私はこの言葉を耳にするまで、すっかり忘れていた。

 エドアーノは血の繋がった実姉よりも、義兄となるディナルドを敬愛していることを。


 つまり、弟はシスコンでありブラコンなのだ。


 いずれは我がテルセート公爵家を担い、王を守る剣や盾になることを求められているエドは体が弱く、肉弾戦があまり強くなかった。

 不足している戦闘能力は魔法でカバーしているのが現状だが、いつまで経っても剣術の腕がからきしであるわけにもいかない。


 弟は剣術の達人と名高い騎士団長を目標とする一方で、なぜ自分はこれほどまでに身体が丈夫ではないのかとコンプレックスを抱いている。

 確か作中で、そんな話を主人公にしていたはずだ。


 強くてかっこいい辺境伯令息を、エドは尊敬していた。

 まぁ、エルミーヌに悪事を働く様に囁いていた件が暴露されるまでは、私も彼の事をかっこいいとは思っていたから、弟がディナルドに憧れるのも無理はないのだけれど。


 魔法だけで相手を蹂躙しなければならない彼にとって、剣と己の身一つで戦場に立ち功績を築き上げている彼がキラキラと眩しく輝く太陽のように感じるのは無理もない。


 ――エドアーノは、彼の本性を知らないから、幻想を抱いていられるのよ……。


 彼の醜く恐ろしい魂胆を知れば、弟だって軽蔑するはずだわ。

 私はエドがいずれ真実に気づく日が訪れることを信じて、首を振った。


「あの人は信頼できないわ。もう決めたことなの」

「あんなに兄さんが大好きだったのに……。一体何が……」


 それはこちらが教えてほしいくらいね。


 作中では藍色のドリルツインテールと、意志が強く意地悪そうにしか見えない金の瞳がトレードマークのエルミーヌ・テルセート。

 現段階では12歳の、公爵家の娘に転生するなんて……想像もしていなかった。


 私はこれから、どうやって生きていけばいいのだろう……?


「……兄さんが、死んでもいいのかい?」

「ええ。彼がどうなろうと、私には関係ないもの」

「そんな……!」


 あの人の安否より、今は自分の心配をするべきだ。


 原作通りの運命を辿らずに済む方法は、ディナルドと婚約破棄すること。

 そして、少女漫画の主人公であるクレマリア・スカレステに悪意を向けないことが必須条件となる。


『誰にも話してはいけないよ』

『うん』


 第一話でクレマリアが作中で顔の描写がなされていない初恋の男の子とともに、アイオハルム公爵を痛めつける私とディナルドの姿を目撃し、物語が始まる。

 主人公の目的は、なぜ公爵が幼い私達に暴行を受けていたのかを知り、盟約を交わした少年と結ばれることだ。

 私がこの段階で彼との関係を断てば、物語は始まらない。

 早死にすることだって、防げるはずだわ。


「アイオハルム公は、生かしてはおけないんだ。早めに始末しないと、僕達だって……」

「私達はまだ子どもよ。戦場に赴いて、何をするつもり? 足手まといにしかならないわ」

「だからこそ、だよ! 姉さんは、彼を油断させて心を読んでほしいんだ。あの男は、兄さんの暮らす領地を狙っている。皇帝に仇なす敵なんだよ。情報を引き出さなければ……」


 黙って聞いていると、10歳の子どもが口にするべきではない言葉が、ポンポンと飛び出てくる。

 私達は貴族。戦場など血生臭い場所に顔を出すような身分ではないでしょうに。

 そうしたことは、腕っぷしの強い兵士や民に任せておけばいいじゃない。

 領主自ら先頭に立って軍を率いるなんて、よほどの手練れ以外は考えられないわ。

 ましてや私は、目を合わせることで思考を読み取る魔法しか使えないか弱き公爵令嬢よ? 屈強な騎士が剣を振るえば、一発でお陀仏じゃない。


 そんな危険を冒してまで戦地へ赴けって言うの?

 エドアーノったら何を言っているのかしら。

 さっぱり理解できないわ。


 これも戦争なんて縁もゆかりもない、日本で生きて来た記憶を思い出したからこそ感じる思いなのかしら?


 瀬戸留美が生きて来た場所とは違って、この世界には魔法がある。

 領地争いは体術よりも魔力を使って繰り広げられることも多いし、人を襲う魔獣だって暮らしているのよ。


 もっと危機感を持たなければ。

 あっと言う間に足元を掬われて、地獄行きになるでしょうね。


 だから……残念だけれど、弟の懇願を受け入れるわけにはいかないの。


「それは辺境伯の役目でしょう。私は絶対に行かないわ」

「姉さん……!」


 話はこれで終わりだと視線を逸らし、私はその場をあとにする。

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