ディルの本性
「エドさま!」
ベルクフリートの屋上には、私達の到着を待ち続けていたクレマリアの姿が見える。彼女はエドの姿を目にした瞬間、そこから勢いよく飛び降りた。
「マリア!?」
これには普段大声を出さないエドアーノも驚き、黒馬の手綱から手を離す。
彼女を抱き止めるために、馬から降りて走り始めてしまう。
「会いたかったです……!」
「危ないよ。僕が間に合わなかったら、どうするつもりだったんだい?」
「エドさまなら、抱き止めてくださると信じていました……っ」
「君はいつ顔を合わせても、お転婆だね……」
弟カップルが甘い雰囲気を醸し出しているところ恐縮だが、私は一人で馬から降りれない。
このまま放置されている状態で追手が来たら、無抵抗でラチェットと結婚させられてしまうわ……。
――それだけは、駄目だ。
どうにかして、馬から降りなければ。
私は手綱を握ったまま身体を動かし、両足を右に持ってくる。
紐を離してお尻を浮かせて飛び降りれば、地面に足がつくはずだ。
問題は高さがあり、転けたら怪我をすることくらいか……。
クレマリアが飛び降りた屋上の高さに比べたら、かなり低い。
――女は度胸さえあれば、なんでもできる。
そう考えた私は、両目を瞑って勢いよく腰を浮かせて手綱から手を離した。
「えいや……!」
ふわりと身体が宙を舞う感覚とともに、ドシンと訪れるはずの衝撃を待ち続けるが、一向に訪れない。
まさか、変なところを打ちつけて死んでしまったんじゃ……?
そんな見当違いの心配は、すぐに解消される。
「なんだよ。そのかけ声は」
「……あ……っ!」
愛する人の声が間近に聞こえてきたからだ。
驚きで目を見開けば、ディルが不満そうに顔を顰めながら私を抱きかかえていることに気づく。
――恥ずかしい所を見られてしまった。
二の句が紡げなくなってしまいワナワナと唇を震わせている間にも、彼は何事もなかったかのようにベルクフリートの1階へ足を進める。
「ディル。あなたの部屋は、2階でしょ」
「ああ。そうだな」
「1階は書物庫と牢獄。どうしてこっちに……」
「……上にいると、追手がくるかもしれねぇだろ。ここへは探しに来ないはずだ」
残念ながら、その読みは見当違いだ。
追いかけてくる相手がラチェットであれば、悲しい気持ちになった時にここを逃げ場として利用していたことを知っている。
真っ先に私を探すべき場所の候補となるだろう。
ベルクフリートの1階は、光が差し込むことなく薄暗い。
魔法を使って明かりを灯さなければ、自分が今どこを歩いているのかすらもわからなくなってしまいそうだ。
「ねぇ。明かりを……」
「エルミーヌ」
ディナルドはある場所で足を止めると、愛称ではなく名前で呼ぶ。
左奥の小さな隙間から、一筋の小さな光が差し込んでいる。
それを頼りに目を凝らせば、鉄格子が見えた。
ここは牢獄だ。
――あれ。ここって……。
ミストラルの密約本編で、エルミーヌはクレマリアに対するさまざまな嫌がらせを罪に問われ、投獄されてしまう。
彼女はそこで面会に来たディナルドに助けを求めるが――冷たくあしらわれ、絶望の淵に立たされたまま処刑されてしまった。
「言ったよな。何かあった時は、真っ先にオレを頼れって」
――些細な違和感は、すぐに嫌な予感へと変化する。
ディルの声はいつもと変わらないように聞こえるが、薄暗いこの場所では彼の表情がよく見えない。
脳内マップはチカチカと赤いランプが点滅し、私に逃げろと警報を鳴らしていた。
「どうしてオレの名を呼ばずに、エドを頼ったんだ」
「誰を信頼すればいいのか、迷ったから……」
「最優先するのは心の繋がりよりも、血縁か。やっとエルがオレのものになるって時に……裏切られた気持ちがわかるか?」
「勘違いしているようだから言うけど、エドを頼ったのは好意を持っているからではなくて――」
「実弟に恋愛感情を抱く姉がいてたまるか」
ディルが低い声で吐き捨てるとともに、私の腕に彼の爪が食い込んだ。
どうやら、テルセート公爵領にいる時から彼に助けを求めなかったことをとても怒っているらしい。
最終的にこうして危険を顧みず頼ったのだからいいのではないかと思うのだけれど……。
彼の気はそれじゃ済まないようだ。
「ディル、痛い……」
「なぁ、エル。ちゃんとオレのこと、好きだよな? あいつのものになるとか、言わないだろ?」
「エドはクレマリアのものでしょ」
「とぼけるな。そっちじゃねぇ」
「落ち着いて……。今は時間がないの……」
「ああ。そうだな」
「ディナルド……!」
「答えろ」
人の気も知らないで。
勝手なことばかり言わないでよ……!
強い口調で叱咤されたら、ムカつくのは当然のことだ。
だが、今は言い争っている場合ではない。
もっと視界が開けた場所に行かないと。
ラチェットに襲われたら、ディナルドが負けてしまうかもしれない場所で呑気に話し合いなどしている場合ではないだろう。
何を考えているかわからないなら、心を読めばいいだけだ。
私は腕に食い込む爪の痛みに耐えながら指を鳴らして明かりをつけると、彼の瞳と視線を合わせて心を読む。
――教えて。
祝詞へ呼応した感情が、私の中へ流れ込んできた。




