弟カップルと私達の幸せ
アイオハルム公爵とモントーネ辺境伯の戦いは、辺境伯の勝利で終結した。
領主であるディルの父親はクレマリアの魅了に操られている間にすべてが終わっていたことを知り大激怒していたが、私達は怒鳴られて反省するような弱い心を持ってはいない。
全員反省しているような態度を見せていても、内心うるさいなくらいにしか思っていないあたりが怒鳴り損と言うか……。
成人女性として生きてきた私は、辺境伯に申し訳ないと気持ちでいっぱいになりながらも、反省しているような素振りを表向き見せてはその場を切り抜けた。
「邪魔者はいなくなりました! これでやっと、エドさまとたくさん愛し合えますね! ふふふっ」
アイオハルム公爵の敗戦を誰よりも喜んでいたのは、彼の娘であるクレマリアだ。
戦争に負けた彼女の領地は、辺境伯のものとなる。
爵位だって、返上することになるだろう。
元公爵令嬢になった彼女が、エドと一緒にいられるはずがないのだが――。
「敵領の娘と味方の勝利の女神であれば、後者のほうが扱いはいいに決まっています!」
そのことを指摘すると、マリアは頬をぷっくりと剥れさせて異を唱えた。
どうやら、私が二人の恋路を邪魔していると勘違いしているらしい。
このまま勘違いを加速させたら、あの予言が現実のものになってしまう。
「そうだね。辺境伯を説得できるよう、お祈り申し上げております」
「ありがとうございます、お姉様!」
そう考えた私が渋々二人の仲を祝福すれば、彼女はとびきりの笑顔を浮かべてエドの元へ戻っていった。
クレマリアには魅了の力がある。ディルの父親が異を唱えるようであれば、無理やり言うことを聞かせればいいと思っているのだろう。
ミストラルの盟約で清廉潔白な主人公として語られていたことが信じられないくらいのゲスっぷりに辟易していれば、真横で存在を無視され続けていたディルが不満そうに髪を撫でた。
「人騒がせな奴らだな」
「……うん」
原作に抗うべきだと決めた時から、彼を遠ざけようと必死になっていたけれど。
戦場で剣を振るうディルを見たら、少しだけ絆されてしまったようだ。
我ながら、安い女だとは思う。
そんなんだから裏切られ、非業の死を遂げることになるのだと理解はしていたが――。
誰かを愛する気持ちをコントロールできたら、苦労はしない。
そう言うことなのだろうと結論づけ、私は開き直ることにした。
つまり、欲望に忠実となると言うことだ。
「……エル?」
「あの二人には、末永く幸せでいてほしい」
無視されると思っていたディルは、会話が成立したことにとても驚いているようだった。
そんなに嫌なら、今まで通りの塩対応を続けてもよかったけど――そんなことしたって、なんの意味もない。
辛くて苦しい日々を送りたいのならば別だが、そう言うわけではないのなら自分の気持ちに向き合ったほうがいいに決まっている。
「あの女を、信頼できるのか」
「……あなたを奪われるよりはマシ」
「……オレを? 馬鹿言うな。あんなのを好きになるわけないだろ」
そうやって少女漫画の中で何度も嘘をついていた時のことは、思い出すだけでも腸が煮えくり返るほど不快だけど――反面教師に生きていくしかないのだろう。
戦争が終われば、私達姉弟が長々と辺境伯に滞在している理由はない。
不仲よりも相思相愛の方が、関係は長続きするはずだ。
「そう言う予言も、あるらしい」
「なんだよそれ」
「私が知る未来のクレマリアは、もっと心優しい少女だった。エドのためではなく、皆のために動ける人」
「ふーん。想像つかねぇな……」
あとはころころ態度を変える私の異変を素直に受け入れ、彼が今まで通りに愛を注ぎ込んでくれることを願うしかない。
クレマリアの話をして彼の反応を確認してみたが、彼女の話題はディルにとってはどうでもいいことであるらしく、あまりいい反応を得られなかった。
「今日は機嫌がいいみたいだな?」
「……これからは、ずっと。あなたが私を裏切らない限り、大人しくしている予定」
「腕の中で?」
「ディルがそう、望むなら」
「エル……」
ディナルドは許可を得たと勘違いしたようで、髪の毛から手を離すと抱きしめてきた。その腕の力強さは、誰にも奪わせはしないと雄弁に語っている。
「……もう、婚約破棄したいなんて言うなよ」
「ごめんなさい」
「絶対、だからな」
「うん」
彼の愛は、どうやら本物であるらしい。
私達が六年後、原作が本格的に始まる日にどうなっているかはわからないけれど……。
張り巡らされたヒントを頼りに、抗い続けるしかないのだろう。
「エルミーヌ。愛している」
「私は、あなたを……」
その先に続く言葉はまだ、伝える勇気はないけれど。
いつかは伝えられるといいな。
ディルと一緒に生きたいと、願っていることを……。
「……ねぇ、ディル」
「……おいおい。返事はないのか?」
「それは予言を乗り越えたあとのお楽しみ」
「何年あると思ってる」
「六年」
「それまで我慢しろって? 無理だろ」
「全部予言のせい」
「恨むなら女神を恨めってか? どうしろって言うんだよ……」
聖女エステラムに憎悪を募らせれば、天罰が下る。
その言い伝えを恐れているのか、ディルは項垂れると不満そうに唇を尖らせた。
案外、子どもっぽい所もあるようだ。
私はディナルドの新たな一面を知り、なんだか気分が高揚していくのを感じた。
どうやら、幸せを謳歌しているらしい。
エルミーヌ・テルセートとして生まれ変わった時はどうしようかと思ったけれど――案外、この人生も悪くはないのかもしれない。
そう思えたのは、婚約破棄を提案した際に彼が私を諦めることなく、求め続けていたからこそだ。
「そんなことより……」
「大事なことだろ」
「アイオハルム公爵を捕らえた魔法。あんな凄いことをエドができるなんて、知らなかった」
「ああ。あれな。テルセート公爵家にふさわしくねぇって、親父さんに言われてるから隠してるらしいぜ。言い触らしたりするなよ」
「もちろん。そんなことしないけど。どうして知ってるの」
「エドはオレに懐いてるからな。これから家族になるわけだし、話しやすかったんだろ」
ディルは当然のように軽い口調で疑問を抱く必要はないと告げたが、私はそれだけが理由ではないのではと感じた。
それがなぜかまで、よくわからなかったけど……その答えは早めに見つけておかなければならないような気がしている。
「……そう」
「オレのほうがエドと仲がいいこと、あんまりよく思ってねぇだろ」
「……どうかな……」
「二人の仲、取り持ってやろうか」
「……いいよ。エドアーノにはクレマリアがいるし、私にはディルがいるから」
「やっと、その気になったか」
「そうじゃないけど。今までたくさん傷つけたから……そのお詫び」
瀬戸留美の記憶を思い出してから、初めて自分から彼の背中に手を回した。
少しだけ気恥ずかしくあるけれど、触れ合った身体から伝わる熱は心地のいいもので――離れ難いと感じてしまう。
「エル……」
「今は、これだけで我慢して」
「……ああ。身の潔白を証明できる日が来るのを、大人しく待つしかねぇな」
「うん」
「そんときは、覚悟しておけよ。我慢していた分だけ、たくさんの愛を注ぎ込んでやる」
あまりいい意味には聞こえなかったが、その言葉を嘘に違いないと疑えばまた険悪な雰囲気になってしまう。
そうなることを避けるためにも、私は彼と言葉を交わし合うことはせず、背中に回した腕に力を込めるだけに留めた。




