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辺境伯へ

「お嬢様!」


 顔を合わせた護衛騎士は、私とエドの姿を確認した瞬間にほっとした様子を見せている。

 父親から彼の正体について知らされることさえなければ、ラチェットの手を取っていたかもしれない。


 警戒心がありすぎるのも問題だが、なさすぎるのはもっと困る。

 敵か味方か判断がつかぬまま、私は護衛騎士と対峙することになった。


「――どうして私に、嘘をついたの」

「嘘、ですか? 一体、なんの話でしょう……?」


 低い声で問い質したところで、彼からまともな返事が返ってくるはずもない。

 当然のようにすっとぼけると、驚愕で目を見開く。


 ――まんまと演技に騙されてしまった。


 私は胸の前で両腕を組むと、父から伝えられた事実を突きつけた。


「あなたは神の化身。かつて聖女エステラムを愛し、守り続けた騎士の転生体」

「……お嬢様……」

「なぜ黙っていたの」

「前世は関係ないからです」

「教会は、私とあなたを強制的に結婚させようとしてるのに?」

「きょ、教会が……!?」


 素っ頓狂な声を上げた彼は、あり得ないと大きな図体を震わせる。


 ――普通じゃないことがまかり通っているからこそ、こうして逃げ回っているのに……。


 この反応すらも嘘であれば、一体何を信じればいいのだろう? 


『オレだけを信じろ』


 ――かつてディルは、私の耳元で囁いてくれた。


 絶対に裏切らないと約束してくれたディナルドの言葉だけを信じると決めた以上は――ラチェットの声に、耳を傾けてはいけない。


 これはあくまで時間稼ぎ。

 馬鹿正直に護衛騎士の主張を受け入れて捕まったら目も当てられない。


 ――ディルと合流しなければ。


 私は決意を胸に、ラチェットとの会話を続ける。


「出会った当初、恋愛対象かどうかを聞いてきたことがあったよね。あれは自分が、対になる存在だと知っていたからなの」

「そ、それは……」

「ふーん。そう」

「か、確信はありませんでした……!」

「私があなたを選んだら、ディルを助けることなく教会に向かうつもりだったんだ」

「それ、は……」

「最低」

「お、お嬢様……! どうか、お許しください! 私はあなたを!」


 心の底から軽蔑すれば、護衛騎士は土の上に膝をつくと胸に手を当て懇願してきた。

 あれは、騎士が君主に忠誠を誓う時の礼だろう。


 嘘偽がないことを証明したいのかもしれないが、今の私にとっては悪手でしかない。

 険しい表情を取り繕うことなく、彼に思いの丈をぶつける。


「何」

「あなたの幸せだけを願って、生きて参りました……! お嬢様が私に声をかけてくださった時、叶わぬ願いを抱いてしまったことを……。どうか! お許しください……!」

「許さないよ」

「エルミーヌ様!」

「私の前世は、聖女エステラムではない」

「いいえ! あなたは確かに女神様です……!」


 ――私の前世は瀬戸留美だ。


 聖女エステラムの生まれ変わりであるはずがないのだから、彼に愛される資格もなければ結婚する義理もない。


 ――エドの準備は、まだできないの。


 私が護衛騎士との会話に飽き飽きしていれば、やっと弟から声がかけられた。


「姉さん。お待たせ」

「うん」

「お嬢様! どうか、彼の元へ向かうのはおやめください! このままでは、予言通りになってしまいます!」

「誰に命令しているの」

「お嬢様……!」


 ラチェットの悲痛な叫びは無視をして、私はエドとともに黒馬に乗って大地を駆ける。


 ――去りゆく背中をじっと見つめるだけの彼は、その場で項垂れ追いかけてくる様子はない。


 実力行使を選ばず何よりだ。

 まだ、油断はできないけれど。


 脳内マップが危険を知らせることはなくなったので、問題はないと思いたかった。


「姉さん……。よかったの?」

「何が」

「マストンド卿を選ばなくて」

「……あの人と家族になりたいの」

「僕は兄さんとの恋を応援しているよ。でも、彼はマリアと一緒で……愛する人のことになると豹変するから……心配、なんだ。手段を選ばないような気がして……」


 エドの心配は無理もない。

 一度婚約破棄がしたいと申し出た時の執着心は、異常とも呼べるレベルであったのだから。

 あれを見ていれば、このまま辺境伯ではなく別の土地に逃げたほうがいいのではないかと思うのは当然だ。

 私だって、ディルと同じくらい重すぎる愛を弟に向けるクレマリアは、やめておいた方がいいのではとアドバイスしたいくらいだもの。

 エドだってきっと、同じことを思っているに過ぎない。


「……理由は言わないようにする」

「姉さんが伝えなくても、辺境伯経由でわかってしまうよ」

「なら、どうするのが一番いいの。元アイオハルム公爵領にでも逃げる?」

「それは今、僕も悩んでいる所なんだ。どうして自分を頼らなかったと後々怒鳴りつけられるか、今すぐ恐ろしい目に合うなら、姉さんはどっちを選びたい?」


 ――究極の二択にも程があるだろう。


 死にたくないし自由を奪われたくない私はどちらも選びたくなかったが、機嫌の悪い状態がいつまで続くかだけを焦点に考えたならば、後者を選んだ方が賢い選択のような気がする。


「ディルを頼る。危ないと感じたら、逃げればいいだけの話」

「やっと頼ってくれたと喜んだ兄さんの前から逃げたら、きっと傷つくよ。最初から選ばないより、もっと酷い目に合うかもしれない」

「――死ぬよりはマシでしょ」

「……それもそうだね」


 机上の空論を並べた所で、悪くなることはあってもよくはならない。


 前に進むしかないのだ。


 覚悟を決めた私はエドとともに、辺境伯の領地に降り立った。

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